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勇者が二人  作者: にのぴ
13/23

帰還

 街に戻ると、住民の出迎えが待っていた。


 詰所の前の広場に人が集まっている。

昨日まで窓から顔を覗かせていた人たちが、今日は外に出ていた。

子供が走り回っている。

昨日はしなかった子供の声が、広場に響いていた。


 隊長が前に出た。


 「勇者様方のおかげで、街が守られました」


 拍手が起きた。歓声が上がった。

私は前に進もうとして、少し躊躇した。

こういう場面が苦手だった。

何を言えばいいかわからなくなる。


 「行ってこい」


 後ろから宗一郎の声がした。小さな声だった。

促されて、私は前に出た。


 「皆さんが無事でいてくれたことが、何より、でした……。これからも、気をつけて」


 上手く言葉にできない。

でも広場の拍手は続いていた。


 子供が一人、駆けてきた。

私の手に何かを押しつけて、また駆けて行った。

小さな花だ。

野に咲く、名前も知らない白い花。


 私は花を見る。

胸の中に何かが落ちてきた。

指揮官を仕留めた時とは違う、もっと静かな何か。


 力があるから救うのではない。

救えたから、この花がある。


 まだうまく言葉にできなかった。でも何かが、確かに動いた気がした。


 約束通り、シュークリームを食べた。

街外れの小さな菓子屋で、全員が一個ずつ頼んだ。

私とシオンは、たくさん。


 「約束したからね」とシオンが言った。


 「私も約束しました」と答える。


 私とシオンはいっぱい食べた。

食べられるだけ。


 宗一郎はシュークリームを一口食べて、少し間を置いた。


 「甘いな」


 「シュークリームですから」


 「悪くない」


 テオが宗一郎の皿に顔を近づけた。


 「テオ、食べるな」と宗一郎が言った。


 テオが甲高い声を発した。


 「食べたい、と言っていますか」


 「腹が減ったと言っている」


 「それは同じ意味では」


 「違う。腹が減ったは状態の報告だ。食べたいは要求だ」


 「テオに食べさせてあげればいいと思いますが」


 「甘いものを与えると調子に乗る」


 シオンが自分のシュークリームをちぎってテオに渡した。

テオが嬉しそうに食べた。


 「シオン」


 「だってかわいそうじゃないですかぁ」


 「調子に乗る」


 「もう十分乗ってますよ」


 私はシュークリームを食べながら、この場面を覚えておこうと思った。

理由はうまく言葉にできない。

ただ、覚えておきたかった。


 王都への帰路は三日かかった。


 二日目の夜、野営をした。

焚き火を囲んで全員が座った。

シオンが何か歌い始めて、レオンに止められた。

フィリアが星を見上げて独り言を言っていた。

テオが焚き火に近づきすぎて宗一郎に引き戻された。


 私は火を見ながら、手の中の白い花のことを考えていた。


 街を出る前に、水に浸して持ってきた。

小さな白い花が、荷物の中でまだ生きていた。

 

 救えたから、この花がある――

 

 「考えすぎだ」


 宗一郎が言った。


 「顔に出ていましたか」


 「出ていた」


 「また言われました」


 「また出ていたからな」


 私は焚き火を見た。


 「花のことを考えていました。救えたから花がある、ということを。私に勇者の力が覚醒していなくても、今日は救えた。それを忘れたくなかった」


 宗一郎は焚き火を見た。


 「覚醒にこだわらなくなったか」


 「覚醒しなくてもいい、と思ったわけではありません。でも、それだけではないとわかりました」


 「何が変えた」


 「いろいろと」


 「そうか」


 「あなたと打ち合ったこと。レオンに欠点を直してもらったこと。シオンさんが来てくれたこと。フィリアさんの話。それから」


 私は息を吸い込んだ。


 「花をもらったこと」


 宗一郎は何も言わなかった。

テオが甲高い声で何か言った。


 「よかった、と言っていますか」


 宗一郎が少し間を置いた。


 「腹が減ったと言っている」


 今日は間が長かった。


 シオンが「あったかいね」と言った。

レオンが「火があるからな」と返した。

「そういう意味じゃないんだけど」とシオンが言い、フィリアが小さく笑った。


 私は空を見上げた。

星が出ていた。


 この星を、宗一郎はいくつの世界で見てきたのだろう、と思った。

召喚の光はどの世界でも似たような色をしている、と言っていた。

星も、そうなのだろうか。

 

 澄み切った夜空に、星が瞬くのを眺めていた。



 王都の門をくぐったのは、三日目の昼だった。


 帰ってきた、という感じがした。


 「お帰りなさいませ、エレナ様。陛下がお待ちです」


 出迎えの兵士が言った。


 「すぐに参ります」


 馬を降りた。


 「俺は関係ないな」と宗一郎が言った。


 「いえ、来てください」


 「王派の話だろう」


 「大臣派の話にもなります。来ていただいた方が話が早いです」


 宗一郎は少し考えた。


 「わかった」


 テオが嬉しそうに光った。


 「テオは留守番だ」と宗一郎が言った。

テオがぷいと顔を背けた。


 シオンがすでにテオに何かを食べさせていた。


 「シオン」


 「だって旅の間ずっと頑張ってたじゃないですか」


 「一回光っただけだ」


 「十分です」


 テオが満足そうに光った。宗一郎がため息をついた。

レオンがエレナの隣に来た。


 「謁見、気をつけろよ」


 「何かあると思いますか」


 「東部での話は全部王の耳に入っている。大臣派が黙っていないかもしれない」


 私は城を見た。

 見慣れた城だった。でも今日は少し、重く見えた。


 「行きましょう」

 


 謁見の間は、いつもと同じ配置だった。

 王が玉座に座り、王妃が傍らに立ち、大臣が少し離れた場所にいる。


 大臣の表情が、いつもと違った。

張り詰めていた。


 私は前に進んで膝をついた。

宗一郎は後ろで立っていた。


 「面を上げよ」


 「東部での働き、見事であった。先遣隊を退け、本隊の指揮官を仕留めた。よくやった」


 「ありがとうございます」


 「勇者の血が、確かに宿っていた証だ」


 私は頷いた。


 勇者の血。その言葉が、少し引っかかった。

フィリアからまだ話しきれていないことがある、と言われていた。

今は言う場ではない。でも引っかかりは消えなかった。


 「陛下」


 大臣が口を開いた。


 「東部での戦闘については、異世界の勇者殿の働きも大きかったと伺っております。実質的には異世界の勇者殿が戦局を決めた。エレナ様の勇者の力はまだ覚醒しておらず、前線に立てる戦力としては」


 「大臣」


 私は遮るように言った。


 室内が静かになった。


 「覚醒していないのは事実です。でも指揮官を仕留めたのは私です。道を作ってもらったのも、最後に動いたのも私です」


 「しかしそれは異世界の勇者殿があってこそ」


 「誰の力を借りても構いません。結果を出したのは事実です」


 大臣は口を閉じた。


 王が私を見ていた。


 「エレナよ」


 「はい」


 「お前は変わったな」


 「変わったかどうかはわかりません。ただ、前より少し、自分がどう動くべきかがわかってきた気がします」


 王は長い間、私を見ていた。

それから静かに言った。


 「続けよ」


 続けよ――


 私には、それが今まで王に言われた言葉の中で一番重いものに聞こえた。


 「はい」


 私は頭を下げて、その言葉の意味を考えていた。

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