帰還
街に戻ると、住民の出迎えが待っていた。
詰所の前の広場に人が集まっている。
昨日まで窓から顔を覗かせていた人たちが、今日は外に出ていた。
子供が走り回っている。
昨日はしなかった子供の声が、広場に響いていた。
隊長が前に出た。
「勇者様方のおかげで、街が守られました」
拍手が起きた。歓声が上がった。
私は前に進もうとして、少し躊躇した。
こういう場面が苦手だった。
何を言えばいいかわからなくなる。
「行ってこい」
後ろから宗一郎の声がした。小さな声だった。
促されて、私は前に出た。
「皆さんが無事でいてくれたことが、何より、でした……。これからも、気をつけて」
上手く言葉にできない。
でも広場の拍手は続いていた。
子供が一人、駆けてきた。
私の手に何かを押しつけて、また駆けて行った。
小さな花だ。
野に咲く、名前も知らない白い花。
私は花を見る。
胸の中に何かが落ちてきた。
指揮官を仕留めた時とは違う、もっと静かな何か。
力があるから救うのではない。
救えたから、この花がある。
まだうまく言葉にできなかった。でも何かが、確かに動いた気がした。
約束通り、シュークリームを食べた。
街外れの小さな菓子屋で、全員が一個ずつ頼んだ。
私とシオンは、たくさん。
「約束したからね」とシオンが言った。
「私も約束しました」と答える。
私とシオンはいっぱい食べた。
食べられるだけ。
宗一郎はシュークリームを一口食べて、少し間を置いた。
「甘いな」
「シュークリームですから」
「悪くない」
テオが宗一郎の皿に顔を近づけた。
「テオ、食べるな」と宗一郎が言った。
テオが甲高い声を発した。
「食べたい、と言っていますか」
「腹が減ったと言っている」
「それは同じ意味では」
「違う。腹が減ったは状態の報告だ。食べたいは要求だ」
「テオに食べさせてあげればいいと思いますが」
「甘いものを与えると調子に乗る」
シオンが自分のシュークリームをちぎってテオに渡した。
テオが嬉しそうに食べた。
「シオン」
「だってかわいそうじゃないですかぁ」
「調子に乗る」
「もう十分乗ってますよ」
私はシュークリームを食べながら、この場面を覚えておこうと思った。
理由はうまく言葉にできない。
ただ、覚えておきたかった。
王都への帰路は三日かかった。
二日目の夜、野営をした。
焚き火を囲んで全員が座った。
シオンが何か歌い始めて、レオンに止められた。
フィリアが星を見上げて独り言を言っていた。
テオが焚き火に近づきすぎて宗一郎に引き戻された。
私は火を見ながら、手の中の白い花のことを考えていた。
街を出る前に、水に浸して持ってきた。
小さな白い花が、荷物の中でまだ生きていた。
救えたから、この花がある――
「考えすぎだ」
宗一郎が言った。
「顔に出ていましたか」
「出ていた」
「また言われました」
「また出ていたからな」
私は焚き火を見た。
「花のことを考えていました。救えたから花がある、ということを。私に勇者の力が覚醒していなくても、今日は救えた。それを忘れたくなかった」
宗一郎は焚き火を見た。
「覚醒にこだわらなくなったか」
「覚醒しなくてもいい、と思ったわけではありません。でも、それだけではないとわかりました」
「何が変えた」
「いろいろと」
「そうか」
「あなたと打ち合ったこと。レオンに欠点を直してもらったこと。シオンさんが来てくれたこと。フィリアさんの話。それから」
私は息を吸い込んだ。
「花をもらったこと」
宗一郎は何も言わなかった。
テオが甲高い声で何か言った。
「よかった、と言っていますか」
宗一郎が少し間を置いた。
「腹が減ったと言っている」
今日は間が長かった。
シオンが「あったかいね」と言った。
レオンが「火があるからな」と返した。
「そういう意味じゃないんだけど」とシオンが言い、フィリアが小さく笑った。
私は空を見上げた。
星が出ていた。
この星を、宗一郎はいくつの世界で見てきたのだろう、と思った。
召喚の光はどの世界でも似たような色をしている、と言っていた。
星も、そうなのだろうか。
澄み切った夜空に、星が瞬くのを眺めていた。
王都の門をくぐったのは、三日目の昼だった。
帰ってきた、という感じがした。
「お帰りなさいませ、エレナ様。陛下がお待ちです」
出迎えの兵士が言った。
「すぐに参ります」
馬を降りた。
「俺は関係ないな」と宗一郎が言った。
「いえ、来てください」
「王派の話だろう」
「大臣派の話にもなります。来ていただいた方が話が早いです」
宗一郎は少し考えた。
「わかった」
テオが嬉しそうに光った。
「テオは留守番だ」と宗一郎が言った。
テオがぷいと顔を背けた。
シオンがすでにテオに何かを食べさせていた。
「シオン」
「だって旅の間ずっと頑張ってたじゃないですか」
「一回光っただけだ」
「十分です」
テオが満足そうに光った。宗一郎がため息をついた。
レオンがエレナの隣に来た。
「謁見、気をつけろよ」
「何かあると思いますか」
「東部での話は全部王の耳に入っている。大臣派が黙っていないかもしれない」
私は城を見た。
見慣れた城だった。でも今日は少し、重く見えた。
「行きましょう」
謁見の間は、いつもと同じ配置だった。
王が玉座に座り、王妃が傍らに立ち、大臣が少し離れた場所にいる。
大臣の表情が、いつもと違った。
張り詰めていた。
私は前に進んで膝をついた。
宗一郎は後ろで立っていた。
「面を上げよ」
「東部での働き、見事であった。先遣隊を退け、本隊の指揮官を仕留めた。よくやった」
「ありがとうございます」
「勇者の血が、確かに宿っていた証だ」
私は頷いた。
勇者の血。その言葉が、少し引っかかった。
フィリアからまだ話しきれていないことがある、と言われていた。
今は言う場ではない。でも引っかかりは消えなかった。
「陛下」
大臣が口を開いた。
「東部での戦闘については、異世界の勇者殿の働きも大きかったと伺っております。実質的には異世界の勇者殿が戦局を決めた。エレナ様の勇者の力はまだ覚醒しておらず、前線に立てる戦力としては」
「大臣」
私は遮るように言った。
室内が静かになった。
「覚醒していないのは事実です。でも指揮官を仕留めたのは私です。道を作ってもらったのも、最後に動いたのも私です」
「しかしそれは異世界の勇者殿があってこそ」
「誰の力を借りても構いません。結果を出したのは事実です」
大臣は口を閉じた。
王が私を見ていた。
「エレナよ」
「はい」
「お前は変わったな」
「変わったかどうかはわかりません。ただ、前より少し、自分がどう動くべきかがわかってきた気がします」
王は長い間、私を見ていた。
それから静かに言った。
「続けよ」
続けよ――
私には、それが今まで王に言われた言葉の中で一番重いものに聞こえた。
「はい」
私は頭を下げて、その言葉の意味を考えていた。




