幕間 シオン
死に顔というのは、眠っている顔に似ている。
シオンはそのことを、十四の時に知った。
幼馴染だった。
名前はミア。いつも笑っていて、いつもシオンの後をついてきた。
二つ年下で、シオンのことを姉のように慕っていた。
あの日、ミアが倒れた。
何でもない怪我のはずだった。
魔族との小競り合いで、腕を切られた。
深くはなかった。シオンは軽く考えていた。
軽く考えて、後で治せばいいと思っていた。
他にもっと重傷の人間がいたから、そちらを先に治した。
後で、はなかった。
ミアの傷から感染した。
あっという間だった。
翌朝には熱が出て、二日後には目を開けなくなった。
シオンが治そうとした時には、もう遅かった。
その顔は、眠っているようだった。
シオンはそれからずっと、その顔を覚えている。
忘れようとしたことはない。
忘れてはいけない。
忘れたら、ミアが本当にいなくなる気がしたから。
回復魔法を本気で覚えたのは、その後だった。
誰も死なせたくなかった。
自分の手が届く場所にいる人間を、死なせたくない。
それだけだった。
それだけが、今もシオンを突き動かしている。
エレナと初めて会った時、最初はただの真面目な子だと思った。
頑固で、融通がきかなくて、自分を追い込みすぎる子。
放っておけない類の人間だった。
でも少しずつ、別のものが見えてきた。
エレナは、怖くても動く。
折れそうになっても、立つ。
誰かのために剣を握る時、その顔が変わる。
自分のためではなく、誰かのために動く顔になる。
その顔が、ミアに似ていた。
ミアも、そういう子だった。
自分より先に誰かを心配する子だった。
だからシオンが他の重傷者を先に治している間も、ミアは何も言わなかった。
大丈夫だから、と笑っていた。
その笑顔を、シオンはまだ覚えている。
決戦前夜、エレナの部屋に行った。
眠れなかったのは本当だった。
しかし眠れない理由は、怖さだけではなかった。
エレナが一人でいるのが、嫌だった。
一人で天井を見ているエレナの顔が、目に浮かんで、それが嫌だったのだ。
エレナの隣に座って、毛布にくるまった。
エレナが泣いていたら、どうしようと思っていた。
しかしエレナは泣いていなかった。
泣いていなかったが、目の奥が少し疲れていた。
長い間、一人で抱えこんできた顔だ。
シオンは何も言わなかった。
言わなくていい気がした。
ただ隣にいることが、今、必要なことだと思った。
いつの間にか、シオンはエレナの肩に寄りかかって眠ってしまっていた。
翌朝、目が覚めた時、エレナはまだそこにいた。
起こさないようにしていてくれたのだとわかった。
それだけのことだったが、シオンには十分だった。
あの夜、ミアの隣にいてやれなかった。
今夜は、隣にいられた。
それだけのことだったが、何かが少し、軽くなった気がした。
川岸でエレナが指揮官を仕留めた時、シオンは後方から見ていた。
腕で剣を受けた時、声が出そうになった。
が、出さなかった。
出している場合ではなかったし、嫌な考えで頭がいっぱいになった。
駆け寄った時、手が震えていた。
エレナの腕を見て、シオンは怒っていた。
怒りながら、治していた。
怒りながら、よかった、とも思っていた。
その二つの気持ちが同時にあった。
馬鹿じゃん、と言ったのは 本当のことだった。
でも本当のことは、もう一つあった。
怒れてよかった、ということ。
怒れるということは、生きているということだ。
生きているから、怒れる。
ミアには、怒れなかったから。
怒る間もなく、いなくなってしまったから。
エレナには、怒ることができた。
それだけで、十分だった。
今度は間に合った。
エレナが傷ついた時、すぐに治す。
折れそうになった時、隣にいる。
遅れない。後で、にしない。
もう、同じ轍は踏まない




