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勇者が二人  作者: にのぴ
11/20

初陣

 川に着いたのは、夜明けと同時だった。


 守備隊がすでに配置についていた。隊長が駆け寄ってきた。


 「斥候からの報告では、本隊が山道を上り始めているとのことです。早ければ一時間以内に川に差し掛かります」


 「わかりました。予定通りに」


 私は川の向こうを見た。

まだ何も見えない。

風が冷たかった。


 「エレナ」


 宗一郎が隣に来た。


 「はい」


 「指揮官まで辿り着いたら、迷うな」


 「迷いません」


 「できるか」


 「迷っている時間はないので」


 宗一郎は少し黙った。


 「そうだな」


 テオが何か言った。


 「行ってこい、と言っていますか」


 「腹が減ったと言っている」


 「決戦前にもそう言いますか」


 「テオは時間を問わない」


 「三度目ですね、それ」


 「本当のことは何度でも言う」


 テオがぷいと顔を背けた。

私は小さく息をつき、口元が緩みそうになるのを堪えた。

この掛け合いが、緊張をほぐしているのかもしれない。

意図してやっているのかどうかは、わからなかったが、そういう効果があった。


 「来るぞ」


 レオンの声がした。


 山道の先に、影が見え始めた。

一つ、二つ、十、百。暗がりの中から次々と現れてくる。

昨日の比ではなかった。

地面が揺れている気がした。


 私は剣の柄に手をかけた。

心臓が速くなっていた。怖い。

怖かったが、足は動く。


 「フィリアさん」


 「わかっておる」


 フィリアはすでに岩壁の上に移動していた。


 「シオンさん」


 「いるよ」


 「レオン」


 「ああ」


 魔族の先頭が川に差し掛かった。


 「今じゃ」


 フィリアの声と同時に、岩壁から魔法が放たれた。

轟音が谷に響いた。

岩が砕けて、先頭の集団に降り注いだ。

怒号が上がる。


 「行きます」


 レオンが飛び出した。

私はその後ろに続く。


 混乱している先頭集団に、レオンの盾が突っ込んだ。

弾き飛ばされた魔族が岩壁に叩きつけられた。


 私は前に出た。

剣を振る。

当たる。

退く。

また出る。

前に出すぎないように、と頭の片隅で考えながら動いた。


 「シオン!」


 「見えてる!」


 レオンの腕の傷が光って塞がった。

 魔族の数が多かった。次々と来る。


 「エレナ」


 宗一郎の声がした。

 振り返ると、いつの間にか宗一郎が集団の横に回り込んでいた。


 「今だ」


 宗一郎が一歩踏み出した。

それだけだった。それだけで、周囲の魔族が止まった。

本能で察知しているのだ。

この男は危険だと。


 前列が退いた。

一本の道が生まれた。

後方へ続く、細い道。


 「行け」


 その言葉を合図に駆け出した。

道の両側で魔族が動いたが、宗一郎が剣を構えたまま動かないでいると、止まった。

後方が見えてきた。

その中に、一際大きな影があった。


 あれが指揮官だ。

距離が縮まった。十、五、三。

気づかれた。

指揮官が私を見る。

驚きが、その顔に一瞬浮かんだ。

指揮官が腕を振り上げた。

周囲の個体がこちらに向かってきた。


 ――多すぎる。


 その時、光が走った。


 テオだった。

小さな体から強い光が放たれて、周囲の魔族の目を焼いた。

悲鳴が上がる。

一瞬だけ、道が開いた。


 私は迷わなかった。

駆ける。

指揮官との距離が縮まる。

指揮官が腕を振り下ろしてきた。

躱せない。


 ならば。

左腕で受けた。

衝撃が走った。

痛い。

でも右手は空いた。


 剣を突き出す。

指揮官の胸に、剣が深く入っていく。


 一瞬の静寂。


 指揮官が膝をついた。


 統率が、崩れた。

魔族の群れが逃走を始め、それが連鎖していく。


 「押せ!」


 レオンの声がした。守備隊が前に出る。

私は左腕を押さえながらそれを見ていた。

痛みが遅れてやってる。

テオが目の前に浮かんできた。


 「よくやった、と言っていますか」と私は聞いた。

 「……腹が減ったと言っている」と宗一郎は言った。


 「今は信じません」


 「そうか」


 シオンが駆けてきた。エレナの腕を見て、顔色が変わった。


 「やっぱり無茶してる!」


 「少しだけです」


 「腕で受けたの?」


 「それしかなかったので」


 「馬鹿じゃん」

 

 シオンが腕に手を当てた。

温かい光が広がった。痛みが引いていく。


 「ありがとうございます」


 「もう無茶しないでよ」


 「善処します」


 レオンが戻ってきた。

私の頭に手を置いた。ぽん、と一回だけ。


 フィリアが岩壁から降りてきた。


 「悪くなかったぞ」


 「ありがとうございます」


 「前に出すぎだったがな」


 「わかっています」


 私は谷を見渡した。

魔族が退いた後の川岸は、静かだった。


 終わった。


 ひとまず、今日のところは。


 手に、感触が残っていた。

自分で動いて、自分で仕留めた感触が。


 「シュークリーム」


 シオンが言った。


 「帰りに食べに行こ。約束したじゃん」


 「行きましょう」


 「全員で行く?」


 レオンが「行く」と言い、フィリアが「甘いものは嫌いではない」と言った。

シオンが宗一郎を見た。


 「宗一郎さんは?」


 宗一郎は少し間を置いた。


 「……どこだ、その店は」


 シオンが笑った。

テオが甲高い声で何か言った。

嬉しそうだった。


 「行きたい、と言っていますか」


 「腹が減ったと言っている」


 「それは本当だと思います」


 「本当だ」


 一行は帰還する。


 朝の光が山道を照らしていた。

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