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勇者が二人  作者: にのぴ
10/21

初陣前夜

 東部の街に着いたのは、二日目の夕方だった。

街は静かだった。

市場は店を閉め、通りに人が少ない。

子供の声がしない。

開いている店の窓から、住民がそっとこちらを窺っているのがわかった。


 怖がっている。

当たり前だ。

三日前に隣の砦が落ちた。

いつ魔族がここまで来るかわからない状況で、普通に暮らせる人間はいない。


 街の中心にある詰所で、地元の隊長から状況を聞いた。

魔族の先遣隊は約二百。

現在は街から東に一日ほどの距離にある森に陣を張っているらしい。

斥候の報告では、明朝にも動き出す可能性があるとのことだった。


 「迎え撃つしかないですね」


 私が言うと、隊長は複雑な顔をした。


 「勇者様方がいてくださるなら、こちらは援護に回ります。ただ……正直に申し上げると、我々の戦力では魔族の先遣隊相手に正面から戦うのは難しい状況です。ここ数年で随分と強くなっていて」


 「わかりました。詳しい地形を教えてください」


 その夜、地図を広げて作戦を練った。


 宿の一室に全員が集まっていた。

テーブルの上に地形図を置いて、それぞれが顔を突き合わせている。

宗一郎も珍しく部屋の中に入ってきて、端の椅子に座っていた。


 「森の東側に川があります。先遣隊が街に向かうなら、ここを渡る必要がある」


 私は川の位置を指す。


 「川を渡る前に仕掛ければ、地形を活かして数の差を縮められる。フィリアさんに川上から魔法で攪乱してもらって、レオンが前衛、シオンさんが後方支援、私が前に出て」


 「待って待って」


 シオンが手を挙げた。


 「エレナちゃんが一番前に出るの?」


 「勇者ですから」


 「でも、まだ勇者の力は覚醒してないんでしょ」


 「……はい」


 「じゃあ前に出たら一番危ないじゃん」


 「それはそうですが、士気の問題もありますし」


 「死んだら士気も何もないじゃん」


 正論だった。

 何も言い返せない。


 「エレナは中衛でいい」


 宗一郎が口を開いた。全員の視線が集まる。

宗一郎は地図を見たまま続けた。


 「前衛はレオン。エレナはその後ろで動く。前に出たい場面では出ればいい。ただし前衛より前には絶対に出るな」


 「あなたは?」


 私が聞くと、宗一郎は少し間を置いて答えた。


 「好きにする」


 「……それは困ります。作戦が」


 「俺がいない前提で作戦を立てろ。俺がいた方がいい場面なら出る。それだけだ」


 エレナは納得いかなかったが、同時に、この男に役割を与えることはきっと無意味だということはわかった。


 「……わかりました」


 「あのー」


 シオンが遠慮がちに手を挙げた。


 「肩の上のやつ、作戦会議中もずっと寝てるんですけど」


 全員が宗一郎の肩に目を向けた。テオが丸くなって、微かに寝息を立てていた。


 「いつも寝てるのか」とレオンが言った。


 「大体そうだ」


 「……役に立つのか」


 「本人に聞いてくれ」


 「寝てるじゃないですか」私は口を挟む。


 「起きたら聞いてくれ」


 フィリアが小さく咳払いをした。


 「作戦の続きをやるぞ。夜が明ける」


 決戦前夜、私は眠れなかった。

当たり前だ。眠れる方がおかしい。

寝台の上で天井を見ていると、扉を軽くノックする音がした。


 「エレナちゃん、起きてる?」


 シオンだった。


 扉を開けると、シオンが毛布を一枚抱えて立っていた。


 「眠れなくて」


 「私もです」


 「一緒にいていい?」


 部屋に入れた。シオンは毛布にくるまって、床に座り込んだ。私も隣に座る。

しばらく何も言わなかった。


ゆっくりと時間が流れた。


 「ねえ、エレナちゃん」


 「なんですか」


 「明日終わったら、何か美味しいもの食べよ」


 「……そうですね」


 「この街においしいお菓子屋さんがあったんだよ。昼間見かけて。シュークリームみたいなやつ」


 「帰ってきたら行きましょう」


 「約束ね」


 「約束です」


 シオンが毛布を引き寄せた。


 「エレナちゃんはさ、昔から真面目だよね」


 「よく言われます」


 「悪口じゃないよ。私には絶対できないことだから。毎朝五百回素振りするとか、地図を全部頭に入れるとか、無理じゃん普通」


 「シオンさんには私にできないことができます」


 「そお?何かあったっけ」


 「怖くても笑っていられる。私にはできません」


 シオンは少し黙った。


 「それは、昔からそうしないと駄目だったから」


 「どういうことですか」


 「笑ってないと、周りが不安になるじゃん。私がへらへらしてると、場が和むじゃん。それが得意なだけだよ」


 私はシオンを見る。

そのへらへらした笑顔の中に隠された芯のようなものを感じる


 「それは、大変じゃないんですか」


 「大変だよ」


 シオンはあっさり答えた。


 「でも慣れてるし。それにエレナちゃんたちといる時は、そんなに頑張らなくていいから楽だよ」


 「私たちといる時は?」


 「うん。なんか、素でいられる気がして」


 私は少し考える。


 「……私もです」


 「え」


 「このパーティにいると、素でいられる気がします。今まであまりそういう場所がなかったので」


 シオンがエレナの手を握った。突然だったので少し驚いたが、振り払う気にはなれなかった。


 「明日、絶対帰ってこようね」


 「帰ってきます」


 「シュークリーム、いっぱい食べようね」


 「私もいっぱい食べます」


 シオンが笑った。

今度は頑張って笑っている顔ではなかった。


 どのくらい経ったか、シオンの肩が私に寄りかかってきた。

寝息が聞こえてきた。

私は起こさないようにそのままじっとしていた。


 明日のことを考えた。

指揮官までの道筋は宗一郎が開けてくれる、私が仕留める。

頭の中で何度も繰り返す。


 できるかどうかはわからない。

でも――怖くても動く。

シオンがそう言った。


 私は目を閉じる。


 シオンの寝息が聞こえる。

いつの間にか、眠っていた。


 夜明け前に全員が集まった。

宿の前で顔を見合わせた時、誰も何も言わなかった。

目と目を合わせるだけで伝わる事がある。


 シオンだけが「くちゅん」とくしゃみをした。


 「かわいいくしゃみですね」


 「でしょ」


 レオンが苦笑した。フィリアが外套を整えた。テオが宗一郎の肩の上で小さく光った。


 「行きます」


 私たちは動き出す。

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