第07話 ホワイト略奪
盗賊団が討伐されるプロセス──
それは、王国中央に盗賊被害の陳情が上がり、騎士団に討伐命令が下ることだ。
ならば、そもそも略奪などしなければいい。
我ながら完璧なロジックである。
しかし、そうトントン拍子にはいかない現実が俺に立ちはだかる。
「……それで、略奪をやめて──その先は? どうやって生きていくつもりなの?」
ヴィオラの問いに、空気がぴしりと張りつめた。
モヒカン、鉄仮面、和尚たち幹部の視線が一斉に俺に注がれる。
俺は木の天板に肘をつき、あごを乗せて考え込む──いや、考え込んでいる“ふり”をしていた。
モヒカンもヴィオラに同調する。
「そ、そうやボス。略奪やめるんはええけど、わしら何して食ってくんや?」
(やばい……勢いで“略奪やめよう”って言ったけど、その後のことを全然考えてなかった)
俺は悠然と腕を組み、あえて無言を保つ。
しかし、内心は焦りで汗が噴き出していた。
背中にじっとり冷たい感触が広がっていくのを、自分でも意識してしまう。
「まさか……考えてないなんてことは、ないわよね?」
ヴィオラが眼光鋭く俺に間合いを詰めてくる。
淡い薔薇の香りに意識が奪われそうになる。それと、胸が近い。
目のやり場に困り、一旦視線を脇にそらす。
しかし、チラチラと見てしまうのは仕方のないことだろう。
(いや、そんな場合じゃないだろ!)
セルフツッコミを入れたものの、返す言葉が浮かばず、場が一瞬の静寂に包まれる。
その沈黙を破ったのは──
「姐さん、それはボスに失礼でっせ!」
唐突な声に、俺は肩をびくりと震わせた。
思わずそちらを見ると──満面の笑みのモヒカンが拳を握っていた。
「ボスは強さだけやない! きっと、わしらの想像もつかん、壮大なビジョンがあるに違いない! なあ?」
モヒカンが和尚に同意を求める。
「うむ。ボスは類まれなる知将。きっとわれらには想像もつかぬ秘策があるに違いない」
……フォローどころか、ハードルを上げてくれていた。
鉄仮面はそれまで虚空を見つめていたが、急に頭をブンブン振り出す。
「猫さんのご飯が最優先だろォォォォ……!」
猫……何かの隠語か?
この世界には、そういう名前のお薬でもあるのだろうか。
俺は鉄仮面からそっと視線を外した。
そして考える。
(弱ったな……こいつら略奪特化集団だからな。他に、何かあるかと言われても)
しかし、弱者への略奪はもう辟易だった。
あんな光景はもう見たくない。
俺は特に正義感があるわけではないが、一般常識くらいは持ち合わせているつもりだ。
困っている人がいたら、奪うよりも助けたいと思うのは自然な感情だろう。
そういえば、俺がいた国には困っている人を助ける盗賊なんていたな。
子供の頃に親父が見ていた時代劇なんだが。それこそファンタジーだな……。
……いや、まてよ?
俺は思いつきを口にすることにした。
「……ま、まあ。略奪を完全に禁止というわけじゃない。罪もない村人からはやめろってことだ。それは、盗賊団の品格にかかわる」
「品格!?」
一同が声をそろえる。
「そう。俺達はその辺のチンケな村を襲って満足しているような盗賊団で終わるつもりはない。もっとデカいことをしようじゃないか?」
幹部たちがざわつく。
「……つまり?」
俺は、できるだけ凄みのある表情を作ろうと努めながら、低い声で言った。
「いるだろ? 略奪されても文句が言えないような汚い連中が」
ヴィオラが目を細めて俺を見る。
「それって……悪党どもを狙うってこと?」
さすがヴィオラだ。話が早い。
俺は頷いた。
「そうだ」
(まあ、俺たちも極悪人認定されているんだけどね)
見ると、和尚が腕を組んでしみじみとした表情をしている。
「この世に跳梁跋扈する悪党どもを潰す……か。確かにこの国には掃いて捨てるほどおるわ」
(え? 適当に言っただけなんだけど。銀シャリってそんなに殺伐としてたっけ?)
盗賊団イベントなんてのは突然変異みたいなもので、ゲームシナリオは基本的には訓練・恋愛・教練・恋愛・恋愛・恋愛・恋愛……の繰り返しだったはず。
(ま、まあ。魔王がいるくらいだし。多少はね)
モヒカンが腕を組み、うーんと考えている。
「でも、そういう悪党って、どう見分けんねん?」
確かに。
意外と鋭いことを言うじゃないか。
「それなら心当たりがあるわ」
ヴィオラがスッと立ち上がり、壁に掛かった地図を指差した。
「明日、南の街道を“商隊”が通るという情報があるの。表向きは…ね」
「というと?」
「表向きは普通の取引。でも中には表ざたにできない商品を扱っている……って言えば、察しはつくんじゃない? 連中は襲われたところで泣き寝入りよ」
それはなんとも都合が良い。
どうしてヴィオラがそんな情報を知っているのか?
いまの俺にはそんなことは些細な問題だった。
いよいよホワイト改革の始動だな。俺は元気よく号令をかけた。
「よし、行こう。ホワイト略奪、決行だっ!!」
……思わず言ってしまったが、ホワイト略奪ってなんだ?
だが、誰もそれに疑問を挟むものはいなかった。
***
「……あれか?」
丘の上から見下ろした街道に、商隊の一行がのろのろと進んでいる。豪奢な馬車、荷馬車には大きな木箱。
「ええ、情報どおり」
ヴィオラがうなずいた。
俺は後ろに控える団員たちに向かって檄を飛ばした。
「じゃあ、いっちょやるか!」
(俺は見ているだけだけどな)
奇襲は一瞬だった。
怒号とともに飛び出すモヒカンと鉄仮面。
鉄仮面は鉤爪を振りかざしながら馬車の横腹に飛びつき、モヒカンはお決まりの釘バットを振り回す。
和尚が敵の足を絡め取るような滑らかな動きで傭兵を叩き伏せ、ヴィオラが鞭で後方支援。
幹部連中だけじゃない。団員ひとりひとりの動きにも一切の無駄がない。
商隊の護衛についていた傭兵たちは、最初の数十秒で戦意を喪失し、あとはなすすべなく崩れ落ちた。
(……すごいな、こいつら。手慣れすぎている)
彼らの動きには一切の躊躇というものがなかった。“やると決めたらやる”という覚悟と手際がそこにあった。
やがて、騒ぎが収まり、気絶した傭兵たちが転がる中、ヴィオラが荷馬車を確認していた。
「……ボス。ちょっと見て」
ヴィオラの声に導かれ、俺は荷台に近づいた。
布をめくると、そこには──
重苦しい沈黙が落ちた。
鎖につながれた男たち女たちが、無言のままうずくまっていた。
汚れた麻袋のような服、痩せ細った手足。
目を合わせる者はひとりもいない。
数にして十人ほど。
その中でも、ひときわ小さな影が目に留まった。
少女だった。
年の頃は十代なかば、か細い肩をすくめ、裸足で膝を抱えている。
身体は小刻みに震え、ボロ布の奥からかすかに息を漏らしていた。
俺はしばし呆然と見つめ、声を詰まらせながら呟いた。
「……これは……一体?」
呆然とつぶやくと、ヴィオラがこともなげに言った。
「ああ、“奴隷”よ。別に珍しくもないでしょ?」
……奴隷?
俺の体感温度が、ぐんと下がった気がした。
そのとき、少女がゆっくりと顔を上げた。
血の気の引いた頬。うつろな瞳。
けれどその奥に──確かに、助けを求める光があった。
「……あなたたちは……誰?」
しぼり出すような、かすれた声。
俺はほんの一瞬だけ迷ってから、できるだけ安心させようと口元に笑みを浮かべた。
「俺たちは──そうだな」
迷ったが、ここまで来たら腹を括るしかない。
一拍おいて、胸を張る。
「ホワイト盗賊団ってところだ」
少女の目が、わずかに見開かれた。
その瞳に、ほんの少しだけ、光が宿った気がした。




