第08話 奴隷禁止令
痩せこけた少女が、振り絞るような声で問いかける。
「……あなたたちは……誰……?」
俺は笑って答えた。
「ホワイト盗賊団ってところだ」
少女の目がわずかに見開かれ、その奥に宿った小さな光を、俺は見逃さなかった。
それが希望なのか、ただの一時の錯覚なのかは分からない。
だが──まだ気力は残っている。そう思えた。
俺はヴィオラに疑問をぶつけた。
さっき、確かに“奴隷”と言った。聞き間違いではない。
……しかし。
俺の知っているゲームシナリオで、そんなえげつない要素を見た覚えは一度もなかった。
そもそも、乙女ゲームに出していい題材でもないはずだ。
「ヴィオラ……奴隷ってのは、どういうことだ?」
ヴィオラは、何をいまさらと言いたげな表情をする。
もしかして、これが“普通”なのか?
一瞬、間を置いて──
「ああ……」と、思い出したようにヴィオラが口を開いた。
「王国は奴隷制度は禁止しているから。“契約労働者”ね。でも、名前だけ取り繕ったって、実態は変わらないでしょ」
(契約労働者……? 知らない言葉だ)
頭の中で知識を総ざらいするも、該当する記憶は出てこない。
これはゲーム内に明示された世界観の外──未実装領域か、それとも裏設定ってやつか。
そんなふうに思考を巡らせていると──
唐突にモヒカンの声が飛ぶ。
「ボス! こいつが隊のリーダーでっせ!」
俺は思考を中断し、声の方向へと振り返った。
モヒカンが一人の男を引き立てていた。
いかにも商人風の着こみ──だが目は濁っている。
リーダーの男には怯んだ様子はない。
それどころか、噛みつかんばかりの勢いだ。
「おい、貴様ら……この隊が誰のものかわかっているのか!?」
俺はその意味ありげな言葉に反応しかけたが、次の瞬間、鉄仮面の絶叫が割って入った。
「うぉらあ! お宝ゲットゥ!!」
……何なんだコイツは。
リーダーの男は、ビクッと肩を震わせて鉄仮面を見ている。
まあ、正体不明の狂気ほど怖いものはないよな。
そこへ和尚が静かに声をかけてきた。
「ボス、積み荷を移送する準備はできたぞ」
和尚は「それで……」と、言葉を継ぎながら契約労働者の男女に視線を送る。
「この者らはどうする?」
どうする、か──。
モノはともかく、人となると話が別だ。
言葉に詰まりかけた俺の目に飛び込んできたのは、今にも泣き出しそうな少女とうつむく男たちの姿だった。
そこに、かつてブラック企業で擦り減った自分の影を見た気がした。
できれば、何とかしてやりたい。
けれど──どうすれば?
そんな逡巡の中、リーダーの男が血走った目で叫んだ。
「そいつらは正式に我々と契約しているんだ! 勝手は許されん!!」
ヴィオラが木箱を一つこじ開け、中から綴じられた紙束を引き出す。
「このことかしら?」
差し出された紙を受け取り、中身に目を通した俺は──
「おおい! どんだけブラック契約だよこれ! 賃金ゼロで労働時間無制限って、完全にアウトだろ!」
思わず声が裏返った。
「ふん、それでもこれは正式な契約だ。魔力印もあるし、取り消しなど不可能だ!」
リーダーの男は鼻で笑い、勝ち誇ったように顎を上げる。
魔力印……?
また聞き慣れない単語が出てきた。
──しかし。
こんな内容、俺の価値観では到底許容できるはずもない。
ファンタジーだろうが乙女ゲームだろうが関係ない。
俺は男の目の前で契約書を高々と掲げ、真っ二つに破り捨てた。
「な、なにを──!? そ、そんなことができるはずが……!」
男は目をむいていた。
できるはずがない?
そう言われてもな。俺には、ただの紙にしか見えなかった。
「できちゃったし」
俺はにっこり笑ってやった。
これで彼らは自由だ。さっさと引き上げよう。
男に向き直る。
「あんた、もう帰っていいよ。上の人に伝えといて。これ、コンプライアンス違反だから。労基に訴えちゃうよ?」
一瞬の沈黙。だが男はすぐに怒声を返す。
「貴様ら、何度でも言うがな──誰の積み荷に手を出したと思ってるんだ!!」
脅しとともに、背後に得体の知れない影がちらつく。
さっきからしつこいくらいに“誰のものか”を強調してきている。
(……それ、そろそろ聞いていいか?)
言いかけたところ──
「ごちゃごちゃうるさいなー!」
モヒカンが唸るように一歩前に出て吠えた。
「ボスが慈悲を見せてるうちに、とっとといねやァ!!」
しばし睨み合った末、男は忌々しげに舌打ちして去っていった。
(行っちゃった……)
その背中をしばらく見送りながら、俺はどうにも抑えきれないもやもやを抱えたまま、隣のヴィオラに問いかける。
「この積み荷の主って──誰なんだ?」
「えっ? はは。ボスならなんとかなるでしょ」
肩をすくめるヴィオラ。
適当にあしらわれた。
(気になるだろ……それ……)
喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
──どうも、ややこしい話になってきた気がする。
***
俺たちは砦に戻ってきた。
とりあえず、契約労働者たちをあの場に捨て置けるわけもなく──連れてきた。
ボロボロの衣服ではさすがに見かねたので着替えを用意させ、今は焚き火を囲んで食事中だ。
彼らは最初こそ、盗賊団のアジトに連れて行かれると聞いて相当に怯えていた。
だが俺が「乱暴な扱いは厳禁」と団員たちに釘を刺しておいたため、予想外の好待遇に逆に戸惑っている様子だった。
(……さて。連れてきたはいいけど、どうしたものか)
悩ましい。
奴隷──いや、“契約労働者”という名目だが──を抱えたまま、ただ放置しておくわけにもいかない。
そんな俺の思案を断ち切るように、モヒカンがいつもの無神経な声を上げた。
「なんやー、奴隷でっしゃろ? パーッと売っぱらって、美味いもんでも食いましょうや!」
その言葉に、契約労働者の男女の一群がビクリと肩を震わせた。
おいっ!
せっかく落ち着いてきたのに、ビビらせるんじゃない。
追い討ちをかけるように、鉄仮面が絶叫する。
「今夜は焼肉だァァ!! ウオオオォォォ!!」
……頼むから黙ってくれ。
頭が痛くなってきた。
(仕方ないな……)
俺はできるだけ柔らかな表情を作り、そっと彼らに歩み寄った。
全員、俺に目を合わせようとしない。
それも無理はない。俺だって、俺の姿は自分でも怖いと思う。
だからこそ、できるだけ優しい声をかけた。
「大丈夫。売ったりなんかしないから」
しばしの沈黙の後、ひとりの男がそっと目を上げた。
「……ほんと、ですか?」
俺は頷いた。
「ああ、約束する。俺たち、ホワイトなんで」
背後でモヒカンが「嘘やろ!?」と声を上げる。
俺はモヒカンをキッと睨みつけ、堂々と宣言した。
「持続可能な盗賊団の心得──奴隷は禁止だ」
それを聞いたヴィオラが腕を組み、ふっと息をついた。
「……まあ、言い出しそうな気はしてたけど」
俺は契約労働者──いや、もう“元”契約労働者たちに声をかけた。
「さ、帰れる人は帰っていいよ。あと、手持ちの金も必要だろ? 持って行っていいから」
そう言って、団員に先ほどのホワイト略奪の収奪品の一部を彼らに持たせるように指示した。
彼らは戸惑いながらも顔を見合わせたが、やがて一人、また一人と立ち上がり、深々と頭を下げて、静かにその場を後にしていった。
──そして。
ぽつんと、一人だけ、少女が残った。
俺が最初に声をかけた子だ。
「ん? えっと、君も行っていいんだよ?」
俺が微笑みながら声をかけると──
「ひっ……」
怯えた声が返ってきた。
(……傷つくなぁ、わかるけどさ)
だが少女はおずおずと口を開き、ポツリポツリと語り出した。
「……私の村、すごく貧しくて。うちは借金まみれで……。私が王都に働きに出る契約をして、ようやく冬を越せるお金が入ったんです……でも、帰っても……きっと、みんなに迷惑かけるだけで……」
か細い声。けれど、消えていない意思がそこにあった。
涙をこらえるその姿に、俺の目頭も熱くなった。
(けなげな子だ……こういうの、ほんと弱いんよ)
その時、またもや無神経な声が割り込んできた。
「じゃあ、売り払ってパーっと──」
俺が圧を発すると、モヒカンは慌てて手を振った。
「じょ、冗談やがな……!」
俺はモヒカンを追い払うと、あらためて少女に向き直った。
「名前は?」
少女は、小さな声で答えた。
「……ティナ」
俺は静かに頷いた。
「よし、ティナ。次のあてが決まるまで、ここにいよう。無理に働かせたりはしないから」
ヴィオラが眉を上げる。
「いいの? こういっちゃなんだけど、危ない目に遭うかもよ?」
それはわかっている。だが──
「でも、放っておけないだろ」
和尚が助け舟を出してくれた。
「うむ。娘ひとり旅は無謀。そのうち、身を立てる術を得るまでは、やむを得まいな」
その言葉に、ヴィオラはやれやれとため息をついた。
「ほんと、どうしちゃったんだか……」
けれど、その横顔は、どこかやさしさを含んでいた。
(ホワイト盗賊団の改革──まだまだこれからだ)
次の課題は、ティナの居場所づくり。
そして、もう一歩先の“ホワイト化”だ。




