新世界を礼賛せよ
事務所の人間と別れた後、俺は薬子が行きそうな場所を何ヶ所か当たってみたが全て外れた。思えば彼女の事を何も知らないので当たり前である。否、多少語弊があるか。凛原薬子は知っていても、七凪霖子については一ミリも知らない。
「はあ…………くそ」
頭がごちゃごちゃする。考えを纏めたい所だが、事務所の人間は総出で薬子を捜索しているので頼れないし、深春先輩では所有している情報に差があるのでまずそこの共有から始めなければいけない。時間がかかる。
天玖村から生還して現在二日目。雪奈さんの拠点で寝泊まりしていたので家には帰っていない。そんな暇があるとは思えなかった。二人の居場所は行方知れずで、いつ雫からレコードが抽出されて新世界構想が完成するかが分からない。 そう考えたら休むなんて考えられない。早く見つけないと。
―――どうやって?
手詰まりだ。俺だけではどうしようもない。綾子との確執は解消されたがこんな所で協力を求めても前進するかどうか。
ピピピピピ。
携帯が鳴った。発信先はマリアだ。
『もしもし』
『リューマ。シズクは見つかった?』
『いや…………全く当てがない。手詰まりだ。まさか見つかったとか言わないよな?』
『それは流石ニ。でも心当たりというか、手掛かりなら見つケた。直ぐ来れる?』
『いや、もう着いた』
たまたまマリアの教会近くを歩いていたのが良かった。主導者である両親が薬子に惨殺された事でイ教は事実上の廃業に追い込まれた。お金を取っていないので多少語弊はあるが、上手い語彙が無かった。
通話を終えると、慌てた様子でマリアが玄関まで出迎えに来た。
「な、ナンデ?」
「本当にたまたまだ。今日はずっと外を走り回ってて、さっき昼飯食べて、適当に歩いてた。中にあるのか?」
しかしここは薬子が徹底的に荒らし回っていたから目ぼしい物は全て破壊されている筈だ。その辺りを抜かる彼女ではないだろう。そこは信用している。雫を捕まえた後に警察へ源地を突き出したのは彼女だろうが、だとしても一度は組んでしまった。幾ら何でも手段を選ばなさ過ぎる。新世界に塗り潰される旧世界などどうでも良いという事か。
「私の家、大昔は天玖村にあっタ」
「そうだな」
「あっちの家にある古い本とか、色々引っ張りダシテきたの」
教会の中は急ごしらえの改装がなされており、長椅子の上には幾つもの本が乱雑に詰まれている。その殆どは如何にも関係なさそうな本ばかり……というか、全部関係なさそうに見える。植物図鑑は取り敢えず絶対違う。五年前だし。
その中でマリアは本というよりはファイルに近い書物を俺に渡してきた。文字が古すぎて読めない。
「それ、イ・カラムルパンナを下ろす為に必要な条件。一、人が死んだ場所である。二、呼びだす者が信仰をその身に受けた聖者である。三、血縁者でアる」
「血縁者であるって何だよ」
「……多分、村長の事。特別な家系だったンだと思う」
それはおかしい。
まず第一に、薬子は村長が大嫌いだった。血縁関係もあるようには思えない。それに血縁者でなければダメなら彼女はそもそも条件を満たせないので失敗するだろう。アカシックレコードを持つ彼女がそんな真似をするとは思えない。幾ら半分とはいえ、未来の技術でその辺りは調べられても不思議はない筈……。
「…………なあ、マリア。お前の祖先がどうして追い出されたかってのは分かるか?」
「…………? ドウシテ」
「いいから。関係あるかもしれない。答えによっては悍ましい背景が見える」
マリアの発言は鳳介が残した知識に非常に近い。彼が村の中で集めた知識にも非常に近いものがあった。ただし近いだけで同じではない。人が死んだ場所……というより死体が必要で、しかもあちらでは白蛇の仮面が必要だ。
―――長い歴史の間に変質したのか?
昔とやり方が違うとして。同じ物に繋がるのか?
車輪の再発明という可能性は十分にある。アカシックレコードが二人の情報を知っていたので同じ物には繋がっているのだろう。あれも自分には色んな呼び方があると言っていたし。ただ、どうも俺は当初から半分こしたから本来の能力から離れたという説明に納得がいっていない。真孤を疑う訳にもいかないのでそういうものと流していたが、ここに来て別の可能性が浮かんでしまった。
辿り着く物が同じでも得られる力が意図的に違う可能性だ。
だとしたなら手順が違う事についても説明がつく。二人は本来あり得ない分割を経て能力を得たのではなく、二人の力は一つにまとまっていて、そこから分割したのだ。真孤の『誰も意図してない』発言は二人だけの話ではなく、天玖村全体の歴史を踏まえて手順が変わった事について言及していたのかもしれない。つまり全くの偶然。
これはどうでもいいようで、非常に大切な事だ。手順が二つあるなら正しい手順を選ぶ必要がある。
「…………アった」
「何だって?」
「…………他に男を作っタから。不貞行為?」
「……!」
その寒気は、源地の正体を知った時と同じだ。生理的嫌悪感と言うべきか、同じ男として恥ずかしいというか、心底反吐が出る。鳥肌が立ったのではないかと腕を擦り、心を平常に近づける。マリアは全く要領を得ていなかった。
「どういウ事?」
「薬子が村長の血縁であるという前提を元に可能性を探ってた。つまりその……不貞行為ってのはお前の祖先の……その時の配偶者なんだろうな」
「何言ってるか分からなイ」
「天玖村のルールの一つなんだ。女の子は母親の下で、男の子は父親の下で。わざわざ片親にする理由がさっぱり分からないしこればかりは村長本人に聞くしかないんだが、父親なんて必要なかったんだ。だって、村長が居るから」
「……え、チョット。それって」
「村の母親全員と関係を持ってたって事だよ!」
現実でハーレムをやる奴が居てたまるか。しかも今までの背景を考慮するならそこに愛はなく、何らかの目的があっただけという救いのなさだ。みんな素直に従っていただろう。神律はそういう風に作られているだろうし、神の生まれ変わりから種を授けられるなんて無上の喜びだ……なんて。心理掌握されているならそんな風にも考えるかもしれない。
まあ、今はいい。居場所だ。どうやって割り出すべきかがさっぱり分からない。人が死んだ場所……便宜上心霊スポットという事にしておくが、そんなものは無数にある。もっと情報が欲しい所だ。
―――久しぶりに家に帰るか。
何と言っても寝室が一番落ち着く。枕が変わったら眠れないとかそういう問題ではないにしても環境を変えれば何か閃くかもしれない。
「有難う。何か閃いたら情報くれ。俺は帰る」
「役立てなくてゴメン」
「全然役立ってるよ。遠慮とかじゃなくてさ、昔の天玖村を知れるのぶっちゃけお前からしか無理だし。じゃあな」
家に帰っても、両親の姿どころか妹の姿も無かった。関わらせない努力を省けるので楽なものだと楽観視していたが、こうも姿が見えないと流石に心配になってくる。俺は散々言いつけを無視して外出してきた。でもそれは雫の為には仕方ない事で―――だが、家族はそんな事情を何一つ知らない。死刑囚を匿ったのにバラす訳ないだろう。お蔭で妹を怒らせてしまった事もある。反省はするが、二度としないとは口が裂けても言えない。
雫の味方は俺だけだ。それ以上の理由は要らない。
いつもの様にリビングを通り過ぎようとした時、テーブルの上に携帯が二つ並んでいる事に気が付いた。両親の携帯だ。不用心にもスリープどころか開きっぱなし。メールの途中だったのか文面が開放されている。
『初めまして。私の名前は六薙罪人です。貴方には悪霊がついております。遠隔で祓わせていただきますが、どうかこれ以上危ない場所へは行かぬように』
『貴方に憑りついた悪霊は貴方の周りをも不幸にしてしまいます。貴方のご両親はそのせいでいなくなられました。まだ間に合います。家でジッとしていて下さい』




