絶対の繁栄を約束せよ
最終章
天玖村から帰還した俺達はとある地下室へと赴く事になった。そこはかつて薬子に案内され、新世界構想を知る事になった場所だ。印象に残っていない訳が無い。彼女が買い取る前は強姦魔が使っていたとか言われたら不快感で記憶に残ってしまう。
「ここは……」
「電気をつけるぞ」
入り口で待ってくれていた護堂さんが暗闇に消えて、暫くするとパチっという音と共に天井照明がついた。天井自体が照明になっているらしい。こんなボロボロの建物には似つかわしくない設備だ。
暗闇の中には、夥しい数の男女がベッドに安置されたまま規則正しく並んでいた。
俺達が使ったソファはもっとずっと手前にあるので電気を付けられなければまず気付けない。明るい所から入って来たので夜目が利く道理もない。
「ベッドに繋がってる機械の説明は省くぞ。どうせ未来の技術だからな。ただ、技術は未来でも科学にはルールがある」
「僕の見解だが、新世界構想に重要なのは死体だ」
「死体ですか?」
「この機械に映し出されてる映像は恐らくこのヘッドギアを装着した者に見える景色だろう。映し出されているのはここ木辰市だ。映像の限りでは全く現実と相違ない。ここまでならVRでも同じ事が出来るだろうが、これでは死体の頭に一々ヘッドギアが装着されっぱなしな事に説明がつかない」
「実際に装着はしたんですか?」
「したけど、起動が出来ない。未来音痴だからね。手詰まりになったと思ったんだが、こんなものを見つけた。取扱説明書だ。これによると新世界構想は死体から世界がどう見えるかのサンプルを取り出して、それによって同一の現実世界を構築するらしい」
ここに居るのは護堂さんと所長を除けば残る事務所メンバー全員と俺だが、誰一人として所長の発言に理解が及ばなかった。
「ど、どういう事ですか?」
「世界は共通認識の上に成り立っている。製作者一人の視点からではどうしても新世界と呼ぶに相応しい現実の上位互換を作る事は叶わないだろう。そこで必要になるのが一人一人の視点だ。少年少女、老人老婆、日本人外国人、背の高い人低い人。様々な条件を持った人間を殺して、それまでに見聞きした記憶を抽出して反映する。ここに居るのは二〇〇人と少しだ」
「所長。じゃあこの子を殺したのはクスネ?」
「いいや? 何も死体は本人が殺す必要はない。それに僕が聞いた限りじゃ、その子を殺したのは男だって話だろう」
「……ゲンジ」
ぼそっと呟いたつもりだったが想像以上に音が反響した。雪奈さんが振り返り、俺の胸倉をつかんでくる。
「知ってるの」
「知ってるっていうか……リンの協力者です。仮にも正義の味方だったアイツも居たし、会った時は何とも思わなかったんですけど……」
「前河原源地。前科たっぷりの強姦殺人魔だ。メインターゲットは小学六年生から中学二年生。レイプしたターゲット全員をそのまま殺害してる。被害者の少女達に自分をお父さんと呼ばせるのが好きらしい」
「…………え。ちょっと待って下さい護堂さん。今強姦殺人魔って言いました?」
「ああ」
ではあの時薬子が語っていた強姦魔とはゲンジの事だったのか? そう考えたら急に全身が総毛立ち、そんな極悪犯罪者と一瞬でも言葉を交わした自分に吐き気がした。そんな場所に妹を招いてしまった自分が疎ましく思えた。
そして彼女に幻滅した。
「『ナナイロ少女』の生前に該当する死体はこの中に七体。雪奈、本人に探し当ててもらうといい」
「…………分かった」
幸奈さんがポケットからヘアピンを取り出すと、片目を隠していた髪を留めて鏡面の瞳を露わにすると、被害者達の間をすり抜けて護堂さんが目印を立てた場所を歩いていく。ベッドには一人一人丁寧に死亡日が記されており、その無機質な扱いには薬子の異常性が見て取れた。新世界構想成就の為にはどんな犠牲も厭わない。たとえそれが下劣な感情で死亡した少女で在れ、飽くまで道具として活用する。
「…………これだね」
彼女の喋り方が変わった。主導権を『ナナイロ少女』に渡したらしい。死体の名前は七草瑞貴。確かに身長からして十三歳程度だ。未来の防腐処理でも施されたのだろうか、恐らくは死んだままの姿で眠っている。
「ごどう。その源地は何処に居るのかな」
「安心しろ。警察の方で取り抑えてある。これに関してはかなり前からな、具体的に時期を言うならアイツが七凪雫を手に入れた後だ」
「そっか」
ヘアピンを外して瞳を隠す。雪奈さんは徐にコートを脱ぐと、護堂さん目掛けて渡した。彼は何も言わずに片手でレインコートを受けると、言葉一つ残さず部屋を出る。何をするつもりかは明白だ。『ナナイロ少女』は腐っても怪異、雪奈さんに対して優しいだけでその倫理や道徳は生者のそれを逸脱している。怪異に魅入られた人間は対処しない限り死ぬ様に、源地は『ナナイロ少女』に魅入られてしまった。
護堂さんは警察だ。犯罪者とて守る義務がある。そこにしつこく言及すれば彼を止める事も出来ただろう。だが―――怪異との共生は、将来的にどんな影響を与えるか分からない。『ナナイロ少女』は都合が良いから雪奈さんと共生しているだけで、彼女が死ぬまでに犯人が見つからなければ元の場所に戻るのだろう。そうなれば無実の男性の多くが犠牲になる。
大の為に小を捨てる。多くの無辜の民の為に、犯罪者一人を見殺しにする。逆張りでも無ければ多くの人間がこの選択を賛同するだろう。犯罪を犯した者は死ねばいい。そんな過激派も含めて賛同多数だ。性犯罪者はそもそもからして他の犯罪者にも評判が悪い。外国では刑務所でリンチされると聞く。
雫のそれも、状況はほぼ同じだ。だが俺は小の為に大を捨てる決断をした。雫が生きる歴史は正しくないとアイツは言っていたが、そんなのどうでもいい。俺は彼女と一緒に居たい。死んだままなら世界が良い方向に転がるなんて、どうでもいい。
状況は同じと言ったが中身は違う。源地は犯罪者だが、雫は何もしていない(目を瞑る)少なくとも、死刑にされる謂れは無い。俺は恋人として彼女を守らなければならない義務がある。
「雪奈、良かったのか?」
「…………親友だった」
「え?」
「色々な事に相談乗ってくれた。本当はもっと一緒に居たかったけど、大丈夫。成仏してくれるなら、それを喜ぶのが、多分友達」
どうにか慰めてやりたいが、仮にも異性の彼女に俺がやりがちな行為は慎みたい。綾子や雫ならばいざ知らず、ここでそういう事をするのは下心があるみたいで。
―――なーんか引っかかるな。
『ナナイロ少女』を殺したのが源地で、その遺体を提供した。筋は通っているが何かがおかしい……そうだ、人数だ。幾ら薬子と言えどもここ一年でこれだけのサンプルを用意する事は出来ない。雫があの横井戸を通ってきたなら、死刑囚という立場に置かれたのもつい最近の筈だ。十八歳の時(村が滅んだのは十年前)に捕まって死刑になって脱走……恐らくはこの一連の流れが時系列の矛盾。レコードはレコード所有者には干渉出来ないが干渉出来る範囲で可能な限り修正を行う。これは『本来』の所有者である真孤からの情報なので間違いない。
元よりあの村でさえ死を定められた雫が現代まで生き延びるという矛盾に辻褄を合わせようとしたらそれが一番自然になるのだ。脱走すれば刑も糞も無い。何故横井戸を通ったら直近の年代に来るかと言われたら、本当に十年前に脱走していたらずっと前から俺は彼女を知らなければいけないが、実際彼女を知ったのは出会う少し前。昔捕まったという記事を見た記憶があるのに誰も思い出せないのはそういう事だろう。
ここで絡んでくるのが薬子の実年齢だ。彼女の実年齢は二十八歳。十年引けば丁度十八歳だ。鳳介と雫のやり取りから逆算すると、薬子は横井戸を使って時間をジャンプした事に気付けなかった…………いや。
思い出せ。かつて薬子は『雫は一度死んだ』と言っていた。あれだけ雫に執着していた彼女が十年間もほったらかしにする訳がない。何十年も前から新世界構想成就を掲げて活動して、名前を売っていてもおかしくはない。死体を用意するにも色々楽になるだろうし。というか、もしそこまで雫を重要視していないなら所長の作戦は何ら有効ではなかった筈だ。
鳳介も言っていただろう。自分が生きて雫が死ぬ未来が正しいのだと。つまり十年前にはとっくに正しい歴史をなぞっていたのだ。元より歴史を変えたのは鳳介だ。しかも変動する部分がよりにもよってレコード所有者だった為に世界は修正が行えず、歪みを発生させてしまった。十年前に死んだ人間が十年後に生きているという矛盾は解決されず、結果薬子から見れば一度死んだが生き返ったように見える。そうは考えられないだろうか。
果たしてこの証明に何の意味があるか。大ありだ。薬子が彼女の後を追って横井戸を使っていないなら、彼女は十年かけてこのサンプルを用意した事になる。そう。それはいい。
―――何でこの町に来たんだ?
横井戸を使っていないならここに来れる筈がない。天玖村は確かに遠くはないが、この町と雫には何の縁も所縁もない。誰かが情報を提供しない限り、ここに来れる筈がないどころか、ピンポイントで俺に付き纏えるはずがないのだ。
『しかしあの町から離れるとは都合が良くて助かりました。貴方と雫の気配を追えばいいだけですから。いやあ、それにしても用意周到ですね。役所にでも行ったのでしょうか。ごく一部の方を除き全員を支配下に置いていたとは。気配で探れない訳です。大量の気配を囮に離れる事で時間を稼ぐ算段だったのでしょうが、不幸でしたね。裏切りに遭うとは』
天玖村の殆どの人間は雫の支配下にあった。薬子は『気配』で雫を探しているので、気配だらけの木辰市はさぞ探しにくかっただろう。もう一度言おう、こんな状況でピンポイント捜索は不可能だ。それに直近半年に雫がジャンプしてきたなら、九年半は何処にもいない存在を探す必要がある。たまたまここに当たりをつけたとしても九年半も滞在するなんてリスクが高すぎる。
所長の時同様、雫の位置を教えた人間がいる。
そいつは俺が海に行った時、俺の家に脅迫文を送りつけた人物と同じだ。あの時は部外者で唯一、俺と雫が同棲していることを知っていた人物。
―――関係者、他に居るか?
今度こそ行けると思ったが、まだ足りないらしい。仕方がない。雫を奪還した後に考えよう。そちらの方がもっと単純で、難解。俺の仮説が正しいとさえ言ってくれそうな無理難題だ。
薬子は何処でレコードを抽出するつもりで、雫を何処へ連れ去ってしまったのだろう。
ヒントは無い。
ほら。
何の情報もないのにたった一人を探そうなんて無茶なのだ。
向坂君は雫を取り戻せるのか。




