24. 電子戦 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
でも前の艦内図が、やけに目障りなくらい明るかった。
メンテナンスシャフト、減圧、通信遅延、狭い通路——この条件で、アイダのフローが間違っているわけじゃない。ただあまりにも、「まだ隣で人が死んだことのない人間」のために書かれた手順書に見えた。
手を上げる。
灰色側全体が、針で突かれたみたいにざわっとした。
教官がこちらを見る。
「名前」
「星野霜」
左側の白い制服の何人かが、わずかに表情を変えた。
ああ、知っているのだろう。
校門で風紀にマークされ、射撃場でも引っ張り出され、噂では脱出用の金属片を持ち込んだ特編転入生。
胸が熱くなる。入学して数日。成績より先に名が売れるとは、さすが連邦。
立ち上がり、前方の艦内図を見据える。
「敵がすでにメンテナンスシャフトから侵入していて、中段で局所減圧が起きているなら、通信確保と命令調整を優先していたら、『狭い口に釘を打ち込める』唯一の時間を逃す可能性が高いと思います」
図の二本のラインを指さす。
「まず、この副供給ラインを爆破して、第二コーナー一帯を一瞬で暗くする。その上で、メンテナンスシャフト横の点検ハッチを偽の退路として使い、敵を狭い区画に押し込みます。重装は標準の遮蔽位置に構えさせる必要はない。半斜めに身体ごと噛ませて、射手が押さえるラインを一本に絞る。通信員は最初から報告に走らせるんじゃなく、局所放送を使って敵の聴覚判断を撹乱。こちらが撤退していると本気で思わせてから、側方のメンテナンス通路から反対側に回り込む」
教室が静まった。
とても、静かに。
教官は遮らなかった。
続ける。
「損傷したメンテナンス区画を放棄するかどうかは、中に『錯覚を作る材料』があるかどうか次第。補給艦は戦列艦と違って、中身の多くが『価値は低いがよく燃えるもの』で埋まってます。きれいに守ろうとしたら、守れない。生き延びたいなら、相手にまず『こいつらは何人残ってて、どこにいて、まだ噛みついてくるのか』を見失わせるべきです」
話し終わってからの二秒間、音がなかった。
左の白い列から、誰かが小さく鼻で笑った。
泥をテーブルクロスにぶちまけられたときの音だ。
教官は笑わなかった。表情も変えない。
ただ図を見つめ、指先で机を一度叩いた。
「お前の案には、いくつか問題がある」
来た。
「一つ、副供給ラインを破壊すれば、艦内の損傷はさらに増える。二つ、通信員の報告を遅らせれば、上級の修正が届くまでの時間も延びる。三つ、『偽の退路』は、敵がその誘導に乗ることを前提にしている。四つ、これは標準的な班の対応ではなく、高リスクの賭けだ」
うなずく。
「はい」
「それでも、なぜそれを選ぶ?」
教官を見る。
「その条件なら、標準フローは、『死者のために』よく整った事後処理の書類に一番近いからです」
白い制服側から、今度は明確な不快の気配が上がった。
前列中央のアイダが、ようやく振り返る。
緑の瞳は安定していて、冷静で、怒りはない。ただ、「今まさに机の木目を観察していたところに、お前が机をひっくり返した」という種類の、静かな不賛成があるだけだ。
手が上がる。
教官が指名する。
アイダは立ち上がり、相変わらずきれいな声で言う。
「全ての班がそういう発想で艦内遭遇戦に対応した場合、指揮系統が崩壊します。臨時代理指揮官の任務は、個人的な瞬発力を披露することではなく、上級指揮が引き継げる範囲に局面を維持することです。さもなければ、局所で勝っても、艦全体へのリスクを増やすだけになります」
なるほど。
これもきれいだ。
標準解の第二段、補足版。
刃まで、行儀よく磨かれている。
彼女を見る。
「局所が先に死んだら、上級指揮が引き継ぐ『範囲』は、もっときれいになるの?」
教室の空気が、一瞬で張り詰めた。
ジェスは後ろで机に頭をめり込ませかけている。たぶん心の中で私の遺品リストを作っている。
アイダは私を見ている。怒りはなく、それがまた厄介だ。
「局所の生存は唯一の目的ではありません」
と言う。
「任務の継続性、全体の同期、後続支援の窓口も同じくらい重要です」
少し笑う。
「そうね。前提として、『後続が来る』まで持ちこたえられるなら」
そのとき、教官がようやく手を上げた。
「もういい」
声は大きくないが、「これ以上続けると、誰かがケーススタディにされるぞ」という線がはっきり引かれていた。
「アイダの案は、統一された指揮体系の中での優先対応として適切だ」
白い制服側に向かって、教材に判子を押すように言う。
「星野の案は、一定の条件下では局地的な生存率が高くなる可能性がある。ただし指揮ノードの破壊に依存しすぎており、実行者に求める水準も高い。一般教範としては不適切だ」
それから、私を見る。
「この手のやり方が出てくるのは、だいたい二つのパターンだ。一つ、古参兵。二つ、追い詰められるのが早すぎた人間」
……
実に結構。
今日の授業も、また一歩で連邦教師が全体の前で私の心理解剖を始めかけた。
何も言わなかった。
言えば言うほど、「無料のカウンセリング延長」にしかならない。
教官は話を本筋に戻し、「再現性」と「統一指揮」とやらの戦術体系について語り始めた。後半はほとんど耳に入っていなかった。分からないからじゃない。分かるからだ。
アイダの言い分は分かる。
教官の言い分も分かる。
この教室全体が、きれいな答えを好む理由も、分かる。
きれいな答えは、何かあったときに責任の線が引きやすい。
汚い答えは、ときどき本当に命を救う。でも見栄えが悪すぎて、人が生き延びても、報告書に「よくやった」と書いてくれる人間は少ない。
チャイムが鳴り、データパッドを閉じて立ち上がる。さっさと出てしまおうとしたところで、前列の誰かが通路に立ちふさがった。
アイダ・ローゼン。
間近で見ると、さっきよりさらに「人型教範」だった。髪の毛一本まで整っていて、表情は抑制され、前に立つ距離すら教本的だ。
顔を上げる。
「何か用?」
遠回しは一切なかった。
「あなたの案は、不安定です」
ああ。
実に彼女らしいオープニングだ。
データパッドを脇に挟む。
「あなたのは安定してる」
「ええ」
「おめでとう」
彼女は私をじっと見ている。緑の瞳には怒りではなく、真剣な「理解不能」だけが浮かんでいた。
「なぜ、そこまで当然のように、『支援は来ない』『命令は遅い』『局面は最悪になる』と想定するんですか?」
その質問は平板だ。
平板すぎて、思わず笑いたくなった。
皮肉ではないのだ。
本当に、そういう世界をまだ知らない。
そういう顔だった。
一つ返す。
「なぜ、そこまで当然のように、『支援は間に合う』『命令は機能する』『状況はあなたのフロー通りに崩れてくれる』と想定できるの?」
アイダが一秒、黙った。
「全員が最初から体制の無効を前提にしたら、その体制は文字どおり無効になります」
「体制が、もともとところどころ無効な場合は?」
「だからといって、個人の判断を全体の前に置いていい理由にはなりません」
見つめる。
本当に、よくできた厄介さだと思う。
悪意のある厄介さじゃない。
「間違ってはいない部分」が多すぎて、その「間違ってない感じ」がどうしようもなく腹立たしい、そういう厄介さ。
脇に挟んでいたデータパッドを持ち直す。
「ローゼン。実際に減圧が起きている区画にいたことは?」
すぐには答えない。
「シミュレーションでは——」
「シミュレーションじゃなくて」
遮る。
「四秒遅れたら、隣の人間が先に血を吐くって、分かってる場所の話」
アイダの表情が、初めてわずかに変わった。辱められたからではなく、「教材の表紙を剥がされて、いきなり中身を触られた」ときの不快さだ。
「ないわ」
「なら、それでいい」
そのまますり抜けようとすると、すぐには道を開けなかった。
「あなたのやり方にも、当然代償はある」
「分かってる」
「より多くの区画が制御不能になるかもしれない」
「代わりに、目の前の人間が生きるかもしれない」
彼女は唇をかすかに引き結んだ。
「その考え方は、隊を率いる者には向いていません」
ほう。
それは、少し面白い。
横顔のまま、彼女を見る。
「私が率いたがってるように見える?」
アイダは、一瞬きょとんとした。
たぶん、「標準解をひっくり返すような発言をする人間=自分の実力を証明したいタイプ」と自動的に分類していたのだろう。残念ながら違う。今のところ「人を率いる」ことについての感想は一つだ——面倒。コスト高。とくに、死んでも返金されない。
まっすぐ見る。
「私は、死ぬときまできちんと整列させられるのが嫌いなだけ」
そう言って、教室を出た。
廊下でジェスが待っていて、私の顔を見るなり大きく息を吸い込んだ。
「あんた、よく生きて出てきたわね」
「期待に添えなくて悪いわね」
「がっかりじゃなくて、衝撃だから」
並んで歩き出しながら続ける。
「さっきの教室全体の目、見えてた? あんたのこと——」
「どう見てたの?」
「展示ホールに野良犬を放したら、その野良犬が『この展示には避難経路の欠陥があります』って指摘し始めた、みたいな目」
少し考える。
「それ、私けっこう貢献してるじゃない」
ジェスは笑いすぎて、ほとんど壁にぶつかりかけた。
「でも本当に容赦ないわね」
と言う。
「アイダみたいな人間に、正面から噛みつく人は、普通ほとんどいない」
「家柄があるから?」
「違う」
ジェスが言う。
「成績が良くて、話し方が安定していて、正解そのものみたいな顔をしてるから。そういう人間の一番厄介なところは——押さえつけなくても、周りが先に信じる」
教室の入口を振り返る。
アイダはまだ中にいて、追いかけてはこない。ただ人の流れの向こうからこちらを見ていた。その目に単純な嫌悪はなく、それがかえって厄介だった。私を追い出したいわけじゃない。私が間違っていると思っていて、どこがどう間違っているのかを、本気で解明したがっている。
そういう人間が一度こだわり出すと、うるさい。
でも、無視もしにくい。
視線を戻して、下院区へ向かう。
今日の成果は以下のとおり。
一、上下院混成授業の空気がどれだけきれいで、どれだけ吐き気がするかを正式に体験。
二、アイダ・ローゼンと正式に知り合った。髪の毛一本から句点まで、全部が模範解答みたいな女。
三、理論の授業で、きれいな戦術を「もう少し生き延びられる汚い版」に解体した。おまけに白い制服全員から集団的な不快感をいただいた。
四、アイダは使い物にならないわけじゃない。これが特に厄介だ。紙で作ったやつなら、むしろ楽なのに。
五、軍校で一番面倒なのは規則そのものではなく、規則に存在理由があると心から信じている人間だと、理解し始めた。
風が中央通路を吹き抜けて、白い壁が光を返す。遠くの上院の塔は相変わらず、埃一粒も知らないみたいにきれいだ。
ふと、思い浮かんだ。
ジェスは、縫い目がどこにあるかを知っている人間だ。
ハーヴィーは、壊れたものを使える状態に直す人間だ。
アカリは、命令を待ちすぎて居心地が悪い人間だ。
そしてアイダは——
アイダは、こちらが血まみれの手で戻ってきたとき、まず「なぜ手順通りにしなかったのか」を聞く人間だ。
そういう人間は、戦場でも厄介だ。
部隊の中でも厄介だ。
でも、なぜかこう思う。
彼女はきっと、今の私が思っているよりずっと後で、ずっと役に立つ。
模範解答の最大の価値は、それが常に正しいことじゃない。
初めて、自分の目の前で人を救えないと知った瞬間——
その瞬間が、たいてい見ものになる。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




