22. 連邦中央星間連合軍事アカデミー 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
首都星デュナン上にある連邦中央星際連合軍事学院の正門は、想像していたよりもずっと大きかった。
雄大で人の心を奮い立たせるような大きさじゃない。一目見ただけで分かる種類の大きさだ——ここで死んでも、校方がきれいな書式の書類一式で、ていねいにお前の後始末をしてくれる、そういう意味の。
校門の外に立つと、中央校区の高層棟のあいだを風が抜けてくる。金属、消毒薬、燃料の残り香、それに言葉にしづらい種類の「清潔さ」が混じっていた。その清潔さは、本物の清潔じゃない。誰かが血を一生懸命拭き取ったあとのにおいだ。
門の上の校章が、目に刺さるほど光っている。
United Interstellar Military Academy。
連邦中央星際連合軍事学院。
ずいぶん長い名前だ。名前が長ければ長いほど、中に埋まってる死体の数も増えるのが世の常だ。
報到書類を上着のポケットの奥に押し込み、校区全体を見上げる。
白い高塔が上層のスカイブリッジの向こう側にずらりと並んでいる。栄養剤だけ飲んで育った貴族の歯並び、みたいな風景。下の訓練区画と宿舎区画は、巨大な灰色の構造体に押し込まれていて、壁も、手すりも、連絡通路も、全部「使うことは許してやるが、好きになる資格はない」とでも言いたげな機能一点張りの造りだ。
上院区は高い場所に。
下院区はその下に。
実に教養のある設計だ。差別すら、立体構造になっている。
配属されたスーツケースを引きずって、報到列へ向かう。前には二本の列ができていた。左は葬式の花みたいに白く、右は工事現場みたいに灰色だ。白い制服の連中は背筋をまっすぐ伸ばし、スーツケースまで育ちがよさそうに見える。灰色の制服側は、運命に蹴り込まれてきたのに、まだ「きれいな立ち方」を教わっていない未完成品の寄せ集めみたいだった。
灰色の列に並ぶと、少し離れたところから低い声が聞こえた。
「……あれが特編の転入?」
振り向かない。
こういう場所で振り向くのは、「気にしてます」と宣言するのと同じだ。気にしていると認めた次の段階は、「噂話の付け合わせ」として、食堂の濃縮プロテインペーストの横に盛られて出されることになる。
列が一つ、前に進む。
頭上のスピーカーから、金属板みたいに冷たい女声が流れた。
「全新入生に告ぐ。報到完了後、指示に従い識別リング、訓練服、ベッド番号および校区通行権限を受領せよ。許可なき者は、上院教学区、装備調整区、観測塔、封存倉庫区および六A倉関連付属通路への立ち入りを禁ず。違反者は減点のうえ観察リストに編入する」
六A倉。
瞬きが一度、勝手に強くなる。
その名前は小さな棘みたいに、耳から首筋の後ろまで一直線に刺さってくる。
しつこいにもほどがある。前は、ガラス越しに何人かが私を眺めながら、時速百八十キロの風の中で倒れずに立てるかどうか確かめていた場所の名札だった。それが今は、「学生立入禁止」の校内設備になっている。連邦というやつはこういうのが得意だ。トラウマに新しいペンキを塗って、新しいプレートを掛けて、「笑って通れ」と命じる。
列がまた一つ前へ動いた。
隣の灰色の制服の男子が、こっそり息を吸い込む音が聞こえた。初めて都会に出てきた家畜みたいだ。視線を前に向ける。報到テーブルの前には二列の担当者。一列は普通の事務、一列は——違う。
違う列の方は、腕に黒いアームバンドをしている。
風紀委員会。
彼らの立ち方は学生というより、「校内に常設された合法的人間バリケード」に近い。腕にはそれぞれ濃色の識別章、制服は一般学生よりも線が鋭く、ブーツは「人の人生における後悔の履歴」を映せそうなほど磨かれている。
一番前に立っている女は背が高い。銀灰色に近い髪が、冷たい照明の下で刃物みたいに見えた。わざと怖い顔をしているわけでも、大声を出しているわけでもない。表情も、よく躾けられた静けさを保っている。それでも、彼女の周り三メートル以内では「一切の創造性を発揮しないほうが無難」という本能だけは、誰にでも分かる。
その隣には、背の高い男が立っている。黒髪、まっすぐな肩のライン、そして「本日分の面倒はあらかじめ全員分、嫌っておきました」と言わんばかりの仕事モードの顔つき。実にプロフェッショナルだ。
いいね。門をくぐる前から、もう譚師傅の罵声が恋しくなってきた。あのジジイは少なくとも、礼儀正しく人を薄切りにはしない。
順番が来ると、その男が先に手を出した。
「報到書類」
書類を渡す。
彼は数ページめくり、ある一行で目を止めた。眉尻が、かすかに動く。驚きではなく、確認。メニューに「本日の特売品」を見つけたときの反応だ。
「星野霜」
「今のところは、です」
顔を上げた彼と、視線がぶつかる。
こちらも、見返す。
空気が一秒だけ静まった。二本の小さな刃が、お互い錆びてないか確かめ合うみたいな沈黙。
隣の女が、ようやく口を開いた。声は平板だ。病室の白い壁と同じ質感。
「新入生。報到時は正式な回答を。気の利いた返事で手続きの境界を試さないで」
ああ。
理解した。
この人種は、「ユーモア」を「不良傾向」として記録するタイプだ。
視線をそちらにずらす。胸元のネームプレートが目に入る。
二階堂・フレイヤ(にかいどう・フレイヤ)。風紀委員長。
ありがたい。初日にいきなりジョーカーを引いた。
軽くうなずき、言い直す。
「はい。星野霜です」
彼女は二秒ほど、表情を変えずに私を見た。工具ナイフに欠けがないか確かめるみたいな目つき。
隣の男が、データパッドを差し出してくる。
「識別リング。宿舎ブロックD-7、ベッド位置、下院女子第三棟四階十六番。校内基礎通行権限はすでに付与。上院教学区、戦術シミュレーションタワー高層、封存装備区、観測室内環、六A倉付属通路は、すべて立入禁止区域。夜間外出禁止二二〇〇。消灯後の移動は、医療および当直を除き届出必須。明朝〇五〇〇、新入生朝の整列」
五時。
口の端が、危うく動きかける。
連邦は本当に一途だ。人をいじめる起床時間に関しては、昔ながらのモデルを大事にするらしい。
「覚えたか?」
識別リングとベッドカードを受け取りながら答える。
「覚えました」
「復唱」
彼を見る。
彼も、私を見る。
——なるほど。口頭試問もセットなわけだ。
仕方なく、さっきの規則を一通り言い直す。上院、下院、権限、夜禁、禁区、五時集合。味のない鉄筋の品目表を丸呑みして、そのまま吐き出す感覚。六A倉に触れたあたりで、背後の呼吸がいくつか変わった。初めてその名前を聞く者もいれば、単に息が詰まっただけの者もいるだろう。あるいは、気にしているのは私だけで、周りは全員ただの酸素不足かもしれない。
復唱が終わると、十文字——さっき胸のネームを盗み見た。十文字・レオン(じゅうもんじ・レオン)——が最後の物資リストを、ぱんと私の手に載せてきた。
「荷物の開封検査」
リストを見下ろし、それから彼を見る。
「今?」
「今だ」
彼は淡々と答える。
「抜き打ち検査」
短く笑ってみせる。ほんの一瞬だけ。
「ずいぶん仕事が早いですね」
「お褒めにあずかり光栄だ」
「褒めてません」
「俺も、雑談してない」
——この人、切り返しは悪くない。
ここで私の進路を塞ぐ役じゃなければ、「口が使える」のリストに入れておきたいところだ。
残念ながら風紀だ。
風紀という生き物は、「歩く封印シール」みたいなものだ。存在そのものが、お前の人生から創造性を削るためにある。
スーツケースを検査台に載せる。
蓋を開ける。
中身は少ない。支給の制服、インナー、洗面道具、医療パッチ、学院支給の基礎セット。それから、私物の古い手袋。一度殴り合いを共にしたくらいじゃ済まない回数をくぐってきたせいで、縁はすり切れ、指の節のところは何度も縫い直した跡がある。
十文字が手袋を持ち上げる。
「個人所有物?」
「うん」
「用途」
その手袋を見て、笑いそうになる。
用途?
用途は、私が「ゴミ置き場から拾われてきた」ように見えないようにするため。
用途は、「これを失くしたら、自分には何も残らない」ってことを認めたくないため。
もちろん、そういう回答は校務システムの記入欄には向かない。
だからこう言う。
「防寒」
十文字が、じろりとこちらを見る。その目の意味は明らかだ。「俺をバカだと思ってるのか?」
「いいえ。ただ、あなたが面倒なだけです」
そういう意味の、ごく誠実な視線を返す。
彼は手袋を裏返し、縁を指でなぞり——そこで、動きが止まった。
やば。
心の中で、短くため息をつく。
そこには薄い金属片が挟み込んである。武器と呼ぶほどの代物ではなく、規則上の「武装」にもならない。ただの、昔からの癖だ。モノは、殺すためだけに使うとは限らない。鍵をこじ開けるのにも、シールを切るのにも、ベルトを断ち切るのにも、あるいは「どうしても閉じ込められたくない時」に、希望と呼ぶにはあまりにもみっともない可能性を一枚、残しておくのにも使える。
十文字はその金属片を引き抜いて、台の上に置いた。
薄くて、光っていて、そして腹立たしいほど正直だ。
背後の列が、一瞬だけ静かになる。
その板を見下ろしながら、頭に浮かんだ結論は、実に成熟していて理性的だった。
——よし。入学初日、寮にたどり着く前に早速検挙。連邦軍校ライフ、幸先が良すぎる。
十文字は金属片を指先で挟み、平板な声で言う。
「防寒、ね」
「……ハイグレードな防寒」
後ろで誰かが、小さく息を呑んだ。笑いをこらえてるのか、私に黙祷してるのか、判別はつかない。
二階堂・フレイヤが、ようやく視線を横にずらし、台の上のそれを見た。
「説明」
その二音だけ。
だが意味は完全だ。
「これは何か」を聞いているのではない。
「お前は自分を、どんな『バージョン』で説明するつもりか」を聞いている。
薄い金属片を見てから、彼女を見、それから十文字の「本日分の面倒事はお前から始まる」と書いてある顔を見やる。
一秒。
二秒。
三秒。
もっともらしい嘘を混ぜることもできる。記念品だ、とか。うっかり入れっぱなしだった、とか。前の所属で没収し損ねた、とか。人間、生きていくぶんには、それなりに役に立つゴミをいくらでも編み出せる。
でも、今日は初日だ。
最初のゴミ袋をここでぶちまけたら、この先が全部、掃除しづらくなる。
だから、こう言った。
「癖です」
十文字が、眉をひそめる。
二階堂の視線は、逆に長く止まった。
「ドアこじ開ける、鍵を壊す、結束バンドを切る、逃げ道を残す」
声は平らなまま、言葉を足す。
「そういう使い方に慣れてました。学院の規則に喧嘩売るつもりはありません。私自身の悪い癖です」
今度こそ、明確に誰かの息が引っかかった。
入学の荷物検査台で、「ちょっと品の悪い生存欲」をここまで率直に白状するやつがいるとは、さすがに思ってなかったのだろう。
二階堂は、しばらく私を見つめてから口を開いた。
「星野霜」
「はい」
「ここは辺境のゴミ帯じゃないし、誰もお前にルールを教えなかった場所でもない。連邦中央星際連合軍事学院は、学生が校内に『非許可の脱出手段』を持ち込むことを許可しない」
そこで一度、言葉を切る。
「ただし、お前はすぐに理解すると思う」
声はやはり平らだ。
「ここの本当に苦しいところは、『ドアが開かないこと』じゃない」
視線を上げる。
彼女の声は、変わらない。
「『ドアが開いても、お前が出られるとは限らない』ことのほうだ」
……結構。
初日から、こんな文学的な言い回しで脅してくれるとは。
さすが風紀委員長。警告一つとっても、上等な絞首縄みたいに質感がいい。
十文字は金属片を回収し、私の識別リングを端末にかざした。
「違反物品、一件押収。初回につき口頭警告。行動記録には備考を追加」
「備考?」
尋ねる。
彼はちらりとこちらを見た。
「『脱出ルートを確保する傾向あり』」
笑い出しそうになるのをこらえる。
連邦は本当に大したものだ。「この個体は、生きているときに退路を残したがる習性があります」と書類に記録しておくわけだ。
識別リングを受け取り、手首にはめる。冷たい金属の輪が、皮膚に軽く噛みつく。その感触は薄いのに、ある種の「血の要らない拘束」を思い出させるには充分だった。
これは、ブレスレットなんて優しいものじゃない。
学校側が、ていねいな口調でつけてくれるリードに近い。
「次」
十文字が言う。
本来なら、これで一件落着のはずだった。
私はスーツケースを下ろして、D-7、四階、十六番のベッドへ向かえばよかった。「ようやく従順さを学びかけた新品のパーツ」として、静かに所定の箱に収まるべきだった。だが人生というやつは、こちらが大人しくしていようとすると、わざわざ踏んでくる癖がある。
スーツケースを検査台から引き下ろしたところで、後ろの白い制服の列から、ふわりと声が落ちてきた。
「特編生でも、入校検査の基準は同じらしいわね」
声は大きくない。ちょうど私にだけ届くくらい。
言葉遣いは汚くない。ぎりぎりのラインで、人を振り向かせるには足りる程度。
本当に、振り向いてしまった。
声をかけてきたのは白い制服の女子で、肩のラインは教本通り、顎の角度も見本のようだ。挑発しているわけじゃない。あくまで「教養ある観察」の一環だ。貴族が泥がじわりと絨毯に染みていくのを見て、「惜しいわね」と言ったあとで、「この絨毯、まだ洗える?」と執事に確認する時のトーン。
視線がぶつかる。
彼女は、礼儀正しく会釈までしてみせた。
随分と上等な作法だ。
見返しながら、ふと口にしたくなる。
——安心しなよ。基準は同じだし、お前らの命が高く見積もられるわけでもない。
けれど、飲み込む。
今日はもう、金属片一枚を学院に献上済みだ。これ以上、自分の舌まで「風紀教材」として寄贈する気はない。
だから、同じく礼儀正しい笑顔だけ返す。
「そうですね。私が噛みついたとき、見栄えが悪くならない程度の線は、守ってるみたいですよ」
彼女の顔に浮かんでいた礼儀が、一瞬だけ停止した。
背後で誰かが笑いを飲み込んだ気配。
十文字は、短く息を吸い込む。さっきよりもはっきり。これから数ヶ月、自分の勤務が確実に面倒になるのを悟った人間の呼吸だ。
二階堂が、そこで口を開く。
「星野霜」
「はい」
「入校一日目から、同じ注意を二度言わせないで」
スーツケースのハンドルを立てながら、彼女に軽くうなずく。
「じゃあ、できるだけ毎回ちがう注意をいただけるようにします。委員長」
今度の十文字の深呼吸は、もはや確定申告の域だった。
短く。
抑えめに。
「これからしばらく楽はできない」と、心の中で職務日誌をつけている音が聞こえるようだった。
グレーの通路を抜けて中央校区に入る頃になって、ようやく私は天井の誘導灯を見上げた。
白い光が、一定の間隔でまっすぐに続いている。あらかじめ決められた進路図みたいに。
宿舎、訓練場、食堂、シミュレーションタワー、観測室、医療区、封存庫、禁区。
どの道も、行き先がきっちり表示されている。
実に親切だ。
親切すぎて、こう言っているように聞こえる。
——お前がどこまで行っていいか。どこには行かせないか。何に仕上げるつもりか。決めるのは、お前じゃない。
スーツケースを引きずって、下院の宿舎区へ向かう。
靴底が金属の床を打つ音が、空っぽな通路に響く。一歩ごとに、「これからの生活の棺桶の蓋」を打ち付けているみたいな響きだった。
連邦中央星際連合軍事学院。
正式に入学完了。
現時点での戦果は以下のとおり。
一、寮に入る前から、風紀に一筆入れられた。
二、脱出用金属片、華々しく戦死。
三、この場所では空気ですら整列済みと確認。
四、きわめて残念ながら、たぶんすでに某委員長の顔認識システムに登録された。
初日としては、そこそこ上出来だ。
むしろ、明朝五時が少し楽しみになってくるくらいには。
入学からしてこれだけ親切なら、この先はもっと賑やかになるだろう。
連邦がいちばん得意なのは、人を「まとも」に育てることじゃない。
こう教え込むことだ。
——たとえ規律のど真ん中に立っていようと、お前はいつだって「使われる側」に過ぎない、と。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




