21. 隠してきた秘密も、すべて剥ぎ取られて 3
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
翌日の午後、私は評価室に呼び出された。
譚師傅の「良心を洗ったみたいに真っ白な」部屋でもないし、レオが好んで使う「人間を数字に削ってから眺めるためだけの」観測室でもない。もっと上のフロアだ。ドアに用途は書いてない。廊下は、靴底の摩擦音すら申請制みたいな静けさ。その種の場所の役割は、だいたい二つに絞られる——出世を決めるか、死に方を決めるか。
ドアを開けて入ると、ヴィラ・アイゼンヘルツ准将はすでに一番奥に座っていた。
今日の彼女は、訓練区画での動きやすい制服じゃない。ほとんど残酷といっていいレベルの、深いグレーの礼装軍服だ。肩章、襟のライン、胸元に並ぶ、簡潔で冷たいほどの識別章——どれも静かに高価そうだ。机の向こう側で背筋を伸ばした彼女の姿は、「連邦という建物はまずこの背骨の上に立っている」と言われれば、そうかもしれないと思わせるものがある。
その右後ろに、影のようにレオが立っている。
隅の椅子にはタン師匠。煙草をくわえ、市場で豚肉の重さを量るのを眺めている店主みたいな顔。
実にご立派な顔ぶれだ。
昨日、人生が塩漬けにされたみたいに泣かされたと思ったら、今日は高層フロアで審査会。相変わらず、連邦のアフターサービスは行き届いている。
「受訓兵員、星野霜、報到しました」
そう告げると、ヴィラが顔を上げた。
その目には威圧も、わざとらしい圧も、苛立ちすらない。だからこそ厄介だ。彼女の人の見かたは、地図を見るときに近い。評価は急がない。ただこの地形が、兵を割く価値のある場所かどうかを確認しているような、そんな目。
「座って」
短くそう言われ、椅子に腰を下ろす。
机の上には一冊の紙ファイルが置かれていた。
厚くはない。
だが、嫌な予感がした。最近の私の進路は、こういう「厚くない紙束」によく押し込まれている。
ヴィラが一番上のページをめくり、天気予報でも読むみたいな声で告げる。
「第二段階対尋問およびストレス適性・総合評価。教官:譚成岳」
譚師傅が、わざとらしく咳払いをした。
「おお、フルネームなんて久しぶりに聞いたな。こそばゆいこった」
誰も拾わない。
ヴィラは読み上げを続ける。
「対象は高度な防衛的言語構造を有し、高速の偽装ナラティブ構築能力を示す。急性ストレス下においても、選択的誤導の余地を保持。ただし、コア・パーソナリティに外部植え付け型忠誠フレームは見られず、典型的な帝国系潜伏予備訓練の痕跡は検出されない」
私は動かない。
けれど左手の指先が、ほんのかすかに縮んだのが自分で分かった。
ああ。
本当に、そこまで見てたわけだ。
連邦は、どうやって敵に中身を掘られないか教えてくれる片手間に、「そもそもこいつが敵から送り込まれた爆弾じゃないか」もちゃんと確かめてくれていた。いやあ、胸が熱くなる。ここまで行き届いた制度設計、まるで夜中に布団を直してくれるママみたいだ。ただこのママは、ついでに肋骨を一本ずつ外して、中に盗聴器を隠してないかまで確認する。
ヴィラが、ページを一枚めくる。
「また、当該対象には明確な早期武器化傾向が見られ、自我の道具化の度合いは高い。その長所は可塑性の高さ、戦術反応の速さ、グレーゾーン手段への受容度。リスクとしては、過度な単独行動志向、依存関係の切断傾向、長期配備後の集団信頼形成の遅延可能性」
そこまで読んでから、彼女は顔を上げた。
「要するに——使いではいい」
と、淡々と告げる。
「だが、まだ隊を持たせるには足りない」
思わず、吹き出しそうになった。
今の一行が、さっきまでの一ページ全部より正直だ。
「身に余るお褒めの言葉です」
口元だけ動かして言う。
「未成年に対する連邦式の励ましって、ずいぶんあったかいんですね」
レオは眉一つ動かさない。
代わりにタン師匠が、口の端を持ち上げた。
「ほらな。鼻水拭き終われば、相変わらず口の回転はいい」
「したがって——」
ヴィラは、私たちの与太話など存在しなかったかのように、本筋に刃を戻す。
「お前を、そのまま前線に送ることはしない」
椅子の背にもたれていた背中が、ほんの一瞬だけ静止した。
失望したわけじゃない。
かといって、安心したわけでもない。
ただ——この手の宣告のあとには、たいていもっと面倒な言葉が続くからだ。
案の定だ。
「第一段階は、ここで終了」
ヴィラが言う。
「明日付で、受訓兵員星野霜、第二段階・統合育成に移行」
書類を、私のほうへ一センチほど押し出す。
「配属先。連邦軍校本部、戦術予備学部、特編観察班」
じっと彼女を見る。
彼女も、こちらを見る。
「……軍校、ですか」
「不満そうね」
横からタン師匠が、のんびりと刺してくる。
「別に」
肩をすくめる。
「ただ、ちょっと身に余るってだけ。こんなモノでも、学校に上げてもらえるんだって」
ヴィラの口元が、ほんのわずかに動いた。笑ったとも言えないし、笑いかけてやめたとも言える微妙な揺れ。
「普通の生徒にするつもりはない」
そう、静かに告げる。
やっぱりな。
連邦が急に良心に目覚めて、「子どもにあんなことさせて悪かったわね、しばらくキャンパスライフでもどうぞ」なんて言うわけがない。ここは青春ラブコメ学園ではなく、「時間割を解剖図にして提出させる」ような場所だ。
ヴィラは指を組み、相変わらず落ち着いた声で続ける。
「第一段階で、お前は『サンプル』から『素材』になった」
と言って、まっすぐに私を見る。
「第二段階では、その素材が『ノード』に変われるかどうかを見る」
瞬きを一度。
嫌な単語だ。
ろくな意味じゃないと、一発で分かる響き。
「十四歳にも分かる言葉で説明してもらえます?」
「要するに——」
口を開いたのは、レオだった。
「一人で生き延びるだけじゃ、足りないってことだ」
ヴィラの斜め後ろで、熱湯を読み上げながら氷に変えるみたいな声で言う。
「カールは近接での生存方法を教えた。ミラは劣悪環境下での火力維持と判断を見た。レナードは敵地後方での破壊。J.J は空域そのものを罠として使う手を叩き込んだ。タン師匠は、お前が外から入り込んだネズミじゃないと確認しつつ、人間にまで分解した」
そこで一拍、私を見下ろす。
「次に学ぶのは——一人で戦わない方法だ」
一秒だけ、音が消えた。
この文句が嫌いだ。
耳障りだからじゃない。
図星だからだ。
ヴィラが、そのまま引き取る。
「軍校での期間は、褒美でも休養でもない」
彼女の声は変わらない。
「普通科目、戦術理論、艦隊識別、後方および構造基礎、編成実務、指揮と服従の評価。それに、集団内相互補完の観察が加わる」
一項目増えるごとに、頭痛が半歩ずつ近づいてくる。
「ちょっと待ってください」
手を上げる。
「今、『普通科目』って言いました?」
「言った」
「この四十三日、遠心区画だの深圧区画だの薬物タンクだの、全感覚分解区画だのにローテーションで放り込んでおいて——今さら私に"勉強"させるつもりですか」
「そう」
「……連邦の精神状態、大丈夫です?」
タン師匠が、ついに声を立てて笑った。
レオですら、一瞬だけ、少しだけ同情めいた目を向けてきた気がする。
ヴィラは笑わない。ただ、いつもの平坦な声で最後の一刀を振り下ろす。
「しかも、成績をあまりにひどいものにはできない」
今すぐJ.J のところに戻って、遠心機にぶん回されながら吐いたほうがまだ単純なんじゃないかと、本気で思った。
「それと——」
ヴィラが言う。
「軍校でのお前の仕事は、『学ぶ』だけじゃない」
顔を上げる。
彼女は別の紙を一枚引き抜き、いちばん上に置いた。
「『人を見る』ことだ」
さすがに、口を閉じる。
ヴィラの視線が、私の顔に止まる。冷静すぎて、ほとんど残酷だ。
「誰に頭があり、誰に度胸があり、誰に規律があり、誰に粘りがあるか。誰が圧の中で折れないか。誰が残るべきで、誰がただの消耗品で、誰を連れていく価値があって、誰は戦場に出した瞬間、横の人間を殺すか」
一つずつ、刃物みたいに並べていく。
「使える素体を拾え。友達を作るんじゃない。班を作るんだ」
数秒、黙ったまま考えてから言う。
「要するに、私に『蟲毒』やらせるってことですね」
タン師匠が、煙草をくわえたまま、だるそうに手を挙げた。
「お、今の言い方は気に入った」
「蟲毒じゃない」
ヴィラが否定する。
私も、彼女を見る。
彼女もまたこちらを見てから——慰めにはもっとも似つかわしくない、だが慰め以上に重い声で続ける。
「『まだ間に合ううちに』、誰となら一緒に生き残れるか、見分ける訓練だ」
その言葉が落ちた瞬間、部屋の空気がいっぺんに乾いた。
ここにいる誰も、「学園生活」なんてものを話していない。
青春も。
同級生との友情も。
誰もそんなものを想定していない。
全員が見ているのは、次の戦争だ。ただ今回は、どこの施設をいつ爆破するかじゃなくて、「どの人間を、まだ死なせるな」と仕分けするほうの戦い。
私は椅子の背にもたれ、薄い配属辞令を見下ろす。
「つまり」
口を開く。
「私は軍校に送られて、知識を埋めて、チームって概念を頭に叩き込んで、ついでに連邦が『こいつなら一緒に地獄に行ってもいい』って判断する何人かを拾ってこい——そういうことですね」
「だいたい合ってる」
レオが言う。
「あなた方の言いかた、本当に、少女の教育幻想を木っ端みじんにする才能がありますね」
「今になっても教育に幻想を持てるようなら、タン師匠の前半が全部無駄になってる」
レオが返す。
……ちょっとひどい。
……けど、全否定もできない。クソが。
ヴィラは書類を閉じた。
「もう一つ」
視線を上げる。
「軍校では、第一段階の履歴を全面公開しない」
眉がわずかに動く。
「どうしてです」
「お前がどこまで削られたか、全員に知らせる必要はない」
ヴィラの声はぶれない。
「全部晒せば、怖がる者も出る。嫌う者も出る。あるいは、早々に頼りきる者も出る。そのどれも、観察には邪魔だ」
タン師匠が横から口を挟む。
「それに、そのほうが"誰が最初に噛みついてくるか"も見やすいしな」
横目でにらむ。
やっぱりこのジジイ、私を学校に送り込んでおいて、ちゃんと高みの見物をする気満々だ。
ヴィラは否定しなかった。
「お前の肩書きは『特編転入生』」
事務的に告げる。
「成績、体力、戦術科目の権限は、同学年より少しだけ高く設定する。でも、手が届かないほどじゃない。位置取りは自分で覚えろ。システムに用意させるな」
だいたい、察しはついた。
私をトロフィーとして飾るんじゃない。
まだほぐれていない一束の糸に、針として突っ込む。どの糸が一緒に引きずり出されてくるかを見る。
たいそう、明るい未来だ。
「じゃあ、もし誰かがものすごく気に入らない場合、その名前をあなたのデスクに直送していいですか」
聞いてみる。
「メモっておくぶんには、構わない」
ヴィラは言う。
「ただし、それがただの個人的な悪意じゃないって、証拠を出せ」
「ひどいルールですね」
「戦場も、だいたいそんなものよ」
「連邦は、サービス改善について再検討したほうがいいと思います」
「その予定はない」
……了解。
この人とレオは、同じメーカーの違う型番だ。レオは氷、ヴィラは刃物。氷はまず温度を奪うが、刃物は、場所が分かった瞬間に真っ直ぐ落ちてくる。
タン師匠が、ここで腰を上げた。芝居を見終わって、そろそろ店じまいという風情だ。
「じゃあ、俺から一行だけ評価を足す」
ヴィラが横目をやる。
タン師匠は、ちらっとこちらを見た。
「こいつに死人が出る任務を背負わせるのは、まだ早い」
低く言う。
「こいつはもう、計算もできるし、我慢もきくし、演技も張れるし、生き延びる算段もつける。それに、汚い道も選べる。だが、さっき殻を剥いだばかりで、中のガキはまだそのままだ。ここでいきなり死体の数まで抱えさせたら——こいつは口では何も言わなくても、心のほうが先に腐る」
室内が、少しだけ重くなった。
今度ばかりは、私も茶々を入れなかった。
あまりに真っ直ぐすぎて、いつもの「市場の口をした老チンピラ」とは別人みたいだったからだ。
ヴィラは一秒ほど彼を見、それからうなずいた。
「採用する」
レオは何も言わない。ただ、その目が一瞬だけ、軽く私に落ちてから離れた。
思わず、心の中で毒づく。
見られたからじゃない。
私が少しでも「人間」寄りの反応をした瞬間に、こいつら全員そろって「ああ、まだ生きてるな」とでも言いたげな顔をするのが、ひたすらに腹立たしい。分解した機械の中に心臓を見つけて、「リサイクル価値あり」と評価してるみたいな目だ。
ヴィラが、書類をこちらへ押し出した。
「結論」
静かに言う。
「受訓兵員星野霜、第一段階、課程修了と認定。第二段階育成権限、準特規統合シーケンスへ昇格。配属先、連邦軍校本部・戦術予備学部・特編観察班」
一度区切ってから、最後の一文を足す。
「任務。学習、編成、観察、選別。そして——」
私は彼女を見る。
彼女の視線は、揺れない。
「『一人で、きれいに生き残るだけの存在じゃない』と証明すること」
数秒、彼女を見返し、それから口の端を引きつらせる。
「要求レベル、高すぎません?」
「だから、お前に回した」
「拒否権は」
「ない」
「……じゃあせめて、寮のランクだけはちょっとマシなところにしてもらえません?」
タン師匠が、盛大に吹き出した。
レオは目を閉じ、何かをこらえるような顔をする。
ヴィラは、ようやく——本当にわずかに——笑った。
「そこは、お前の成績次第」
そう言って、締めた。
そこまでで会議は終わりだった。
立ち上がり、配属辞令を手に取る。紙は軽いのに、手に載せると妙な重さがある。ここ四十三日間、私の未来はずっと単純だった。「耐えろ、死ぬな、覚えろ、吐き終わったら戻れ」。今、連邦は私を「同年代」「時間割」「班編成」「知識」「眼」と「選別」が詰まった場所に送り込もうとしている。打ち終わった鉄を見て、「この刃には、他の刃を選ばせる必要がある」と言い出したみたいに。
ドアに向かいかけたとき、背中から呼び止められた。
「星野」
振り返る。
ヴィラは、もう書類を見ていなかった。まっすぐ、私そのものを見ていた。
「軍校は、お前を"普通"にする場所じゃない」
と言う。
「今さらだ」
……どうも。
そう思いながら黙っていると、彼女が続ける。
「"完全"にする場所だ」
ドア口に立ったまま、すぐには返事が出なかった。
ひどく気に入らない言葉だ。
気に入らなさすぎて、自分が今、「盛大に白目を剥きたい」のか、「後でこっそり胸ポケットにしまっておきたい」のか、判断に困る。
結局、口に出たのは一言だけだった。
「了解しました、准将」
彼女はうなずく。
私はドアを押して、外に出た。
廊下はやっぱり静かで、さっきこの建物のどこかで一人の人間の進路が書き換えられたことを、壁ごと知っているみたいだった。手の中の書類をちらと見る。一行目は硬くて、事務的で、いかにも連邦らしくて——
『第二段階統合育成転入令』
その下に、私の名前。
星野霜。
十四歳。
前線送りは保留。腐るのも禁止。一人で生き残るだけの兵器にもなるな。ついでに学校に戻って、勉強して、人を見て、人を選んで、人を育てて、自分を「純粋な兵器」一本に仕上げるな。
見事なキャリアプランだ。
歩きながら、ふとタン師匠の最後の一言を思い出す。
——「まだ飼える」
今思えば、あれは評価じゃない。
納品書だ。
この商品、次の搬入先は軍校。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




