21. 隠してきた秘密も、すべて剥ぎ取られて 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
他人の前では平気なふりができても、自分の指先がその震えを感じ取ってしまう。ずっと前から壁にひびが入っていたのに、たまたま今まで誰もそこを押さなかっただけなんだって、やっと分かる感じ。
「言え」
譚師傅の声は平板だった。
息を吸う。
「……星野霜」
「それは名前だ」
歯を食いしばる。
「十四歳」
「それは年齢だ」
顔を上げて、ふと憎しみが湧いた。
このジジイが容赦しないことへの憎しみ。
わざわざこんなに見苦しくさせることへの憎しみ。
道端で干からびた古漬けみたいな見た目のくせに、刃の入れどころが誰よりも正確なことへの憎しみ。
でも、いちばん憎いのは——あいつが間違ってないってことだ。
私は兵器なんかじゃない。
少なくとも、最初からそうだったわけじゃない。
生まれつき戦場向きの化け物なんかでもない。
後から、少しずつ自分をそういう形に寄せていっただけだ。そのほうが怖くないから。恥ずかしくないから。毎回死ぬほどビビってるなんて認めなくて済むから。
喉が、急に詰まった。
顔をそむけて、窓の外を睨みつける。
視界のにじみかたが、見苦しい。
「私は……」口を開くと、声がひどくかすれていた。「私は、運が悪い……」
その先の数語が、喉に引っかかった。
魚の骨みたいに。
割れたガラス片みたいに。
長いこと無理やり飲み込んでいたものを、もう一度吐き出せと誰かに喉の奥からこじ開けられている感じ。
譚師傅は急かさない。
ただ向かいに座って、私を見ている。袖に隠した盗品を、いつテーブルに戻すのか待っている店主みたいに。
二秒こらえた。
三秒目で、負けた。
涙が落ちたとき、最初の反応は悲しみじゃなくて、心の中の罵声だった。
クソ。
恥ずかしすぎる。
本当に泣いてる。ちょっと目のふちが赤くなっただけで「砂でも入った」ってごまかせるレベルじゃない。本物の、情けなさ満載の涙。連邦がこれだけの資源を突っ込んで、私を遠心区画だの深圧区画だの薬物タンクだのにローテーションで放り込み続けておいて、最後に転んだ先が、机一つ、紙四枚と、ジジイ一人の口だ。
軍事予算の運用効率、見事だな。
手を上げて拭おうとしたら、余計にひどくなった。呼吸も乱れて、胸がひゅっ、ひゅっと痙攣する。積み上げた殻をまとめて引きはがされて、中から出てきたのが冷酷な兵器なんかじゃなくて、運の悪さだけはやたら完璧なガキ一人だって、やっとバレたみたいに。
「私は、運が悪い十四歳の、ただの女の子です」
どうにか言い切ったとき、声は情けないほど震えていた。
「こんなに早く、こんなことを覚えたくなんかなかった……出口ばかり探したくもないし、誰が先に死ぬかなんて四六時中考えていたくもないし、目に入る人間をぜんぶ『いつか裏切るかもしれないモノ』扱いしたくもない——」
一度、息が変に途切れた。
「私は、人と距離を取りたいわけじゃないんです」
うつむいたまま、涙が紙の上に落ちて、小さな濃いシミを作る。
「ただ、私が誰かに近づいたとき、その人がある日いきなり消えたら——そのとき自分が、バカみたいに悲しむのが怖いだけです」
部屋は、私の呼吸音しか聞こえないほど静かだった。
耳障りで。
みっともなくて。
ここ四十二日間、J.J とやりあって、レナードの前では破壊訓練を人より早く覚えて、ミラ相手には意地で倒れなかった、あの星野霜らしくもない。
でも譚師傅は、私を見ているだけで、「ほら見たことか」という顔はしなかった。
慰めの言葉も、言わない。
ただティッシュを一枚抜いて、こちらへ押し出してきただけだ。
「よし」
そう言った。
「ようやく、本物らしくなった」
ティッシュを睨んだら、余計に泣きたくなった。
卑怯だろ、これ。
さんざん切り刻んでおいて、最後の最後に紙一枚。戦が終わってから「あ、水飲む?」って聞いてくるみたいなもんだ。年季の入った古狐は、締めの一手まで性格が悪い。
ティッシュをつかんで、顔を乱暴にこすった。
「これで満足?」
譚師傅は椅子の背にもたれ、うなずいた。
「だいたいな」
「『だいたい』って、なんだその評価」
「つまり、お前はネズミじゃないってことだ」
顔を上げる。
譚師傅は窓の外を見ながら、いつもの気の抜けた声で続けた。
「本当に帝国から紛れ込ませたモノだったら、こんなにみっともなく泣かねえよ」
と言って、少しだけ目を細める。
「それに、まだ決めあぐねてんだろ。生き延びたいのか、それとも誰かに引っ張り上げてほしいのか、自分でも線が引けてねえ」
鼻の奥がまたつんとして、もう一度罵倒したくなった。
その前に譚師傅が立ち上がり、机の紙を一枚ずつ集めていく。
「対尋問訓練の最後の授業だ。覚えとけ」
そう言って、私を見下ろした。
「口を封じ切ることでも、鉄板みたいな演技をやり通すことでもない」
視線が、刺さらない程度の強さで止まる。
「『人間くさい』部分の、どこからこじ開けられやすいのか、自分で把握しとくことだ。知らなきゃ守れねえ」
私は座ったまま、まだ熱の残った顔と痛む目を抱えている。きっと、雨に打たれてふやけた野良猫みたいなひどい見た目だ。
譚師傅は紙の束を脇に抱え、ドアのほうへ歩き出す。
途中で、何か思い出したみたいに、振り向きもせず言い足した。
「それからな、ガキ」
「何よ」
「今後もう一回でも、俺の前でベテラン兵の顔したかったら——まず鼻水拭いてからにしろ」
その場でコップを投げつけたくなった。
でも今の私は、イメージ管理が完全に崩壊しているうえに、ここで「教官に対する暴行」という項目まで増やしたら、連邦の書類仕事を助けるだけだ。だから私は、殺意まじりの羞恥をごくごく飲み込んで、華奢で猫背な老キツネがドアを開けて出ていくのを見送るしかない。
ドアが閉まる前、彼は一瞬だけ足を止めた。
「明日の午後から、元のカリキュラムに戻る」
そう言う。
「ヴィラのほうには、俺から話しとく」
眉をひそめる。
「なんて話すのよ」
譚師傅は半分だけ顔をこちらに向け、にやっと笑った。
「『まだ飼える』ってな」
と言って、肩をすくめる。
「ただ、刃物に育てすぎんな。たまには、人間のまま食わせるもんも混ぜとけって」
そこまで言うと、本当に行ってしまった。
ドアが閉まり、部屋が静まる。
窓辺に一人座ったままの私は、目を、連邦中と喧嘩でもしてきたみたいに真っ赤に腫らしている。机の上には、まだ湯気の残った茶。外の空は白く、表情もないくらいに白い。訓練センターはいつもどおり回っていて、警報灯は点かず、放送も鳴らない。十四歳の少女が、対尋問訓練の最終回で盛大に泣き崩れた程度では、世界は一ミリも遠慮しない。
実に結構。
宇宙は安定、連邦は安定、不安定なのは私だけ。
なのに妙なことに、さっきまで無理やりこじ開けられていた胸のあたりは、痛いには痛いが、少しだけ呼吸が楽になっていた。
あそこは、もともとエンジン積む場所じゃなかった。
あれは肉だ。
肉は、痛む。怖がる。泣きたくもなる。
見栄えは悪いけど、まだ生きている。
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