02. 乾坤一擲(けんこんいってぃ)4
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
外の帝国巡洋艦が、もう非常識なほど近い。
側腹装甲に開いた小型姿勢噴射口が点滅しているのまで見える。サメが目の前で泳ぎながら、わざわざ歯を見せてくるみたいだ。こちらが瀕死の反撃をしてくるのを警戒して、真っ直ぐ接近せず、少し角度をつけた位置からじわじわ咬みに来ている。
落ち着いている。
冷静だ。
帝国の艦長は、私が嫌いなタイプだが、仕事はできると認めざるを得ないタイプだ。
生憎、今日の相手は私だ。
そして私の最大の長所は、だいたいの場合、他の誰よりも死を惜しまないことだ。
「連邦第一艦、主砲オンライン」大学兵が素早く言う。「帝国巡洋艦の姿勢を崩せれば、第一艦が一発叩き込める」
「じゃあ崩す」
「簡単に言いますね」
「もっと上品な方法があるなら、あなたが考えて」
彼は小さく息を吸った。笑いをこらえているみたいに。
「倒数十秒」
艦橋に残った全員が、知らず知らず息を止めた。
私もだ。
ただ、頭に浮かんでいるのは勇ましい言葉じゃなくて:
……今日、髪洗ってない。
もし激突して死ななかったとしても、髪に血と冷却液がこびりついて、洗うのが絶対に超面倒くさいよ。
クソ。
宇宙戦争にはヘアケアのコースも無料オプションでつけてほしい。
「九」
大学兵の声は落ち着いていた。
「八」
帝国巡洋艦が横滑りを始めた。こちらの艦尾を咬もうとしている。
まだ、私たちが本当に終わりかけていると思っている。
いい。
もう少し近づいてこい。
「七」
メイン投影に、連邦第一艦の主砲照準軸がそっと灯る。
青白いチャージリングが、ゆっくり瞼を開く目みたいに広がっていく。
「六」
私は投影テーブルの縁に手をつき、掌が汗ばんでいるのを感じた。
怖くないわけじゃない。
正直に言えば、少しは怖い。
でもそれより大きいのは、妙な興奮だ。次の一歩を踏み込めば、神になるか死ぬかのどちらかで、しかも引き返す道はもうない——そういうときの、あの感覚。
「五」
大学兵が、ふと低く言った。
「掴まって」
私は一瞬、固まった。
「は?」
次の瞬間。
左手はコンソールを押さえたまま、右手が伸びてきて——私の手首を、掴んだ。
力強く。
温かく。
そして、妙に落ち着いた手つきで。
私は半拍、固まった。
痛いからじゃない。
こいつが、こんな場面でこういうことをしてくるとは思っていなかったからだ。
ちょっと待て。今、戦場だよね?周りで人が爆発してるんだけど?こんなタイミングで急に手首を掴むって、どういう展開?
耳の根元が、じわっと熱くなった。
今は全身血まみれだから、顔色の変化はたぶん分からない。
……これは、ときめきじゃない。
高圧状態で身体への接触が生じたとき、人体が示す正常な生理反応だ。
そう。
絶対に、そう。
「四」
私はわざとらしく咳払いをした。
「て、手、どこ置いてんの」
「あなたの命綱の位置です」
……クソ。
それは反則だろ。
普段あれだけ教務室の掲示板みたいな喋り方をするくせに、なんで急にそういうことが言えるんだ。
脳が一瞬ショートしかけたが、帝国巡洋艦の艦影がちょうど前方投影の中で大きくなったおかげで、かろうじて現実に引き戻された。
「三」
「今だ!」私は怒鳴った。
大学兵が即座に手首を離し、両手で叩きつけるようにコンソールを押した。
その瞬間、艦全体が目を覚ました。
いや——違う。
瀕死の身体が最後の一息を噛み砕いて飲み込み、満身創痍のまま飛びかかった、そういう動きだ。
失制御を演じていた左舷推進器が一斉に点火し、最後まで隠していた補正噴流が一気に解放される。艦体がまず外側に滑って、帝国巡洋艦に「まだ失制御だ」と思わせ——次の瞬間、艦首が急激に沈み、右旋回。
この艦全体が、死んだふりをしてギリギリまで待ち、最後に噛みついた獣になった。
帝国巡洋艦が異変に気づいたのは、最後の二秒だったと思う。
側腹の噴射口が全部点灯した。
遅い。
遅すぎる。
「二——!」
この艦の艦首が、帝国巡洋艦の中腹後寄りに、激突した。
その瞬間、私は初めて「本当の衝突」というものを理解した。
揺れるんじゃない。
震えるんじゃない。
世界ごと誰かに掴み上げられて、折り畳まれて、叩き砕かれる——そういうことだ。
艦橋前方の観測窓が、その瞬間に全部吹き飛んだ。
「割れた」じゃない。
「吹き飛んだ」だ。
分厚い透明層が丸ごと無数の破片になり、安全膜と緊急遮蔽が零コンマ何秒で展開されたが、それでも細かい破片と血が一緒に空中を舞った。シートベルトと握力が同時に私の身体を引き止め、肩が引きちぎられるような痛みが走り、歯が噛み合わさり、視界が白く飛び、肺の空気が衝撃で丸ごと押し出された。
……クソ。
本当に吐きそうだ。
艦首装甲が帝国巡洋艦の中腹に食い込んでいく。過負荷の縁まで追い込まれた主炉と残存推進噴流が、この艦を一本の焼けた釘に変えて、相手の装甲帯に沿って内側へ押し込んでいく。帝国艦の腹がまず全面的に内側へ凹み、次の瞬間には缶切りで側面を剥いたみたいに、隔壁、兵装甲板、内部通路が一節ずつ弾け飛んでいった。
炎。
破片。
減圧した白い霧。
そして数え切れない小さな黒い点が、宇宙に放り出されていく。
あれは部品じゃない。
少なくとも、全部が部品じゃない。
私は一度だけ目を閉じ、すぐに開けた。
今は気持ち悪がっている場合じゃない。
帝国巡洋艦の姿勢が、激突で完全に狂った。連邦に向けていた火力軸が一瞬で乱れる。さらに致命的なのは、中腹を抉られた後、内部の弾薬とエネルギーラインが連鎖崩壊を始めたことだ。艦全体が、内臓を貫かれた大魚みたいに、宇宙の中でのたうち回りながら横転していく。
そして、それが横転したその瞬間——
連邦第一艦の主砲が、来た。
太い青白い光束が、私たちが抉り開けた破口に沿って、精密すぎるほど正確に突き刺さった。
それから。
帝国巡洋艦は、中央から真っ二つになった。
普通の爆発じゃない。
構造と運命が、同時に断ち切られる光景だ。
前半分の艦体は、自分がもう死んでいると理解できないまま慣性で前へ滑り続け、後半分は内部の誘爆の中で回転し、炎を噴き、崩れていく。無数の装甲板が魚の鱗みたいに外へ捲れ、区画が真空に晒され、赤い光、青い炎、砕けた骨格、回転する残骸が、黒い背景の中に醜くも壮絶な花を咲かせた。
私は半壊した戦術テーブルの脇に倒れ込んだまま、耳鳴りがひどい中で、笑っていた。
まともな笑い方じゃない。
嫌いなやつが階段を踏み外して、そのまま噴水池に転げ落ちるのを目撃したときの、あの底から湧いてくる種類の笑いだ。
「当たった……」
後ろで、震えた声がした。
私は血の混じった息を咳き出し、嗄れた声で答えた。
「当たり前でしょ……これだけやって当たらなかったら、私が先に怒って死ぬわ……」
ただ、まだ終わっていない。
帝国艦隊は、巡洋艦一隻を失ったぐらいで崩れるほど間抜けじゃない。
外側の二隻が即座に後退して爆散の巻き添えを避け、一隻が主力艦を掩護しながら再展開し、もう一隻は残骸に絡まっているこちらの隙を突いて最後の砲撃を叩き込もうとしていた。
正しい判断だ。
私が向こうでも、同じことをする。
ただ、連邦がその時間を与えなかった。
それまで押し込まれていた第二艦と第四艦が、帝国巡洋艦が真っ二つになった瞬間、血の匂いを嗅ぎつけた犬みたいに飛びかかった。主砲、副砲、ミサイル・サイロ、全部同時に、帝国が私たちへの対処で緩んだ中段防線に叩き込む。もともと私たちが引き裂いた穴が、今度は連邦に蹴破られた。
戦況が、ひっくり返った。
大勝利とまではいかない。
そんな夢みたいな話じゃない。
ただ少なくとも、このまま逆包囲されて終わるはずだった戦場が、「帝国が連邦主力に中央を咬まれないよう自分のことを心配しなければならない」という状況に変わった。
つまり——
成功した。
本当に、成功した。
……嘘だろ。
試験の直前に適当にマークして全問正解したときより、ずっとあり得ない。
そのとき、艦橋の人工重力が完全に制御を失った。
警報が耳の奥を電動ドリルで抉るような音になり、床が一瞬ふわりと消えて、私の身体が浮きかけた。血の滴まで、ゆっくりと宙を漂い始める。大学兵が操作席の縁を掴み、もう一方の手が本能的に私の腕を掴んだ。破砕した前方遮蔽に向かって吹き飛ぶのを、かろうじて止めてくれた。
「主炉が限界です!」彼が大声で叫ぶ。
「知ってる!」
「この艦、折れます!」
「それも知ってる!」
「じゃあ、どうするんですか!?」
私はメイン投影の地獄絵図を睨み、次に、帝国巡洋艦の残骸に突き刺さったまま自分も崩壊しかけているこの艦を見た。
変な空虚感があった。
死ぬ気で最後の大問を書ききったのに、次の瞬間には答案を回収されて、自分が何を書いたかも確認できないときの、あの感じに似ていた。
私はため息をついた。
「今は……」
逆に、大学兵の手首を掴んだ。さっき彼がやったみたいに。
彼が一瞬、固まった。
いいね。
お返しだ。
「逃げるに決まってるでしょ、バカ!」
怒鳴りながら、戦斧を背中に回す。
「全員!艦橋放棄!艦尾の脱出艇まで走れ!最後に着いたやつを先頭に蹴り出すから、そのつもりで!」
連邦兵たちが一気に生き返った。転がるように、這うように、後ろへ走り出す。まだ生きていた帝国の俘虜まで一緒に走り始めて、通路が瞬く間に混乱した。
大学兵を引っ張って飛び出したとき、彼が隣で息を切らしながら言った。
「また、助けてもらいましたよね、今」
「うるさい!あんたに死なれたら報告書を書く人間がいなくなるから!」
「その言い訳、だんだん雑になってませんか」
「今頃気づいたの?」
傾いた甲板を踏み越え、明滅する警告灯の下を走り、誰かの血を踏みながら、私たちは艦尾へ向かって全力で駆けた。背後から、金属が一節ずつ砕けていく音が追いかけてくる。巨大な獣が、この艦を後ろから食い千切っているみたいだった。
走りながら、私はふと思った。
今日は本当に、最悪な一日だった。
でも、最悪にしては、少し出来すぎていた。
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「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




