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臨界の星穹  作者: Mr.佐藤焫焵
士官学校編
7/63

02. 乾坤一擲(けんこんいってぃ)3

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

「玉砕、準備して」


言葉が出た瞬間、艦橋は静まり返った。


空気まで遺書を書きに行ったみたいに。


大学兵はすぐに答えなかった。ただコンソールを見つめ、喉仏を一度動かし、指を、私たちが英雄的な逆転をするか、まとめて蒸発するかを決めるキーの上で止めた。後ろの連邦兵は輪をかけてひどくて、一人は顔が魂を吐き出したみたいに白く、一人は銃を抱きしめ、もう一人は「今から離席申請を出したら間に合いますか」と聞きたそうな顔をしていた。


残念ながら。


無理だ。


死ぬのも、順番待ちだ。


私は亀裂だらけの観測窓の外に目を向けた。


宇宙は、電気を消した深海みたいに黒い。帝国と連邦の艦隊は、その黒い水の中で互いに食い合う二つの獣の群れだ。砲火が一瞬光っては消え、残骸、砕けた装甲板、減圧で噴き出したガス、それから、できれば何なのか考えたくない小さな影が、あちこちに漂っている。


正直、壮観だ。


交響楽でも流して、低い声のナレーターが「これが歴史を変えた一瞬だった」とでも言いそうな、そういう絵面だ。


でも私の頭にあるのは一つだけ。


……今ここで死んだら、ベッドの下に置きっぱなしのチェリーコーラ、遺品として処分されるんじゃないか。


クソ。


それは困る。


「大学兵」私は投影テーブルを指で叩いた。「今から言う通りにやって」


「……言ってから、後悔するかどうか考えます」


「艦首姿勢制御を、制御系が壊れたみたいに不安定な状態で固定して。メインエンジン出力を三割に落として、左舷スラスターは意図的に不規則補正をかけて。この艦が、被弾後に制御系が半死にで辛うじて持ちこたえてる、ってふうに見せたい」


大学兵の十指が飛ぶように動き、半透明のインターフェースが一層ずつ点灯していく。


「できます」


「主炉の過負荷警告、シールドの減衰カーブ、艦内減圧シグナル、全部外に垂れ流して。できる限り惨めに。帝国の連中が見た瞬間に『ああ、あの艦はもう終わりだ、一発補えば片付く』って思うぐらいに」


「……死にかけの演技、随分と板についてますね」


「生活の知恵だから」


「全然、誇れないですよ」


「うるさい、早くやって」


彼は俯いて、一度笑った。


こんな状況で笑えるなら、心臓が図太いか、私に巻き込まれてどこかおかしくなったかのどちらかだ。正直、後者の確率の方が高い。


艦橋の外が、また揺れた。


今度は直撃じゃない。近くの残骸が帝国の副砲に掃われて砕け、その破片の雨がこの艦の外殻を叩いた連鎖振動だ。艦体が耳障りな金属音を立て続ける。焼けた鉄ブラシで棺桶の外側をがりがり引っ掻いているみたいな音だ。


メイン投影に、帝国の最大主力艦がついに姿勢修正を完了した表示が出た。


急いで主砲を撃ってこない。


安定した位置まで外に出て、連邦の側射に邪魔されない射角を確保してから、じっくりこの艦を蒸発させるつもりだ。それとは別に、中型突撃巡洋艦が一隻、こちらへ向かい始めた。角度が嫌らしい。止めを刺しに来る動きだ。


うん。


こうじゃないと。


馬鹿じゃない。


だからこそ、「この局面で最も危険な異常因子を先に消す」という判断をしている。


そして今のこの艦が、その「異常因子」だ。


「食いついてきました」大学兵が低く言った。


投影の中で、帝国の巡洋艦の輪郭がじわじわ大きくなっていく。私は口の端を引いた。


「だから言ったでしょ。爆発しそうなものを見たら、最後の一発を入れたくなるのが人間ってもんだって」


「その言葉、あなたの口から出ると妙に怖いんですが」


「私がいつも、その最後の一発を入れる側だから」


後ろでまだ呆然としていた連邦兵どもに、私は振り返って怒鳴りつけた。


「生きてるやつ全員、後ろの隔壁扉を全部閉めて。固定できるものは固定、できないものは縛りつけて。投降してる帝国の連中も引きずって隅に押し込んでおいて。衝突のときに飛んできて私の邪魔をされたくない」


「は、はい!」


「それと、緩衝帯は全員ちゃんと締めて。飛んで頭を割ったやつの死亡報告書、私は格好よく書いてやらないから」


彼らが散ったあと、艦橋はようやく少し、指揮機能のある場所らしくなった。


少し。


あくまで少し。


なぜなら次の瞬間、右側の壁面を高熱粒子線が掠め、金属の内張りが刃物で切り開いた肉みたいに両側にめくれ上がった。警報がまた三種類増えた。


……帝国は音楽フェスでもやってるのか。


「接触まで?」


「三十二秒。相手が今の航路を維持した場合」


「維持しない」


「分かってます」


「いちばん嫌な可能性で計算して」


「……二十七秒です」


「よし」


宇宙の公平なところは一つだけ——余計なことを考える時間を、ほとんど与えてくれないことだ。


だから私にできることは、賭けることだけだ。


「連邦側は?」


大学兵が小さなウィンドウを開いた。連邦の四隻が、さっき私たちが開けた穴から強引に前進している。全線反攻とまではいかない。でも少なくとも、逆包囲されて終わるという最悪の絵は、「お互い殴り合って誰が先に倒れるか」という、まだマシな絵に戻っている。


「第二艦、第四艦、突入成功。第一艦、主砲チャージ中。第三艦、損傷あり、後方で遅れています」


私は頷いた。


十分だ。


前に出てくれているなら、私たちの「玉砕」は無駄じゃない。


外の帝国巡洋艦が、さらに近づいてくる。


肉眼でも、亀裂の入った観測窓越しに見えるほど近かった。艦腹の灯列が動いているのも、装甲帯に先の砲撃で焼きつけられた焦げ跡も、はっきり見える。主砲は撃ってこない。副砲と切断火力でこちらを押さえながら、じわじわ近づいてくる。まだ息のある獣に銃口を押しつけて、死に切ったかどうか確かめに来る猟師みたいに。


合理的だ。


そして、ぶつけてやりたくなるほど腹が立つ。


ふと思いついて、私は大学兵だいがくへいに顔を向けた。


「ねえ」


「何ですか」


「怖い?」


彼はすぐに答えなかった。


コンソールを見たまま、指だけ動かし続ける。


しばらくして、低い声が返ってきた。


「怖いですよ」


正直だ。


好きだ、そういうの。


「私も」


「そうは見えないですけど」


「上手に隠してるだけ」


「……全然、分かりませんでした」


「クソ」


こいつ、だんだん口が悪くなってきてないか。


睨みつけたら、よりによってそのタイミングで彼が顔を上げた。


レンズに亀裂が一本入り、耳の横の髪が熱線に掠められて少し焦げている。さっきまでの面接会場みたいな緊張感が消えて、全体的にくたくたになっているせいか——その顔が、なんというか、少し……悪くなく見えた。


違う。


待って。


私、こんなときに何を考えていた?


外、もうすぐ衝突するんだけど?


絶対に、頭を打ったせいだ。


私は沙盤に視線を戻し、今しがた何も考えていなかったような顔を作った。


「倒数二十秒」大学兵が言う。


「分かった」


私は深く息を吸った。


「最終確認。帝国の巡洋艦がもう少し近づいたら、こっちは失制御の演技を続ける。回避不能距離に入ったら、隠しておいた推進補正を一気に解放。主炉出力を全部姿勢噴射口に叩き込んで、艦首を四点七度下げ、右旋回九度。中腹の後寄りに突っ込む」


大学兵の口の端が引きつった。


「どこに当てるかまで、計算してたんですか」


「当たり前でしょ。艦橋を狙えば向こうが先に反応する。艦首なら切り込まれる。中腹がいちばん嫌らしい。あそこは横方向の破艙に弱くて、動力、兵装、居住区——うまくいけば一発で三種類まとめて終わらせられる」


「……自分が連邦側で良かったと、今初めて思いました」


「私もそう思う。帝国だったら今ごろ連邦が撞かれてる側だから」


艦橋がまた揺れた。


今度は床まで少し盛り上がった。天井の配管が一本、パンと弾けて熱い蒸気が噴き出し、後ろにいた連邦兵の一人が悲鳴を上げる。振り返って怒鳴った。


「うるさい! 生きてるなら黙れ!」


「は、はい!」


よし。


私に怒鳴られる元気があるなら、精神的にはまだ最悪じゃない。


「倒数十五秒」大学兵が言う。

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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