02. 乾坤一擲(けんこんいってぃ)2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
高周波の刃の縁がバイザーを掠め、ヘルメットの半面ごと凹んだ。装甲越しに、鈍い骨の砕ける音が手に伝わった。肉詰めの鉄缶を叩き割ったときの、あの手応えに似ていた。
「次」と私は息を切らして言った。
三人目の帝国兵は、私よりも後ろの雑兵どもの方が相手として楽だと判断したらしく、方向を変えて操作席に向かって突っ込んだ。
あ。
馬鹿にされてる——いや、違う。これは正しい戦術判断だ。
斧を持ったキチガイ女と死に物狂いで戦うより、先に操船できるやつを消す方が合理的だ。
ただ問題がある。
その「操船できるやつ」が、大学兵だということだ。
面接場所みたいな話し方をして、マラソン大会みたいな走り方をして、顔の色がビタミンD不足の見本みたいに白い、あの男だ。
でも今この艦で、あの帝国のミミズ文字を読めるのは彼一人だ。
こういう稀少な資源を、そう簡単に切られてたまるか。
ほとんど考える間もなく、私は前に飛んだ。
切断銃の銃口光環がもう眩しく光っている。完全には追いつけない。
私は戦斧を脱手で投げた。
斧が空中で一回転する。
次の瞬間、斧の背が帝国兵のヘルメット側面に直撃した。斬り込みはしなかったが、軌道を十分に狂わせた。切断光線が大学兵の耳のそばを掠め、座席後方の金属フレームを赤熱した二片に切り分けた。
大学兵は全身を固めた。
私はその半秒の隙に飛びかかり、後ろから首に腕を回す。腰の単分子カッター(たんぶんしカッター)を引き抜き、腋の下の装甲接合部に突き込んだ。
一刺し。
二刺し。
三刺し目で、ようやく中の肉に届いた。
温かい液体が一気に溢れ、私の手首を伝って流れ落ちる。帝国兵が狂ったように肘を後ろへ打ち込んできて、肋骨に当たった痛みで昨日覚えた悪口を全部吐き出しそうになった。それでも手を離さず、刃をさらに押し込んで、捻った。
そいつは、ゆっくり崩れ落ちた。
死体を蹴り離したとき、胸がまだ激しく鳴っていた。
少女漫画のときめきじゃない。
今しがた本気で一緒に死にかけた、そういう種類の鼓動だ。
大学兵が振り返った。レンズに亀裂が入っていた。
「あなた……」
「なに」
「今、私を助けましたか?」
私は睨んだ。
「勘違いしないで。帝国語を読めるやつを、もう一人探すのが面倒なだけ」
彼は笑った。
床は血まみれで、警報は鳴り続けて、外では主砲が次の斉射を準備しているこの地獄で、彼は笑った。
しかも、その笑いが、なんとなく——
……いや。
今はそういうことを考えるタイミングじゃない。
私は視線を彼の顔から強引に引き剥がして、床に刺さった戦斧を拾いに行った。
……クソ。
今、一瞬だけ、こいつの笑顔が悪くないと思わなかったか、私。
絶対、脳震盪だ。
「星野」
「なに」
「耳、血が出てます」
反射で耳の横を触った。
指先を確認すると、赤かった。
あ。
そういえば、少し熱かった。
「かすり傷」と私は手を払った。「メイクが崩れてなきゃいい」
「全然、してないじゃないですか」
「うるさい」
私は投影テーブルに戻った。
外の戦況は、さらに荒れていた。
私たちが引き出した数秒を使って、連邦艦隊は確かに前へ出た。帝国の外切りの二隻は、陣形を整える余裕を奪われている。ただ、その代償は明確だ——
今やこの艦は、全員が注目している的になっている。
帝国は先にこっちを潰したがっている。連邦は、もう少し持ってくれるのを待っている。
面白い立場だ。
借金を返して、たまにネイルをして、兵役を無事に終わらせる。それだけを望んでいた私が、いつの間にかこの局地戦でいちばん邪魔でいちばん重要な「攪乱因子」になっている。
宇宙は、私に期待しすぎだと思う。
大学兵は曲がった眼鏡を押し上げ、こちらを見た。
「脱出艇は、まだ間に合います」
「うん、知ってる」
「さっき聞いたのは——」
「聞きたかっただけ」
「……え?」
私は沙盤上の自艦の動力フローを睨みながら、頭の中でゆっくり形になりつつある、ひどく性格の悪い考えを転がした。
複列位相エネルギー砲の二次チャージ残熱が抜けていない。メイン・コンデンサに逆流が続いている。左舷損傷、姿勢制御不安定。主炉は無傷。艦首は大破。外層シールドの残存分布が偏っている。
つまり——
この艦は今、半熟の爆弾だ。
どうせ爆発するなら。
もっと価値のある爆発にできないか。
私は乾いた唇を舌で舐めた。
「大学兵」
「……嫌な予感がします」
「正解」
沙盤上で、こちらから距離を取りながら射角を再設定しようとしている帝国主力艦を指さす。
「この艦の艦首姿勢を、主制御が壊れたみたいに固定して。それから残りの推進補正を全部、最後の五秒まで隠しておいて」
彼は私をじっと見た。
「……何をするつもりですか」
私は口の端を上げた。
今度は本当に笑えた。
まともな笑いじゃない。
コンビニの棚に最後の限定プリンが残っていて、ちょうど監視カメラの死角だったときに浮かぶ、あの顔に近い。
「向こうがそんなに打ちたいなら」と私は言った。「好きなだけ打たせてやる」
斧の柄で沙盤を叩き、自艦と帝国主力艦の間にある、まだ完全には閉じていない接近軸の上を示す。
「向こうが火力を全部こっちに向けてきたら、外層の残存シールドを全部切る。艦首反応炉の過負荷シグナルを全部外に垂れ流す。もうすぐ爆発する廃艦のフリをする」
大学兵の顔が青ざめた。
「それで?」
「向こうが『あの艦はもう終わりだ、近寄って止めを刺そう』と判断した瞬間——」
私はその帝国の光点を見つめ、静かに言った。
「主炉の出力を全部、艦体姿勢推進器に叩き込む。そのまま、突っ込む」
艦橋が静まり返った。
後ろの連邦兵まで含めて、全員が黙った。
この計画が、もはや戦術の範疇を超えて「この女、最初から死ぬ気なんじゃないか」という領域に踏み込んでいるからだと思う。
大学兵の口の端が引きつった。
「……これはもう、卑怯とかじゃないですね」
「じゃあ、何?」
「病気です」
それを聞いて、私はむしろ安堵した。
「よし」
肩を叩く。
「そこまで言ってくれるなら、この計画、見込みがある」
彼は私を見た。精神鑑定に送り込みたいような、でもどこか笑いそうな、複雑な目で。
「成功率がどれだけ低いか、分かってますか」
「分かってる」
「角度を間違えたら、途中で打ち砕かれますよ」
「分かってる」
「それでも——」
「他にどうしろって言うの」
私は彼の言葉を遮り、亀裂だらけの観測窓の外に目を向けた。
宇宙は黒い。
砲火は明るい。
交錯する艦影は、深海で互いに食い合う怪物の群れだ。その一噛みごとに、何百何千という命が砕けている。そして私たちのこのボロ艦は、最悪で最高な位置に、引っかかっている。
私は低く言った。
「脱出艇は、まともな人間が使うものだから」
振り返って、彼を見る。
「私、今まともに見える?」
大学兵は二秒、黙った。
それから、ごく静かに、息を吐いた。
諦めじゃない。
どちらかというと、覚悟だ。
「……見えません」
「それでいい」
私は戦斧を肩に担ぎ直し、足を踏みしめた。
耳からはまだ血が出ている。肩はまだ痛い。肋骨はたぶん青くなっている。髪は爆風に舐められたみたいに乱れ、前髪には誰かの血が張り付いている。
正直なところ、今いちばんやりたいのは、部屋に帰ってシャワーを浴びて、パックを貼って、冷えたコーラを飲みながら、途中で放り出したラノベの続きを読むことだ。
でも今日の私は、まだ死んでいない。
だから、先に他の誰かを死なせるしかない。
「大学兵」
「……はい」
「玉砕、準備して」
彼は操作台に視線を落とし、ゆっくりと指を、この艦の命運を決めるキーの上に置いた。
「了解」
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




