20. 「お話し」はいつも、最悪な始まり 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
ドアの外の人声は、最初はぼんやりしていた。
すりガラス越しに滲んでくる、日常の雑音みたいに。誰かの足音、誰かの低い話し声、紙がめくれる細かな音。軍営の冷たい規則的な音でもなく、訓練区の機械的な低音でもない。
「普通」だ。
腹立たしいくらいに、普通だ。
私はシートに座ったまま、目の前の暖色の応接室がゆっくりと形を成すのを見ていた。壁際に木のテーブルが現れ、その上に水のカップ、ティッシュ、小さな銀色の保温ポットが置かれている。ドアは半開きで、外の光は柔らかく、目に刺さらない。ようやく息をつかせてくれる場所みたいだ。
これが最初の罠だ。
罠に見えないから。
足音が近づいてくる。
入ってきたのは、グレーの私服を着た中年の男だった。階級章もない、武器もない、立ち姿すら軍人っぽくない。薄い紙の資料を手に持ち、入る前にドア枠を二度、丁寧にノックした。
「おはよう」と彼は言う。声は低く、「待たせたね、すまない」
……ああ。
この種の切り出し方は、いきなり首を絞めてくるより、よほど性質が悪い。
私は答えず、ただ目を上げて彼を見る。
彼は私の沈黙をまったく気にしていない様子で、資料をテーブルに置き、椅子を引いて、私から近すぎず遠すぎない位置に座った。その距離が絶妙で、圧迫感を与えないのに、彼の声は一言一句、はっきり届く。
「緊張しなくていい」と彼は言う。「正式な供述を取りに来たわけじゃない」
心の中で、冷たく笑う。
そうだ。
こういう切り出しをする人間ほど、まともじゃない。
テーブルの上の水のカップを、少し私のほうへ押した。
「水、飲む? 顔色がよくないよ」
私はそのカップを見つめる。
透明で、きれいで、カップの側面に細かい水滴がついている。
こういう場面で、一杯の水はそれ自体が言葉だ。
毒が入っているからじゃない。
「ほら、害はない。気にかけてあげてる」と言っているからだ。
触れない。
男は急かさず、ただ頷く。それだけで、私の警戒心を理解しているように見せる。
「それでいい」と言う。「用心するのは正しい」
……本当に上等だ。
私の防備まで、先に美点として言い換えてしまった。
この人が路上で保険でも売っていたら、一丁目まるごと破産させられそうだ。
彼は資料を開き、声は相変わらず穏やかだ。
「最初に確認しておくと、今のあなたは正式に拘束されているわけじゃない」
「もっと正確に言えば、保護的隔離の状態だ」
「だから、答えたくない質問には答えなくていい」
私は静かに彼を見ている。
これが二層目だ。
強制じゃない。
許可だ。
「答えなくていい」と言われた瞬間、人間は最初の一言を答えやすくなる。
男は私が分かっているか確かめるように、丁寧に付け足す。
「今日は作戦の内容には触れない」
「名前も聞かない、場所も聞かない、任務も聞かない」
「あなたの基本的な状態を確認して、何か必要なことがあれば手伝いたいだけだ」
……来た。
偽りの安全な選択肢の変形版。
核心は聞かない。
周辺だけ聞く。
健康問診票みたいに聞こえる。
だが本当に有用なのは、必ずしも核心じゃない。周辺のほうが、ずっとよく漏れる。
私は黙ったまま彼を見ている。
彼は紙を一枚めくり、声にわずかな宥め口調が混じる。
「あなたはまだ若い」
「背負わなくていいことがある」
「もし巻き込まれただけなら、そんなに苦しむ必要はない」
指先が、ほんの少し動いた。
これは、端を踏んでいる。
言葉が特別に鋭いからじゃない。
絶妙に嫌な場所に刺さっているからだ——
言い訳を用意してくれている。
お前のせいじゃない。
お前から動いたわけじゃない。
ただ巻き込まれただけだ。
少し頷けば、重さをほんの少しだけ横にずらせる。
人間は、重いものを少し降ろしたいと思った瞬間、つい余計なことを話す。
数秒黙ってから、口を開く。
「正式な供述は取らないとおっしゃいましたよね」
男は静かに私を見る。
「そうだ」
「だから今、供述を取っているわけじゃない」
「あなたが、もう少し生きやすくなる言い方を探す手伝いをしているだけだ」
……クソ。
きれいだ。
あまりにきれいで、その場で拍手しそうになった。
自白しろと迫っていない。
「体面のある出口」を売っている。
そしてこの種のものが、一番断りにくい。
私は少し背もたれに寄りかかり、彼を見つめ、なるべく声が安定して聞こえるようにする。
「もう少し生きやすくなる言い方、というのは」
彼は両手を膝の上に置き、わずかに前傾みになる。本当に助けたい人間の形をしている。
「たとえば、あなたがあの件に自分から関わったのかどうか、それだけ教えてもらえればいい」
「任務の詳細じゃないし、誰かを巻き込むわけでもない」
「あなた自身のことだけだ」
胸の中で、一本の糸が締まった。
そうだ。
これが一番汚いところだ。
本当に無害に聞こえる。
誰も聞かない。
どこも聞かない。
どうやったかも聞かない。
自分が自発的だったかどうかだけ。
尊厳を守ってくれているみたいに見える。
だが実際は、一度でも答えれば、その先の道が全部開く。
「自発的じゃない」と言えば、「じゃあ誰に強いられたの」が来る。
「自発的だった」と言えば、「じゃあなぜ参加したの」が来る。
どちらを選んでも、次の問いが生えてくる。
彼を見て、ゆっくり言う。
「この質問にも、答えないとしたら」
男は頷く。苛立った様子はない。
「それでいい」
「では、方向を変えよう」
紙を一枚めくる。本当に私に合わせているみたいに。
「最近、よく眠れてる?」
……笑いそうになった。
本当に汚い。
心配しているみたいに見える質問だ。
だが「眠れていない」と答えた瞬間、「なぜ眠れないのか」「いつから眠れないのか」「何かあったのか」「誰かのせいか」「ある任務のせいか」と続く。
眠れない話をしているつもりが、相手のための足場を組んでいる。
答えない。
男は辛抱強く、また別の問いに切り替える。
「食事はとれてる?」
それも黙っている。
彼は私を見て、少し困ったような、少し分かってくれているような顔をして、最後に静かに息を吐いた。
「賢いね」
この一言が、さっきのどれよりも厄介だ。
褒めているんじゃない。
距離を詰めている。
ほら、私はお前を分かってる。
防いでいることも知ってる。
それが正しいとも認めてる。
だから、少しくらい信じてもいいだろう。
私は目を伏せ、テーブルの上のカップを見つめる。
カップの側面の小さな水滴が、ゆっくりと流れ落ちて、細い筋を引く。
なぜかその瞬間、譚師傅の声が戻ってきた。
本当に命取りになる局面はな、相手が「しゃべれ」って迫ってくるときじゃない。
お前自身がこう思い始めたときだ——これくらいなら、言っても大丈夫だろ、って。
男はすぐには追わず、むしろペースを落とす。
「じゃあ、こうしよう」
「組織のこと、任務のこと、場所のこと、仲間のこと——何も答えなくていい」
「あなた自身のことだけ話せばいい」
手元の資料を閉じる。情報収集を正式に諦めたみたいに。
「今年、いくつになった?」
胸が、一度沈んだ。
来た。
この質問自体は何でもない。
だが、二つの役割がある。
一つは、「本当にただの基本情報だ」と思わせること。
もう一つは、一度でも答えれば、場の空気が割れること。
最初の「無害な質問」に答えた瞬間、その後の全部が少しずつ答えやすくなる。
彼を見て、黙ったまま。
彼は頷く。最初から分かっていたように。
「じゃあ、言い方を変えよう」
声を柔らかくする。
「あなたは、まだ未成年だよね?」
指先がまた、わずかに動いた。
これはさっきより汚い。
事実の確認をしているように見える。
多くの人間はここで「頷くだけなら、大して言ってない」と思う。
だが、どんな形であれ一度肯定した瞬間、リズムは相手の手に渡る。
目を閉じ、呼吸を押し落ち着かせる。
男の声は、さらに低くなる。
「怖がらなくていい」
「罪を問うためじゃない」
「むしろ、あなたがまだ未成年なら、多くのことの責任はあなたには来ない」
……そうだ。
これが一番厄介なところだ。
刃を突きつけているんじゃない。
責任を降ろす手伝いをしている。
そして一度でも「これを認めれば、少し軽くなるかもしれない」と思い始めた瞬間——
もう入っている。
口が、少し開きかけた。
本当に短い一瞬、本当に言いそうになった。
年齢そのものじゃない。
もっと悪い一文だ——
「それは、あの件とは関係ないでしょう」
その一文を吐いた瞬間、私は同時に三つのことをしてしまう。
一つ、年齢が話し合える話題だと認める。
二つ、「あの件」が存在すると認める。
三つ、何が関係あって何が関係ないかを、自分で仕分け始める。
つまり、扉は私自身の口から開く。
喉が締まり、その一文を飲み込んだ。
部屋が二秒、静まった。
男は私を見ていた。表情は変わらないが、彼にも見えたと分かった。
私が今、言いかけたことが。
それから彼は、ごく軽く笑った。嘲りじゃない。どちらかというと、惜しそうな笑いだ。
「もう少しだったね」と言う。
背中が、一瞬で冷えた。
次の瞬間、場面がガラスみたいに砕けた。
暖色の照明が消える。
木のテーブルが消える。
お茶が消える。
男が消える。
応接室が一面剥がれ落ちて、目が痛いほど白いシミュレーション前室が戻ってくる。
譚師傅は元の折りたたみ椅子に座ったまま、火のついていない煙草を手に持ち、最初から姿勢すら変えていなかったみたいだ。
細い目で私を見て、ゆっくりと二度、手を叩く。
パチン。
パチン。
「悪くない」と言う。
「もう少しで、扉をこじ開けてくれるところだった」
私はシートに座ったまま、背中が冷や汗でびっしょりだった。
怖かったからじゃない。
みっともなかったからだ。
本当に、あと一歩だった。
あと一歩で、相手に無理やりしゃべらされたのではなく、私自身が「それ、関係ないでしょ」と言い出すところだった。
譚師傅は、たぶん相当ひどい顔をしているであろう私を見て、薄く笑った。
「分かったか?」
「向こうはまだ、まともに尋問すら始めてない。怒鳴りもしない。水だって本気で飲ませてない。その段階で、お前はもう自分で線を引こうとしてた」
喉が少し乾いている。
「あの一言くらい……大したことじゃないでしょう」
譚師傅はそれを聞いた瞬間、「へっ」と笑った。
「そう、それだよ」
煙草を私に向けて突きつける。
「それこそが、お前の頭ん中で一番お前を殺しやすいセリフだ」
ゆっくり立ち上がり、私の目の前まで歩いてくる。
「『大したことじゃない』」
「『これくらいは関係ない』」
「『あれは向こうもともと知ってる』」
「『ちょっと訂正しただけ』」
「『誰も売ってない、自分のことを言っただけ』」
一つ一つ言われるたびに、胸のあたりが少しずつ沈んでいく。
あまりにも聞き覚えがありすぎて。
教科書なんかじゃない。
私が本当に、自分に向かって言いそうな言葉そのものだ。
譚師傅は私の前で足を止め、見下ろす。
「対尋問で最初に鍛えるべきなのは、口を縫い付けることじゃない」
「自分のどの独り言が、開幕から相手の手先になりたがってるかを、先に見抜くことだ」
私は何も言わない。
ここでまた言い返したら、自分でもさすがに見苦しいと分かっていたからだ。
譚師傅は二秒ほど私を見てから、煙草を横に払って、身を屈めた。声は低くないのに、妙にまっすぐ耳に入ってくる。
「お嬢ちゃん。今日、お前が危なかった相手は、あの男じゃない」
「『この一言くらいなら、たぶん平気だろ』って思ってた、お前自身だ」
その一言が落ちた瞬間、ふいに笑いたくなった。
おかしくてじゃない。
あまりにも的確すぎて。
的確すぎると、怒るのさえ追試みたいに見えてくる。
私は背もたれにもたれ、目を閉じて、数秒置いてから低く絞り出す。
「……本当に、嫌な授業ですね」
譚師傅は頷いた。
「ああ」
「今度の『嫌だ』は、さっきまでみたいな取り繕いの台詞じゃない」
どこか満足げだ。
「よし、一口目は噛めたな」
目を開けて、彼を見る。
「これで、まだ一口目なんですか」
「他に何がある」と譚師傅は当然のように言う。「お前の『自分で自分を丸め込む技術』が、その程度で一枚きりなわけねえだろ」
……クソ。
たしかに、そのはずがない。
彼はコンソールのほうへ戻り、ゆっくりとパネルを叩いていく。
白い壁面に、新しい待機表示が灯る。
「さっきのはな、"善意"を取りに行くかどうかを見てただけだ」
「次は、『理解』を取りに行くかどうかを見る」
眉をひそめる。
「違うんですか」
譚師傅は振り返りもせず、笑う。
「全然違う」
「善意は、向こうがお前に優しくすることだ」
「理解は、『やっと自分のこと分かってくれる奴が出てきた』って、お前に思わせることだ」
顔だけこちらに向け、細い目で言う。
「あれはな、水より、逃げ道より、安全そうに見える選択肢より、人間の口を開かせる」
私はシートに座ったまま、背中の冷えが引ききらないうちから、次がもっと面倒なのを悟っていた。
さっきの男は、私に「道」を差し出していた。
これから譚師傅が用意するのは、おそらく道じゃない。
共鳴だ。
誰かがお前を理解してくれる。
お前が悪いわけじゃないと分かってくれる。
ただ追い込まれただけだと分かってくれる。
なぜそうなったか、全部分かってくれる。
そんなものは、脅しよりはるかに危ない。
深く息を吸い、色が変わり始めた白い壁を見つめる。
「譚師傅」
「ん?」
「若い頃、本当に私よりタチが悪かったんですか」
彼は笑った。
「お、やっと役に立つ質問が出たな」
コンソールを指の関節で軽く叩く。
「今日の前二ラウンドをちゃんと超えたら、機嫌がよけりゃ一本くらい話してやる」
……結構。
ゴシップまで報酬扱いできる。
この老狐狸は、骨の髄まで路地裏の人間だ。
前方で、新しい場面の輪郭が立ち上がる。
そして私は、妙にはっきりと理解していた。厄介なのは、譚師傅がどれだけ穴を掘るかじゃない。
ある段階まで行くと、穴は人が掘る必要すらないのだ。
照明を少し暖かくする。
声を少し柔らかくする。
逃げ道を少し本物っぽくする。
それだけで——
人間は勝手にそこへ歩いていく。
乾いた唇を舌でなぞり、低く一言だけ吐く。
「……続けてください」
譚師傅はそれを聞いて、細い目で笑った。
「あいよ」
「今度は、お前がどれだけ『分かってもらいたい』か、見せてもらおうか」
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




