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臨界の星穹  作者: Mr.佐藤焫焵
士官学校編
76/143

20. 「お話し」はいつも、最悪な始まり 1

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

ドアの外の人声は、最初はぼんやりしていた。


すりガラス越しに滲んでくる、日常の雑音みたいに。誰かの足音、誰かの低い話し声、紙がめくれる細かな音。軍営の冷たい規則的な音でもなく、訓練区の機械的な低音でもない。


「普通」だ。


腹立たしいくらいに、普通だ。


私はシートに座ったまま、目の前の暖色の応接室がゆっくりと形を成すのを見ていた。壁際に木のテーブルが現れ、その上に水のカップ、ティッシュ、小さな銀色の保温ポットが置かれている。ドアは半開きで、外の光は柔らかく、目に刺さらない。ようやく息をつかせてくれる場所みたいだ。


これが最初の罠だ。


罠に見えないから。


足音が近づいてくる。


入ってきたのは、グレーの私服を着た中年の男だった。階級章もない、武器もない、立ち姿すら軍人っぽくない。薄い紙の資料を手に持ち、入る前にドア枠を二度、丁寧にノックした。


「おはよう」と彼は言う。声は低く、「待たせたね、すまない」


……ああ。


この種の切り出し方は、いきなり首を絞めてくるより、よほど性質が悪い。


私は答えず、ただ目を上げて彼を見る。


彼は私の沈黙をまったく気にしていない様子で、資料をテーブルに置き、椅子を引いて、私から近すぎず遠すぎない位置に座った。その距離が絶妙で、圧迫感を与えないのに、彼の声は一言一句、はっきり届く。


「緊張しなくていい」と彼は言う。「正式な供述を取りに来たわけじゃない」


心の中で、冷たく笑う。


そうだ。

こういう切り出しをする人間ほど、まともじゃない。


テーブルの上の水のカップを、少し私のほうへ押した。


「水、飲む? 顔色がよくないよ」


私はそのカップを見つめる。


透明で、きれいで、カップの側面に細かい水滴がついている。


こういう場面で、一杯の水はそれ自体が言葉だ。


毒が入っているからじゃない。

「ほら、害はない。気にかけてあげてる」と言っているからだ。


触れない。


男は急かさず、ただ頷く。それだけで、私の警戒心を理解しているように見せる。


「それでいい」と言う。「用心するのは正しい」


……本当に上等だ。


私の防備まで、先に美点として言い換えてしまった。

この人が路上で保険でも売っていたら、一丁目まるごと破産させられそうだ。


彼は資料を開き、声は相変わらず穏やかだ。


「最初に確認しておくと、今のあなたは正式に拘束されているわけじゃない」


「もっと正確に言えば、保護的隔離の状態だ」


「だから、答えたくない質問には答えなくていい」


私は静かに彼を見ている。


これが二層目だ。


強制じゃない。

許可だ。


「答えなくていい」と言われた瞬間、人間は最初の一言を答えやすくなる。


男は私が分かっているか確かめるように、丁寧に付け足す。


「今日は作戦の内容には触れない」


「名前も聞かない、場所も聞かない、任務も聞かない」


「あなたの基本的な状態を確認して、何か必要なことがあれば手伝いたいだけだ」


……来た。


偽りの安全な選択肢の変形版。


核心は聞かない。

周辺だけ聞く。

健康問診票みたいに聞こえる。

だが本当に有用なのは、必ずしも核心じゃない。周辺のほうが、ずっとよく漏れる。


私は黙ったまま彼を見ている。


彼は紙を一枚めくり、声にわずかな宥め口調が混じる。


「あなたはまだ若い」


「背負わなくていいことがある」


「もし巻き込まれただけなら、そんなに苦しむ必要はない」


指先が、ほんの少し動いた。


これは、端を踏んでいる。


言葉が特別に鋭いからじゃない。

絶妙に嫌な場所に刺さっているからだ——


言い訳を用意してくれている。


お前のせいじゃない。

お前から動いたわけじゃない。

ただ巻き込まれただけだ。

少し頷けば、重さをほんの少しだけ横にずらせる。


人間は、重いものを少し降ろしたいと思った瞬間、つい余計なことを話す。


数秒黙ってから、口を開く。


「正式な供述は取らないとおっしゃいましたよね」


男は静かに私を見る。


「そうだ」


「だから今、供述を取っているわけじゃない」


「あなたが、もう少し生きやすくなる言い方を探す手伝いをしているだけだ」


……クソ。


きれいだ。


あまりにきれいで、その場で拍手しそうになった。


自白しろと迫っていない。

「体面のある出口」を売っている。


そしてこの種のものが、一番断りにくい。


私は少し背もたれに寄りかかり、彼を見つめ、なるべく声が安定して聞こえるようにする。


「もう少し生きやすくなる言い方、というのは」


彼は両手を膝の上に置き、わずかに前傾みになる。本当に助けたい人間の形をしている。


「たとえば、あなたがあの件に自分から関わったのかどうか、それだけ教えてもらえればいい」


「任務の詳細じゃないし、誰かを巻き込むわけでもない」


「あなた自身のことだけだ」


胸の中で、一本の糸が締まった。


そうだ。

これが一番汚いところだ。


本当に無害に聞こえる。

誰も聞かない。

どこも聞かない。

どうやったかも聞かない。

自分が自発的だったかどうかだけ。


尊厳を守ってくれているみたいに見える。

だが実際は、一度でも答えれば、その先の道が全部開く。


「自発的じゃない」と言えば、「じゃあ誰に強いられたの」が来る。

「自発的だった」と言えば、「じゃあなぜ参加したの」が来る。

どちらを選んでも、次の問いが生えてくる。


彼を見て、ゆっくり言う。


「この質問にも、答えないとしたら」


男は頷く。苛立った様子はない。


「それでいい」


「では、方向を変えよう」


紙を一枚めくる。本当に私に合わせているみたいに。


「最近、よく眠れてる?」


……笑いそうになった。


本当に汚い。


心配しているみたいに見える質問だ。

だが「眠れていない」と答えた瞬間、「なぜ眠れないのか」「いつから眠れないのか」「何かあったのか」「誰かのせいか」「ある任務のせいか」と続く。


眠れない話をしているつもりが、相手のための足場を組んでいる。


答えない。


男は辛抱強く、また別の問いに切り替える。


「食事はとれてる?」


それも黙っている。


彼は私を見て、少し困ったような、少し分かってくれているような顔をして、最後に静かに息を吐いた。


「賢いね」


この一言が、さっきのどれよりも厄介だ。


褒めているんじゃない。

距離を詰めている。


ほら、私はお前を分かってる。

防いでいることも知ってる。

それが正しいとも認めてる。

だから、少しくらい信じてもいいだろう。


私は目を伏せ、テーブルの上のカップを見つめる。


カップの側面の小さな水滴が、ゆっくりと流れ落ちて、細い筋を引く。


なぜかその瞬間、譚師傅(たんしふ)の声が戻ってきた。


本当に命取りになる局面はな、相手が「しゃべれ」って迫ってくるときじゃない。

お前自身がこう思い始めたときだ——これくらいなら、言っても大丈夫だろ、って。


男はすぐには追わず、むしろペースを落とす。


「じゃあ、こうしよう」


「組織のこと、任務のこと、場所のこと、仲間のこと——何も答えなくていい」


「あなた自身のことだけ話せばいい」


手元の資料を閉じる。情報収集を正式に諦めたみたいに。


「今年、いくつになった?」


胸が、一度沈んだ。


来た。


この質問自体は何でもない。

だが、二つの役割がある。


一つは、「本当にただの基本情報だ」と思わせること。

もう一つは、一度でも答えれば、場の空気が割れること。


最初の「無害な質問」に答えた瞬間、その後の全部が少しずつ答えやすくなる。


彼を見て、黙ったまま。


彼は頷く。最初から分かっていたように。


「じゃあ、言い方を変えよう」


声を柔らかくする。


「あなたは、まだ未成年だよね?」


指先がまた、わずかに動いた。


これはさっきより汚い。


事実の確認をしているように見える。

多くの人間はここで「頷くだけなら、大して言ってない」と思う。


だが、どんな形であれ一度肯定した瞬間、リズムは相手の手に渡る。


目を閉じ、呼吸を押し落ち着かせる。


男の声は、さらに低くなる。


「怖がらなくていい」


「罪を問うためじゃない」


「むしろ、あなたがまだ未成年なら、多くのことの責任はあなたには来ない」


……そうだ。


これが一番厄介なところだ。


刃を突きつけているんじゃない。

責任を降ろす手伝いをしている。


そして一度でも「これを認めれば、少し軽くなるかもしれない」と思い始めた瞬間——


もう入っている。


口が、少し開きかけた。


本当に短い一瞬、本当に言いそうになった。


年齢そのものじゃない。

もっと悪い一文だ——


「それは、あの件とは関係ないでしょう」


その一文を吐いた瞬間、私は同時に三つのことをしてしまう。


一つ、年齢が話し合える話題だと認める。

二つ、「あの件」が存在すると認める。

三つ、何が関係あって何が関係ないかを、自分で仕分け始める。


つまり、扉は私自身の口から開く。


喉が締まり、その一文を飲み込んだ。


部屋が二秒、静まった。


男は私を見ていた。表情は変わらないが、彼にも見えたと分かった。


私が今、言いかけたことが。


それから彼は、ごく軽く笑った。嘲りじゃない。どちらかというと、惜しそうな笑いだ。


「もう少しだったね」と言う。


背中が、一瞬で冷えた。


次の瞬間、場面がガラスみたいに砕けた。


暖色の照明が消える。

木のテーブルが消える。

お茶が消える。

男が消える。

応接室が一面剥がれ落ちて、目が痛いほど白いシミュレーション前室が戻ってくる。


譚師傅(たんしふ)は元の折りたたみ椅子に座ったまま、火のついていない煙草を手に持ち、最初から姿勢すら変えていなかったみたいだ。


細い目で私を見て、ゆっくりと二度、手を叩く。


パチン。

パチン。


「悪くない」と言う。


「もう少しで、扉をこじ開けてくれるところだった」


私はシートに座ったまま、背中が冷や汗でびっしょりだった。


怖かったからじゃない。

みっともなかったからだ。


本当に、あと一歩だった。


あと一歩で、相手に無理やりしゃべらされたのではなく、私自身が「それ、関係ないでしょ」と言い出すところだった。


譚師傅(たんしふ)は、たぶん相当ひどい顔をしているであろう私を見て、薄く笑った。


「分かったか?」


「向こうはまだ、まともに尋問すら始めてない。怒鳴りもしない。水だって本気で飲ませてない。その段階で、お前はもう自分で線を引こうとしてた」


喉が少し乾いている。


「あの一言くらい……大したことじゃないでしょう」


譚師傅(たんしふ)はそれを聞いた瞬間、「へっ」と笑った。


「そう、それだよ」


煙草を私に向けて突きつける。


「それこそが、お前の頭ん中で一番お前を殺しやすいセリフだ」


ゆっくり立ち上がり、私の目の前まで歩いてくる。


「『大したことじゃない』」


「『これくらいは関係ない』」


「『あれは向こうもともと知ってる』」


「『ちょっと訂正しただけ』」


「『誰も売ってない、自分のことを言っただけ』」


一つ一つ言われるたびに、胸のあたりが少しずつ沈んでいく。


あまりにも聞き覚えがありすぎて。


教科書なんかじゃない。

私が本当に、自分に向かって言いそうな言葉そのものだ。


譚師傅(たんしふ)は私の前で足を止め、見下ろす。


「対尋問で最初に鍛えるべきなのは、口を縫い付けることじゃない」


「自分のどの独り言が、開幕から相手の手先になりたがってるかを、先に見抜くことだ」


私は何も言わない。


ここでまた言い返したら、自分でもさすがに見苦しいと分かっていたからだ。


譚師傅(たんしふ)は二秒ほど私を見てから、煙草を横に払って、身を屈めた。声は低くないのに、妙にまっすぐ耳に入ってくる。


「お嬢ちゃん。今日、お前が危なかった相手は、あの男じゃない」


「『この一言くらいなら、たぶん平気だろ』って思ってた、お前自身だ」


その一言が落ちた瞬間、ふいに笑いたくなった。


おかしくてじゃない。

あまりにも的確すぎて。


的確すぎると、怒るのさえ追試みたいに見えてくる。


私は背もたれにもたれ、目を閉じて、数秒置いてから低く絞り出す。


「……本当に、嫌な授業ですね」


譚師傅(たんしふ)は頷いた。


「ああ」


「今度の『嫌だ』は、さっきまでみたいな取り繕いの台詞じゃない」


どこか満足げだ。


「よし、一口目は噛めたな」


目を開けて、彼を見る。


「これで、まだ一口目なんですか」


「他に何がある」と譚師傅(たんしふ)は当然のように言う。「お前の『自分で自分を丸め込む技術』が、その程度で一枚きりなわけねえだろ」


……クソ。

たしかに、そのはずがない。


彼はコンソールのほうへ戻り、ゆっくりとパネルを叩いていく。


白い壁面に、新しい待機表示が灯る。


「さっきのはな、"善意"を取りに行くかどうかを見てただけだ」


「次は、『理解』を取りに行くかどうかを見る」


眉をひそめる。


「違うんですか」


譚師傅(たんしふ)は振り返りもせず、笑う。


「全然違う」


「善意は、向こうがお前に優しくすることだ」


「理解は、『やっと自分のこと分かってくれる奴が出てきた』って、お前に思わせることだ」


顔だけこちらに向け、細い目で言う。


「あれはな、水より、逃げ道より、安全そうに見える選択肢より、人間の口を開かせる」


私はシートに座ったまま、背中の冷えが引ききらないうちから、次がもっと面倒なのを悟っていた。


さっきの男は、私に「道」を差し出していた。

これから譚師傅(たんしふ)が用意するのは、おそらく道じゃない。


共鳴だ。


誰かがお前を理解してくれる。

お前が悪いわけじゃないと分かってくれる。

ただ追い込まれただけだと分かってくれる。

なぜそうなったか、全部分かってくれる。


そんなものは、脅しよりはるかに危ない。


深く息を吸い、色が変わり始めた白い壁を見つめる。


譚師傅(たんしふ)


「ん?」


「若い頃、本当に私よりタチが悪かったんですか」


彼は笑った。


「お、やっと役に立つ質問が出たな」


コンソールを指の関節で軽く叩く。


「今日の前二ラウンドをちゃんと超えたら、機嫌がよけりゃ一本くらい話してやる」


……結構。


ゴシップまで報酬扱いできる。

この老狐狸は、骨の髄まで路地裏の人間だ。


前方で、新しい場面の輪郭が立ち上がる。


そして私は、妙にはっきりと理解していた。厄介なのは、譚師傅(たんしふ)がどれだけ穴を掘るかじゃない。


ある段階まで行くと、穴は人が掘る必要すらないのだ。


照明を少し暖かくする。

声を少し柔らかくする。

逃げ道を少し本物っぽくする。

それだけで——


人間は勝手にそこへ歩いていく。


乾いた唇を舌でなぞり、低く一言だけ吐く。


「……続けてください」


譚師傅(たんしふ)はそれを聞いて、細い目で笑った。


「あいよ」


「今度は、お前がどれだけ『分かってもらいたい』か、見せてもらおうか」

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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