222.一足お先にアーリーアクセス! 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
温泉エリアの前室は、想像していたよりもずっと静かであった。
誰もいない死んだような静けさでもなければ、戦艦の深夜当直の時に響く金属的な冷たい静けさでもない。ここの静けさには、確かな温度があった。誰かが意図的にアスガルド全艦の警報や通信、足音、人声を分厚い扉の向こうに締め出し、わずかな蒸気と木の香り、そして奥深くで極めて静かに流れる熱湯の音だけを残したかのようであった。
入り口に立って、まず目に入ったのは脱衣所であった。
床は艦内でよく見る滑り止めの金属パターンの代わりに、濃い色の木材が敷き詰められ、その艶は暖かみのある黄色い照明で柔らかく磨き上げられている。両側には背の低いロッカーとベンチが並び、余計な装飾はないが、過剰なほど清潔であった。木製ロッカーの角はすべて丸く削られており、ここを設計した人間は最初から、利用者に警戒心を持ち込ませる気がなかったらしい。壁際には畳まれたバスタオルとバスローブが整然と積まれ、軍の命令よりも贅沢な何か——つまり休息を待っているかのようであった。
空気にはごく薄い檜の香りと、熱気特有の湿った甘さが混じっている。
その匂いが鼻腔をくすぐった時、私は初めて本当に自覚した。自分の体には、ついさっきの逃走劇の残滓がまだへばりついていることを。血でも傷でもない。こわばりだ。肩が強張り、首筋が強張り、呼吸すら歯を食いしばって帰ってきた時のままで、未だに完全には解けていない。
真紀は私より一歩先に中へ入った。
彼女は手にしていたバインダーを入り口の小テーブルに無造作に置いた。その動作は、ここが戦艦の隠し施設ではなく、放課後によく来る第二の生徒会室であるかのように自然であった。暖色の照明が彼女の横顔に落ち、会議の時の過剰に澄み切った鋭さをようやく少しだけ和らげた。だが、本当に少しだけだ。この女の骨格は本当に規律でできているのだろう。温泉エリアに入ってもなお、その立ち姿には、ついでにもう一回会議を開けそうな気配が漂っていた。
私はロッカーに寄りかかって彼女を見つめ、たまらず口を開いた。
「帝国の貴族は、一体どれだけこういうものを隠し持ってるんだ?」
真紀は振り返らず、制服のジャケットを脱いでハンガーに掛けながら、淡々と言った。
「今頃になって気にするなんて、遅すぎるんじゃない?」
「さっきまでは生き残るのに忙しかったんでね」
「これも生徒会の福利厚生の一部よ」
私は危うく吹き出しそうになった。
「人を帝国の要塞主砲の下から引きずり戻しておいて、温泉で買収する気か?」
「訂正するわ」
彼女はようやく顔を向けて私を見た。
「前者は職責で、後者は慰撫よ」
「ブラック企業の悪徳幹部みたいな発言だな」
「あんた、さっき私を熟練のCEOみたいだって褒めたばかりじゃない」
返しがスムーズすぎて、私は素直に認めるべきか、自分の減らず口を後悔するべきか、一瞬迷ってしまった。
私は一つ咳払いをして、制服のボタンを外し始めた。
脱衣所が再び静かになった。
だが、今回の静けさは先ほどとは違う。
さっきは場所が静かだったが、今は人が静かになったのだ。
これは厄介だ。
私と真紀は、どちらも言葉で空気を埋める必要を感じないタイプだからだ。普段は人が多く、仕事が多く、命令が多く、誰もが忙しい。近づく時は近づくし、触れるのも、肩を抱くのも、いちいち説明するのも面倒なことが多い。だが、今のように周囲に木材と蒸気と暖かな光しかなく、衣擦れの音さえはっきり聞こえる状況になると、普段は日常的な些事として処理されている多くの事柄が、突然少し危険なものに変わる。
私はジャケットを脱ぎ、傍らに置いた。
真紀の方も私と大して変わらないペースだ。相変わらず余裕があるように見えるが、私は彼女をよく知りすぎている。ヘアピンを外す時、指先が普段より半秒長く止まったことすら見抜けるほどに。
「何を見てるの?」
彼女は顔を上げずに、正確に問いかけてきた。
「真紀がようやく生身の人間に戻るかどうか、観察してた」
「期待外れだった?」
「今のところはね」
私は少し考えてから付け足した。
「でも、まだ観察の余地はある」
彼女は軽く鼻を鳴らした。
その音はごく薄く、笑いとは呼べないものだったが、先ほどの会議室での規律に満ちた口調よりはずっと緩んでいた。
私は彼女のそばに歩み寄り、その後頭部に手を伸ばした。
真紀は避けなかったが、肩のラインが微かに強張った。
「何する気?」
「これを外してやるんだよ」
私は彼女の襟元の内側にまだきちんと留められていた認識バッジのクリップに指をかけ、外してやった。金属のクリップが生地から離れる時、ごく小さな音がした。哀れなほど小さな音だったが、なぜかそれが業務終了の合図のように聞こえた。
私は認識バッジを傍らに置き、ついでに彼女の首筋を軽く揉んだ。
「艦橋の装甲みたいに硬いな」
「あんた、今この艦の重要指揮要員に対して構造評価を行っているわけ?」
「ああ」
私は大真面目に答えた。
「結論は不合格。直ちに熱湯に浸かることを推奨する」
真紀は今度こそ本当に笑った。
ごく短く。
だが、私には見えた。
そのわずかな笑みは彼女の目尻からふわりとほどけ、張り詰めた神経をようやく一段階緩めることを許したかのようだった。彼女は私の手を振り払わず、ただ手を上げて私の手首を軽く押さえた。
「自分の心配でもしなさいよ」
「私は元気だ」
「あんたがそう言う時は毎回、全然元気じゃないって証拠よ」
……この女は時々、本当に腹が立つ。
あまりにも的を射ているからだ。
言い返そうとした時、脱衣所の奥にある半開きの格子戸に視線を奪われた。そこからは、温泉の外側にある中庭の一角が見えた。
それほど広くはないが、趣がある。
扉の外は日本庭園の風情を漂わせる休憩エリアになっており、板張りの床が外へと延び、隅には背の低い提灯が置かれている。その光は蒸気に浸されたように、流れるほど柔らかかった。さらに奥には、丁寧に刈り込まれた松のシルエット、石灯籠、背の低い植え込み、構造としての湯船の縁の輪郭が見える。最も常軌を逸しているのは、頭上の透明なドームだ。まるで宇宙の夜空を丸ごと切り取って頭上に被せたかのようだった。弧を描くガラスの向こうに銀河が静かに横たわり、夢のように遠く、それでいて、長く浸かっていれば人間ごとあの光の帯に溶かされてしまいそうなほど近くに感じられる。
休憩エリアの中央には、低いテーブルと茶器まで置かれていた。
私は目を細めた。
「ここは温泉か、それとも秘密の高級クラブか?」
「両立するわよ」
真紀は顔色一つ変えずに答えた。
恥知らずな回答だが、いかにも生徒会らしい。
脱衣所の反対側には、洗い場へと続く廊下が見えた。そちらの空気は外とは全く違う。中庭も低いテーブルもなく、人の心を緩ませるような意図的な風景もない。代わりに並んでいるのは、整然とした洗い場だ。銅製のシャワーヘッドと木桶が暖かな照明の下で古びた金色の光を放ち、水しぶきがタイルに沿って舞い上がり、その区画全体を、帝国の貴族の礼儀作法と温泉の実用主義が共同統治している場所のように見せている。それぞれのスペースは絶妙な間隔で区切られ、窮屈でもなく、かといって疎遠すぎることもない。『個人の空間は尊重するが、だらしないのは許さない』と言っているかのようだ。
傍らにある大型のボイラーも威圧感があった。
それはそこに鎮座し、蒸気をひと筋ずつ吐き出している。まるでこの船のすべての優しさを、一度高圧で煮沸してからでなければ浴場へ送ることを許さないとでもいうように。
私はそこを一瞥し、さらに奥にあるもう一つの狭い通路を見た。
そこは貸切風呂へと続いている。
外の開放的な庭園や大浴場の洗い場とは違い、その方向は意図的に隠されているようだった。木の扉、低い照明、独立した前室。入り口だけで『ここは多人数を歓迎しない』という雰囲気を漂わせている。半ば下ろされた暖簾の影から、独立した湯船の丸い縁と、より濃い水蒸気が微かに見える。誰にも邪魔されたくない人間のためだけに用意された、一口分の静寂のように。
私が一秒長く見つめると、真紀は即座に察知した。
「そっちは駄目よ」
私は彼女に顔を向けた。
「まだどっちに行くかなんて言ってないぞ」
「あんたの目が言ってたわ」
「真紀、これは職務上の差別だ」
「違うわ」
彼女は悠然と髪を耳にかけた。
「あんたが施設を乱用するのを予防してるの」
私は危うくむせそうになった。
上出来だ。口では大義名分を並べているが、彼女はよくわかっているのだ。もし今私をあちらへ行かせたら、今夜はただ温泉に浸かるだけでは済まなくなるということを。
一方、大浴場の方向は全く別のスケールだった。
さらに少し進むと、空間が突然大きく開ける。三つの大きな湯船が贅沢に配置され、縁は濃い色の石材で囲まれている。中央の主浴槽が最も広く、水面は暖かな光とドームの星空の下で、柔らかな金色と淡い青が交錯する細波を立てていた。左右の副浴槽はやや小さく、一方は冷たい色調、もう一方は暖かい色調になっている。湯に浸かる時の気分の違いにまで選択肢を用意しているかのようだ。高い柱が空間全体を支え、壁面には装飾的な浮き彫りと盆栽が埋め込まれており、大浴場全体が浴場であると同時に、過剰なほど贅沢な屋内庭園のようにも見えた。
最も異常なのは、ここが戦艦の中であるにもかかわらず、全く船の施設に見えないことだ。
財力と審美眼を持て余した誰かが、鋼鉄と火砲の奥底に、戦争を忘れさせるための熱き霧の宮殿をどうしても造りたかったかのようだ。
私は二秒沈黙し、ついに結論を下した。
「お前が会議で死んでも温泉の存在を口にしなかった理由が、突然理解できたよ」
真紀は畳んだタオルを私に手渡した。
「どういうこと?」
「ただの普通の福利厚生だと思ってたんだ」
私はタオルを受け取り、正直に言った。
「蓋を開けてみれば、これはクーデター級の資産じゃないか」
彼女は眉を上げて私を見た。
「クーデター級?」
「ああ」
私は大真面目に頷いた。
「こんな施設が公開されたら、お前の指導者としての正當性は『誰が温泉の権限を握っているか』の上に瞬時に構築されるぞ」
真紀は今度はすぐに言い返さなかった。
彼女はただ私を一瞥した。その目には『また馬鹿なことを』と書いてあったが、口角は微かに動いていた。
「そこまで見識があるなら」
彼女は言った。
「まずは体を洗いなさい」
「真紀、お前は本当にロマンチックな雰囲気を衛生管理にすり替える天才だな」
「あんたが今にもそのまま飛び込みそうな顔をしてるからよ」
「私がそんなにだらしなく見えるか?」
「見えるわ」
彼女は躊躇なく答えた。
よろしい。この女は、人を貶す時でさえ議事録を読み上げているかのようだ。
私はタオルを抱え、彼女に続いて洗い場へと向かった。その一帯は外の庭園の休憩エリアよりも少し明るかったが、艦橋のような冷たい白ではなく、蒸気と木の香りを帯びた暖かな光であった。整然と並んだ洗い場には、銅製のシャワーヘッド、木桶、小さな椅子、そして繊細な模様が施された仕切り板が、水気の中で古びた金色の光を放っている。
頭上には透明なドームの弧が伸びている。
さらに見上げると、星河全体が誰かの手によって浴場の上に優しく被せられているようだった。銀紫色の光の帯が緩やかに広がり、床から立ち昇る熱霧と重なり合って、ここが温泉ではなく、金を持て余し審美眼が狂った帝国の貴族が、人の警戒心を腐食させるためだけに戦艦内に造らせた熱霧の庭園のように見えた。
洗い場の一角には巨大なボイラーがそびえ立ち、銅管に沿って蒸気をひと筋ずつ吐き出している。空間全体の鼓動をそれがしっかりと刻んでいるようだ。床は濃い色の石材で、足の裏から熱気が這い上がり、まだ湯に触れてもいないのに、骨が溶け出しそうな錯覚に陥る。
「少しわかってきたよ」
私はその一つの席に座り、彼女を見上げた。
「何が?」
真紀はタオルを肩に掛け、隣に座った。話す時、毛先が首筋に垂れ、少し湿気を帯びて、普段よりも柔らかく見えた。
「私たち生徒会が、どうして今まで狂わずにいられたのか」
彼女は私を一瞥した。
「狂ってないって、確証はあるの?」
「少なくとも表面上はな」
「それは、あんたが普段見てるのが仕事の時の状態だからよ」
私は危うく、じゃあプライベートではどんな状態なんだと追及しそうになった。だが、今のこの場所、この温度、感動的なほどリラックスしているくせにいつでも一言で人を規律に縛り付けられる彼女の様子を思い出し、その質問は後回しにした方が安全だと悟った。
彼女はまず木桶を手に取り、私の方を見た。
「後ろ向いて」
「はい、真紀様」
「ふざけないの」
私は大人しく振り向き、彼女に背を向けた。
次の瞬間、温かい湯がかけられた。
その感覚は、憎たらしいほど最高だった。
首筋から肩へと流れ落ち、背骨に沿って滑り落ちていく。帝国のトワイライトの下から私を引きずり戻し、今までずっと張り詰めていたあのこわばりを、誰かがようやく一層ずつほぐしてくれるように。熱気が肌に張り付いて立ち昇り、呼吸さえもゆっくりになっていく。
真紀が洗面用具を手元に置き、背後から声がした。
「頭、少し下げて」
私は指示に従い、ついでに誠意のかけらもなく口を開いた。
「艦隊を指揮してるみたいな口調だな」
「副艦長は時々、艦隊より手がかかるからよ」
「それは人身攻撃だ」
「いいえ、長期観察の結論よ」
よろしい。人の背中を流しながら、理路整然と評価を下せる能力。いかにも彼女らしい。
泡立てた布越しに彼女の手が私の肩に落ちた時、私はこらえきれず、微かに息を吐いた。
くすぐったいわけではない。
急に恥ずかしくなったわけでもない。
ただ、あまりにもよく知っているからだ。
これほどの接触は、私たちにとっては大したことではない。普段戦場では、彼女が私を引っ張り、私が彼女を引っ張り、緊急時には肩を抱き、手を押さえ、半ば引きずるようにして前に進む。今より近い距離なんていくらでもあった。だが、こんなにも過剰に暖かく、過剰に静かな場所では、本来当たり前だった多くのことが、突然少しだけ違ったものに変わってしまう。
彼女が肩から背中をこする時の力加減は、強くはないが、とても安定していた。
肩のラインから下へ、背骨の両側に沿ってゆっくりと滑らせる。負傷者の世話をするほど慎重でもなく、単に体を洗うほど雑でもない。絶妙な熟練感があった。私がどこが一番張り詰めているか、どこを強く押せば文句を言うか、どこが軽すぎると意味がないかを、彼女はとうの昔に知っているかのように。
「左、もう少し強く」
私が言う。
「ここ?」
「もうちょっと下」
彼女はその通りにした。私は危うく熱気の中にその場で溶けそうになった。
「シモ」
背後から彼女の声がした。ごく薄い警告を帯びている。
「あんた、昇天しそうな声出さないでくれる?」
「私のせいじゃない」
私は顎を腕に乗せ、極めて正直に答えた。
「さっき危うくトワイライトの横で死にかけたんだ。背中を流してもらったら、生まれ変わりたくもなる」
彼女は答えなかった。
だが、絶対に笑ったはずだ。
次にこすられた時の力が、明らかにさっきより強かったからだ。
「痛い」
「自業自得よ」
「真紀の私刑だ」
「無駄口が多すぎるのよ」
私は笑いながら横顔を向け、言い返そうとしたが、彼女はすでに布の角度を変え、私の後ろの肩から側面へと滑らせていた。その動き自体は何でもないものだった。だが、お湯と蒸気のせいで反応が半拍遅れたせいだろうか。彼女が手を引っ込める時、触れてはいけない場所にうっかりこすれてしまった。
ごく短い。
本当に一瞬だけ。
だが、私たち二人は同時に硬直した。
熱気はまだ立ち昇り、水音も止まらず、遠くのボイラーは相変わらず規則正しく蒸気を吐き出している。空間の何も変わっていないのに、空気だけが突然変わってしまった。
私はすぐには振り向かなかった。
彼女もすぐには声を出さなかった。
その静けさは危険だった。
さっきの脱衣所での「よく知っているからこそ危険」という前奏ではなく、さらに半歩踏み出し、今にも線を越えてしまいそうな危険さだ。
彼女が私の背後で動かずに止まっていることすら感じ取れた。
普段の彼女ならこんなことはしない。触れたなら触れたで、謝るか、何か一言返すか、いっそ何もなかったことにする方が彼女らしい。だが今、彼女も止まっている。それが、何か言葉を発するよりもさらに厄介だった。
私の耳の裏が少し熱くなった。
珍しいことだ。
特に彼女に対しては、極めて珍しい。
結局、先に口を開いたのは私だった。喉が少し乾いていた。
「……真紀」
「ん」
彼女はようやく応じた。
声が普段より少し低く、少し遅かった。
私は危うく笑いそうになった。
おかしいからではない。この女にもこんな瞬間があるのかと思うと、ひどく貴重に思えたからだ。
「お前、さっき背中を流す範囲を超えたことをしなかったか?」
背後が一秒沈黙した。
それから、彼女はようやくごく軽く息を吐いた。
「事故よ」
「誠意に欠ける回答だな」
「じゃあ、何て言ってほしいの?」
私はついに振り返った。
真紀は私のすぐ後ろに座り、まだ手に布を持っていた。表情は相変わらず冷静に見える。だがその冷静さも、よく見れば端の方が少し緩んでいた。彼女の耳の裏ははっきりと熱を帯びており、視線もさっきの会議の時のように鋭くはなく、蒸気にふやかされたような無奈さを宿していた。
まずい。
これは反則だ。
彼女を見つめていると、急にこの出来事を冗談として流したくなくなってきた。
彼女もそれに気づいたのだろう。指先が微かに動いた。布を置こうとしているのか、誠意のあり処を探しているのか、それとも突然少しピンク色に染まったこの空気をどう処理すべきか決めかねているのか。
私は彼女の方へ少しにじり寄った。
ほんの少しだ。
だが、二人の間にあった本来なら安全なはずの距離が、突然安全ではなくなるには十分だった。
「本当のことが聞きたい」
私は低い聲で言った。
真紀が私を見る。
その目には元々、場面を維持しようとする鎮静さがあった。だが最後まで耐えきれず、彼女自身ももうその必要はないと感じたようだった。彼女は手を上げ、私の額に張り付いた濡れ髪を払いのけ、指先が私の頬を軽くかすめた。
「本当のことはね」
彼女はついに口を開いた。
「あんたがこれ以上近づくなら、事故では済まないと思う」
……よろしい。
これはもうピンク色の雰囲気ではない。
誰かがすでに火をつけておきながら、わざと「熱くない?」と尋ねているようなものだ。
彼女を見つめながら、私の心には一つの念しか浮かばなかった。
この女、普段の会議では全員を完全に押さえつけているくせに、いざこういう時になると、私よりもよっぽど、聞かなかったことにはできないような台詞を吐く。
私が口を開きかけたその時、外から空気を全く読まない足音が連なって聞こえてきた。
速い。
よく知っている足音だ。
しかも、ドアを開ける前から声が先に飛び込んできた。
「——だから言ったでしょ! あの二人、絶対先にここに隠れてるって!」
ジェス。
私は目を閉じ、心の中で静かに毒づいた。
本当に、絶妙なタイミングだ。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




