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臨界の星穹  作者: Mr.佐藤焫焵
臨界の星穹:静音潜航
622/647

221.特権 2

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

解散が宣言され、会議室の重厚な扉が開くや否や、さっきまで椅子に正座を強いられていた各クラスの代表たちは、「生徒会長在室」という名の固定ボルトを引き抜かれたかのように、どっと外へ流れ出し始めた。


そして、この惑星間航行艦アスガルドの、最も生々しい一面も同時に流出することとなった。


「おい、結局『公の場』って展望回廊は含まれるのか?」


「黙れ!」


「お前、さっき顔赤くなってただろ?」


「してない!」


「してた。副会長が二言目を放ったあたりから急速に赤化してた」


「会議室の空調が悪くて酸欠状態だっただけだ!」


「へえ、風紀教育というのは随分と酸素を消費する病気らしいな」


「もう一回言ってみろ?」


前列を行くAクラスの女子代表二人が、歩きながら互いの脇腹をつねり合っている。端から見れば親友同士の睦まじいじゃれ合いにも映るが、その実態は不都合な口封じの応酬であった。別のクラスの男子代表にいたっては、私の横を通り過ぎる時は「職務に忠実なエリート」の鉄面皮を装っていたくせに、背後から同級生に肩を叩かれた瞬間、全身の毛を逆立てて驚愕していた。


「お前、さっき二階堂の『定義』のメモを盗み見てただろ?」


「あれは……適用範囲の学術的確認だ!」


「範囲?」


「そう、研究範囲だ!」


「研究とは恐れ入る。どこの座標なら安全に逃げ込めるか、必死に計算していただけだろう!」


その男子は、主砲トワイライトの熱放射を至近距離で浴びたかのように顔を真っ赤に染め上げ、同級生を力一杯睨みつけた。残念ながらその視線に軍人としての殺気はなく、「頼むからこれ以上弾劾しないでくれ、私は明日まで生存していたいんだ」という、敗残兵のごとき悲壮感しか漂っていなかった。


廊下の反対側もまた、大同小異の光景であった。「我々にもすべて聞こえているが、公序良俗のために自重している振りをしているね」という、あまりに欺瞞に満ちたレベルまで、わざと声を潜めている連中がいる。


「副会長のさっきの一言、えげつなすぎでしょ……」


「一番えげつないのは副会長じゃなくて、二階堂だよ」


「それな。副会長は放火魔で、二階堂はそれを取り締まる独裁的な立法機関だ」


「何その例え、怖すぎ」


「怖くないよ、正確なだけ」


正確なものか。私は残りの資料を抱えて彼らの後方を歩きながら、周囲で飛び交う雑音を冷ややかに分析していた。私がさっき放ったあの一言は、すでに単なる発言の枠を飛び越え、アスガルド艦内における新興の流行語、あるいは一種のイデオロギーにまで昇格したらしい。


上出来だ。帝国の要塞から死に物狂いで生還したばかりの軍艦において、現在最も爆発的な伝播力を持っているコンテンツが、敵の戦術ではなく「公共風紀の注意事項」だとは。


人類の文明というのは、つくづく自己暗示のう妙な病気である。


さらに滑稽なのは、口では笑っていても、彼らの間の物理的距離感には確実に微妙な変化が生じていることだ。元々密着して歩いていたのに、ふと「制度の刃」を思い出したように半歩の距離をとる者。逆に離れて歩いていたのに、わざと肩を並べて「我々はさっきの弾劾など微塵も気にしていない」という、無意味な反骨精神を見せつける者。


もっと幼稚な奴らもいる。違うクラスの代表二人がすれ違いざまに目を合わせ、同時に顔を背けるのを私はこの目で目撃した。あの瞬間のシンクロ具合は、存在してはならない「犯罪予備者リスト」を共有してしまった政治犯のごとき気まずさであった。


ランが人混みから抜け出してきた時、彼女はまだ電子タブレットを抱えていた。総務としての品位を懸命に維持しようとしているものの、その肩はまだかすかに震えている。


「よく言うわね」


私の横を通り過ぎる時、彼女は低い声でそれだけを落とした。


「お褒めに預かり光栄だ」


私は顔色を変えずに返す。ランは私を一瞥した。その目ははっきりと——『褒めてない』と告げていた。


隣を歩くロイは、規模の大きすぎる国家財務監査から無事生還したばかりのような顔で、笑いたいのに笑えないという官僚的な克制を声に滲ませた。


「副会長、おめでとう」


「何が?」


「二年生の各クラス代表に、自室へ戻る前に『距離』という概念の社会的な意味を再考させることに成功したことだよ」


「それは風紀教育の勝利だ」


「いや、あれは君の純粋な悪意だ」


よろしい。航海長もようやく、現実をそのまま口にする術を学んだらしい。


一方、ジェスは——


ジェスにいたっては、隠す気すら皆無であった。彼女は通路の隔壁に寄りかかって腰が折れそうなほど笑い転げ、私を見るなり降参のポーズをとってみせた。


「言っとくけど、今夜水飲むときは、あんたから絶対三メートル以上離れるからね」


「窒息防止?」


「あんた防止よ」


彼女は笑いすぎた目尻の涙を指先で拭い、さらにトドメを刺してきた。


「あんたさっき、危うく学年代表会議を艦内深夜ラジオの低俗番組に変えるところだったわよ」


「聴取率は高かったはずだ」


「高すぎて、二階堂が条文の注釈まで付け始めたじゃないの」


その言葉に、私まで二度目の笑いを吹き出しそうになった。光景として完璧すぎる。副会長が爆弾を投げ、風紀委員長がその爆弾を管理細則に書き込む。連邦士官学校の二年生がいつか本当に全滅する日があるとしたら、十中八九、異常なほど完璧なプロセスの元に自滅するのだろう。


ジェスにもう一言返そうとしたが、人波が散った前方の角から、ふと人影が現れた。


真紀だ。


彼女は私を呼ばなかった。人前で指を鳴らして部下を呼びつけるような、彼女の美学に反する真似もしなかった。


ただそこに立ち、私に視線を落とした。私にしか解読できない、無言の通知を下すように。


私は手元の資料を、たまたま通りかかったランに押し付けた。


「ちょっと持ってて」


ランはその書類の束に視線を落とし、それから前方にいる真紀を見て、冷酷なまでに平坦な表情を作った。


「なるほど」


「何がなるほどだ」


「別に」


彼女はそれだけ言って歩き去った。総務としての体面を完璧に保ち、そして傍観者としての冷ややかな悪意を完璧に漂わせて。


私はそれ以上の追及を諦め、直接その静かな脇の通路へと足を踏み入れた。


会議室の喧騒は角を曲がった途端に薄れ、艦内の空調が低く流れる無機質な音と、遠くから時折漏れてくる抑えきれない笑い声だけが残った。奇妙な感覚だった。あの騒ぎ全体が角の向こう側に置き去りにされ、この広大な宇宙の片隅には、私と、彼女だけが残されたかのような。


真紀は私が近づくのを待ってから口を開いた。


「あんた、さっき会議をトークショーの現場にする気だったの?」


私を睨んでいる。少なくとも形式上は、最高権力者としての威厳を保とうとしている。


だが一目見ただけで、その責め立てる視線の殺傷力が、紙の端すら切れない程度のものであることは判別できた。彼女の目には呆れが混じっているものの、それは張り詰めた戦場から降りたばかりの、薄氷のように柔らかいものであった。表面は冷たいままだが、その下はすでに溶け始めている。


私は空気を読み、自己弁護はしなかった。権力者の前での弁護は無意味だ。話題を逸らす方が、生存確率が高い。


「この船に温泉があるなんて、さっき一言も言ってなかったじゃないか」


言いながら、私はごく自然にシモの肩へ腕を回した。本来ならそうなるのが、宇宙の法則であるかのように。


真紀が即座に私の手を叩く。


痛くはない。生徒会長としての尊厳がまだ少しは残っていることを思い出させるための、ただの儀礼的な合図だ。


だが、彼女は私を突き放しもしなかった。これが人間心理の面白いところだ。


「言ったはずよ」


彼女の口調はやはり、さっきの会議の時より少し柔らかくなっていた。峰打ちの刀身が、ゆっくりと鞘へと戻るように。


「温泉は私たち生徒会の福利厚生だ」


彼女は一拍置き、横顔を私に向けた。


「少なくともこの数日間は、私たちの独占よ」


私は危うく吹き出しそうになった。


見ろ、この女はこういう気質(かたぎ)なのだ。会議室では、人工ビーチの開放時間や高級士官倶楽部の閉鎖時間、誰がアルコールを摂取し誰が当直に就くかを大真面目に規定できる。だが会議室を出て、身内の享受する番になれば、これほどまでに堂々と特権を主張する。


「つまり生徒会長は今、職権乱用をしていると?」


「違うわ」


返答は神速であった。


「艦内の隠し資産の、合理的な運用よ」


私はその場で無条件降参した。


いいだろう。いかにも彼女らしい合理化の回答だ。えこひいきを認めず、かといって否定もせず、最終的にそれを官僚用語でパッケージングする。彼女の底意地の悪さを知らなければ、生徒会会則に書かれた正式な権利だと本気で信じていたかもしれない。


「それに」


真紀が付け加えた。


「あんたが今必要なのは、あいつらと騒ぐことじゃない」


彼女の視線が私の顔で半秒止まる。副会長がまだどれだけの精神力を保っているか、査定するように。


「熱いお湯よ」


……その一言は、さっきのどんな法的条文よりも厳格な命令に聞こえた。そして、どんな抒情詩よりも深い気遣いに聞こえた。


相変わらずだ。口に出す時は決して柔らかくしすぎない。少しでも感情を漏らせば、生徒会長の威厳が廊下で蒸発してしまうとでも恐れているかのように。


私はふと、奇妙な自嘲を覚えた。さっきトワイライトの下で死に物狂いになっていた時は、自分が疲弊していることなどこれっぽっちも意識しなかった。だが今、彼女にそんな当たり前のような口調で指摘されて、肩が急速に重くなり始めていることに気づいた。骨の髄で意地を張っていた張力が、ゆっくりと解けていく。


「お前もだろ」


私は低い声で言った。


「自分が鉄でできてるみたいな顔をするな」


真紀はすぐには答えなかった。


ただ、ごく短く私を一瞥した。その一瞥には僅かな疲労と、呆れと、そしてごく薄い——だが私にははっきりと読み取れる『黙認』が混じっていた。


「なら」


私は回した腕をもう少し引き寄せ、わざと少し憎たらしい口調を作った。


「生徒会の秘密の福利厚生は、今から副会長にも開放されるわけだ?」


「あんたは最初から名簿に入ってるわよ」


「そりゃどうも」


「帝国の趣味が加わった温泉設備の出来が、許しがたいレベルで腐っていないか、検分する人間が必要だからね」


私は笑った。


「随分と事務的な理由だな」


「不満?」


「いや」


私は正直に答えた。


「特に後半の、帝国の趣味を腐っていると断じるあたりが気に入った」


彼女はどうしようもないというように軽く息を吐き、私の肩に回した手を下へ少し引っ張った。横柄さを減らしつつも、依然として黙認の角度に調整するように。


「行くわよ」


彼女が言った。


「あいつらが外であんたのさっきの言葉を伝染させている間に、私たちが先に行くの」


「先に温泉に?」


「先に鍵をかけに」


私は危うく立ち止まりそうになった。


生存本能が告げていた。彼女はわざと言ったのだ。その口元に隠しきれない邪悪な弧が浮かんでいて、犯人の正体を完全に暴露していたからだ。


この女、悪知恵をつけたな。いや、元から性格は悪いのだ。普段は規則とバインダーで隠しているだけで。


私たちは脇の通路を上層へと向かった。メイン通路に比べるとここははるかに静かで、照明も少し柔らかい。アスガルド全体が、邪魔されたくない何者かのためにわざわざ残しておいた歴史の隙間のように。遠くからは、別のエリアが次第に熱を帯びていく音が微かに聞こえる。仲間を呼ぶ声、ビーチと娯楽室のどちらに先に行くかの議論。船全体がさっきの会議の拘束からゆっくりと解き放たれ、軍艦というより修学旅行に近い夜へと滑り込もうとしている。


Sub-space(亜空間)跳躍より静かで。


高級士官倶楽部より清潔で。


サウナよりも、少しだけ危険な場所へ。


熱い湯というのは、ただでさえ人間の意志を緩ませるのに適している。ましてや隣にいるのは、たった今会議で二言で三百人を黙らせた生徒会長なのだ。


私はふと、あまりよろしくない予感を覚えた。人が死んだり、爆発したり、トワイライトで蒸発したりするような不吉さではない。もっと平和で、もっと致命的な、人類の理性を脅かすやつだ。


「真紀」


「何?」


「さっきふと思ったんだが」


「何を?」


「生徒会が温泉を独占してるって知ったら、二階堂は私たちまでリストアップするんじゃないか?」


彼女は一秒沈黙した。


そして、極めて平坦に返した。


「だから、あんたはこの後少し静かにしていなさい」


私が言い返そうとしたその時、側面の別の通路から突然足音が響いた。


規則正しく。真っ直ぐに。そして、自らの存在感を隠す気など微塵もない、冷徹な足音。


私と真紀はほぼ同時にそちらを見た。


……二階堂。


私は心の中で無音の悲鳴を漏らした。


なんという絶妙なタイミングで現れるのだ、風紀委員長。


彼女は別の廊下から曲がってきて、手にはさっきの会議の資料を挟んでいた。床さえ彼女の足下で余計な音を立てるのを恐れているかのような、見事な軍隊的歩調。その顔は相変わらず「規範」と「自分から面倒を持ち込まないでください」と書いてある。だがよりによって今この瞬間、その面倒が極めて具体的な形態をとって生徒会長の腰に回されているのだ。


私の反応は神速であった。生存欲求に突き動かされた人間は、新しい戦術機動を進化させることができるのだと、自分でも感心するほどに。


私は即座に手を引っ込め、真紀の手から資料の束を自然に受け取ると、一ページめくり、さっきまでの出来事がすべて歴史の幻覚であったかのような平坦な声を出した。


「各クラスの施設開放時間ですが、もう一度分流調整をした方がいいかと」


真紀も半拍だけ遅れて、完璧に戦術を合わせた。


「ええ、私もそう思っていたところよ」


この女はやはり恐ろしい。一秒前まで私に抱き寄せられていた生徒会長が、次の瞬間には「連邦の優秀幹部代表」に立候補できるほどの冷徹な公務モードにシームレスで切り替わる。その処理速度たるや、ワープ発生器すらコンプレックスを抱くレベルだ。


二階堂が近づき、私たち二人の間で視線を一瞬だけ止めた。


短い。だが、ひどく情報量の多い目であった。


私は誓ってもいい。彼女はすべてを理解した。あるいは少なくとも半分は看破し、そして「現在の私はこのレベルの私情を処理するほど暇ではない」という職業的倦怠感から、一時的に見なかったことにする決断を歴史的に下したのだ。


彼女が口を開いた時、その声は相変わらず清潔で鋭利であった。


「生徒会長。風紀委員のシフト表の初版は今夜中に作成し、明朝確認に回します」


「ご苦労様」真紀が頷く。


「それと」二階堂が私を一瞥した。「副会長の先ほどの補足啓発ですが、効果は顕著です。現在、全艦の二年生が『公の場』の境界を再定義し始めているようです」


私は自分の唾液でむせそうになった。この女は私を褒めているのか、それとも次の事故報告書の前文を読み上げているのか?


「それは重畳だ」私は強引に話を合わせるしかなかった。


二階堂は無表情に一言返した。


「そうとも限りません」


よろしい。極めて二階堂らしい、官僚主義的な回答であった。


彼女はすでに予見しているのだろう。あの弾劾に等しい啓発を群衆が過剰に解釈した結果、今夜どれほど多くの人間が、艦内のありとあらゆる奇妙な座標で突然不自然な挙動を見せ始めるかを。ある意味において、私は確かに風紀委員会の業務量を増大させた。ただ、その業務量は現在のところ心理的、あるいは観察的な次元に留まっており、正式な現行犯逮捕や弾劾報告書の作成という、手続き的な段階にはアップグレードされていないというだけのことだ。


「もう一点」


二階堂は再び真紀を見た。


「高級士官倶楽部には、あらかじめ人員を配置しておきます」


「いいわ」


「人工ビーチ、およびサウナ外部の休憩エリアも、巡回の最重点項目に加えます」


今度こそ私は本当に吹き出しそうになった。この少女は、冗談ではなく本気なのだ。規律という名の神に仕える盲信的な神官のごとき真摯さであった。


真紀もまた、私が必死に自制心を削りながら笑いをこらえていることに気づいたのだろう。ひどく微妙な、そして冷ややかな視線をこちらに投げかけてきた。その一瞥に含まれた意味を翻訳するなら、おそらくは——『副会長、せめて彼女がその機能的な背中を向けて立ち去るまでは、その悪趣味な笑いを喉の奥に封じ込めてちょうだい』という懇願、あるいは脅迫であった。


私は極めて協力的かつ恭順な態度を装い、手元にあるバインダーの合成皮革の表紙を、あたかも宇宙の真理が書かれているかのように熱心に研究し始めた。


二階堂もまた、この場に長居する愚を犯すつもりはなかったらしい。事務的な報告を終えると、私たちに義務的な会釈を返し、背を向けて立ち去った。その背後は、寸分の無駄もなく鞘に収められた名刀のように冷たく、真っ直ぐで、そして必要とあらば一瞬にして文字通りすべてを斬り伏せる抜刀の構えを崩していなかった。


彼女の規則正しい足音が完全に遠ざかってから、私はようやく胸の奥に溜まっていた息を吐き出した。


「危なかった」


私は低い声で言った。


「あんたの『危なかった』というのは、二階堂に不貞の現場を押さえられそうになったという意味? それとも自制心が崩壊して笑い出すところだったという意味?」


真紀が淡々と問う。その声には、冷徹な統治者としての響きが半分ほど戻っていた。


私は正直に答えた。


「両方だ」


彼女はようやく、ごくかすかに息を吐き、さっき二階堂の登場によって強制的に断ち切られた「私的な弛緩」をようやく拾い上げたようだった。そして細い手を伸ばし、私が読んでいる振りをしていた資料を容赦なく抜き取ると、再び自らの細い腕の中に抱え直した。


「行くわよ」


「どこへ?」


私は知っていながら、わざと愚問を投げかけた。


真紀は私を一瞥した。その双眸にはようやく、最高権力者の仮面では隠しきれない濃厚な疲労と、それ以上に薄く、しかし確かな真実味を帯びた安堵が浮かんでいた。


「あんたがさっきから、その下俗な好奇心を隠そうともせずに気にしてる場所よ」


私たちはさらに静寂の度合いを増した通路を上層へと進んだ。メインの動線に比べると、明らかに人の気配が途絶えており、照明の光量も意図的に落とされている。艦内の公共エリアを支配する、あの生存を強制するための標準化された白色光ではなく、暖色系の、どこか退廃的でさえある仄暗い光だ。壁面の材質もこれまでとは異なり、軍艦特有の冷徹な金属感を残しつつも、表面は絹のように繊細に処理されていた。まるで、この巨大な鋼鉄の怪物アスガルドの骨格から、部外者とは決して共有する気のない密室を、鋭利な刃物でわざわざ削り出したかのようであった。


私はすぐに悟った。この空間は、設計の初期段階から「大衆」のために用意されたものではないのだと。


人工ビーチのような、自己主張の激しい大衆娯楽施設でもなければ、高級士官倶楽部のように、その名称自体が階級社会の特権的な悪臭を放つ場所でもない。ずっと奥深くに秘匿され、静謐で、どこまでも控えめだ。アスガルドという兵器が、鋼鉄と計器で組み上げられたその冷酷な身体の奥底に、ごく限られた少数の人間のためだけの熱を、密かに飼い慣らしているかのように思えた。


通路の突き当たりには、通常のハッチよりも意図的に幅を狭めたスライドドアが鎮座していた。


ドアの傍らに、大げさな標識や案内図の類は一切存在しない。壁面に埋め込まれた小型の認証パネルがあるだけだ。生徒会最高幹部専用の権限識別用。こんな私的な場所にまで厳格な権限の認証を要求するあたり、真紀が公私混同を病的に避けていると言うべきか、あるいは生徒会という組織が「特権の正しい隠蔽方法」を熟知していると言うべきか、判断に迷うところであった。


「随分と深い場所に隠匿したものだな」


私が言う。


「深くしておかないと、とっくにジェスの野蛮なレーダーに見つかっているわよ」


真紀の回答は、極めて現実的な危機感に満ちていた。説得力がありすぎて、こちらが反論を差し挟む余地など存在しなかった。ジェスという少女の、あの娯楽に対する恐るべき嗅覚にかかれば、隠蔽が甘ければアスガルドの全容が彼女の手に渡った最初の時点で、この温泉は命名され、大々的に宣伝され、あまつさえ会員カード制度や階級別の料金表まで導入されていたに違いないのだ。


真紀がパネルに自らの識別コードをかざす。


ごく軽い、しかし確実な解錠音とともに、重厚なドアが両側へと滑らかにスライドした。


音よりも先に、空気が外へと溢れ出した。それは豪奢な水音でもなければ、過剰に華美な演出でもなかった。


ほのかに温かく、微かな湿り気と、針葉樹の木香を帯びた濃厚な熱気が、鋼鐵の隙間から這い出るようにして私達を包み込んだ。外の通路を支配する、常に戦闘機能を維持するための冷徹な人工空気とは、全く異なる物質であった。外の空気は、働くため、歩くため、待機するため、そして生存するためのものだ。しかし、この内側に満ちた空気は——命令でも規律でもなく、ただ純粋に、人間の双肩にかかった重圧を霧散させるためだけに存在しているようだった。


私は入り口に佇んだまま、すぐには足を踏み入れなかった。


視線はまず、入り口の手前に設けられた短い前室に引き止められた。照明は外周よりさらに暗いが、陰鬱な印象は微塵もない。むしろ、貴重な骨董品でも仕舞い込まれたかのような、深い静寂があった。床面は標準的な軍艦の滑り止め格子ではなく、より深い色合いの、衝撃を吸収する材質に変えられており、歩行の足音は大半が虚空へと吸い込まれる。壁際には簡潔なロッカーと折りたたみ式のベンチ。線はすっきりとしていて派手さはない。だがその無駄のなさこそが、本当に一息つく方法を知っている一握りの人間のために残された場所であることを証明していた。


さらに奥へと視線を巡らせると、微かに揺れる水面のきらめきが、壁面や天井に美しく反射しているのが見えた。まるで外のアスガルド全体が、その過酷な航海の中で少しも無駄にしなかった「柔らかさ」の残滓を、誰かがここにこっそり隠匿したかのように。


私はふと理解した。なぜ真紀が、さっきの会議において頑なにこの場所の存在を秘匿し続けたのかを。


これは単なる娯楽施設ではない。限りなく秘密(ミステリー)に近いのだ。


ここが生徒会専用であるのは、単に権限の設定によるものだけではない。命令、任務、兵器、そして帝国の主砲という圧倒的な圧力を乗せて進むこの船において、こんな救いのような場所が残されていることを知っている者が、文字通り少数であるべきだからだ。鋼鉄の胃袋の奥底に、さっきまで死の深淵に瀕していたことすら忘れさせてくれるような熱が、たった一口だけ隠されているという事実そのものが、一種の福音であった。


「どうしたの?」


隣に立つシモが問う。


私は我に返り、自嘲を交えて少し笑った。


「ただ思っていただけだ」


「何を?」


「お前たち生徒会の福利厚生というのは、いささか国家反逆罪を疑うレベルで高すぎるのではないかとね」


彼女もまた、その視線を中の静寂へとちらりと向け、淡々と言い放った。


「そうじゃなきゃ、私たちがどうして今まで、この理不尽な宇宙で正気を持ちこたえられてると思う?」


冗談のように聞こえる。だが、それが半分以上の本気を含んだ、血を吐くような真実であることは分かっていた。


だから私はそれ以上ふざけるのをやめ、ただそこに立ち、彼女とともに、入り口の奥にある静かな暖色と水光の揺らぎを見つめた。外の船はまだ、ゆっくりと喧騒の度合いを増しつつある。さっき解散した群衆は、十中八九、人工ビーチや娯楽室、あるいは高級士官倶楽部へと流れ、束の間の享楽に身を投じ始めているだろう。アスガルド全体が、当然の権利としての放縦を迎えようとしているのだ。


そして私と真紀は、この隠された扉の前に立っている。


鬼門から戻ったばかりで、まだ完全には力の抜き方を思い出せていない二人の人間が、この静かな熱に、まずはそっと足を引き止められている。


まるで、長い戦争の合間に、束の間の休戦条約を結ぶかのように。


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