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臨界の星穹  作者: Mr.佐藤焫焵
臨界の星穹:静音潜航
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218.優雅なる海賊たち 2

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

接舷ドアが開いた瞬間、ロイヤル号の匂いが鼻に届いた。


機油でも金属でもない。接舷戦の直後に漂う焦げと汗が混ざった通常の艦内の臭いでもない。ここから流れてきたのは、香水、アルコール、高価な布地、フラワーアレンジメントの保存剤、そして過剰に快適な生活からしか生まれない緩んだ空気だった。


率直に言えば。


高価で、強奪に値する匂いだった。


中軸通路を主ホールに向かって進みながら、足元にあるのは普通の甲板ではなく、滑り止めパターン入りの濃色の軟質フロア材だった。廊下の両側には暖かな金色のブラケットライトが埋め込まれ、アーチ状の天井が前方へと続き、角ごとに置かれた彫像は、さっきの船の非常口サインよりよほど高価そうだった。ロイヤル号は船ではない。「わたしには金があり、その上、自分が役に立つ必要もない」というメッセージを十三層に積み重ねた建造物だ。


イヤホンから、Dの抑えた声が届く。


「上層接近中。今のところ警報の外部放送なし」


「了解」わたしは返した。「こっちはホールに入る」


ジェスは斜め後ろに立ち、頭套はとっくに外して、副官とも共犯者ともつかないコートを羽織っていた。騒ぎを増幅するための服装として、実にふさわしい。今の彼女は、毛糸玉を自動供給する機械を見つけた猫のように、全身が高いテンションに達している。事前に釘を刺していなければ、すでにホールに飛び込んで寄付窓口を開設し、黒猫盗賊団の会員ポイント制度を宣伝しているところだ。


主ホールの両開き扉を押し開けた瞬間、わたしは一瞬、本当に場所を間違えたのかと思った。場違いな成金の結婚披露宴に迷い込んだのではないかと。


吹き抜けの天井は高く、十三層の環状内廊下が金縁で縁取られたケーキの断面のように重なって見えた。シャンデリアが最上層からぶら下がり、砕いた星屑をガラスに詰めたかのように輝いている。中央のステージでは女声ソプラノが高音を伸ばしており、横のオーケストラは音をびっしりと敷き詰めていた。ステージ下には宝石とドレスとグラスと、暇を持て余した高貴な顔が一面に並んでいた。


わたしはてっきり、この不意の来訪者を前にして、この貴族たちが少しでも骨のあるところを見せるなら、少なくとも二つの正常な反応のうちどちらかを選ぶと思っていた。


一つ、銃を抜く。


二つ、悲鳴を上げて逃げる。


しかし、どちらもなかった。


彼らにはまだ、自分が慌てるべきかどうかを決める余裕さえなかった。


だから、わたしが先に決めてあげた。


わたしは、武器庫から引っ張り出してきた艦内唯一の古典趣味――実体火薬式の拳銃を天井に向け、滑らかな所作でハンマーを起こし、引き金を絞った。


パン――ッ!


銃声がホール全体に炸裂した。


非常に大きな音だった。


自分の鼓膜も痺れたほどだ。


ソプラノはその場で音を切らし、ヴァイオリンは指を滑らせてどこか別の銀河の音高へひっくり返った。シャンデリアがわずかに震え、階下の貴族の顔にはようやく、「これは通常プログラムではない」という表情が浮かんだ。


全場が言葉を失ったその一瞬で、わたしは一歩前に出た。


マントを翻し、仮面を押さえ、銃口にはまだ空砲の硝煙が残っている。


「おはようございます、貴族のご紳士、ご婦人方」


ホールの音響に乗せた声が四方へと広がる。思っていたよりも様になっていた。


「わたしたちは黒猫盗賊団。これより皆様を対象に――」


一拍置き、実に礼儀正しく言葉を足した。


「非自発的寄付活動を実施いたします」


ホール全体が黙り込んだ。


その黙りは、腰を抜かしているわけでも、恐怖で固まっているわけでもない。危険というものを、舞台と小説と噂話の中でしか知らなかった人々が、その危険本人が自分たちよりもよほど装いに気を遣い、精良な装備で武装した一団を従えて、堂々と舞踏会に登場したのを見て、頭の処理が追いついていない時の黙りだ。


誰も動かないのを見て、わたしは諦めて自分で舞台に上がった。


歌う者も、伴奏も、ついでに隣でにこにこしていた司会者も、一瞥で全員ステージからどかせた。わたしが何者なのか分からなくても、少なくとも、この場の主役としての資格は元々の出演者よりわたしの方があると全員が理解したらしい。


ステージ中央に歩み寄り、マイクをひったくる。


「では、号令に従ってもらおうか」まだ完全には現実に追いついていない貴族たちを見下ろしながら、よく通る声で言った。「男は左へ、女は右へ」


一拍の間を置き、中央に立ち尽くしたままの人物を見つけて、ついでに一言加えた。


「そこの真ん中に突っ立ってる人。特別席でも御所望ですか?」


これでようやく、少しは正常な混乱が起きると思っていた。


息を呑む音、悲鳴、ドレスを引きずって逃げ惑う音、「衛兵はどこだ」という叫び声――そんな定番の反応だ。


しかし、そんなものは来なかった。


静寂は半秒しか続かなかった。


そのあとで、誰かが拍手をし始めた。


パチ。パチ。パチ。


最初はまばらだった拍手が、感染するようにセクションごとに広がっていく。数秒後には、ホール全体が拍手と歓声に包まれていた。眩しさに目眩がするほどだった。


ステージ上でマイクを握りしめたまま、わたしは一瞬、本気で疑った。


帝国の貴族たちの精神状態を疑うべきか。


それとも、さっきの銃声で自分の頭がやられたのかを疑うべきか。


階下からはさっそく興奮した声が飛び始めた。


「伯爵閣下、ご覧になりました? 見事な演出ですわ!」


「まあ、生きているうちに本物の強盗に遭遇できるなんて、なんて幸運なのかしら」


「これはロイヤル号の新しい没入型プログラムかしら?」


「帰ったら姉妹サロンに投稿しなくちゃ」


「黒猫盗賊団――いい響きじゃない」


わたしは無言で立っていた。


その瞬間、階級差の本当の恐ろしさを、ようやく骨身に染みて理解した。


この人たちの恐ろしさは、金を持っていることそのものではない。恐怖すら、真っ先にエンターテインメント体験としてパッケージしてしまえるところにある。


ステージ脇のジェスは、すでに笑い死にかけていた。


必死に顔を引き締めながら、数人の学生を左右に振り分け、「募金」に向かわせている。その目は、完全に「この貴族どもはやっぱり頭がおかしい」と言っていた。


わたしは深く息を吸い、この茶番を最後まで演じ切ることにした。


「結構」マイクを握り直し、意図的に声を一段低くする。「皆様、予想以上に協力的なようで何よりです。それでは、これより黒猫盗賊団の指示に従い、秩序正しく募金を完了してください。走らないように。押し合わないように。自分の宝石を忘れたふりなど、決してなさいませんように」


階下からは本当に笑い声が上がった。


乾いた笑いでも、恐慌の裏返しでもない。


心から面白がっている笑いだった。


そして状況が本格的に荒唐無稽の頂点へ突き進むきっかけとなったのは――あの女が飛び出してきた瞬間だ。


彼女は、二人分の通常の給料階級を一瞬で潰せそうなドレスに身を包み、人垣の中から勢いよく飛び出した。ジェスでも一瞬抑えきれない速度だった。普通の貴族夫人が持ち得るべき身のこなしではない。長年、社交儀礼に閉じ込められてきた猛獣が、ようやく人生の新しい刺激を見つけた、という方が近い。


「黒猫王子様――!」


突き抜けるような悲鳴だった。


反応する間もなく、彼女の裾が足に絡まり、そのままステージの縁に向かって頭から転がり込もうとした。


ほとんど本能で一歩前に出て、手を伸ばして引き上げた。


腰は細く、香水の匂いは強い。大げさな吐息と共に全身でわたしに凭れかかってきた。彼女の顔は興奮のあまり光っており、人生というものは本当に至るところに罠が仕掛けられていると痛感させられた。


だが、一度受け止めてしまった以上、途中で芝居を投げ出すわけにはいかない。


仕方なく声を落とし、自分でも殴りたくなるような油っぽい調子でゆっくりと言った。


「お気をつけて、マダム」


彼女の体勢を整え、わずかに身を屈める。


「お怪我でもされたら、いけませんので」


その瞬間、彼女の目が大きく見開かれた。


次いで、ホールのある一区画にいた女性客たちの神経が、一斉に誰かに弾かれたように反応した。


まず押し殺したような息を呑む音。


続いて、次々に重なるどよめき。


「やだ」


「今、抱きとめた?」


「今の声、聞いた?」


「無理……本当に無理……」


「黒猫王子様、こっちを見て……!」


こめかみが一度、ぴくりと跳ねた。


まさか。


まだ続きがあるのか。


ジェスはもはや演技どころではなかった。


募金しながら腰が抜けるほど笑っている。売上げと笑いを同時に稼ぎ出す、悪徳マネージャーそのものだった。


さらに悪いことに、募金効率も驚くほど高かった。普段なら面倒な相手でしかないはずの貴族婦人嬢女たちが、今はジュエリー、クレジットチップ、個人口座の認証トークン、高級アクセサリーボックスを競うようにジェスの腕に押し付けている。慈善バザーにでも参加しているかのような表情で。


「これも受け取っていただける?」


「もう少し多めに差し出したら、黒猫王子様とツーショットをお願いできるかしら?」


「匿名で寄付したいの。でも、もう一度『マダム、お気をつけて』と言ってくれないかしら?」


「このアンティークのイヤリングもあるの。追加支援としてカウントしてくれる?」


ステージ中央に立っているわたしは、もはや強盗をしている気分ではなかった。


より正確には、制御不能な方向へと転がり続ける上流階級のチャリティー・パーティを司会しているような気分だった。


しかも、メインゲストはわたし自身だ。


この事実は、いっそその場で辞表を書きたくなるほどに気分が悪かった。


さきほど転びかかった女性はまだわたしの袖を掴んでおり、顔はワインに漬けたように赤くなっていた。


「黒猫王子様……」彼女は、ほとんど夢見るような震え声でわたしを見上げた。「もしこの船に、高貴で機転の利く人質が必要でしたら、わたくし……喜んで自ら志願いたします」


わたしは一秒ほど黙った。


周囲の何人かの女性客も、途端にざわつき始めた。


「え、人質って自薦していいの?」


「ずるくない?」「わたしも行けます!」


「連れて行って。うちの資産構成の方が長期的な恐喝に向いてるわ」


この人たちが本当に貴族なのか、それともシャンパングラスの中で長年煮込まれた結果、判断システムが完全におかしくなった上等生物なのか、本気で疑い始めた。


わたしはその夫人の手をそっと袖から外し、表情を崩さないよう努めた。


「ご厚意には感謝いたします」声は抑えめに、しかしはっきりと。「しかし本団は現時点で、人質体験サービスの提供予定はございません」


彼女は露骨に落胆した顔を見せた。


フロアのあちこちからも、心底残念そうな溜息が漏れた。


ジェスは笑いすぎて立ち上がれないほどだった。


睨みつけると、彼女は即座に両手を上げて降参のポーズを取りながらも、腕一杯に抱えた「ご支援品」がなんとも言えない達成感を物語っていた。


幸い、時間だった。


イヤホンからDの短い報告が届く。


「艦橋制圧完了。撤収可能」


結構。


この船には、わたしたちが何をしに来たのか覚えている人間が、まだいた。


わたしはマイクを取り直し、興奮状態のホール全体に向けて最後のまとめを行った。


「皆様のご協力、当団は心に刻み込みます」声は落ち着いていて、少しばかり怪しげな礼儀が混じった。「今夜の非自発的寄付活動は、これにて終了です。引き続き航行をお楽しみください。そして、どうかお忘れなく――」


一拍置いた。未来、この一言がどこかの記念プレートに刻まれないよう、本気で祈りながら。


「黒猫盗賊団は、皆様の熱いご支援に感謝いたします」


マイクを台に戻し、ステージを降りる。


背後では、もう一度歓声と拍手の波が爆発した。


その中に、特に耳障りな一声が混じっていた。


「黒猫王子様――次も絶対来てねーーっ!」


足がもつれかけた。


ジェスは横で窒息寸前まで笑いながらも、真面目な顔で撤収に付き合ってきた。数人の学生が腕いっぱいに「熱いご支援」を抱え、すっかり魂が抜けた顔でついてくる。貴族客船の強奪がファンミーティングに変わる、という現実をまだ受け入れ切れていないのだろう。


エグソンIIに戻ってから、ようやく、ホールからここまで押し殺していた息を思い切り吐き出すことができた。


ジェスは戦利品の箱を固定スロットに嵌め込み、ようやく笑いを爆発させた。


「シモ」


「黙れ」


「黒猫王子様~!」


「ジェス、今度こそ殴る」


ジェスは両手を上げ、これ以上ないほど晴れやかな笑顔を見せた。


「ただ言っておきたかっただけ。今日の視聴率、絶対最高だったよ」


わたしは仮面を外し、シートに身を沈めた。さっきの貴族たちより、今本当に教育を受けるべきは自分なのかもしれないと、ふと思った。


まさか。


二頭目の肥えた羊が、わたしたちに怯えて金を払うのではなく、


嬉々として舞台を盛り上げてくれるとは。

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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