218.優雅なる海賊たち 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
岩石帯の奥深く、アスガルドは呼吸さえ隠した巨獣のように、闇と瓦礫のあいだにじっと伏せていた。
外部観測から見ると、彼女はほとんど船には見えない。宇宙に存在してはいけないはずの影の塊に近かった。冷たく、揺るがず、高価で、危険だ。ついさっきまで艦橋で号令を飛ばしていたあの秩序感は、メインスクリーンと照明から離れてしまうと、別のものに姿を変える――精巧に磨き上げられた共犯者めいた気配に。
そしてわたしたちは、その巨獣の肋骨の下から放たれた猟犬だ。
エグソンIIが架台を離れた瞬間、艇全体がごく軽く一度震え、そのあと誰かに背中を蹴り飛ばされたように滑り出した。艇体両舷の姿勢制御スラスターが順番に灯り、青白い尾が一閃しては消え、岩石帯の裂け目の間に短い鬼火をいくつも描いた。操艦席前方の投影が素早く展開し、ロイヤル号の立体輪郭が闇の中で半回転する。十三層という資本主義のかたまりみたいな巨大船体は、今は銀の皿に乗せられたバターケーキにしか見えない。
もっとも、今日はケーキを切りに来たわけではない。
今日はケーキに自分で悲鳴を上げてもらうために来た。
前艙右側の席で、わたしはベルトをもう一度引き締め、ついでに自分の尊厳を破壊する怪盗王子装束を下へ引っ張った。マント、仮面、無駄に豪華な金縁、戦術動作には一ミリも寄与しないくせに、存在を主張してやまない装飾ライン。正直なところ、平時ならこの装束に触りたくもない。だが一旦強襲艇に乗り込み、貴族しか予約できない豪華客船に向かって突撃していると、不思議と少しだけ理屈が通って見えてくる。
美学としての理屈じゃない。
辱しめとしての理屈だ。
左隣のジェスは、今日は真紀に命じられて普通の三つ穴目出し帽を被らされ、「副団長衣装待遇」を剥奪されたことを明らかに根に持っていた。腰の拘束索と麻痺銃をチェックしながら、やたらと輝いた目で前方の目標投影を見つめている。全身から不健康な期待感が滲み出ていた。
「やっぱりさ」ジェスは目出し帽を持ち上げながら、心底惜しそうに言った。「あたしもあの副官風ロングコート着てたら、編成としてもっと完成度が上がると思うんだけど」
「何の完成度だ」わたしは前を向いたまま言った。「今お前に与えられてる最大任務は、船内放送で二度目の『にゃ』をやらかさないことだけだ」
ジェスは二秒ほど黙ってから、誠実すぎる質問を返してきた。
「……どうしても場面に合ってたら?」
わたしは横を向いた。
頭套に隠れて顔の大半は見えなかったが、目だけで分かる。あの目は「冗談」ではなく、「真面目に評価している」と書いていた。
無表情のまま答える。
「そうなったらお前を補給箱に詰めて、『火気厳禁・爆発物』ってラベル貼って医療区画に送り返す」
ジェスは即座に笑った。
「怖っ」
「これは事前の損失抑止っていうの」
反対側のDは、わたしたちの有害なチームトークには混じらなかった。うつむいて、あの重い装甲板を前腕のラックに再固定している。黒いタクティカルスーツに三つ穴目出し帽、肩幅は予備の艙門パネルにできそうなほど。今のDは登艦準備というより、ロイヤル号を物理的に真っ二つに割りに行くように見えた。
その後ろにいる学生たちも、口が堅かった。
彼女たちは今回、客船の艦橋と上層制御区画を押さえる役だ。任務は簡単で、同時に厄介でもある――速く、正確に、中枢を叩き、ロイヤル号に艦全体の警報と救難信号を同時に叩き鳴らす隙を与えないこと。
わたしたち側は、メインホール行きだ。
つまり、出番だ。
この二文字を考えた瞬間、少し複雑な気分になった。副艦長、戦術長、連邦の秘密計画の実験体、アスガルドで最も失態を避けるべき人間の一人であるはずのわたしが、今から怪盗王子の衣装で、高級貴族たちの前に突っ込み、辺境の現実についてのショック療法の講義をするのだ。この人生の転回点を履歴書に書いたら、敵軍ですら一拍黙祷してくれるだろう。
前方から操艦席の報告が届いた。
「短距離跳躍、準備完了」
速度を落としたエグソンIIの前方投影では、ロイヤル号が既定の航路に沿って優雅に滑っていた。巨大な太陽帆はすでに収納され、外縁の過剰に凝った照明だけが残っている。上流階級専用の発光する骨組み、とでも言うべきか。落ち着き、華やかさ、そして自明の傲慢さを湛えて――宇宙は本来、こういう物体に道を譲るものだと信じているようだった。
わたしはその船を見つめながら、ジェスが先ほど「現実教育の時間だ」と言ったのも無理はないと感じていた。
彼女たちは悪人ではない。
ただ、一度も現実にぶつかったことがないだけだ。
「航跡ロック完了」操艦席の学生が続けた。「短距離ワームホール模擬発生装置、起動。跳躍ポイントはロイヤル号右後方六百メートルを予定」
六百メートル。
通常の艦対艦接触なら、無礼とさえ言える距離だ。強襲揚陸艇にとっては、相手が異常を感知しつつも、体裁の良いリアクションを見せる余裕はない絶妙な間合いだった。
深く息を吸い、背をシートに預ける。
アスガルド本体のワームホール跳躍とは違い、エグソンIIの短距離跳躍は派手でもなければ、「今、自分は宇宙法則の歯の隙間を通り抜けているのではないか」と疑わせるような重みもない。もっと、すっきりした引き裂き感だ。
前方の星光がわずかに歪んだ。
黒い幕に誰かが指で極小の皺をつまみ上げたような感覚。
次の瞬間、エグソンIIは元の場所から消え、ロイヤル号の陰影の縁に再び吐き出された。
一連の流れはロマンチックな感慨を挟み込む暇すらないほど短かった。
結構。
こういう非ロマンチックさがいい。
強襲というものは、本来ロマンチックであってはならない。
「跳躍終了」
「目標、目視範囲内」
同じタイミングで、ロイヤル号もこちらを捕捉したらしい。
船尾のスラスターが瞬き、外縁の照明帯が警戒モードへと変わり始めた。船側の一部装甲がじわりと回転する。まるでイブニングドレスを着た誰かが、今になってようやく、「あれ、誰かはパーティー目当てじゃない」と気づいたような動きだ。
「気づかれたわね」ジェスが言った。
「当たり前だ」わたしは失速し始めた豪華な巨体を睨んだ。「ここまでスカートの裾に接近して気づかれなかったら、逆に同情するわ」
ロイヤル号が舵を切る。
速くはない。むしろ遅い。船体が大きすぎ、設計が快適すぎ、航路環境が安逸すぎた。緊急回避のために造られた船ではない。辛辣な言い方をすれば、この手の遊覧船にとっての最大の危機は、いつもシャンパンの供給遅延であり、軍用強襲艇が犬のように突っ込んでくることではない。
「麻痺パルス、準備」
わたしが言うと同時に、前艙の武装モジュールが展開した。
船を吹き飛ばすためのものではない。
どれだけ現実教育の必要があっても、十三層の貴族ケーキを丸ごとひっくり返しに来たわけではない。一発でやるべきことは一つだけ――足を咬みつき、地面に押し付けることだ。
「撃て」
青いパルスがエグソンIIの前端から発射された。
見るからに派手な爆発もない。
火球もない。
冷たく手術刀のような光が一本、ロイヤル号の船尾推進ノードと外周エネルギー分配環の間を確実に切り裂いた。命中の瞬間、豪華客船の推進光輪が一度激しく揺らぎ、辛うじて保っていた優雅な加速姿勢が、その場で崩れた。
主機停止。
補助推進、立ち上がり遅延。
ロイヤル号全体が段差を踏み外した貴婦人のように、みなの前で腰をくじきかけ、それでも必死に「何も起きていない」と装おうとした。
「命中」アカリの声が後方内線から届いた。その冷たさが心地よかった。「逃げ方までみっともなくなったわね」
「言い方が悪魔的だな」ジェスは感嘆した。
「どういたしまして」アカリは静かに答えた。
エグソンIIは相手に再度の身嗜みを整える暇を与えなかった。
エンジン全開。
船首をわずかに下げる。
血の匂いを嗅いだ猟犬そのものの勢いで、制御を失った豪華客船へと突っ込んでいく。観測窓の外でロイヤル号はぐんぐんと迫り、その外殻に施された無意味に贅沢な鍍金模様がくっきりと見えるようになった。設計者に問いただしたくなる。「これ、本当に船を造ったつもり? それとも宇宙の『ここを狙ってください』という目印を描いたつもり?」
接艦三秒前、艇内の空気が完全に張り詰めた。
笑い声は消えた。
軽口も消えた。
全員が自分の位置で息を整えている。Dはわずかに前傾し、今にも地盤から抜け出す山のように見えた。ジェスは指をベルトの縁に引っかけ、目が放流直前のダムゲートのように輝いていた。後列の学生たちは頭套を最後に引き直し、麻痺銃と拘束具をすべて、即座に抜ける位置に持ってきた。
これが二度目の出撃の感覚だ。
初回の新鮮さはもうない。
「本当にやるのか?」という一瞬の迷いも消えた。
残されたのは、手馴れだ。
そして手馴れは、衝動よりも危うい。
「接艦」
ガツン。
激突というより、計算された凶暴な咬み付きだった。エグソンIIは斜めにロイヤル号の側腹に切り込み、固定クローが先に飛び出して相手の外殻に突き立った。続いて数本のケーブルが射出され、鋼索がピンと張られ、突撃艇全体が寄生生物のように客船の側面に張り付いた。直後に船首下部から、あの細長く不吉な接舷ピアス管が伸び出し、巨大な蚊の口器のように迷いなくロイヤル号の外板に突き刺さった。
カッターリングが回転を始める。
気密リングが展開される。
「接舷完了まで」のカウントダウンがポップアップした。
仮面を押さえ、立ち上がる。
「各班、準備」
艇内の照明が戦術用の赤に切り替わり、艙壁の縁に沿ったインジケーターが一つずつ灯っていく。ロイヤル号内側のフロアマップはすでに二本のルートに切り分けられていた。明らかに「公演」とは呼ぶべきでないのに、「公演」としか呼べない段取り図だ。
Dの班は、上層制御区から客船艦橋へ。
わたしの班は、中軸主ホールへ。
要するに、あちらは喉を掴みに行き、わたしたちは、その船全体に喉元の刃を見せに行く。
マップを一撫でして前方に放り出す。
「Dは上へ」
「了解」
「わたしは大ホールだ」
Dは一つ頷いただけで、余計なことは言わなかった。
だからDと組むのは楽だ。普段どれだけ岩のように見えても、役割分担の瞬間には誰よりもあっさりしている。理解できるかどうか心配する必要も、質問攻めにされる心配もない。頷いたら、その道を本当に通してくる。
ジェスはわたしの横に立ち、頭套の下の目が、ゆっくり開いていく艙門をじっと見つめていた。
何も言わなかった。
わたしも言わなかった。
ここまで来て、余計な一言は全部ノイズだ。
接舷ドア最後のロックランプが緑に変わった。
空気圧が揃う。
ロイヤル号の内部通路が、すぐ向こう側にあった。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




