216.初犯 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
アスガルドがワームホール跳躍の準備に入った。
目標は、エウロパからオリオン座α付近へ。
その座標がメインスクリーンに正式に表示された瞬間、わたしの頭に最初に浮かんだのはロマンでも叙事詩でもなかった。
――結構。これでわたしたちは、帝国独占技術を使った最初の連邦学生になるか、あるいは宇宙史上最も高価な艦橋シチューになるかのどちらかだ。
「副艦長、全艦ワームホール跳躍準備。橙色警戒を発令してください」
真紀は艦長席にどっしりと座り、命令の声は昼食の手配でもしているかのように平坦だった。全長千メートル超の皇族旗艦を、連邦すらまだ完全に把握していない空間の奇跡に押し込もうとしているとは思えない落ち着きだ。
わたしは側面のハンドセットを取り、全艦放送を開いた。
「全乗員に告ぐ、こちら副艦長。全艦橙色警戒を発令する。本艦はこれより跳躍を実施する」
放送を送り出した瞬間、艦内各区画でどんな光景が広がるか想像できた。輪機室では圧力と出力の最終確認が始まり、艦内の人員は固定ベルトを締め直し、ちょうどカップを持ち上げたばかりの運の悪い誰かが、今日はなぜあんなに満タンに注いでしまったのかと後悔し始めるだろう。
真紀の方を見た。
真紀が微かに頷いた。
その動作は短かったが、人心を安定させるには十分だった。誰かが背中にそっと手を置いてくれたような感覚。特別優しくも、特別感傷的でもない。でも意味ははっきりしていた――手順通りに動け、今は余計なことを考えるな。
最後の命令を送り出した。
「跳躍後、警戒態勢に移行」
言い終えて、戦術長席に戻り、固定ベルトを締める。金属のバックルが噛み合う時の小さなカチャという音が、わたしの残っていた不必要な楽観に蓋をした。
前を向いた。
「ロイ、頼んだ」
ロイは操艦席に座り、背筋をしっかり伸ばして、両手をメインコントロールリングの近くに止めていた。普段の航行時の姿勢ではなく、一目で分かる種類の姿勢だった――この人間は今、自分の命も、全艦の命も、これから数日間で潰れるかもしれない睡眠時間も、全部まとめて操作盤に繋ぎ込んだのだと。
超光速航行とは違い、ワームホール技術は帝国の独占技術だ。
連邦に類似する理論がないわけではない。問題は、理論と皇族旗艦一隻を数億光年先まで完全に送り届けることの間には、生徒会の予算表と本物の財政ブラックホールくらいの差がある。
ヘートヴィヒはすでに何度も安全性を保証していた。自分の裏庭を紹介するような余裕のある口調で。だが正直に言えば、彼女が余裕を見せれば見せるほど、わたしの胸の中は落ち着かなくなる。帝国の皇女が言う「安全」とは、「通常の状況下では、死に方がそれほど見苦しくない」という意味かもしれないからだ。
艦橋に、システム音が平穏に響いた。
「ワームホール模擬発生装置『ビフレスト』起動。時間膨張保護力場、展開」
メインスクリーンの前方に広がる宙域で、一点の光が無音で膨らんでいった。
そして、形を成した。
ワームホールの入口は三次元空間では「穴」には見えなかった。人を不快にさせるほど完璧な球体だった。継ぎ目もなく、傷もなく、人間の直感が期待するような粗さが一切ない。ただそこに静かに浮かんでいる。宇宙がふいに、過剰なほど冷静な目を一つ生やしたようだった。
球面は透明ではなく、かといって単純に反射しているわけでもなかった。
強引に曲げられた鏡に近い。表層にはこちら側の星海と、本来ここに存在するはずのない遠くの夜空が同時に映り込んでいた。数億光年先の光が、見えない手に折り畳まれ、押し寄せられ、距離感を失わせる一枚の表面に圧縮されている。ただ見ているだけで、妙な吐き気がした。目が一歩先に気づいたのだ――これは正常な世界が許容すべき存在ではないと。
ヘートヴィヒは主座に座り、ほとんど傲慢と言えるほど平静だった。
その様子は癪に障る。
だが、非常に帝国らしかった。
真紀は振り返らず、ただ静かに言った。
「進入」
次の瞬間、アスガルドが前へ踏み出した。
その一瞬、ロイが何を叫んだのか、真紀がより正式な口令を下したのか、もう区別がつかなかった。艦体が入口の境界を突き抜けた瞬間、世界全体が何か高貴で乱暴な力に一度握り潰されたような感覚があった。
周囲の星光が最初に引き伸ばされ、次に歪んだ。
アニメーションで手を抜いた時の青い光の道でも、窓の外の景色をゴムのように引っ張る安っぽい特効でもなかった。実際に起きたことは、宇宙そのものが無理やり腰を折らされるのに近かった。遠近が本来の秩序を失い、光は極端な重力の下で不自然な弧を描いて滑り、アスガルドの後方の星海は急速に圧縮されて一本の眩しい光環になった。誰かがわたしたちの背後に、沈黙の日食の輪を一つ点火したようだった。
通路の中では、前後両端の宇宙が同時に存在していた。
後方の星光は、狭い喉部の壁面で屈折して幾層もの乱れた薄光になり、前方の新しい宇宙は、まだ広げられていない夜幕のように、一寸一寸近づいてくる。二つが同じ空間で交差し、反射し、重なり合う。全く違う二枚の地図を同じ本に無理やり挟んだようで、ページは事前に何の了承も得ていない。
胃が意見を述べたがっていた。
幸い固定ベルトと座席が十分に信頼できるものだったし、わたし自身も最低限の職業倫理は持っていた。帝国独占技術を初めて実戦使用する場で、全艦の前で副艦長が醜態を演じるわけにはいかない。
この十五秒間、時間の感覚もおかしかった。
速くもなく、遅くもなく、ただ分解されていた。いくつかの瞬間は自分の心拍を一つ一つ数えられるほど長く引き伸ばされ、次の瞬間には何も起きなかったかのように短くなる。ワームホールは物体を運ぶだけでなく、人の主観的な時間を取り出して二、三回量り直し、正常版を返すかどうかを決めているようだった。
そして、終わりは唐突で、清潔だった。
前方の新しい宇宙が一気に炸裂した。
アスガルドがワームホールの喉部を抜け、正常な星域に戻った。警報灯はまだ点いていたが、艦橋の全員がその一秒に明らかに半分だけ息を吐いた。半分だけ。なぜならまだ死んでいないと確認した次には、誰かの砲口の真正面に飛び出していないかを即座に確かめなければならないからだ。
真紀はほぼ同時に口を開いた。
「輪機室、報告」
通信からすぐにハーヴィーの落ち着いた声が届いた。
「輪機室、異常なし。ヘリウム・水素駆動炉、四基とも安定稼働中」
真紀が続けた。
「周辺に敵影は」
レーダー席のアカリが頭を下げてデータを流し見て、一組の報告をスクリーンに引き出した。
「超遠距離レーダーマトリクス『オーディンの眼』、反応なし」アカリは言った。「範囲内、安全」
その「安全」が出た瞬間、艦橋の空気がようやく本当に少し戻ってきた。
わたしは静かに息を吐いた。
結構。
ワームホールの中で散らばらなかった。皇族級の宇宙残骸にならなかった。出てきた瞬間に巡回艦隊の顔面に激突もしなかった。帝国独占の跳躍技術を初めて実戦使用した人間の成績としては、履歴書の一番上に「生還者本人証言付き」で書けるレベルだ。
警報が解除されると、空気は自然に「まず生きているかどうか確認する」から「さて、これから悪いことをしに行く」へと移行した。
そして今回は、ヘートヴィヒも後続の議論に正式に参加した。
彼女は主座に座り、手を上げてオリオン座α付近の星図を引き寄せ、何度もリハーサルを重ねた舞台の立ち位置を読み上げるような口調で言った。
「いくつか話しておく」
星図が素早く収束し、一帯の岩石帯とAU-1206周辺の区域がマークされた。
「アスガルドはAU-1206に最も近い岩石帯の中に停泊する」ヘートヴィヒは言った。「本艦は直接獲物に近づかない。目標を捕捉したら、まず突撃艇に引き渡す。あなたたちは突撃艇に乗って短距離跳躍を行い、接触する」
わたしは少し固まった。
「ちょっと待って」振り返ってヘートヴィヒを見た。「突撃艇にまでワームホール発生装置がついてるの?」
ヘートヴィヒは逆にわたしより驚いたような顔をした。
「これは常識ではないの?」
その言い方があまりにも真剣で、わたしが今、合理的な疑問を提示したのではなく、なぜ皇女のスプーンが使い捨てではないのかを訊いたかのような顔だった。
わたしは二秒ほど黙った。
そして心の中で、非常に客観的に認めた――申し訳ないが、連邦の技術は自分が思っていたよりさらに遅れているらしい。帝国では「小型艇にもワームホール設備」がすでに常識の範囲に入っているとは。この格差を論文にするなら、タイトルは直接『文明の落差が人の発言意欲を瞬時に消滅させる仕組みについて』でいいだろう。
ロイが静かに咳払いした。連邦の工学系の最後の尊厳のために、弱々しく止血を試みているようだった。
真紀はこの挿話に引きずられることなく、ヘートヴィヒに続きを促した。
ヘートヴィヒは頷き、手を返して星図を脇に縮めた。
「次に、偽装について」
ヘートヴィヒの視線が主座の傍へ向いた。
わたしもそちらを見て、そこにいつの間にか大きな段ボール箱が置かれているのに初めて気づいた。
普通の補給箱ではない。
中身を見た瞬間、正規の武装要員としての最後の一片の面目が失われると一目で分かる種類の、謎めいた容器だった。
ヘートヴィヒはあっさりと一言添えた。
「ちゃんと着てね」
わたしは歩み寄り、箱の蓋を開けた。
次の瞬間、正直な声が出た。
「うわあ……」
もはや単なる衣装ではなかった。
帝国貴族の審美眼に一方的に殴り続けられながら、それでも生き残った惨事の現場が一箱分詰まっていた。羽根飾り、スパンコール、金縁、ショール、リボン、三シーズン分のオペラに直接使えそうなほど大げさな肩章、そして一目で実戦には全く向かないのに、なぜか自分には品がある と頑固に主張している上着の数々。
色合いも見事だった。過剰に高貴な深紫から、極めて主張の強い赤黒、そして富裕層だけが「これはさりげない」と本気で思えるような金白の組み合わせまで、すべてが箱の中に整然と収まり、処刑を待つ孔雀の群れのようだった。
わたしは一着を手に取り、表情がすでに苦悶に変わっていた。
「これはオペラに出演するための衣装ですか」
真紀が後ろで半秒、黙った。
振り返らなくても分かった。今の真紀は笑みを顔に残しておくかどうかを全力で判断している。
さらに悪いことに、箱の中は衣装だけではなかった。
わたしはさらに仮面を一つ取り出した。
その仮面には、非常に自信に満ちた俗っぽさがあった。黒地に銀糸の縁取り、目元には意図的に長く引き伸ばされた弧線。デザイナーは最初から、着用者が神秘的で、ロマンチックで、かつ非常に高い確率で社会的な厄介事を引き起こすように見えるよう設計したに違いない。
仮面を持ち上げ、思わず眉をひそめた。
「これは何ですか」
ヘートヴィヒはその仮面をひと目見て、ごく当然のような口調で答えた。
「わたしのお気に入りの怪盗仮面王子よ」
「……」
艦橋が一瞬、静まり返った。
わたしは手の中の仮面を見下ろし、それから主座に座るヘートヴィヒを見上げ、初めて非常に明確で具体的な認識を得た。この第三皇女は、ある部分において、わたしたちが思っていた以上に厄介かもしれない。
政治的な意味ではない。
軍事的な意味でもない。
審美的な意味で。
ロイは顔をそらした。
蘭は額に手を当て、頭の中で作戦のリスク評価を猛スピードで書き直しているような顔をした。「身分露見」の他に、「衣装が恥ずかしすぎて作戦が途中崩壊する」という項目を追加しているのだろう。アカリは冷静にその箱を眺め、もし任務が失敗した場合、帝国の巡回艦隊に捕まる方が惨いか、これを着ているところを知り合いに見られる方が惨いかを判断しているようだった。
そして真紀。
わたしはついに振り返って真紀を見た。
真紀の口角は、やはり動いていた。
その動きは非常に短く、なかったことにできるほど短かった。しかしわたしにははっきり見えた。笑いだ。公務的な笑いでも、艦長式の笑いでもなく、「お前がこの箱を見るのは自業自得だ」という種類の、薄くて淡いが、かなり容赦のない笑いだった。
くそ。
わたしは仮面を少し高く持ち上げた。
「真紀」わたしは至って真剣な顔で言った。「これを着て勤務に就けと言うなら、その場で叛艦を検討する」
「副艦長」真紀はようやくその笑みを収め、口調を安定させた。「まずサイズが合うか確認してください」
「それは慰めではなく、追い打ちでしょう」
ヘートヴィヒは明らかに機嫌が良かった。
「大丈夫よ」わたしの手の中の仮面を見て、本当にわたしをなだめようとしているような口調で言った。「全部合わせたら、きっと素敵に見えるから」
この一言は全くわたしを安心させなかった。
帝国の皇女が言う「素敵」とは、通常、華やかで、誇張されていて、高価で、何の必要もなく、そして連邦の生徒会メンバーの尊厳を確実に奪う貴族的なこだわりが付属していることを意味する。
わたしは改めて頭を下げ、わたしたちの犯罪行為を――いや、戦術的撹乱計画を包み上げるための衣装と仮面が詰まった箱を見つめ、突然一つのことを理解した。
これから最も難しいのは、短距離跳躍でも、接敵でも、AU-1206をどう翻弄するかでもない。
この格好をしながら、副艦長としての最低限の威厳をどう保つか、だ。
正直に言えば。
ワームホールより先に、ヘートヴィヒのお気に入りの怪盗仮面王子をあの箱ごと気密ハッチから放り出したい気持ちの方が強かった。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




