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臨界の星穹  作者: Mr.佐藤焫焵
臨界の星穹:静音潜航
605/645

215.宇宙海賊 1

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

九島真紀が去った後も、医療室は神聖で静かで敬意を払われるべき治療空間に戻ることはなかった。


むしろ、その後一時間以上にわたって、見舞いという名目の見学コースとして正式に機能し続けた。


最初にD班の連中が顔を出し、副艦長がベッドを解体していないか確認しに来たと言った。続いて輪機室から使者が来て、ハーヴィーが副艦長の肺をエウロパの外に置いてきていないか知りたがっている、アスガルドは今冷却液が不足しているが副艦長を予備品にするほどではないから安心してほしい、と伝えた。


その後は、普段は野次馬に最も縁遠そうな連中まで、非常に苦しい理由をつけて現れた。「たまたま通りかかった」「点滴スタンドの素材を確認しに来た」「ジェスがまた殴られるところを見に来た」などなど。


蘭はどこから調達したのか分からない栄養バーの袋を持って入口に立ち、「わたしには誠意があるので共犯扱いしないでください」という表情で、昨日の白い床単騒動の罪状を普通の同級生の情誼に薄めようとしていた。


隣のベッドに横になったジェスは、やってくる訪問客の一団一団に向かって手を挙げて挨拶し、まるで自分が患者ではなく、艦内人気投票でトップを取ったばかりの問題人物であるかのように振る舞っていた。


わたしはせめて患者としての最低限の威厳を保とうとしていた。


しかし同じ午後のうちに「副会長、本当に泣いたんですか」と三回訊かれ、「ジェスが打ち返されて急救エリアに戻りそうになったって本当ですか」と二回訊かれ、さらに「もう一回白い床単かけてみて効果を確認させてもらえませんか」という非常に大胆な一言まで飛んできた。どんな忍耐も、それだけやられれば粉になる。


最終的にわたしを救ったのは忍耐ではなく、C班の当直医療チームリーダーだった。


普段は口数が少なく、しかし目つきが病歴を壁に釘付けにできそうな先輩が、何人目かの訪問者が滑り込もうとした瞬間についに爆発した。


まずドアを引いて開け、次に真空より冷たい声で、医療区は学園祭の屋台でも遺体の告別式の会場でも副艦長の感情変動を観察する実験室でもないと宣言した。三十秒後、廊下は粛清後のように静まり返っていた。


わたしがベッドに横になった時、初めて深く実感した。


患者も、人間だったのだ、と。


ほんの少しだけ、だが。


翌朝、C班の医療チームがわたしを頭のてっぺんから足先まで改めてスキャンした。


普通の検査ではなかった。微かな報復の意志を帯びた、徹底した検査だった。スキャナーが頭上からゆっくりと足先まで移動し、冷たい光が何層にも渡って照射され、まるでわたしが夜中にこっそり打たれ強い別の体に乗り換えていないか確認しているようだった。最後に医療チームリーダーは報告書を見ながら、非常に不本意そうな表情で認めた。星野シモは頭のほうはまだ少し問題があるかもしれないが、体の数値は少なくとも問題ない、と。


こうして、わたしはようやく艦内に戻ることを許された。


ジェスはそうはいかなかった。


彼女はさらに数日、ベッドに縛り付けられることになった。


それを思うと、気持ちが複雑だった。一方では、損害管制官がしばらく艦内を走り回れないのは、艦内秩序にとって明らかにプラスだ。しかし他方、医療室はこれからも安穏ではいられないだろう。ジェスがベッドに固定されていても、口まで止まるわけではないからだ。ある意味、怪我そのものより、そちらの方がずっと心配だった。


*


艦橋に入ると、アスガルドの内部はすでに、表面は穏やかだが底ではたくさんの歯車が噛み合って回っているあの感じに戻っていた。


メインスクリーンにはエウロパ周辺の星域投影が広がり、いくつかの航跡線が互いに交差し、データウィンドウが中空に一枠ずつ浮かんでいる。ロイは航法席に座り、背筋をしっかり伸ばして、少しでも力を抜いたら航路ごと歪んでしまうとでも思っているかのようだった。蘭は通信メインコンソールの前に立ち、手元には更新された報告書が何枚か重なっている。


アカリはいつも通り、そこに座っているだけで背景のように静かだったが、口を開けば大抵、急所を正確に突く言葉が出てくるタイプだ。


わたしが踏み込んだ瞬間、九島真紀が目を上げた。


「星野シモ、着任」


その一言は平坦だったが、わたしを座標の上に再び置き直すような力があった。


わたしは二歩進み、自分の位置に立った。


「戻りました」


九島真紀の口角が、ごくわずかに動いた。


その弧はとても短く、ほとんど錯覚と言えるほどだった。笑みが頭を出した瞬間に、九島真紀本人が艦長として即座に鎮圧したようだった。惜しい。そのわずかな表情で少し回復しようとしたのに、真紀はもう口調を実務モードに戻していた。


「では着席して」


座る時、視線が思わず真紀のほうで一瞬止まった。


顔色は普通、話すリズムも普通、衿元はいつも通り、人間味が欠如するほど整っている。昨日の会議の途中でわざわざ医療室まで出向いて、病人と共犯者の集団を公開処刑してきた可哀想な艦長には見えない。


さすがは九島真紀だ。精神的な強靱さと表情管理が、士官学校の見本教材のようだ。


真紀は蘭とアカリの方を向いた。


「続けて」


「はい」蘭がすぐに引き継いだ。「現在、B班、C班、D班の三クラスが氷層サンプルの採取を開始しています。生物実験室から出た水質基準も合格を確認。現段階では、エウロパの表層と浅層の氷サンプルはいずれも後続の処理フローに移行できます」


空中のデータウィンドウが展開し、いくつかの成分比と精製フローが浮かび上がった。


アカリが続ける。


「これらの氷は動力炉の原料補充に使えるだけでなく、大部分が生命維持システムの用水にも転用できます。ハーヴィーから先ほど追加の注意事項が来ていました」アカリは一拍置き、スクリーンの一角を流し見た。「現状で消費量が最も大きいのは飲料水ではなく、冷却液の製造プロセスです。あちらは消費すると戻らない、一回限りの資源です」


輪機室はやはり、ロマンを工業用語に挽き潰すことに最も長けた場所だ。


エウロパの氷は、わたしの頭の中では多少なりとも宇宙の辺境で生き延びる詩情を帯びていたのに、アカリとハーヴィーに翻訳されると即座に「浪費厳禁・使い捨て艦艇延命液」になった。実際的で、残酷だった。戦艦が生き続ける方法は、人間とだいたい同じらしい。補い続けるか、さもなければあっという間に死ぬか。


真紀が頷いた。


「了解。輪機室を最優先として、資源配分の指令を下げて」


その一言が落ちた瞬間、優先順位が釘で打ち付けられた。


誰も反対しなかった。


今の状況で、輪機室は部門ではなく心臓だ。心臓が先に止まれば、どれだけ豪奢な艦でも造価の高い漂流棺桶になるだけだということは、全員が分かっていた。


当面の急務を片付けると、艦橋の空気は自然に次のステップへ流れていった。


つまり――わたしたちはこれからどこへ行くのか、そしてどうやって行くのか、という問いへ。


真紀が手を一振りすると、星域図が収束し、エウロパ周辺が後退して、より暗く複雑な航路が中央へ引き込まれた。


「星野がエウロパから回収したデータによれば」真紀が言う。「回廊の中に、ホーエンツォレルン要塞でも完全には把握しきれていない狭路が存在するらしい」


この一言で最初に反応したのは、わたしでも、ヘートヴィヒでもなかった。


ロイだった。


ロイの肩が不自然に揺れるのを、わたしははっきり見た。


単純な緊張ではなく、「狭路」「大型艦艇」「敵の火網」という単語が自動的に並んだ瞬間に、航法の専門家として体が先に将来の業務量に抗議した、というような揺れだった。


わたしは頬杖をついて、思わず笑いをこぼした。


「ロイ、その顔、すごく怖がってるみたいよ」わたしはわざと軽い声を出した。「今夜、蘭がロイをなだめるのに時間がかかりそうね」


言い終わる前に、蘭とロイがほぼ同時に固まった。


一人は通信コンソールの前に立ち、一人は航法席に座ったまま、二つの顔が同時に色づいた。その整然とした同期は、カップル専用の連動システムとしか言いようがなかった。わたしの気分が少し上向いた。結構。昨日の医療室での白い床単詐欺の仇を、多少なりとも返せた。蘭は昨日の主犯ではなかったかもしれないが、一枚噛んでいた以上、無傷で済むとは思わないことだ。


「副艦長、個人的な憶測を艦橋の報告に混入しないでください」


蘭は顔をこわばらせながらも、耳の根はまだ赤かった。


「混入してないわよ」わたしは無実の顔で瞬きした。「艦橋メンバーの心身の健康を気にかけているだけ」


ロイが咳払いをして、自分を恋愛の話題から救い出そうとした。


「その狭路が本当に存在するとして、問題は通れるかどうかではなく、あの環境でアスガルドが十分な転舵空間を確保できるかどうかです」ロイの口調はすぐに戻った。専門性が羞恥心より先に立つタイプらしい。「航路が想定より狭かったり、重力乱流があったりした場合、艦体の大きさが逆に致命的な弱点になりかねない」


さすがロイだ。


この人間は専門モードに入ると、恋愛脳が自動的に待機に切り替わる。蘭がロイと付き合っている理由が分かる気がした。普段は少し朴訥に見えるが、仕事に入ると頼りになる。ただ、そういう人間はたまにからかいたくなる。反応が本当に面白いから。


ずっと主座で黙って座っていたヘートヴィヒが、ここでようやく口を開いた。


「回廊の帝国側に、その狭路の近くに哨戒ステーションがある」


ヘートヴィヒが手を上げると、中空の星図がそれに従って収縮した。普通の操作というより、星域全体がヘートヴィヒの言葉を聞いているかのようだった。指先が虚空に二つの円を描くと、視野が即座に絞り込まれ、いくつかの帝国のマーカーが浮かび上がった。位置は、あらかじめヘートヴィヒの網膜に刻まれていたかのように正確だった。


「ここ」ヘートヴィヒは一つの細かい光点を指した。「巡察哨AU-1206。軽型巡回艇が常時三隻配備されている」


ヘートヴィヒの口調は平坦だった。


だからこそ、嫌な予感がした。


「厄介なのは、三隻の巡回艇の火力ではない」ヘートヴィヒは続けた。「通報速度だ。昨年からAU-1206の通信リンクが強化されている。警報ネットが起動すれば、ホーエンツォレルンは十分以内に駐留艦隊を出して回廊全体を封鎖できる」


ヘートヴィヒは一拍置いた。


「数百隻でも、数千隻でもない。数万隻だ」


艦橋が一瞬、静まり返った。


こういう数字の威圧力は、時として主砲より直接的だ。主砲なら「躱せるかもしれない、防げるかもしれない」という錯覚が残る。数万隻の艦隊には、それがない。純粋で、退屈で、独創性の欠片もないが、極めて有効な圧死だ。


「AU-1206を刺激すれば、終わり」ヘートヴィヒは結論を下した。


わたしはヘートヴィヒを見て、思わず感嘆した。


「さすが第三皇女ね」わたしは言った。「昔から言うでしょう。表の泥棒は防げても、身内の泥棒は防ぎようがない、って」


ヘートヴィヒの視線がゆっくりとこちらへ移ってきた。


その目は帝国らしく美しかった。つまり、美しいが、うかつに信じてはいけない。


「言い方が少し違う」ヘートヴィヒは言った。「わたしは賊ではない。自分を救っているだけ。この船に乗った以上、共に進むしかない。そうでしょう」


この言葉を別の人間が言えば、少し哀れに聞こえたかもしれない。自分のための言い訳にも聞こえたかもしれない。


だが、ヘートヴィヒが言うと、そうはならない。


ヘートヴィヒは認めてもらおうとしているのではない。ヘートヴィヒ自身がすでに決めた事実を、述べているだけだ。皇女がアスガルドに立つと決めた瞬間から、「共に進む」はもはや願いではなく、現実への再命名だった。


わたしは笑った。


「御意に」


そう言って、視線を星図に戻した。


ホーエンツォレルン周辺のマーカーは多い。軍用航路、封鎖区域、哨戒ステーションのノード、殺意を編んで宇宙に張ったような網だ。しかしその物々しい構造の縁に、少し違う線がいくつかあった。


金色の線だった。


軍用線より細いが、目立った。


わたしは目を細め、要塞付近と周辺のいくつかの隣接宙域を指さした。


「この金色の線は何?」


わたしの指先を追って、ヘートヴィヒが一瞥した。


「帝国貴族の私用ヨット航路、あるいは豪華客船の定期ルートよ」


わたしは半秒、静かにした。


それから、あまり品行方正とは言えないある考えが、ごく自然に頭の中で顔を上げた。


私用ヨット。


豪華客船。


定期ルート。


つまり、生まれた瞬間から文明に大切に守られ、大切に養われ、大切に甘やかされてきた人間たちが、極めて高価で、極めて余剰で、極めて利用しがいのある乗り物に乗って、ホーエンツォレルンのような鉄桶のような宙域の外縁を、のんびりと移動しているということだ。


帝国にとって、これは贅沢と呼ばれるものだ。


今のわたしにとって、これはインスピレーションと呼ばれるものだ。


しかも、自ら光を放つ種類の。


自分の口角が上がっていくのを感じた。


礼儀的な微笑みでも、主人公式の正義の自信でもない。「これは道徳的にまずいが、本当にうまくいきそうだ」と気づいた時に自動的に生えてくる、あの笑いだ。


九島真紀が明らかに気づいた。


「シモ」九島真紀がすぐに口を開いた。声には過去の経験から積み上げた高度な警戒心が滲んでいた。「まさか――」


遅かった。


わたしは真紀に向き直り、愉快そうに笑った。


「ねえ、真紀」


艦橋のいくつかの目が同時にこちらを向いた。


蘭はたぶん、さっきあの金色の線を拡大したことをすでに後悔し始めていた。ロイは「お願いだから自分が操艦しなければならない種類のことじゃないでほしい」という予感の顔をしていた。


アカリは動いていなかったが、わたしはアカリが頭の中でとっくに何らかの不正な経路の命中角度を計算し始めていると確信していた。ヘートヴィヒはただわたしを見ていた。礼儀知らずだが筋の通った提案が口から飛び出してくるのを待っているような目で。


わたしは指先でその金色の航路を軽く叩いた。


そして口を開いた。


「海賊ごっこをしましょう」


その瞬間、艦橋全体が、ユグドラシル(ユグドラシル)まで一瞬止まったかのように静まり返った。


次の瞬間、ロイが先に息を呑んだ。


蘭の手が額に直撃した。


「やっぱりね」蘭が低く言った。「副艦長があの笑い方をしたら碌なことにならないって、分かってた」


「ちょっと待って」ロイはほとんど本能的に口を開いた。「海賊というのが比喩なら、続きを聞く準備がある。比喩でないなら、艦橋として保険の適用範囲を先に確認したい」


わたしは両手を広げた。


「ロイ、もっと想像力を持って。これは犯罪じゃない。高機動偽装奪取作戦よ」


「副艦長、船を奪うことを企画書のタイトルみたいに言っても、合法にはならないんですよ」蘭がすかさず補足した。


「でも聞こえはいい」わたしは言った。


アカリがこのタイミングで、非常に真剣な顔で割り込んだ。


「貴族の私用ヨットなら、通常は武装が軽い。豪華客船は快適性と通信を重視していて、装甲は薄い」アカリは半拍置いた。「純粋に技術的な観点から言えば、AU-1206を正面突破するよりは合理的」


わたしはアカリに顔を向けた。


さすが専門家だ。インスピレーションを戦術に育てることを知っている。荒唐無稽な話として捨てない。


「シモ」真紀がわたしを見た。「全部話して」


この一言が出た瞬間、少なくとも九島真紀が即座に却下したわけではないと分かった。


それで十分だ。


わたしは手を上げ、金色の航路とAU-1206周辺の区域を一緒に中央へ引き出した。


「難しいことは何もない。壮大な計画でもない」


星図を操作しながら、午後のお茶のメニューを選ぶような口調で言う。


「作案対象を見つけて……いや、慈善的に協力してくれる善意の方を見つける。乗り込んで、丁寧にお財布を差し出していただく」


「言うことを聞かない場合は、タングステン合金の戦斧で髪の生え際を少し整えてあげる、ということかしら」


アカリが不意に続けた。声は陰鬱で、すでに被害者の角度を選んでいるようだった。


わたしは横目でアカリを見た。


さすが専門家は分かっている。


真紀は艦長席にもたれ、肘掛けを指先で二度軽く叩いた。


考えているサインだ。同時に、わたしを会議から追い出すのを思いとどまっているサインでもある。


「それから?」


真紀はわたしを見た。承諾でも否定でもなく、ただ静かに話を先へ押した。


この反応が一番いい。


真紀がまだ聞いている間は、この案はまだ死刑宣告を受けていないということだから。


わたしは金色の航路とAU-1206周辺の区域を同じ投影レイヤーに重ねて中央へ持ってきた。


「普通の旅客なら、帝国軍はたいして気にしない」わたしは言った。「でも被害者が帝国貴族だったら――」


「あるいは一船分の帝国貴族だったら」


ロイが素早く引き継いだ。声には早くも残業を予悼する響きがあった。


「辺境の巡回艦隊はわたしたちを恨むことになりますね」


「それがいいじゃない」


わたしは笑った。


「彼らにも残業の辛さを味わってもらいましょう」


蘭が眉を寄せ、星図上の数本の航路を見つめた。


「でも、もし本当に要塞の艦隊を引き寄せたら?」


いい質問だ。


これこそが、この件の本当の境界線だ。巡回艦隊をてんてこ舞いにさせるのは一つのことだが、ホーエンツォレルンの駐留艦隊を本気で引き寄せてしまうのは、全く別のことだ。前者は戦術と呼ぶ。後者は生き飽きたと呼ぶ。


主座のヘートヴィヒがようやく口を開いた。


「要塞は、この程度の小競り合いには動かない」


ヘートヴィヒが手を上げると、いくつかの通信ノードのマーカーが中空に浮かんだ。


「帝国の体制では、こういう事案は民間の紛争として分類される。駐留艦隊は、襲撃されたヨット数隻のために自ら出動することはない。それに――」


視線がエウロパのあたりに落ち、口調は穏やかで、ほとんど残酷なほどだった。


「わたしたちは先ほど、あの宙域の通信基地を破壊した。今この区域の信号伝達能力は元々から欠損している。救援要請が送り出せるかどうか、送り出せたとしても迅速に処理されるかどうか、どちらも未知数だ」


わたしは聞き終えて頷いた。


結構。


つまり、わたしが最初に考えていたより、操作の余地はさらに大きい。


帝国の反応は半拍遅れる。しかし巡回艦隊は動かないわけにはいかない。リズムをうまく掴めれば、尻に火をつけられた犬の群れのように、あちこち走り回らせて本当の目標には噛みつかせないようにできる。


真紀はヘートヴィヒを見て、それから艦橋全体を見渡した。


「では、殿下のお考えは――」


口調は相変わらず安定していた。正式な軍令を確認しているようで、とても「艦隊メンバー全員が正気を失ったかのような計画」を検討している会議には見えなかった。


「この、艦隊メンバーが集団で正気を失ったように見えるこの案は、実行可能だということね」


ヘートヴィヒが微かに笑った。


その笑みは淡く、しかしわたしが非常に好きではない、しかし説得力があると認めざるを得ない、あの落ち着きを帯びていた。


「面白いでしょう」


真紀を見る目は、規則には合わないが十分に見ごたえのある演目を眺める目だった。


「九島艦長」


わたしはすぐには口を開かなかった。ただ星図の金色の線と哨戒ステーションを眺めながら、頭の中でまだ少し冗談の色を帯びていたアイデアを、より明確な輪郭に圧し固めていた。


金のためではない。


海賊になるためでもない。


帝国の指名手配書に名前を刻んで伝説になるためでもない。


一口一口、噛み続けることだ。深くは噛まないが、十分に煩わしい。


一隻やったら、別の宙域へ。


一回奪ったら、一区間跳ぶ。


辺境の巡回艦隊に、敵が四方八方にいると思わせる。疲弊させる。警戒線を自分で緩ませる。鉄壁のように見えた封鎖に、通り抜けられる隙間を作らせる。


そしてアスガルドが、その隙間を滑り抜ける。


静かに。


鮮やかに。


骨の縫い目をようやく見つけた刃のように。

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