213.アビス・チェイサー 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
次の瞬間、突撃艇尾部の高圧窒素推進器が猛烈に噴射した。
機体全体が、ひどく機嫌の悪い神様に指先で弾き飛ばされたように、発射チューブに沿って一直線に飛び出す。わたしの悲鳴はコックピットの中でひとつ折れ曲がり、警告音と同じ言語に混ざりかけた。アスガルド後部の装甲も、整備プラットフォームの指示灯も、後ろに立っていた蘭とアカリの姿も、すべてが視界の中で一瞬にしてぼやけた残光に引き伸ばされる。
そしてジェスは――
ジェスは、本当に操縦が上手かった。
腹立たしいほどに。
突撃艇は真空の中に綺麗な弧を描き、木星系外縁を漂う砕岩や微小な氷塊を隠れ蓑にして、ある時は隕石の影に寄り添い、ある時は裂け目の間を閃光のように通り抜けた。推進器の使い方は暴力的な乱乗りのそれではなく、極めて正確で、節度があり、それでいて明らかに操縦者個人の快感が混ざったコントロールだった。
簡単に言えば、確かな技術で、最高に楽しそうに運転している。
わたしは手すりをつかみ、胃の中の臓器がワンセット並べ替えられたような気分で、歯を食いしばって言った。
「ジェス、この潜入任務をアトラクションみたいに運転し続けたら、帰って真っ先に、お前のベッドの下に酒瓶が隠してあるって二階堂にチクるからな」
「シモ、その脅しは卑怯じゃない?」
「今のわたしは、卑怯であることに何の心理的負担も感じない!」
インカムに、真紀の冷ややかな声が割り込んできた。
『フロスト小隊、静粛に。外縁の帝国監視アーク、境界距離に進入』
わたしは即座に口を閉じた。
ジェスも少しだけ大人しくなった。もっとも、わたしと口喧嘩するより面白いことにようやく気づいたから、という理由のほうが大きそうだが。
視界の左側で木星がゆっくりと通り過ぎ、代わりに、氷の白い外殻に覆われた衛星が姿を現した。
エウロパ。
木星のような圧倒的で巨大な神性はない。もっと静かで、陰鬱な美しさだった。氷殻の表面は遠くの星明かりを反射し、白い皮膚に刻まれた古傷のようなひび割れが、不吉なほど美しく浮かび上がっている。ずっと見ていると、これが衛星ではなく、目を閉じたまま氷の下に殺意を隠し持っている巨大な生き物のように思えてくる。
『オーバーロードよりフロスト小隊』真紀の声が再び入る。『最終接近を開始。状況を報告せよ』
わたしは文句を言いたがる胃をなだめ、キャノピー越しに外部の数値を一瞥した。
「こちらフロスト01。エウロパの地表近傍エリアに進入。姿勢安定、隠蔽接近中」一拍置いて、どうしても我慢できずに付け加える。「なお、次回以降、フロスト02が操縦するいかなる機体への搭乗も拒否する」
「あたし、めっちゃ上手く運転してるじゃん」ジェスがすかさず抗議する。
「ジェットコースター扱いしてなければな」
「結果的に安全に着くなら、それはドライビング・スタイルの問題」
「それはもはや精神的拷問だ」
インカム越しの真紀の声には、はっきりとした苛立ちが混ざっていた。
『二人とも黙りなさい。任務に集中を』
「了解」わたしは言った。
ジェスも大人しく返事をした。
次の瞬間、わたしはアスガルドとの常時音声接続を切り、必要最低限の緊急通信チャンネルだけを残した。
「フロスト、オフライン」
ジェスが突撃艇内部の武器スロットを開き、アサルト・レーザーライフル、エネルギーパック、そしてセラミックナイフをわたしに放り投げてきた。
受け取った瞬間、手首にずしりと重みが走る。
「お前のそのナイフ、普段のお前の良心より綺麗に見えるんだけど」わたしは言った。
「お褒めいただき光栄です」ジェスがにやにやしながら返す。
「褒めてない」
手首の立体マップに目を落とす。アカリが事前にロードしておいたルートがゆっくりと点滅し、ほぼ垂直に走る氷の裂け目が進入ポイントとしてマークされていた。排気口は、さらに深い氷殻の下にある。
「フロスト02、こっちだ」わたしは右側の影が濃い裂け目を指した。「排気口は氷層の下。一旦止まれ」
ジェスは突撃艇を突き出た氷の尾根の裏側に寄せ、メイン推進器を切り、最低限の姿勢制御だけを残した。機体が静まると、外の世界が突然、異常なほど静かになった。風もない。波もない。エウロパの氷原が反射する冷たい白光と、コックピットの中のわたしたち二人の少し急な呼吸音だけがある。
わたしは装備スロットからマイクロドローンを取り出した。
ハエほどの大きさしかないその機材は、こういうろくでもない場所で道を偵察するには最適なサイズだ。氷壁にぶつけさえしなければ、まず見つかることはない。
「外部モニターを見ててくれ」わたしは言った。
「了解、01」ジェスは今回、意外なほど素直に答えた。
マイクロドローンを放つ。
小さな機体は音もなく氷の裂け目の下へ滑り込み、映像が目の前に同期された。淡いブルーの冷光を反射する氷壁は、下に行くほど狭くなり、まるで白い巨獣の喉の奥へ歩いていくようだ。カメラが回転し、排気口付近の人工構造物――そして、二人の帝国兵の姿を捉えた。
二人は外側に背を向け、通路の入り口の脇に立っていた。銃口は下を向いているが、リラックスした立ち姿の中にも警戒感が滲んでいる。
どうやら敵も、排気口が自分たちの弱点だと分かっているらしい。
「見つけた」わたしは低く言い、ドローンを後退させながら映像をジェスに回した。
映像を見たジェスの口角が、くいっと上がる。
よく知っている表情だ。
彼女が楽しくなり始めた証拠だ。
わたしはドローンを回収し、手首の磁気マウントに固定し直した。
「フロスト02、下に人がいる」わたしは言う。「作戦変更。ウォールラン降下でいく」
ジェスは即座に防水バッグを開け、中から重力ロープを二本引き出した。こういうまともじゃない降り方が日常の娯楽であるかのような、手慣れた動きだった。
「やっとあたしの好きなパートが来た」ジェスはそのうちの一本をわたしに押し付けた。「持って。ここは重力が弱いから、足を踏み外すと簡単に浮く。ロープのバックルはしっかり留めなよ。じゃないと、あんたこの氷の裂け目で一番文学的な漂流死体になるから」
「ありがとう、その例え、士気向上に一ミリも役立たない」
わたしはロープのバックルを腰のタクティカルリングに固定し、靴底の吸着モジュールと関節の補助テンションを再確認した。ジェスのほうはさらに動きが速い。彼女の全身に詰まった厄介な因子が、任務モードに入った途端、奇妙なほど効率と共存し始めるのだ。
わたしたちは裂け目の縁に寄りかかり、下を見下ろした。
氷層の下にある排気口は、隠された傷口のようだった。見張りの姿は、冷光の中で二つの黒い点に縮んで見える。距離は遠く、深く、後になって「あの時、なんでわたしは同意したんだっけ?」と自問自答したくなるような行動を起こすには、おあつらえ向きの場所だった。
わたしとジェスは顔を見合わせた。
「準備は?」わたしが訊く。
ジェスはにっと歯を見せて笑った。
「シモ、今日そのセリフ訊くの、ちょっと多すぎない?」
「今日わたしの隣にいる操縦手兼共犯者が、どいつもこいつも安心できないからだ」
「安心しなよ」ジェスは手を上げ、額の横を軽く叩いた。ひどく適当な敬礼のように。「スペース・カウボーイは、乗客を振り落としたりしない」
「だといいけど」
わたしは息を吐き出した。
「GO」
次の瞬間、わたしとジェスは同時に跳んだ。
自由落下ではない。
疾走だ。
低重力のエウロパの氷の裂け目で、わたしたちは重力ロープと靴底の吸着モジュールを頼りに、ほぼ垂直な氷壁を一直線に駆け下りた。白い氷面が足元と横を狂ったように後退していく。耳元にあるのは、装備が擦れる音、ロープが張り詰める音、そして胸を打つ心拍の音だけ。世界全体が縦に立ち上がったようで、わたしたちは落ちているのではなく、白すぎる壁の上を、人間が本来とるべきでない姿勢で高速で走っていた。
二人の見張りは、まだ反応できていなかった。
彼らにとって、危険は前方から、レーダーから、あるいは通路の奥から来るはずのものだ。
頭上から来るはずがない。
ましてや、重力ロープを括り付け、発狂した修学旅行生のように氷壁を駆け下りてくる二人の連邦の女子学生から来るなどとは。
接敵距離に切り込むその瞬間、わたしは猛然とロープを引き絞り、その勢いを利用して体を内側へ振った。逆さ吊りの刃のように、相手の視界の死角へ叩き込む。見張りが横を向こうとした時には、わたしはすでに背後に回っていた。左手でヘルメットの下半分を塞ぎ、右手のセラミックナイフを返し、ヘルメットとネックリングの間の最も脆い継ぎ目へ、切っ先を容赦なく突き立てる。
金属が弾けるような音はしなかった。
ただ、くぐもった息を呑む音が一度だけ聞こえた。
相手の全身がビクンと硬直し、膝から崩れ落ちる。
もう一方では、ジェスがさらにえげつない手を使っていた。
ジェスは正面からとどめを刺すのではなく、片手で見張りの後頭部を掴み、もう片方の手でナイフを防護服の脇の下から側腹部の圧力シームに沿って一気に引き裂いた。高密閉素材が切開された瞬間、エウロパの地表の極寒が生き物のように流れ込む。見張りはまともな悲鳴を上げる間もなく、熱を奪われた魚のように数秒で完全に動きを乱し、そのままその場に凍りついた。
着地した時、膝に軽い衝撃が走り、手にした見張りの重量がロープの張力に沿ってわたしを引っ張った。わたしは死体を横に押しやり、ジェスを見上げた。
ジェスもちょうど手の人を振り払ったところで、白い息を吐き出しながら、どこかウォームアップを終えた後のような気軽さを漂わせていた。
「いい連携じゃん」ジェスが言う。
「調子に乗るな」わたしは下を向き、セラミックナイフを相手の制服の端で拭って痕跡を消す。「お前が今回、ようやく任務を遊園地扱いしなかっただけの話だ」
「でも、さっきの降下、マジで遊園地の最高のアトラクションみたいだったよ」
「お前の精神状態、遅かれ早かれ医療班の研究サンプルにされるぞ」
わたしはしゃがみ込み、排気口の上のメッシュカバーを取り外した。
金属の留め具が低温下で乾いた音を立て、その下に真っ暗な通路の入り口が姿を現した。中から熱気が湧き上がってきて、エウロパの外側の刃のような冷気とぶつかり、曖昧な白い霧の層を作っている。
下を覗き込む。
通路は傾斜しており、深く、暗く、一度滑り込んだら人生が正式に面倒なことになる入り口の要件を完璧に満たしていた。
思わず、少しだけ笑ってしまった。
楽しいからじゃない。
人は、さらに最悪な場所へ落ちる直前になると、かえって自分の境遇に対してある種の荒唐無稽な敬意を抱いて笑ってしまうものなのだ。
わたしは横を向き、ジェスを見た。
「フロスト02」わたしは言った。「滑り台は好きか?」
ジェスの目が輝き、非常にまずい笑顔を浮かべた。
「シモ、そのセリフ、ようやく人間らしい言葉になってきたね」
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「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




