15. プロトタイプ 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
「結論」
博士は一瞬黙り、自分の失策をもう少しマシに聞こえるように言い換える言葉を探しているようだった。
「L-7の痛覚信号遅延とHelix-3の代謝促進が、彼女の生理条件下で自律神経の揺れを増幅させた。そこへ疲労、睡眠不足、情動ストレスが重なり、体が誤った高反応モードに入った」
博士を見やりながら、片眉を上げる。
「人間語に訳すと?」
博士は無表情のまま見返してきた。
「君の体を、私が誤ってアクセル全開にしつつ、一部のブレーキを切断した。その結果、夜中に単独で制御不能になった、ということだ」
二秒ほど黙る。
「……その説明のほうが、俺が文句を言う権利がある気がしてきましたけど」
「元々ある」
「今日は太っ腹ですね」
レオが横から容赦なく補足する。
「今回は完全にあいつのミスだからだ」
博士がついに眉をひそめる。
その皺は薄いが、この男にしては十分な感情表現だった。
「大佐、配合判断を誤ったことは否定しない。ただ、この反応パターンで我々が得た情報は——」
「違う」レオは言う。「『お前が』得た情報だ」
この一言が落ちた瞬間、当事者のくせに、妙に胸がすっとした。
博士は姿勢を正し、手に持った針のキャップをまだ握ったまま、きわめて教養のある学者が、医療廃棄物を上官の喉に突き立てたい衝動をかろうじて抑えているように見えた。
「で、処置案は?」
レオは一度博士を、そして俺に目を向ける。
その視線は短いが、評価しているのが分かる。憐憫でも心配でもない。純粋な状態チェックだ。過熱し、いまようやく安全圏ぎりぎりまで冷えた刃物を見るような目。
「今日の午前の訓練は中止」彼は言った。
思わず顔を上げる。
「ちょっと待って、俺——」
レオは俺を見もせず、後半を続けた。
「休暇じゃない。博士のミスで無駄に消耗させないためだ」
……素晴らしい。
一瞬「人道的配慮か?」と思った俺の勘違いが、見事に粉砕された。
博士が眼鏡を直す。
「同意します。少なくとも半日は静的モニタリング。午後、心拍、体温、前庭指標が安定していれば、低強度のカリキュラムに移行可能です」
「低強度?」思わず口を挟む。「ここに、そんな単語ありましたっけ?」
博士は平然と答える。
「ある。『すぐに吐血はしない訓練』を指す」
「感動して涙が出そうです」
レオがようやく、正面から俺を見た。
「午後は戦術判読と観察記録の整理だ。シミュレーターには入らない。対人訓練もなし。薬物増幅も使わない」彼は言う。「今後三日間、全ての適応注射は二重チェックを通す。シュタイナー、お前が直接サインしろ」
博士は口元を少し引き結んでから、短く答えた。
「了解」
「それから、L-7はしばらく彼女の個人適応リストから外せ」
今度こそ、博士は明らかに固まった。
「大佐、それでは疼痛管理カリキュラムの進行が——」
「他の方法で教えろ」レオは言う。「方法論は得意なんだろう?」
……今のは、本当に美しい一言だった。
褒め言葉のようでいて、「この始末は自分でつけろ」と、丁寧に釘も刺している。
博士は一秒黙り、最後には頷いた。
「カリキュラムを再設計します」
「『未必の故意』に見えない程度にな」レオが釘を刺す。
危うく吹き出しそうになり、腹筋がまだ完全に緩み切っていないことを思い出して、慌てて息を飲み込む。
その音に、博士がちらりと俺を見る。
「まだ不快感は強いか」
「生存はしてます」俺は言う。「ただ、もし尊厳のほうを聞いているなら、そっちはもう残ってません」
博士は、ごく微かにため息をついた。
細くて、幻聴みたいな溜息。
「尊厳は、ここでは優先順位が高くない」
「知ってます」俺は言う。「まさか今日こんなに早く焼却されるとは思ってませんでしたけど」
レオが端末で時間を確認する。
「三十分後に医療モニターが来て、パッチを交換する。それまで部屋にいろ。自分でカリキュラムをいじるな」
ベッドヘッドに寄りかかり、まだ少し重いまぶたを瞬かせる。
「大佐、それ、まるで俺が普段自主的に課題を増やしてるみたいな言い方ですね」
声は淡々としている。
「お前は課題を増やすんじゃない。無茶を重ねる」
……図星だ。
本当に、腹が立つ。
顔を背けて、窓の外の、妙に個性のある醜い朝焼けを見ているふりをする。
「いけると思ったんですよ」
「昨日も同じことを言った」レオは言う。
「で?」
「同じ間違いを、二度繰り返す必要はない」
部屋が一瞬静かになった。
「了解、教官」と返すつもりだったが、口に出かけて、なぜか棘が少し鈍くなった。薬が神経の刺を一つ一つ押し下げているのか、単に疲れたのか。
結局、小さく一言だけ返す。
「……はい」
博士は使用済み器具を片付け、空のシリンジ二本を医療箱に戻した。動きはいつも通り滑らかで、何事もなかったように見える。だが少なくとも、今後数日は、彼が針をこちらに向けてきたら、俺は確実に仇を見るような目でトレイを凝視する。
彼はそれを理解したのか、視線を上げた。
「今日の午後、指標が安定していれば、修正後の組み合わせ表を事前に見せる」
眉をひそめる。
「それは、謝罪のつもりですか」
「違う」博士は言う。「次の授業前に『また毒を盛られる』という先入観を持たせないためだ」
少し考えてから答える。
「残念ですが、その先入観はすでに完成しました」
博士は眼鏡を押し上げ、何も言わなかった。
レオはドアのほうへ歩き出し、途中で足を止めた。振り返りはしない。
「星野」
「はい」
「午前の休整は、褒美じゃない」彼は言う。「修理だ」
ドアが閉まる直前、口が勝手に動いていた。
「了解です、大佐。修理費がかかる高級軍用品として頑張ります」
廊下からの返事はない。
でもなぜか、「もしレオが笑うとしたら、今みたいな見えないところで、極薄く一瞬だけなんだろうな」と思った。
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