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臨界の星穹  作者: Mr.佐藤焫焵
臨界の星穹:月面都市コペルニクス
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200.人類という親不孝者 2

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

レティシア女爵のスイートのドアを閉め、まだドアノブに手を置いていたとき、廊下の突き当たりから非常に苛立たしい低い声が飛んできた。


「新しい子、どこへ消えてたの」


顔を上げた。


チーフだった。


濃いグレーの制服、軍用の防爆板のように梳かれた髪、地心引力が残業代を踏み倒しているかのような速足。さっきバックヤードで私を臨時スタッフとして引っ張り出したのが、この人だ。今は文件板を胸に抱え、肩にトランシーバーのイヤホンをかけ、顔には「今夜帝国ホテルで誰かが勝手に死んだとしたら、最初に許さないのはシフト管理システムだ」という言葉がはっきりと書かれていた。


「二階西側、シャンパンの補充。今すぐ」チーフは早足で私の前まで来て、ほとんど止まらなかった。「出勤してるのに消えてどうするの」


……この言葉は、別の状況なら単なる嫌味だ。貴賓スイートから出てきたばかりの私には、少し高級な黒いユーモアだった。


笑い出しそうになった。


寸前で止めた。


今の綾瀬汐里はサービススタッフ版だ。スタッフは、死体を片付けてきたような笑い方をしてはいけない。だから素直に頭を下げた。


「申し訳ありません。レティシア女爵閣下に呼び止められていました」


「どの女爵?」


「レティシア女爵です」


チーフの眉が、わずかに動いた。驚きではなく、「なるほど、だから時間がかかったのか」という職業的な理解だった。このホテルは貴族の私的な行動については、聞かず、見ず、処理せず、ただグラスを補充し続けるという成熟した態度を、とっくに確立しているようだった。


「わかった」彼女はトレイを私の手に押しつけた。「本来やるべきことをやって。それと、これから廊下でまた閣下に呼び止められたとしても、シャンパンを届けてからにして」


トレイを受け取った。


「……はい」


この「はい」は、非常にスムーズに出た。


スムーズすぎて、自分でも少し不愉快になった。


危険な現場に長くいると、特定の生存技術が異様に磨かれていく。たとえば、刃の受け方。嘘の聞き方。殺そうとしている人間が大勢いる中で、最後に殺されそうにない一人を演じる方法。そして、女爵を一人片付けた直後に、顔色一つ変えずにシャンパンのトレイを持ち上げ、宴会場へ補充に行く方法。


高腳グラスが並んだ銀のトレイを受け取り、そのまま歩き出した。


歩きながら、心の中でヴィスラン大佐の評価欄に新しい一行を書き足した。


追記三:もし生きて帰れたら、ヴィスラン大佐を罵倒する他に、なぜ彼が選ぶ任務には常にこれほど高濃度のサービス業的屈辱が付属しているのかを問い質さなければならない。


二階西側の廊下は、さっきよりさらに混乱していた。


音響担当と礼賓担当はまだ揉めていた。


フローリストは花の色から花器の高さへと戦場を移行させていた。


侍者二人がデザートカートを押して、避難に近い速度で私の横を通り過ぎていった。


そして私は、シャンパンを持ち、その全てを滑り抜けた。人を噛んだばかりで、今はホテルの背景を演じなければならない一匹の魚のように。


このホテルは本当に大したものだ。


謀殺、陰謀、労働搾取、高級料理を同じ廊下に詰め込んで、互いに何の矛盾もなく共存させている。文明がここまで来るのも、容易ではなかっただろう。


シャンパンをギャラクシーホールの入り口の迎賓テーブルへ補充した。動作は標準的で、表情は空白のまま。それから半分空になったトレイを持ち、何でもないふりをして西側三番の個室付近へ戻った。


懐かしんでいるわけではない。


現場に感情移入するほど変わってはいない。


ただ純粋に、レティシア女爵がいなくなれば、あの人間たちが騒ぎ出すことがわかっていたからだ。


個室区に近づく前に、深紅のカーペットが敷かれた短い廊下へ曲がった。そこには装飾用の大きな花架があり、その後ろにはスタッフが素早く出入りするための半開きの小扉があった。位置はちょうどいい。視線は通らないが、個室の方からの声が壁に反射して届いてくる。


トレイを一時的に壁に立てかけ、自分は陰の中に立った。


それから、待った。


それほど待たなかった。


最初に響いたのは、男の、意図的に低く押さえているが押さえきれない怒声だった。


「どこにいる。彼女はどこだ」


ああ、始まった。


「さっきここにいたじゃないか」別の声が急いて、甲高く、普段は「落ち着き」を口癖にしながら、いざとなれば真っ先に替え玉を探すタイプの貴族官僚に聞こえた。「彼女の人間は彼女の印章にしか従わない。レティシアがいなくなったら、南側は誰が引き継ぐんだ」


「まず探せ。まず彼女を見つけろ」三つ目の声は年配で、しかし明らかに乱れていた。「彼女なしでは、明日の段取りが直接半分崩れる」


壁に背中をつけて、ゆっくりと息を吐いた。


よし。


彼女を過小評価していたのは私の方だった。


「少し乱れる」ではない。


「直接半分崩れる」だ。


個室の中から、椅子の脚が床を強く擦る音がした。


「見つけてどうなる」また最初の男が、今度はさらに怒りを高めて言った。「もし誰かに連れ去られたなら、名簿はすでに漏れている。もし彼女自身が失敗したなら、なおさら悪い。あなたたちは、ヘートヴィヒが修学旅行に来ただけの皇女だと本気で思っているのか」


――その一言は、ようやくまともだった。


背中をさらに壁に押し当て、続きを聞いた。


「あんな小娘の何が怖いんだ」甲高い男が反論した。「皇后が産んだ娘に過ぎないじゃないか」


「あなたは今日の地位にどうやってたどり着いたんだ」年配の老者が低く怒鳴った。「怖いのは、ヘートヴィヒ本人じゃない」


個室の中が一拍静まった。


続いて、誰かがグラスをテーブルに強く置く音がした。


「怖いのは、エリザベート・フォン・ホーエンローエだ」老者は一言一言区切って言った。「そして、彼女の背後にあるホーエンツォレルンだ」


目を伏せ、トレイの縁を指先で一度、軽く叩いた。


一度だけ。


なるほど。


「誰でも知っていることのように言わないでくれ」最初の男が冷笑した。「問題は、あれは理論上、帝国に属している」


「理論上」老者の声に、ついに年老いた怨念と畏怖が滲んだ。「理論上、当然帝国に属している。理論上、辺境伯も皇帝の臣下であるように」


辺境伯。


この古びた、ほとんど黴臭いほどの比喩が落ちた瞬間、頭の中でそれまで散らばっていたいくつかの線が、一気に繋がった。


帝国が単独で建造し、単独で保有し、単独で統御する軍事要塞ではない。


「皇室の玩具」でもない。


教科書に出てくるような、国家に属するきれいな戦略資産でもない。


ホーエンローエ――より正確には、ホーエンツォレルン系の貴族が――まずあれを作り上げ、それを銀河帝国に「貸した」のだ。


貸した。


この一語は、どんな宣戦布告よりも汚い。


個室の中で誰かが苛立たしげに歩き回り始めた。


「つまり、ここまで来ても、まだホーエンローエ家の顔色を窺わなければならないということか」


「顔色ではない」老者は冷たく言った。「砲口だ」


誰も続かなかった。


この一言が、あまりにも正確だったからだ。


陰の中に立ったまま、ゆっくりとその輪郭を頭の中に立ち上げた。


ホーエンツォレルン。


直径百二十キロ。


質量、約六百兆トン。


帝国軍の旗を掲げた、れっきとした巨大人工天体。


古い言葉で言えば、城があり、兵があり、関門があり、独立した火力を持ち、中央に「否」と言える能力さえ持つ辺境伯だ。


しかも普通の辺境伯ではない。


鉄の月を一つ、懐に抱えた辺境伯だ。


……皇帝と二人の皇子が怖くないはずがない。


少し笑いたくなった。


事態が単純になったからではない。


事態がようやく、本来あるべき複雑さになったからだ。人間という生き物は、権力を人工天体として使えるほど大きくすると、家族、国家、婚姻、軍権、愛情を全部まとめて有毒なスープにする。銀河帝国も旧地球より賢くはなかったようだ。


個室の中で、甲高い男がまた口を開いた。今度は音量が低く、しかしさらに切迫していた。


「ならなおさら、ヘートヴィヒを生きて帰してはならない。彼女がいる限り、エリザベートはホーエンツォレルンを引き戻す口実を持ち続ける」


「それだけではない」最初の男が歯を食いしばって言った。「あの女が『娘を守る』という名目で要塞の帝国本部への軍用開放権を閉じれば、辺境航路の戦略拠点の三分の一を組み直さなければならない」


「三分の一どころではない」老者が冷笑した。「ホーエンツォレルンが皇帝直属でない側に傾けば、要塞一つが消えるのではない。鍵が一本消える」


鍵。


その言葉が出た瞬間、私はすべてを理解した。


ヘートヴィヒは皇女ではない。


少なくとも、この人たちにとっては、それだけではない。


ヘートヴィヒは鍵だ。


エリザベート・フォン・ホーエンローエが手に持つ、最も正当で、最も体裁が良く、最も鋭い一本の鍵だ。


ヘートヴィヒが生きている限り、あの皇女がまだ皇后側にいる限り、ホーエンツォレルンと呼ばれる人工要塞天体は、皇帝と二人の皇子が百パーセント安心して握れる軍事資産にはなれない。


なるほど。


だからヴィスラン大佐は私をここに送り込んだのだ。


だからここは単純な修学旅行ではないのだ。


だから女爵一人が消えただけで、第一皇子と第二皇子の派閥の人間が個室の中で蜂の巣をつついたように騒ぎ立て、壁に向かって底牌を自分で開いているのだ。


最初から、皆が奪い合っていたのは、あの皇女の命ではなかった。


彼女の背後にある、帝国の軍権構造を丸ごとこじ開けられる一本の鍵だったのだ。


「どうする」甲高い男はもう崩れかけていた。「南側の連中はレティシアの印章がなければ動かない。北側を全部引き上げれば目立ちすぎる」


「消息を封じろ」最初の男が言った。「明日までは、誰も彼女の失踪を口にするな」


「封じられるか」老者が冷笑した。「ここは帝国ホテルだ、墓場ではない。あの手の女が消えれば、一時間もしないうちに廊下の半分が知る」


この一言は非常に正確だった。


特に、たった今その廊下の半分の原因を作った私には、格別の説得力があった。


もう少し聞こうとしたとき、廊下の反対側から急いたヒールの音が近づいてきた。貴族の「私は忙しいが、あなたたちは私を待て」というリズムではなく、バックヤードの人間の「あと半秒遅れたら、今夜フラワーアレンジメントとシャンパンのどちらかで絞め殺される」というリズムだった。


見なくてもわかった。


案の定、次の瞬間、チーフの声が後ろから飛んできた。


「新しい子、また死にに行ってたの」


振り返った。


彼女は廊下の角に立ち、片手で文件板を抱え、もう片手で壁に立てかけた私のトレイを指していた。その目は、帝国ホテルに軍法があれば今夜私を二度銃殺できるほど冷たかった。


「三階東側、貴賓用デザートが前倒しになった。今すぐ行って」


彼女を見て、個室の方を見て、心の中で一秒だけ公平に計算した。


結果は明らかだった。


個室の人間はしばらく冷静にはならない。


でもチーフをこれ以上放置すれば、彼女は本当に現場で爆発するかもしれない。


貴族の陰謀が五分で足を生やして逃げないことに賭ける方が、帝国ホテルのチーフが私を処理すべき災害リストに載せないことに賭けるより、まだ分がいい。


「行きます」


トレイを手に取り、早足で彼女の方へ向かった。


チーフは私を睨んだ。


「今日は消えてばかりね」


「申し訳ありません」


「謝っても補充できない」


「わかりました」


「わかっても補充できない」


……これは何か新しい形の哲学的拷問だろうか。


本当は、自分は怠けていたのではなく、帝国の内戦の人員を半分削り、皇権と辺境要塞の関係についての非常に価値ある講義を一コマ聴いてきたところだと告げたかった。このパフォーマンスは理論上、補充三回分と花の搬入二回分に換算できるはずだ。


残念ながら、帝国ホテルにそういう評価項目はない。


だから私はただ静かにトレイを安定させ、彼女について三階へ向かった。


階段の角を曲がるとき、最後に一度、西側三番の個室を振り返った。


ドアはまだ閉まっていた。


照明はまだついていた。


中の、突き崩された蜂の巣は、今頃翅を繕いながら、ヘートヴィヒを鍵ごと握り潰す方法を改めて計算しているだろう。


でも今からは、私もその鍵の値打ちを知っている。


ヘートヴィヒは任務の対象ではない。


面倒な皇族でもない。


廊下で、あの不機嫌な目で人を頭の先から足の先まで見る少女でもない。


ヘートヴィヒは鍵だ。


ある人間たちがホテル一棟を屠場に変えてでも手に入れようとしている、一本の鍵だ。


視線を戻し、チーフについて階段を上がった。


そして続く四十分間、非常に真剣にシャンパンを補充し、花を運び、テーブルカードを交換し、ついでに三階東側の貴賓室の非常口二箇所、監視カメラの死角四箇所、それからデザートコーナーでマカロンをこっそり食べている若い侍者一名を記録した。


潜入というものは、ときどきこういうものだ。


一分前まで帝国の軍権の天秤を削っていたのに、次の一分にはラズベリータルトを正しい向きに直して、どこかの閣下の機嫌を損ねないようにしなければならない。


この世界は理屈が通らない。


でも、少なくとも非常に一貫している。


---


バックヤードをようやく抜け出せたとき、月面都市の遮光システムはすでに夜間モードに切り替わっていた。


サービススタッフの制服は、あらかじめ目をつけておいたホテル外周の着替えポイントに置いてきて、あまり補充係に見えない普段着に戻した。髪も整え直した。綾瀬汐里の皮は完全には脱いでいない。「使い勝手のいいスタッフ」から「あまり目立たない若い女性」に切り替えただけだ。星野シモは、襟と歩幅と呼吸が少しずつ緩んでいくにつれて、ゆっくりと前に戻ってきた。


帝国ホテルの裏手のサービス路地を出て、コペルニクス月面都市の夜の街へ踏み出した。


この街は月の上に建っているが、昼と夜は自然が与えるものではない。遮光システムが精密に調整している。はっきり言えば、人間は自分を金魚鉢に閉じ込めた上で、暗くなるかどうかまで自分でスイッチを押さなければならない。これは非常に偉大なことのように聞こえるが、実際には毎日、波が自然だと言い張りながら金魚鉢の中で暮らしているようなものだ。


手をポケットに突っ込んで、顔を上げた。


視野の果てに、暗闇の中にぶら下がった地球が見えた。


教科書より遥かに老いていて、遥かに病んでいた。


図鑑のような清潔な青はない。


童話のような明るい白もない。


代わりにあるのは、広がる濁ったコーヒー色と、くすんで暗い緑、そして打ち身のように広がった汚れた色だった。この距離から見ると、人類文明の母星というより、自分の子どもたちに繰り返し血を抜かれ、切り刻まれ、掘り尽くされた末に、ベッドの上で息をしている老いた病人のように見えた。


「……ひどい見た目だ」


小さく言った。


風はもちろん答えなかった。月はそういう意味では公平で、風さえ無料では提供しない。


瀕死のその星を見ながら、人類というものは教科書に載るほどの親不孝者だと思った。自分の母親を汚染し尽くしてから、さっさと別の天体に引っ越し、振り返って「故郷は美しい」と嘆く。


美しいもんか。


冷たく笑って、地球から目を離した。


今夜、私はすでに二種類の死にかけているものを見た。


一つは、陰謀で鍵を再び籠に閉じ込めようとしているあの帝国の貴族たち。


もう一つは、自分の子どもたちに追い詰められた、あの母星だ。


どちらもこれ以上見ていても、無駄だ。


だから振り返り、振り返らずに立ち去った。

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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