197.君のいない車窗 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
しぶしぶ、あの読み取りカードを抜き出して端末に差し込んだ。
端末が静かに小さなウィンドウを開いた。
画面が明るくなり――
レオ・ヴィスラン大佐の、私を不快にさせる顔が、遠慮もなく目の前に現れた。
録画用のカメラアングルは正面で、照明も良く、むしろ意図的に調整されたような光だった。彼は真っ直ぐ座り、肩の線は張っていて、顔には「君が不機嫌になるとわかっていて、それでも穏やかな口調で深刻なことを言う」という、殴りたくなる表情が浮かんでいた。
「星野中尉」
第一声が「中尉」だった。
「星野さん」ではない。
「シモ」ではない。
「お嬢さん」でもない。
中尉。
この呼び方が私の地雷を踏むことを、彼が知らないはずがない。
知っているからこそ、そう呼んだのだ。
「これは国家機密だ」
彼の口調はまったく緊張していなかった。ごく普通の行政文書を読み上げているようだった。
「聞いたあとは、漏らさないように」
心の中で、非常に上品な悪態を一つ送った。
彼は続けた。
「情報によれば――銀河帝国の皇太子が、今回の修学旅行の機会を利用して第三皇女を暗殺し、その罪を連邦に着せることを密かに企てている」
端末の前で、指が半拍固まった。
……くそ。
普通の任務ではない。
「ついでに一件片づけてくれ」ではない。
お使いでも、偵察レベルでもない。
帝国の権力継承を巡る闘争だ。
しかも連邦に泥をかぶせる計画付きの。
そして――「第三皇女」が誰かなど、膝で考えてもわかる。
毎日校内を「第三皇女」として控えめに登下校し、修学旅行のための正式な講演を準備しているあの人――ヘートヴィヒ・フォン・ヴィッテルスバッハだ。
言い換えれば、私のこの修学旅行の先遣任務は、表向きは「下見」だが、実際は――
誰かがこの旅行を利用してヘートヴィヒを殺すのを、先回りして阻止することだ。
しかも相手は堂々と殺す気はなく、殺した後で連邦に責任を押しつけるつもりだ。
……端末を二秒ほど睨みつけた。
録画の中のヴィスランは一切止まらず、続けた。
「だから、皇女が到着する前に、できる限り禍根を鎮めてほしい」
出た、「できる限り」。
この言い回しは、上位者が逃げ道を残すための専用フレーズだ。うまくいけば彼らの計画が優秀だったことになり、うまくいかなければ「君の能力の限界だった」ことになる。
彼は半拍置いてから、もう一件付け加えた。
「それと――」
口角がごくわずかに上がった。
その動きを見た瞬間、次に何かきれいではない話が来るとわかった。
「銀河帝国が月面都市で新型戦艦を秘密裏に製造しているという情報がある」
「もし君が――」
彼はわざとそこで言葉を切った。
それから、殴りたくなるほど公務的な笑みを浮かべて続けた。
「『たまたま』見かけたら、ついでに情報を持ち帰ってほしい」
……その場で白眼を剥いた。
「たまたま」が何だ。
軍の連中は「たまたま」という言葉の厳密な定義を、一度きちんと再教育されるべきだ。彼らの口から出るこの言葉を翻訳すれば、すべて「必ず見てこい」になる。
まだ毒づき終わらないうちに、彼はすでに次の話へ移っていた。
「最後に」
口調に、ようやくあの軽く、不真面目で、大人が若者に向ける「以下は気遣いです」という偽善の笑みが混じった。
「交流会の最終日に、晩餐会がある」
「そのドレスは」彼はゆっくりと言った。「君のために特別に用意した」
心の中で、非常に実のある冷笑が一つ上がった。
録画の中のヴィスラン大佐は最後に、「君を困らせているとわかっていて、それでも続ける」といういつもの憎らしい笑みを浮かべた。
手を上げて、極めて形式的な敬礼をし、それから言った。
「――青春を楽しみたまえ」
「レオ・ヴィスラン大佐」
映像が終わった。
端末は感情のない待機画面に戻った。
椅子に座ったまま、その空白の画面を丸五秒、動かずに見つめた。
それから――
ゆっくりと。
ゆっくりと視線を、淡い光に照らされた青いVネックのイブニングドレスへ移した。
それはケースの中に横たわっていた。
動かない。
音もない。
自分では何も語らない。
でもそれは同時に――ドレスであり、任務であり、囮であり、罠だった。
私を美しく見せるためのものではない。
正しい時間に、正しい場所で、正しい人間の目に「見せる」ためのものだった。
そのドレスを長く見つめながら、口の端が二度ほど引きつった。
……青春を楽しめ、だと。くそくらえだ。
冷たく毒づきながら、心の中でこれからの数日間の覚悟を静かに固めていった。
なぜなら、一つのことがはっきりわかっていたからだ――
このケースを受け取ったときから。あの改札係がシステムの中に「保留軍籍」を見た瞬間から。録画の中でレオ・ヴィスラン大佐が「中尉」の二文字で私を呼んだその一秒から――
この修学旅行の先遣任務は、もはや完全に「先遣」ではなくなっていた。
これは――
最初から私を駒として組み込まれた、帝国をまたぐ陰謀への切り込み戦だった。
目を閉じ、深く息を吐いた。
---
黒いケースを引き寄せ、机の正中央に整えて置き直した。
映像はもう終わっている。ヴィスラン大佐の憎たらしい顔は端末から消え、画面は感情のない待機色だけになっていた。客室の白い照明は清潔なほど冷たく、空調は誰も不快にさせないよう標準化された低い唸りを立てていた。
すべてが静まった。
こういう静けさの中でこそ、物事の本当の姿がはっきり見えてくる。
目を閉じ、深く息を吸って、また開いた。
よし、点検を始めよう。
アクセサリーとして見るのでも、冗談として見るのでもない。今使うべき視点は、「星野さん」でも「学生会先遣の星野シモ」でもない。雪風の上に残され、まだ軍の側から完全に手続きを終えられていない星野シモ中尉が持つべき視点だ。
私はこの視点を使うのが好きではない。
でも今、これが一番役に立つ。
まず一番上の層から。
黒いポインテッドトゥのハイヒール。
取り出して、靴底を上にして机に置いた。
一見したところ――ごく普通の晩餐会用ハイヒールだ。フォルムは鋭く、表面の光沢は控えめで、ヒールの高さも誇張されていない。「品があるが主役ではない」という高さに収まっている。
片方をひっくり返した。
ヒールの根元に、非常に、非常に細い継ぎ目があった。
製造不良ではない。
摩耗でもない。
精密に設計された、一目では気づかれないよう意図された継ぎ目だった。
親指でヒールの根元を強く押した。
「カチッ」
極めて軽く、短く、不本意そうな機械音がした。
ヒールの中段がその継ぎ目に沿ってわずかに開き、中にきちんと収められているものを露わにした。
目を細めた。
小さなナイフだった。
刃は極めて薄く、長さはヒールの中に収まるちょうどの寸法。素材は金属ではなく、特殊処理された軍規の高硬度セラミックだ。客室の白い照明を冷たく反射し、刃面にはほとんど反射が見えない。その淡い、ほとんど存在しない反射こそが、「これは見せるためではなく、使うためのものだ」という最も典型的な証拠だった。
そしてさらに厄介なのは――
この種のセラミックは、スキャナーには通常引っかからない。金属探知機も役に立たない。
つまり――
これは、あらゆる儀礼的な場のセキュリティチェックをすり抜け、ドレスの裾の下で、おとなしく持ち主に付き従うために設計されている。
ナイフをゆっくりと元の位置へ押し戻した。
「カチッ」
ヒールがまた何事もなかったかのように閉じた。
この靴を見た――今の私にとって、これはもう靴ではない。礼装の小道具に偽装された、スカートの裾の下からいつでも発動できる短兵器だ。
靴をベッドの脇に置いた。
次は銀色のクラッチバッグ。
手に取り、目の前に持ってきた。
金属の留め具、極小のサイズ、「最低限必要なものしか入らない」というデザイン言語だ。内側のライニングは控えめな濃色のベロアで、触れるとわずかにクッション性がある――こういうライニングは通常、見た目のためではなく、中のものがぶつかっても音を立てないためのものだ。
開けてみた。
最初に目に入ったのは――
予備の電源カートリッジが二本。
サイズは標準。
ブランドの識別は何もない。
規格は、あのレーザーピストルが使うタイプのものだ。
取り出して、指先で縁を一周なぞった。
それぞれのカートリッジの側面に、極めて小さく目立たない凹みがあった――フル充電済みの印だ。
……予備が二本。
これは、任務の設計者が一度以上の使用を想定しているということだ。
あるいは――一度以上の行動を許可しているということだ。
二本のカートリッジを元の位置に戻した。
クラッチバッグのさらに奥を探る――
指先が冷たく、細く、ガラス質の何かに触れた。
取り出した。
透明な液体の入った細いアンプルだ。
管は極めて細く、明らかに医療グレードの専門的な容器だった。口には二重の封がされていて、そのうち一層は明らかに特定の注射器としか接続できないタイプだった。
光にかざして見た。
液体自体は澄んでいて、ほとんど水と見間違えるほどだった。
しかし、そこには小さな白い紙片が貼られていた。
その紙片を引き抜いた。
印刷ではない。
手書きだった。
字は詰まっていて、一筆一筆が効率的で、無駄な力が一つもない、そういう種類の手書きだ。
この筆跡は知っている。
シュタイナー。
ある博士の字を見て、初めて胃が沈む思いをした。
紙片にはこう書かれていた。
中身は毒薬。
注射可。飲料に混入しても可。
毒ガスにする場合は、B剤と混合すること。
その数行を長く見つめた。
字は短い。
非常に短い。
でも一文一文が、非常に具体的で明確な行動の選択肢だった。
注射。
飲料への混入。
毒ガスの生成。
これは「万が一のため」でも「必要なときに」でもない。使う可能性のある三つの状況を、あらかじめすべてリスト化してあるのだ。
シュタイナーという人間の最も恐ろしいところは、毒を持っていることではない。
冷静すぎて、それを箇条書きにして整理してくれることだ。
紙片を裏返した。
裏には一文字も書かれていなかった。
慰めもない。
挨拶もない。
「注意して使ってください」の一言すらない。
彼が私の不快感を知らないわけではない。
ただ、それを書く必要があるとは思っていないのだ。
紙片をクラッチバッグの内側に戻し、さらに奥を探った――
指先が、同じサイズ、同じ型番の細長いアンプルに触れた。
抜き出した。
色が違う。
青だった。
管の側面に、さっきよりさらに小さな紙片が貼られていて、そこには比率だけが書かれていた。
1 : 3
一秒で理解した。
A剤一に対して、B剤三。
混合すると――
軽く息を吐いた。
混合すると、シュタイナーの紙片に書かれていた最後の形になる。
毒ガスだ。
そして1対3という比率は、「とりあえず試してみた」という意味ではない。
実験室で何十回も調合し、どの比率が最も安定した効果を出すかを知り尽くした上での答えだ。
あの博士は、自分の最も得意な方法で、「殺す」という行為をレシピに書き換えたのだ。
青いB剤をクラッチバッグに戻した。
大声で悪態をつきたかったが、客室が静かすぎて、自分の声に自分で驚きそうだった。
だから心の中だけで罵った。
丁寧に。
内容豊かに。
目を上げて、ケースの中に静かに横たわる青いVネックのイブニングドレスを見た。
なぜこの色なのか、ようやくわかった。
私を美しく見せるためではない。
灯りの下で人目を引くためでもない。
――この青は、B剤の青がちょうど目立たなくなる色なのだ。
……くそ。
シュタイナーとヴィスランは本当に共謀している。ドレスと毒剤を同系色にしておけば、会場で液体が誤ってドレスにこぼれても、一目では気づかれない。
これは着飾ることではない。
セット装備だ。
そのドレスを、長く、長く見つめた。
照明の下で、わずかに反射している――その反射は柔らかく、落ち着いていて、世間と争う気などないような顔をしていた。でも今の私の目には、あのVネックの角度が、人を安全な場所から危険な場所へ連れて行くために設計された、極めて穏やかな誘導線にしか見えなかった。
最後に――
手を伸ばして、ケースの底からレーザーピストルを取り出した。
握った感触は、よく知っていた。
あまりにも、よく知っていた。
意図して思い出そうとしたわけではない。でも身体が覚えていた。
指の位置、親指が安全装置に当たる角度、掌とグリップが合わさる曲率――
これを学び直す必要は何もなかった。
静かに一通り確認した。
マガジン口――完全に閉鎖。
安全装置――オン。
インジケーター――緑色。
出力設定――中段、近距離向き。
すべて正常。
正常すぎて、不快だった。
正常だということは、この銃がいつでも使える状態にあるということだからだ。
予備ではない。
現役だ。
ピストルをケースの仕切りへ静かに戻した。
もう一度、証明書を取り出した。
一枚目を開いた。
名前は私の名前ではない。
写真は、私によく似ているが完全には私ではないよう修正されていた――顔立ちが一マス分だけずれ、髪色が変わり、眉の形も調整されている。スキャナーに同一人物だと信じさせるには十分で、知人が見れば本人かどうか一瞬躊躇するには十分な調整だった。
所属機関――
……見覚えがある。
あの「自身の存在を認めない」偽装システムの一つだ。
完全な捏造ではない。完全な合法でもない。システム自体は確かに一部の人間に向けてこの手の書類を発行するが、システム自身は発行したことを認めたがらない――そういう類いの文書だった。
言い換えれば、これらの証明書は検査を通る。
しかし、いつか正式な場で追及されたとき、発行機関は「そのような記録はない」と答えるだろう。
一枚一枚めくり終え、ケースに戻した。
点検終了。
背筋を伸ばし、背もたれに寄りかかり、後頭部を軽く椅子に預けた。
呼吸が再び規則正しくなった。
指も震えていない。
――当然だ。
私の手は、この種のものではもう震えなくなってから、ずいぶん経つ。
ただ、それを認めたくないだけだ。
---
そのとき――
「ピン――」
客室の机の上で、通信端末が光った。
短く、一度だけ、澄んだ音で。
最初は幻聴かと思った。
でも画面の縁が確かに、柔らかな白い光を帯び始めていた。
無意識に目を向けた。
――校内端からの通信だった。
差出人の欄に、一度に三つの略称が表示された。
タイムスタンプは違うが、すべて同じ一時間の中に集中していた。
【真紀】 ―― 一件
【アカリ】 ―― 一件
【ジェス】 ―― 三件
まず深く息を吸った。
それから一つずつ開いた。
真紀。
真紀のメッセージは相変わらず短かった。
余計な挨拶すらない。
非常に平坦な、行政確認のような一文だけだった。
「乗船のシステム記録は確認した。客室は問題ない?」
……見て、彼女は私への問いかけにさえ、まず「乗船記録を確認した」という報告から入る。こういう人間は、感情の面で本当に救いようがない。でも読み終えた後、自分でも思っていたより柔らかい呼気が出た。
まだ返信せずに、次を開いた――
アカリ。
一文だけ。
真紀よりさらに短い。
「シモ。一位は私のもの」
……あなたは私が乗っているかどうか確認する気が、まったくないの?
罵りたい衝動をこらえながら、最後は心の中で正直に笑った。アカリのこの一言は、彼女が引き金を引くときと同じだ。余計な字はなく、感情の起伏もない。でも、揺れがないからこそ、「あなたのことを気にかけている」という台詞として翻訳されたとき、余計に重くなる。
次を開いた――
ジェス。
三件が一度に表示された。内容は実にジェスらしかった。
「本当に船に乗った?」
「それとも窓から飛び降りた?」
「飛び降りたなら絶対写真を撮って」
……。
ジェスのこういう騒ぎ方が、この無機質な客室の中で、なぜか少し癒しになっている自分に気づいた。
ただし癒しの方向性は非常に奇妙だった。断崖の縁に立っているとき、突然誰かに背中をぽんと叩かれて、さっきまで考えていた深刻なことを一瞬だけ忘れさせられる、そういう感覚に近かった。
指を上げ、一件ずつ返信するつもりだった。
真紀には、「客室は問題ない。ただ内装が想像以上に公務的」と返そうと思った。
アカリには、「本当に一位を取ること」と返したかった。
ジェスには、「その安全確認の方法、保険の査定には使えない」と打とうと思った。
指先が画面の上に浮いたまま止まった。
次の瞬間――
客室の照明が変わった。
消えたのではない。
色が変わった。
真っ白だった光が、非常に均一に、極めて淡く冷たい水色に置き換えられた。
空調の低い唸りが一段下がり、それから別の、より深く、より遠い振動音に取って代わられた。
ベッドも、机も、壁も、私が座っている椅子まで、極めて微細で規則的な震えを帯びた――揺れではない。空間そのものが何らかの力によって再配列されているような震えだった。
同じ一秒。
通信端末の画面――
「信号途絶」
冷たい四文字が表示され、さっきまで開いていたメッセージウィンドウに取って代わった。
もう一秒後、その四文字すら消えた。
画面は静かな、ほとんど冷淡な濃いグレーに戻った。
その濃いグレーの画面を、長い間見つめた。
客室の震えが安定するまで。淡い水色の照明が元の白に戻るまで。船体の唸りが、より滑らかで、より遠いリズムに調整されるまで。
超光速航行が始まった。
それは、後戻りのできない道だ。
超光速航段に入れば、この船はもう校内端からの近距離通信を一切受信しない。
真紀の、あの短い問いかけ。
アカリの、冷静すぎて胸が痛くなる宣言。
ジェスの、三件のめちゃくちゃな悪ふざけ。
それらは、たった今届いたばかりだったのに。
超光速航行によって、無情に切断された。
空の画面を見つめた。
指先はまだ宙に浮いたまま、一文字も打ち込めていなかった。
ゆっくりと手を下ろした。
太腿の上に置いた。
身体を後ろに倒して、感情を一切排除して規格化されたベッドの上に横たわった。
ベッドは少し硬かった。
シーツは少し冷たかった。
天井の白い照明は清潔なほど冷たかった。
客室の中には、船体の低い唸りのほかは、何の音もしなかった。
天井を長い間見つめた。
やがて、はっきりと感じ始めた――
孤独感と寂しさが、胸の奥から一緒に浮かび上がってくるのを。
劇的な、誰かに見捨てられたような辛さではない。
世界はとても広いのに、いま自分が触れられる、話しかけられる、たわいない一言を聞いてくれる人間が、誰一人同じ時空にいない――そういう荒涼感だった。
真紀の通信が途絶えた。
アカリの通信が途絶えた。
ジェスの通信が途絶えた。
Dはそもそもメッセージすら送ってこなかった。おそらく今も、模擬ロボットを床に叩き斬っているところなのだろう。
そして私は一人で、誰の記憶も残さない規格化された客室の中に横たわり、
自分の普段通りの服を着ているのに、
隣のケースには、別の誰かのための一揃いのドレス、ウィッグ、毒薬、銃、そして偽造された身分が詰まっていた。
今から、船が月面都市に着くまで――
私以外に、この件を最後まで走り切れる人間はいない。
目を閉じた。
こういう瞬間には、自分は泣くだろうと、ずっと思っていた。
以前の私なら、そうだった。
雪風のときの私なら、そうだった。
あの孤独感は、今のこれによく似ているからだ。
違うけれど、よく似ている。
あの頃、私はまだ小さかった。
あの頃はまだ、泣ける相手がいた。
あの頃はまだ、「中尉」という軍階を持っていなかった。
……いや。
もっと正確に言えば――
あの頃の私は、一人の客室の中で、涙と仕事を分けて置く方法を、まだ知らなかった。
今の私は、もう知っている。
目を開けた。
天井は同じ天井だった。
照明は同じ、冷静な白だった。
船体は同じ、遠く低い唸りだった。
そして私は――
今回は、泣かなかった。
笑いもしなかった。
ため息もつかなかった。
自分に一言の励ましもかけなかった。
ただ静かに横たわり、孤独と寂しさが胸の中からゆっくりと、ゆっくりと這い上がってきて、また自分の手で、ゆっくりと、ゆっくりと押し戻されていくのを感じていた。
それらは消えなかった。
消える必要もなかった。
ただ、それらに自分の代わりに決断をさせないようにしているだけだ。
かなり長い時間が経ってから、ようやく手を持ち上げ、自分の目の上に乗せた。
目の下は濡れていなかった。
ただ、暗かった。
今回は、本当に泣かなかった。
そして、この、自分の手のひらで遮られた暗闇の中で、私は初めて、はっきりと、正直に自分にこう言った。
――この旅は、私一人で走ればいい。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




