194.乱闘 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
その後の数日間、私と真紀はかなり大人しくしていた。
急に私たちが成熟したからではない。年越しが過ぎたからといって、二人が自覚的に互いを脳内からデリートし、純潔無垢で、公明正大で、明鏡止水の学生会正副会長へと回帰する決意を固めたわけでもない。もしそんな怪奇現象が起きたなら、連邦標準チャンネルが新年の祝辞に同期させて、何らか的精神矯正波をこっそりストリーミングしたのではないかとシステムを疑うところだ。
実際には、年休みが終焉を迎えた途端、学校全体が息を吹き返し、しかもそれが非常に理不尽なまでの超高圧で駆動し始めたからだ。
生徒が帰還し、時間割のパラメーターが変動し、部活動がセクターの占有権を巡って衝突し、教師側が定員を点検し、風紀がシフトを再構築する。そして学生会は、毎回大規模な災害復旧のように、一見バラバラに見えて実は一斉に誘爆する案件の群れを、再び運営の軌道へと押し戻さなければならない。
おまけに代表戦の予選が幕を開けると、キャンパスの空気は「新年の弛緩モード」から「半拍でも遅延を来せばプロトコルに圧殺されるモード」へ強制的に切り替わる。
だから、私と真紀が大人しくしていたのは、そう望んだからではない。
単に、暇がなかったからだ。
学校の版図に戻れば、当直室の休憩室のような緩慢なリズムでは駆動できない。
鉑橋街二十二番地であれば、防壁としての壁とドアがバックアップになったかもしれない。しかし校舎に侵入し、学生会室に足を踏み入れ、掲示板の前に直立すれば、四方八方から視線のレーザーがこちらをスキャンしてくる。すべての受容器が本当にこちらを監視しているわけではないが、普段の設定値とわずかでも異なる挙動を見せれば、必ず誰かがそのバグの匂いを嗅ぎつける。
そしてこの世には、暇を持て余し、嗅覚のスペックだけが異常に尖っているハッカー気質の人間が決して不足しない。
たとえば、ジェス。
……まあ、あれは別カテゴリの精神災害だから、今はデータベースの隅にパージしておく。
とにかく、あっという間に年休みはクローズした。
新年最初の大規模実務は、代表戦予選の対戦表を貼り出すことだった。
総力戦のような、聴いただけで人命、予算、責任の所在、上層部による虚偽の激励ドクトリンが複雑にインターフェースしてきそうな大物は別として、個人種目でエントリーできるのは四つ――徒手格闘、白兵武器格闘、射撃、長距離障害耐久走。
各トーナメントから五名の執行官が選出される。
先鋒、次鋒、中堅、副将、大将。
伝統的な武闘派の古典のような響きだが、実際の運営は、名誉という包装紙を被った複雑な行政事故に酷く近似している。定員が限定されており、種目も異なり、実力評価も単に「誰の戦闘スペックが高いか」だけでは演算できない。本番における精神の安定性、チームのシナジー、指導教官の個人的嗜好、生徒間の連携、さらには――誰も公式には認めたがらないが――その背後にいかなる「血統」が鎮座しているかも観測しなければならない。
こういう局面において、制度というオブジェクトは特別に公正であるかのようにディスプレイされる。
そして「公正」という記号は、大抵の場合、見栄えだけは最高にエレガントだ。
印刷した対戦表を掲示板のセクターへ固定したとき、廊下にはすでに何重もの人だかりが形成されていた。
紙面が留められた瞬間、辛うじて沈静を保っていた空間が、棒で突つかれたように爆発した。前方へ割り込む者、背伸びをする者、名簿の前で一秒だけ鉄面を歪め、次の刹那には知っている識別名をサーチし始める者。いくつかの名前を視認して「フン、やはりな」と納得のログを書き込む者。
こういう顔色のパラメーターは、とっくに見飽きている。
名簿がリリースされると、必ず三種類の人種が同時に顕現するからだ。
第一種は、自分は安全圏だと確信している人間。
第二種は、自分は嵌められたと被害のログを出力している人間。
第三種は、まだ試合の火蓋すら切られていないのに、他者の勝敗の確率を分析し始める人間。
この三つの属性は、単独で存在している分には脅威ではない。しかし、彼らを同一の閉鎖空間(廊下)に充填すると、全体の雰囲気は上品な闘技場のそれへとシフトし始める。
最後の紙面を貼り終え、半歩後方へと退避して全体のフォーメーションを確認した。
うん。視認性は良好、公平性も十分、これから三日間、学生会のポストを「ちょっとお聞きしたいのですが」や「小さな提案があるのですが」という、礼儀正しいマナーの皮を被った厄介事で埋め尽くすには完璧なトラップだ。
よし。
これでこそ、学校という監獄に帰還したという実感が湧いてくる。
次にデジタル版の対戦表を校内ネットワークへアップロードし、フォーマットの瓦解がないか、名簿の順序が正確か、各種目のルール説明のタブが正常に展開するかを点検した。すべてのプロトコルを完了させてから情報端末をストレージに収め、学生会室へと向かった。
部屋へと帰還すると、そこは典型的な「実務開始」の光景だった。
書類のデータは増大していたが、音波のボリュームは極小だ。全員が並行して作業を遂行しているため、空気の張力はかえって臨界点まで張り詰めている。
真紀は本来の席に着座し、デスクには二つの名簿と半開きの端末のホログラムが展開されていた。資料を照合するその鉄面は淡泊であり、完全にパブリックモードの「九島真紀」のシステムに回帰している。冷静で、手際が良く、数日前に当直室の裏の暗黒で照明を強制遮断して人を引きずり込んだ生命体と同一の種族だとは、到底信じ難い。
窓側のセクターにはヘートヴィヒが着座し、接待の動線表にメモを書き込んでいた。筆の進捗は速くはないが、極めて安定的だ。いかなるブラックボックスな資料を渡されても、まずその構造を因数分解し、どうすればこの世界が少しでも非効率でなくなるかを演算しているようだった。
時折、本気で疑念を抱く。この殿下は居候に来たのではなく、私たちの運営システムのどれだけが「文明的欠陥」の告発レポートに記載されるレベルかを査定しに来たのではないかと。
デスクへと接近し、掌握していた端末を真紀の前に配置した。
「会長、貼り付けプロトコル、完了しました」
真紀が顔線を跳ね上げた。
「ええ、苦労様」
その応答は正常であり、これ以上ないほどに初期値のト園だった。しかし、彼女はそう口にしながら、一つの名簿データを抽出して私へと転送してきた。そのシーケンスは、私が帰還するのをずっと待機していたかのように滑らかだった。
「これ、明日、政府と軍から出席する臨席者の一覧」
受領し、ページを開放した。
三秒の観測の後、私はこのトップ連中は致命的にリソース(暇)を持て余しているのではないかとシステムを疑い始めた。
……レオ・ヴィスラン大佐。
……ハインリヒ・フォン・シュタイナー博士。
その二つの名前を二秒間凝視し、裏面のデータを再確認して、誰かが学生会の公式文書に高度な政治的ジョークをハッキングしたのではないかとシミュレーションした。
「この二人、実は凄まじく暇なんですか?」
顔線を跳ね上げて尋ねた。真紀は瞬き一つしなかった。
「暇なのではないわ。それだけ本件を『重視』しているのよ」
「その重視というドクトリン、聴いていて背筋の装甲が凍りつくんだが」
「あなたの生体センサー(直感)が、珍しく正常に駆動している証明ね」
舌打ちのノイズを排し、ページをめくった。
名簿の内部にはさらに、政府の教育セクターの官僚、軍の評価担当官、大会オブザーバー席の一覧、そして肩書きを視認しただけで脳頭がバグを起こしそうな随行員の説明が連続していた。観測を深化させればさせるほど、これが一介の校内予選だとは演算できなくなる。本来であれば熱血と青春の学生競技であるはずのオブジェクトを、無理やり半公開版の政治的検閲会へとブーストしているのだ。
「で……学生会のメイン任務は?」
顔線を跳ね上げ、わざとらしく真紀の瞳を射抜いた。真紀の音声のトーンは安定的だった。
「――顔役」
吹き出しそうになった。直接的すぎるし、正直すぎる。
「あなたと私、そしてヘートヴィヒ殿下で、当日来賓のフロント接待を担当するわ」
真紀は言った。
一秒間の完全フリーズの後、ヘートヴィヒへと視線のレーザーを向けた。ヘートヴィヒもちょうどペンの駆動を停止させ、顔線を跳ね上げた。
銀河連邦の軍や政府の高官の接待を、帝国の皇女に代行させる――この構造は高級なまでに荒唐無稽であり、まるで高エネルギーの爆薬を繊細な磁器の箱に充填して「皆様、どうかこの工芸品の美をお楽しみください」とアナウンスしているようなものだ。
さらに不条理なのは、このフォーメーションが戦術的に極めて理にかなっていることだ。
ヘートヴィヒがその座標に直立するだけで、彼女自身が絶対的な顔役として機能する。それどころか、会場全体の品格のパラメーターを無意識のうちに半段階ブーストさせるような、最上級のフロント防禦壁だ。
「私のおじい様も臨席なさるわ」
真紀が付け足した。
名簿へと視線を落とすと、確かにその識別名が刻まれていた。
九島真紀の祖父。
つまり、前回の雪風の事件において、脳死状態の官僚どもをその場で背景の装飾品へと変換してみせた、あの圧倒的に格好良い年長者だ。
正直、彼に対する敬意の半分はその年齢と生体オーラに対するものだが、もう半分は純粋に――あのレベルの無能どもをあそこまで見事にデバッグした手腕は、全連邦の若者が起立して拍手を送る(スタンディングオベーション)に値する。
「挨拶に赴くのを忘却しないようにね」
真紀が淡々とコードを追加した。
公式の場における最低限の礼節を忘れるな、という通常の注意喚起に聴こえる。しかし、私自身の後ろめたさ(罪状ログ)のせいか、その言語にはもう一つの裏の定義が含まれている気がしてならなかった。――「せいぜい、公人のフリを取り繕いなさいよ」と。
もし今この座標にジェスが潜伏していたなら、間違いなくあの腹立たしい「わおー」という長音のノイズを発し、世界で一番信用できない双眸で私と真紀を交互にスキャンしただろう。さっきの言語が単なる社交のプロトコルではなく、当事者の回線にしか受信できない低圧のアラートだと見抜いて。
残念ながら、そして幸いなことに、ジェスは現在このセクターに不在だった。
ヘートヴィヒはペンをデスクへ配置し、会場の卓花の座標を変更するか点検するような、極めて平穏なトーンで音声を出力した。
「その際、私からあなたのおじい様へ、直接ご挨拶を執行してもよろしいですか?」
「ええ」真紀は言った。
躊躇のアラignment(乱れ)すら存在しなかった。
隣でそのシーケンスを観察していて、ふと笑みが漏れそうになった。この光景は本当に奇妙だ――学生会室という密室において、学生会長、副会長、そして帝국의皇女が、完全に正常な業務会議のインターフェースで、明日どうやって連邦の軍・政高官と十家族の長老を接待するかを論理的に演算している。
このログを録画して半年前の私のプロセッサに転送したなら、きっとこうクエリ(質問)を投げるだろう。
「お前らの通う学校、もうすぐ内部から熱量崩壊でも起こすのか?」と。
その刹那、私の情報端末がパルスを発した。
メッセージの受信ではなく、ダイレクトな通信着信だ。
その通知アラートが鳴り響いた瞬間、ほとんど無意識の初期反応として眉を顰めていた。こういうクリティカルなタイミングで回線を開いてくる人間は、大抵の場合「仕事、頑張ってね」などという生ぬるい激励を送信しに来るわけではないからだ。
画面のインジケーターを視認した。
――二階堂。
……ああ。
ならば、なおさら良好なデータであるわけがない。
回線を開放した。もう少し文明的な言語で通信を開始しようと試みるより早く、向こうの出力ポートから言葉のガトリング砲が乱射されてきた。二言三言を受容した段階で、私の眉間の皺の深度は一気に限界を突破し、最終的には耐えきれず、その座標で舌打ちを叩き込んでいた。
「一体何をやらかしているんだ、二階堂!?」
部屋の空間が、一瞬で完全なデッドサイレンスに支配された。
真紀が顔線を跳ね上げた。
ヘートヴィヒもペンの駆動を停止させた。
端末の向こうの音声ログを受信しながら、私の鉄面は「また新年早々、いかなる大規模災害がハッキングしてきたんだ」という最悪の方向へと滑落していった。
「何だと!?」
情報端末を強固にグリップし、声のボリュームが半音ほど跳ね上がる。
「――乱闘だと!?」
これで、この個室の内部に位置するすべての受容器が、私というオブジェクトへと完全にロックされた。
通話中のインジケーターを凝視しながら、私は代表戦の予選という公式プログラムは未だ正式に駆動すらしていないというのに、超大型の「面倒事」だけがフライングで前線へと登板してきた事実を、冷徹に理解らされた。
よし。
新年も、やはりこの世界は相変わらず馴染み深い「最悪のテイスト」が充填されている。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




