191.カウントダウン 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
当直室のドアが閉ざされると、外の、耳の端を削ぎ落とすかのような悍ましい木枯らしがようやく遮断された。
暖房機器の熱い匂い、古い木製机、コピー用紙、保温ボトルに残った茶の芳香。それから当直室特有の、「大した物品は何もないというのに、人間を小さな独房で服役させているかのような」特有の空気感が、一挙に押し寄せてきた。
何度足を運んだか分からない空間だ。とっくに身体に馴染んでいるはずなのに、今夜は校門でのあの不祥事が不味かったのか、いつもならあくびしか出ないこの部屋が、どうにも少し息苦しかった。
室温が高いからではない。
九島真紀も、この密室に足を踏み入れたからだ。
しかも現在、彼女は私から三歩以内の至近距離に佇んでおり、耳の付け根には未だに引かない鮮烈な赤みを残しているというのに、その表情は既に「本職は現在生徒会長です、私的なアクシデントは各自で整理番号を取得して並んでください」という鉄面のシミュレーションを開始していた。
見事だ。
本当に、見事と言うほかない。
完璧に統制されすぎているからこそ、無性に破壊衝動を刺激される。
懐中電灯を机へと配置する際、わざと少しだけ大きな音を立ててやった。真紀はそれを黙殺するように、当直帳、鍵束、トランシーバーを一つずつ机の上へ整然と並べ始めた。
どれもこれも、落とされる位置が正確無比だった。右上に当直記録帳、左側に懐中電灯、中央に鍵、トランシーバーは利き手側、保温ボトルは書類を転倒させず、それでいて手を伸ばせば刹那で掌握できる位置。
真紀という人間を観察していると、時折、高級な文房具を連想させられる。
冷徹で、真っ直ぐで、清潔で、輪郭が鋭利だ。一度でもその均衡を傾ければ、他ならぬ本人の方が先に耐えきれなくなって自壊する。
「カーテンを引いてちょうだい」
真紀が言った。
上着を脱ぎ捨て、適当な生返事を返しながら窓辺へと歩を進める。
当直室の窓は校門と前庭に面しており、ガラスの表面には既に細微な雪の結晶が堆積し始めていた。外部の街灯が落下する雪粒を透過し、磨り潰したガラスの粉末を夜の闇へとゆっくりと散布しているかのようだった。
時間と座標が違えば、これも一種の浪漫と呼称できたかもしれない。しかし現在は学校の当直室であり、しかも背後には私に口づけを許したばかりの生徒会長が控えている。浪漫などという単語は、この空間においては医療用アルコールにコーヒーフレッシュを混入させるくらい場違い極まりない。
カーテンを引き、振り返ると、真紀は当直記録を繰っていた。
その指先は異様なほど急速だった。紙の擦れる残響によって、校門での一幕をすべて書類の底へと圧殺しようと試みているかのようだった。本日の引き継ぎページで筆先が停止し、インクが走り始める。筆跡はやはり整然としており、運筆には一切の迷いがなく、瓦解の破片すら見当たらない。
ただ、耳の裏だけが、未だにわずかに色づいていた。
その微小な一点が、酷く致命的に効いた。
「そんなに凝視していると、今日の当直記録に一行追加することになるわよ」
真紀は顔を上げずに釘を刺してきた。
眉を吊り上げる。
「何を書くんだ?」
「副会長が当直開始前、不明の意図を以て会長を継続的に妨害し、年末引き継ぎ秩序を著しく乱した、とね」
「わあ」
椅子を引いて腰掛けながら、私は笑いを堪えきれなかった。
「案外、狼狽していたんじゃないか」
真紀がそこで、初めて顔を上げた。
その一瞥は極めて短かったが、標準仕様の九島式殺傷力を完全に充填していた。刀の峰を思わせる双眸だ。両断するとは限らないが、打撃を喰らえば確実に痛みを伴う。
「慌ててなどいないわ」
「そうか」
首を縦に振り、わざと音を引き延ばしてやった。
「じゃあその耳の裏が真っ赤なのは、暖房機器が過剰に奮闘しているからか?」
「星野シモ」
「はい」
「三分間、沈黙して」
「それは不可能な要求だ。私は現在進行形で生存している」
「今のあなたは、歩く災害源に等しいわ」
吹き出しそうになった。
良かった、これこそが私の認知している九島真紀だ。表面のパラメーターは正常値へと回帰し、弁舌もその精度を取り戻した。ただ耳の温度だけが追いついていない。その全体の構図は、非常に保存価値が高かった。
真紀は私に耳の話題を継続させる意思はないらしく、さっさと巡回ルート表を私の眼前へと押し出してきた。
「一度目を通して。今夜はまず校門、東側連絡廊下、一階教室棟の外扉、中央階段を確認して、それから帰還して零時前の記録を行うわよ」
二行目と三行目を視線で追い、わざと生真面目なトーンを装った。
「了解した、会長殿」
真紀の眉の端が、わずかに微振動を起こした。
「やめて」
「真剣そのものだ」
「あなたの言う『真剣』は、大抵の場合、事態をより悪化させるトリガーだわ」
「私に対する偏見が酷すぎないか」
「偏見ではないわ」
真紀は淡々と切り返した。
「観察の積み重ねによる帰結よ」
反論を試みようとしたが、真紀は既にトランシーバーを掌握しており、手慣れた挙動で周波数を確認し、懐中電灯のバッテリー残量を点検し、鍵束のタグを整理し直していた。
この一連の公務を遂行している際の表情は淡泊で、呼吸のサイクルも安定しており、ほぼ完全に「公人」としてのシステムに回帰していた。――ほぼ、だが。
なぜなら、私がペンを掌握しようとして指先が机の端の彼女の手の甲に微かに接触した刹那、真紀の挙動が半拍だけフリーズしたからだ。
その、半拍。
これ以上ないほどに微小で、これ以上ないほどに短い停滞。通常の人間であれば視認することすら不可能な揺らぎ。だが、接触したのは他ならぬ私だった。
ペンを指先で半回転させ、可能な限り平穏を装った声線で囁いた。
「会長、反応が少しばかり過剰だ」
真紀は即座に手を引っ込めはしなかった。滑らかな軌道で、ゆっくりと入力を戻す。先ほどの半拍のフリーズなど、最初から存在しなかったかのように。
「あなたの手が冷たかったからよ」
「その欺瞞、防御力として脆弱すぎると自覚しているか?」
「実用性としては十分よ」
「強情だな」
「その単語、今日二度目だわ」
「汎用性が高いからだ」
「じゃあ今日は一度、沈黙という選択肢を考慮してみては?」
彼女の顔を見つめ、少しだけ口元を歪めた。
「それは無理な相談だ。今日は大晦日だからな。願い事の成就には誠意が必要であり、叶うはずのない絶望を願うべきではない」
真紀は数分前に外部で自身が吐いた台詞を脳内再生したらしく、その鎮静の装甲に一瞬で亀裂が走った。それから素早く当直表をクローズし、軽くない物理音を一つ響かせた。
「シモ」
「うん?」
「今夜これ以上わざと境界線を踏み越えるなら、来年最初の反省文の提出者にあなたの名前を刻むわよ」
「理由の欄には『会長に対して過度に誠実であったため』と?」
「理由の欄:時と場所を弁えず、誠実さを乱用したため」
本当に、笑いが漏れた。
暖房によって蒸せ返っていた当直室の空気に、小さな亀裂が走ったような錯覚を覚えた。完全に緊張が瓦解したわけではない。ただ校門でのあの、接触すれば何かが爆発しかねない臨界状態から、会話を交わしながら公務を遂行できる、だが双方ともに未だ完全には冷却されていない、という「危険水域」まで、わずかに後退しただけだ。
ヘートヴィヒが持たせてくれた保温ボトルを解放し、半分だけカップに注ぎ入れた。湯気が立ち上り、机の表面と真紀の顔面の間にうっすらとした光学迷彩のような霞を形成した。
真紀も自身の保温ボトルを解放しようとして、一瞬だけその指先が停止した。この二本のボトルが当直室の備品などではなく、鉑橋街二十二番地という生活の拠点から持参したものである事実に、今更ながら直面したかのような停滞だった。
その光景を観察していると、どうにも可笑しさが込み上げてくる。
「何がおかしいの?」
真紀が問うてきた。
「別に」
カップを両手で包み込み、椅子の背もたれに体重を預けた。
「少しばかり、妙な感覚だなと思ってな」
「何が?」
「二人で夜勤に来ているというのに、家から持ってきた茶をすすりながら、何事もなかったかのように座っている」
真紀は即座には返答を返さなかった。
当直室は狭隘で、暖房機器は低くハミングを継続し、トランシーバーが時折インジケーターを明滅させた。真紀は視線を落とし、カップの縁から立ち上る湯気を凝視し、数秒の沈黙の後に、静かに言葉を落とした。
「何事もなかったわけではないわ」
少しの間、思考が停止した。
ああ。
この一言は、極上だ。
カップを机へと配置し、爆笑を噛み殺しながら、すぐには追撃せずに「ほう?」とだけ残響を返した。
真紀は即座に言い過ぎたと判断したらしく、顔を跳ね上げて私を凝視し、その声線を硬質化させた。
「今日の出来事が多すぎた、と言いたかっただけよ。朝の件、ヘートヴィヒのこと、部屋の再配置、当直表の調整……変な拡大解釈は厳禁よ」
「私は未だ何も発言していない」
「あなたの表情が、既にすべてを語り終えていたわ」
「それは私の性質を熟知しているという証明じゃないか」
「賞賛に値することではないわ」
「私にとっては喜ばしい事実だがな」
真紀がカップを掌握する指先を、わずかに締め上げた。
微小な細部だ。正式な当直報告書には絶対に記載されないレベルのイレギュラー。だが、公式の書類よりも遥かに興味深い。彼女の沈黙は二秒間持続し、それから何かを決断したかのように、カップを机へ置き去りにして立ち上がった。壁面へと歩を進め、掲示されていた校内図をピンから外す。
「来て」
彼女は言った。
瞬きを一つ。
口調は完全に公務のそれだった。清潔で迷いがなく、曖昧さの破片すら見当たらない。しかし問題は、今夜の私たちには「曖昧さの破片すら存在しない」という建前を信用する資格が、もう残されていないということだ。
それでも腰を上げ、彼女の隣へと移動した。
壁際は狭隘で、校内図はコルクボードに画鋲で固定されており、その横には先週の遺失物リストと、どこかの後輩が歪な筆跡で記載した巡回注意事項が貼付されていた。真紀は手を挙げて東側廊下を指し示し、そこから一階教室棟の外扉へ向かって指先を滑らせていった。
「第一回目の巡回はこのルートで」
彼女は言った。
「前庭には雪が堆積し始めているわ。足場が滑るから、外周を大きく大回りしないこと」
「了解だ」
「中央階段の方は前回、蛍光管の接触不良が確認されたわ。光量に異常を感知したら懐中電灯を使用し、壁伝いには歩かないで」
真紀が言葉を紡いでいる間、私の視線は少しずつ制御を逸脱し、その横顔の輪郭へと吸い寄せられていった。
九島真紀が公務に関する説明を行う際、その声線は非常に心地よい。作為的にトーンを落としているわけでも、大人びた演技を施しているわけでもない。ただ、絶対的に安定しているのだ。その安定が危険なのは、無性にそれを掻き乱したくなるからだ。特に、数分前まで顔面を真っ赤に染め上げていた当事者が、今こうして生徒会長の仮面を奪還しているのを目撃していると、そのギャップが……何というか、犯罪的衝動を誘発する。
少しばかり凝視しすぎたらしい。真紀の音声が途絶えた。
「シモ」
「聴いている」
「なら、現在の巡回順序を復唱して」
「前庭は大回りしない、中央階段は照明に不具合があるから壁の死角に頼るな」
少しの間を置き、最後の一句を付け足してやった。
「それと、会長が必死に何事もなかったフリを取り繕っている」
真紀がようやく、こちらへと視線を巡らせた。
「最後のは当直内容に含まれていないわ」
「だが、厳然たる事実だ」
「あなたって人は、本当に――」
その台詞は、完結しなかった。
私が先ほどよりも、わずかに距離を詰めていたからだ。
作為的に壁へと追い詰めたわけでも、壁ドンなどという大げさな演出を敢行したわけでもない。当直室は元より狭隘であり、壁際はさらに狭く、二人で一枚の作戦図を凝視する際、物理的な距離は自然現象として縮小する。しかし問題は、ある一定の境界線まで距離が縮まると、物理的な言い訳などもう何の意味もなさなくなる、ということだ。
彼女の呼吸が、一瞬だけ停止した。
視認できた。
浅く、短い、肺胞の凍結。
それから、上着に残留していた冷気と洗剤の混じった芳香が嗅覚を刺激した。入室した瞬間とは異なる。暖房によってほんの少しだけ柔らかく融解した輪郭があった。真紀は真っ直ぐに直立しており、手先は未だに地図の角を押さえつけていた。退避しなければ、この状況はまだ正当な公務の範囲内に収束する、とでも自己暗示をかけているかのように。
私はその抵抗が、愉快で仕方がなかった。
「なぜ退かないんだ?」
声を極限まで落として尋ねた。
「退いてなどいないわ」
「じゃあなぜ、呼吸が停止した?」
「近すぎるからよ」
「だが、回避しなかった」
真紀の睫毛が、微かに戦慄いた。
あ、まずいな。
ここでもう半歩でも踏み込めば、今夜の当直記録は本当に書き直しを余儀なくされる。
しかしその刹那、トランシーバーが「ザザッ」と耳障りなノイズを撒き散らし、眩いグリーンのインジケーターを点灯させた。これ以上の不埒は見ていられないとでも言いたげに、私たちを危うい奈落の縁から現実の座標へと強制送還した。
一瞬の硬直の後、私は爆笑した。
真紀は両目を閉じた。トランシーバーを窓の外の豪雪へと投棄したい衝動を、全神経で抑え込んでいるように見受けられた。
……これはもう、天の意思によって名指しで制止されたとしか表現しようがない。
真紀は即座に手を引っ込めて机の座標へと帰還し、トランシーバーを掌握して電波状況を点検した。挙動はやはり安定的だったが、その背中のラインが普段よりもわずかに硬化していた。激怒ではなく、「自分はあと一歩で職業倫理を喪失する寸前であったため、今すぐシステムを再起動する必要がある」という自己修復のプロセスに見えた。
その後を追い、椅子を引いて腰掛け、頬杖をついてその様子を観察する。
「会長」
「黙って」
「さっき、もう少しで――」
「星野シモ」
今度は姓名を同時に指名された。声量は大きくなかったが、細い鋼針のように正確だった。トランシーバーをホルダーへと帰還させてから、真紀が顔を上げた。
その双眸は、既に沈静を取り戻していた。
ただ、無理やり落ち着かせたというだけで、初期設定のパブリックモードに完全復帰したわけではない。
「今夜はまず当直」
真紀は一語一語を厳格に紡いだ。
「残りは、交代時間を迎えてからよ」
その台詞を鼓膜に受容した瞬間、胸の奥のあたりを何かに軽く突かれたような衝撃を覚えた。
拒絶されたからではない。
「残り」が存在するという事実を、彼女が否定しなかったからだ。
この人間の恐るべき性質はここにある。対話を一言で完全クローズできる形に絶対に整形しない。常に半分だけを未解決のまま吊るしておくのだ。釣り針のように、雪の夜に閉まりきっていない窓の隙間のように。風の風速は小さくとも、冷気は永続的に滲み続ける。
笑みを漏らし、ようやく少しだけ彼女を解放してやることにした。
「分かった」
真紀は息を吐き出したような、あるいは押し留めたような複雑な表情で、時計を確認した。
「あと十一分よ」
彼女は言った。
「第一回目の巡回までか?」
「当直室を離脱するまでよ」
真紀の視線の軌道を追い、壁面の時計を仰ぎ見る。秒針は規則正しくビートを刻んでいた。この閉鎖空間において、私情を一切排した唯一のオブジェクトのようだった。暖房機器は相変わらずハミングを奏でており、窓の外の雪は少しずつ密度を増し、ガラス窓に薄い霧の膜を張らせていた。最後の茶を飲み干し、立ち上がり、懐中電灯を腰のウェビングへと固定する。
真紀も上着の最上部のボタンを固定し、マフラーの形状を整え直した。この儀式を遂行している最中はもう完全に当直のモードに切り替わっていたが、気のせいか、襟元に触れる指先の挙動が、いつもよりわずかに遅滞しているように見えた。
数分前に口づけを落としたのは頬であり、襟ではない。
だが、私の知覚が歪んでいるだけかもしれない。
「何を見つめているの?」
真紀が問う。
「別に」
正直な嘘を吐いてやった。
「今夜のあなたは、かなり過酷そうだなと思ってな」
「あなたがおとなしく職務に専念していれば、過酷になどならないわ」
「だが、私が大人しく引き下がれば、それはもう私ではない」
「それは免責事項の声明として受理できないわね」
「年末限定の特例措置として処理してくれ」
「却下よ」
「薄情だな」
「甘やかしすぎた結果が、今日のこの不祥事よ」
「今日こうなって、一体何が悪いんだ?」
ドアの横に配置されていた予備の手袋を回収し、ひらひらと振ってみせる。
「夜勤の前に校門前で、熟れた林檎を一個受領できたんだ。年末の福利厚生としては最高の上等じゃないか?」
真紀が私を鋭く睨みつけてきた。
その一瞥には、厳然たる威厳が充填されていた。常人であれば反射的に直立不動の姿勢をとり、謝罪を口にしそうな圧力だ。しかし私は星野シモであり、しかもさっき口づけを済ませてしまった身であるため、この威厳は私の眼前に置いては六割しか減殺できない。残り四割は「今すぐ当直帳の角で脳天を叩き割りたいと切望している」に自動翻訳される仕様だ。
「シモ」
「はい」
「今夜もう一度でも『林檎』という単語を口にしたら、一週間当直室の窓拭き刑に処すわよ」
「ほらみろ、認めたな。熟れていたと」
「巡回に行って頂戴」
「了解した、会長殿」
笑みを浮かべながら、ドアを押し開けてやった。
ドアが開放された瞬間、外部の極冷気が一挙に侵入し、室内の暖気とドアの境界線で正面衝突を起こした。雪の白光が廊下と前庭に拡大しており、当直室の内部の温もりも、茶の芳香も、正事を麻痺させかけていたあの空気感も、すべて背後へと圧殺された。
真紀が私の横をすり抜けて外部へと進み出た。ブーツがコンクリートを穿つ足音が廊下に反響する。私の側を通過する刹那、彼女は半歩だけその歩調を停滞させ、こちらと視線を交錯させることなく、低く言い捨てた。
「戻ってから、話すわ」
瞬きを一つ。
それから、私は笑いを噛み殺すことが出来なかった。
その通信を人間言語に翻訳すれば、意味は一つしか存在しない。
――今夜は、まだこれっぽっちも終わってなどいない、という意味だ。
ドアを完全にクローズし、雪の夜の戦域へと踏み出した。学校に到着した瞬間よりも、精神衛生上のコンディションは数段階良好だった。
こればかりは仕方がない。
人間という生命体は時折、本当に救いようのない愚行に歓喜するものなのだ。
前方に待機している運命が、平穏な業務引き継ぎなどではなく、九島真紀という執行官によって一晩を費やし低温で清算される監獄の可能性だと理解していても、あの一言の残響を付与されただけで、どういうわけか今夜の夜勤も、そこまで忌々しいものではないと錯覚してしまうのだから。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




