189.新たな同居人 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
夜、鉑橋街二十二番地に帰るべき人間がだいたい揃ったとき、私は一瞬、今日の災難の割り当てはもう終わったかもしれないと思ったわ。
九島真紀が帰ってきた。
ジェス・マッカロウも帰ってきた。
ドワイト・“D”・バークリーはいつもの場所にいたわ。
ハーヴィー・ノックスもいた。
アカリ・フラックは台所と客間の間を行き来していたわね。この家でまだ日常の外観を保とうとしている、最後の良心のように。
ロイ・ハルトマンとラン・ヴァイスは今夜の当直で不在だったわ。
それは本来、いい知らせ(グッドニュース)のはずだったの。
ランがいなければ、空気の中から一種の圧力が消える――上品で、成熟していて、他人の何気ない会話を危険な方向へ半寸ずらすのが妙に上手い、あの圧力がね。ロイがいなければ、彼を見るたびについ思い出してしまう、夜勤後遺症みたいなものを考えなくて済む。
問題は、今日の客間にはすでに別の種類の圧力があったことよ。
真紀は窓側の一人掛けの椅子に座り、カップを手に持ち、静かな顔をしていたわ。ただ、その静けさがどこかおかしかった。普通の静けさではなく、すでにファイリングは終わっているけれど、いつ書類を引き出して再審査に入るかまだ決めていない、そういう種類の静けさだったのよ。
今朝の当直室での下着事件を思い出せば、彼女が今にも私を呼んで反省文三枚と人格分析レポート一枚を書かせそうな顔をしている理由は、完全に理解できたわ。
ジェスはソファの肘掛けに腰かけ、「今日も生きてさえいれば昨日より面白いものが見られるわね」という顔をしていたわ。
残念ながら、彼女の予感は正しかったのよ。
私は客間の真ん中に立ち、息を吸ったわ。
本当はジェスがいないときを待って、真紀の気分が立件寸前ではないときを待って、この家全体の娯楽指数が安全に会話できるくらいまで下がってから、ヘートヴィヒ・フォン・ヴィッテルスバッハのことを話すつもりだったの。
でも、それは無理だったわ。
ヘートヴィヒをいつまでも部屋に閉じ込めておくわけにはいかない。どこかの皇室附属倉庫からこっそり持ち帰った高危険希少種のように扱うわけにもいかないもの。
仕方なく、覚悟を決めたわ。
「ちょっと待って」
私は言った。
「先に一つ紹介することがあるわ。口を挟まないでね」
ジェスの目が即座に輝いたの。
「星野、その一言だけで十分口を挟む価値があるんだけど!」
無視して廊下へ向かい、ヘートヴィヒを一時的に待たせていた部屋のドアを少し開けたわ。
「ヘートヴィヒ、出てきて」
部屋の中が、一瞬静まったわ。
それから、ヘートヴィヒが出てきたの。
学校のときよりわずかに柔らかい、でもやはり本人らしい部屋着に着替えていたわ。髪は下ろしていて、肩の線は相変わらずまっすぐで、表情も相変わらず、無防備と言ってもいいくらい整っていた。ただ、この人が立ちすぎるほど端正で、落ち着きすぎているせいで、場面全体がかえって荒唐無稽に見えたわね。
共同住居に帰ってきて、客間の全員に向かってこう宣言しなければならない日が、誰にでも来るわけではないわ。
――すみません、うちに今日から帝国の皇女が一時滞在することになりました、なんて。
ジェスは期待を裏切らなかったわ。
ヘートヴィヒを見て、私を見て、口の端を上げたの。その顔は、噂話と誤解を専門とする宮廷絵師が、ようやくモデル本人が屏風の後ろから出てきた瞬間を目撃したような顔だったわ。
「わあ――」
音を引き伸ばしたのよ。
「星野、今回は直球で愛人でも囲うつもり?」
その場で一秒、目を閉じたわ。
……来たわね。
「ジェス」
私は言った。
「今日の夕飯を生きて食べ終えたいなら、その台詞を人生最後の無責任発言として記念に取っておくことをすすめるわ」
「でも、この絵面でそう思わない方が難しくない?」
ジェスは楽しそうに笑い、私とヘートヴィヒの間を手で往復させたわ。
「朝は当直室で肌着レベルの物資交換して、夜は部屋から連れ出してくる。星野、展開が読者の心臓を全然尊重してないんだけど!」
『肌着』という単語が出た瞬間、真紀の瞼がわずかに動いたのを、私はしっかり見たわ。
今この瞬間から、ジェスと同じ部屋に三十分以上いるときの発言には、一切の楽観を持ち込まないと心に決めたわよ。
「そういう話じゃないわ」
私は言った。
「頭の中の連続ドラマは一旦止めなさい」
「今三本同時に走ってる」
ジェスは正直に言ったわ。
「一本目は宮廷避難劇、二本目は同居コメディ、三本目は――」
「黙って」
私は言ったわ。
そこへ、真紀が静かに一言添えたの。
「ジェス、黙りなさい」
ジェスは瞬きをしたわ。自分が空気をここまでかき回すことに成功したことに満足した様子で、本当に黙ったの。少なくとも、表面上はね。
心の中で半分だけ息をついたわ。
真紀の今の低温状態は怖けれど、こういうときは本当に役に立つわね。
ヘートヴィヒを客間の中央へ連れていき、自分はその隣に立って、体ごと場面を『正式な説明』の方向へ押し戻したわ。
「とにかく、こういうことです」
私は言った。
「年末になって、ヘートヴィヒが連れてきていた護衛、侍従、侍女の編制が全員、本国に引き揚げたわ」
ハーヴィーが端末から顔を上げた。
「全員?」
「全員よ」
「公式のローテーションで?」
「たぶんね」
私は少し間を置いたわ。
「少なくとも、見た目には」
ハーヴィーが半秒、黙ったわ。
あのハーヴィーらしい半秒だったわね。つまり、脳が既に自動的に、公表できない可能性を数パターン補い終えて、そのうち人間社会で口に出せる一つを選んでいる最中だということ。
「それで今、ヘートヴィヒの安全保障はどうなってるんだ?」
ハーヴィーが聞いたわ。
「ここに、暫定で」
私は言ったの。
「うちに?」
ジェスがすぐさま復活したわ。
「星野、『囲い込み』の実績を着々と積み上げてない?」
「ジェス、黙ってることも一種の貢献だって知ってる?」
「知ってるよ」
ジェスはソファの肘掛けに寄りかかり、笑顔で言ったわ。
「でも今日は貢献したくないな」
Dは向こう側に座ったまま、最初からほとんど動かず、ヘートヴィヒを一度見て、私を一度見て、最後にひと言だけ落としたわ。
「面倒が増えた」
短かったわ。
判決みたいに短かった。
そして、恐ろしいことに、完全に正しかったのよ。
「そうね」
私は素直に認めたわ。
「しかも、ちょっとじゃないわよ」
アカリが台所から顔を出したわ。手には拭きかけの皿を持っていて、他の人たちより表情がずっとシンプルだった。
「ヘートヴィヒ、今夜はどこに寝るの?」
アカリが聞いたわ。
「布団、整えようか」
その瞬間、アカリに対して心から尊敬の念が湧いたわ。
これが文明というものよ。
他の人間がまだ野次馬に徹したり疑ったりリスク分析の準備をしていたりするとき、家を本当に機能させる人間は、常に先に布団のことを、お湯のことを、暖房を入れるかどうかを考えているのね。
ヘートヴィヒもアカリの方を見て、頷いたわ。
「ありがとう」
「いいよ」
アカリは言ったわ。
「夕飯、食べた?」
「まだ」
「じゃあ、後で先に食べてね」
……よかったわ。
帝国の皇女の一時滞在危機が、アカリの手に渡った瞬間、「まず飯を食べましょう」という家庭内問題に変換されたわ。この家の文明水準は、主に彼女が支えているのよ。
話を日常的な生活の段取りへ引き戻そうとしたところで、真紀がカップを置いて、口を開いたわ。
「つまり」
彼女は言った。
「シモの言いたいのは、今日からヘートヴィヒが鉑橋街二十二番地に一時的に住む、ということね」
「うん」
真紀を見るわ。なぜか少し後ろめたくなるの。
「一時的にね」
真紀は私を見たわ。
その目が、平だったの。
平すぎて、次に彼女が聞くのは「なぜ一時的に住むのか」ではなく、「今日、自分から申告していないものがまだあるんじゃないの」なのではないかという錯覚が生まれたわ。
正直、その錯覚は危険だったわ。
特に、階段下のあの二箱がまだ静かに眠っている今はね。
私は心の中で自分に言い聞かせたわ。星野シモ、今日処理する危機は一つで十分よ。口を滑らせて二つ目を引っ張り出すんじゃないわよ、と。
真紀の視線が私の顔の上に二秒止まってから、ゆっくりヘートヴィヒへ向いたわ。
「住むのは構わない」
彼女は言った。
「ただ、これが単純な一時滞在なのか、それとも面倒ごとも一緒に持ち込んでくるのか、先に知りたいわね」
……真紀が怖いのは、いつもこういうところよ。
表面の一層だけで止まらない。
問うのは重さ(スペック)だわ。
「何かあるの?」ではなく、「どのくらい大きいの?」なのよ。
ヘートヴィヒもそれを理解しているらしく、答えは直接的だったわ。
「リスクはある」
ヘートヴィヒは言ったわ。
「ただ、今のところ差し迫った問題はないの」
笑っていたジェスが、「問題」という言葉を聞いた瞬間、表情をわずかに引き締めたわ。
ハーヴィーも少し姿勢を正した。
「今のところない、ということは、この先は保証できないということだな」
ハーヴィーが言ったわ。
「そうね」
ヘートヴィヒが頷く。
客間が数秒、静かになったわ。
今度は、茶番の中の笑える間じゃないの。
本当に、計算している静けさだったわ。
今この家にいるのは、真紀、私、ジェス、D、ハーヴィー、アカリ、それに年末の護衛編制が空白になったヘートヴィヒ。ロイとランは今夜の当直で不在だわ。つまり、この家の武力も、頭脳も、秩序感も、常識感も、今夜は全部この場にいる人間が少しずつ出し合うしかないのよ。
ジェスは空気を作る担当で、Dは事実を投げ込む担当、ハーヴィーは事実をリスクに変換する担当で、アカリは人間に食事が必要なことを全員に思い出させる担当。そして真紀は全員が場をぐちゃぐちゃにする前に「少なくとも会議っぽく見える」外殻を維持する担当だわ。
私は――。
たぶん、皇女を部屋から連れ出して、今夜誰かが階段下の収納の扉を不用意に開けないよう祈る担当ね。
「つまり」
ジェスが肘掛けに寄りかかり、今度は珍しく語調を少し落としたわ。
「うちは正式に収容所に格上げされたわけね」
「そう言いたければね」
私は言った。
「わあ」
ジェスがまた輝いたわ。
「じゃあ星野って本当に愛人――」
「ジェス」
真紀が名前を呼んだわ。
短く、冷たく。
ジェスは後半を飲み込んだわ。踏み越えそうになってぎりぎり足を引いた常習犯みたいな笑顔でね。
心の中で半分だけ息をついたわ。
真紀の今の低温は怖いけれど、こういう使い方ができるのよ。
ヘートヴィヒは私の隣に立ったまま、客間に本当の意味での緊張が走り始めたことを感じ取ったらしかったわ。引かなかったし、余計な説明もしなかった。ただ静かに一言だけ付け加えたの。
「もし迷惑なら、私は――」
「だめよ」
私はほとんど即座に受けたわ。
全員が私を見たのよ。
……まずいわね。
受けるのが少し早すぎたわ。
咳払いをして、言葉を補ったわ。
「今ここを出る方が、いるより面倒だって言いたかったの。外に受け入れ先はないし、護衛編制も空いてるし、一人でホテルを探すなんて、それこそこの街の治安を心配しなきゃいけなくなるでしょ」
ヘートヴィヒが私を見て、瞬きをしたわ。
一度だけ。
静かな一度だったのに、なぜか、さっきの正式な説明より落ち着かなかったのよ。
「……そう」
ヘートヴィヒは言ったわ。
真紀が私を一度見たの。
さりげない一度だったわ。
でも私には、その中に言葉が一つ、声にならないまま入っているのがわかったのよ。
――星野シモ、受けるのが随分と早かったわね。
よかったわ。今朝の下着事件は、まだ彼女の頭の中から出ていっていなかったのね。
私はすぐに話を実務的な方向へ引き戻すことにしたわ。
「とにかく、こういうことにするわ」
私は言った。
「ヘートヴィヒはしばらくここに住む。部屋は私の隣を使ってもらうわ。アカリ、整理を手伝ってもらえると助かる。ハーヴィー、もし本当に誰か来たとき、今のこの家で一番やばい穴がどこか考えておいて。D――」
「窓」
Dが言ったわ。
Dを見たの。
「……もう考えてたの?」
「うん」
Dはごく平坦に言ったわ。
「この家、ガラスが多すぎる」
よかったわ。
さすがDね。
他の人間がまだ「家に皇女が来た」という衝撃から立ち直れていない中、彼女はもう防御工事の審査段階に入っていたのよ。
ハーヴィーが頷いたわ。
「階段のデッドコーナーも悪いね」
ハーヴィーは言ったわ。
「本当に対応が必要になったら、地下室の入り口と裏口の動線を両方作り直さないといけない」
心臓が一度跳ねたわ。
地下室の入り口――。
よし、止まりなさい。
その単語は今日これ以上出てこなくていいわよ。
「わかったわ」
私はすぐ口を挟んだ。
「細かいことは後で。今日はまず人を落ち着かせるのよ」
「星野」
ジェスが頬杖をついたわ。笑い方が少し悪い。
「今の遮り方、急に地下室が気になってきたんだけど」
背中が冷えたわ。
終わったわね。
この女の事故嗅覚は、もう妖怪の域に達しているわ。
「今日は誰も地下室を見ない」
私はすぐ言ったわ。
「わあ」
ジェスが眉を上げた。
「立入禁止区域まで増えた? 星野、もしかして本当に愛人――」
「ジェス」
今度は私と真紀が同時に呼んだわ。
客間が一秒、静まった。
それから、ジェスがソファに倒れ込みそうなほど笑ったのよ。
私はその場に立ちながら、昨夜の夜勤中にトイレで余計なことをした自分の首を絞めに過去へ戻りたくなったわ。こういう事故は一度起きると、翌日まで、夜まで、家の中の全員にまで、連鎖するようにできているらしいのね。
真紀が額に手を当て、最後にジェスと争うのを諦めたように、平坦に結論を出したわ。
「住んでよし」
彼女は言った。
客間がしばらく静かになったわ。
「ただし今日から、シモが全ての説明と後始末を担当すること」
私は固まったわ。
「……なんで私なわけ?」
「連れてきたのがシモだから」
真紀は私を見たわ。
「でもヘートヴィヒは物じゃ――じゃなくて、本質的にこれは私が――」
「それと」
真紀は静かに次の一刀を入れた。
「今後、今朝のような、あるいは今朝より説明しにくい場面が発生したら、シモが自分でレポートを書くこと」
ジェスがその場で笑い声を上げたわ。
ヘートヴィヒはわずかに首を傾げたわね。「今朝のような」が具体的にどの種類の国内事故を指しているのか、まだ完全には把握できていない様子だったわ。
アカリ・フラックは善意で聞き流してくれた。
ハーヴィー・ノックスとDは選択的に沈黙したわ。
私は客間の真ん中に立ったまま、自分がどこかの段階で、自分専用に設計された慢性的な罠に踏み込んでいたのではないかと本気で疑ったわ。
「……わかったわよ」
私は言った。
真紀が静かに一つ頷いたわ。見えない書類に、ようやく承認印を押したような頷きだった。
私はソファのジェスを見たわ。冷たい顔をしながらも頷いた真紀を見た。何かを考えているハーヴィーを見たわ。頭の中でもう窓の配置を描き直しているDを見た。夕飯を温めに行こうとしているアカリを見たわ。そして「住んでよし」の一言で静かになった、私の隣のヘートヴィヒを見たの。
気づいたわ。
今夜から、鉑橋街二十二番地の面倒は、もう普通の住宅が抱えるべき規模では起きなくなる、と。
学生寮の名目で動く。
臨時セーフハウスの内容物で存在する。
噂話の温床の速度で広がる。
そして、貧乏くじを引いた私が、真ん中に立って後始末をするのだわ。
……まったくね。
午前中は学校で風紀委員長の尊厳事故を処理した。
午後は帰宅して帝国の皇女の一時滞在危機を処理した。
その隣にはジェスがいて、全ての出来事に最も不要な副題を付け続けている。
この家で一番先に鍵をかけるべきものは、階段下の二箱じゃないかもしれないわね。
全員の口よ。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




