180.見積もりだ、ふっかけろと言っていない 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
ジェスが一番に戻ってきた。彼女はノックすらせず、生徒会室のドアを足で押し開けた。
まるで敵の背後から軍事機密を奪還してきたゲリラ兵のように、手にした紙を高く掲げている。その顔には、「とんでもないものを持ち帰ってきちゃった」という焦りと、「現場で殴らなかった私を褒めて」という自慢が入り混じった、絶妙な表情が浮かんでいた。
「ただいま」ジェスは言った。「ついでに放送委員の良心に黙祷を捧げてきたよ。まあ、あいつらの良心なんてとっくに生産中止になってると思うけど」
彼女は見積書を机に叩きつけた。
音は大きくなかったが、手術室で患者の心電図の停止ボタンを押したような効果があった。
ロイは予算表の整理をしていたが、物音を聞いて視線を上げ、その新しい見積書を引き寄せて一瞥した。
ほんの一瞥だった。
その直後、私ははっきりと見た。普段は数字を宗教のように信仰しているロイの顔から、ゆっくりと血の気が引いていくのを。
その光景を形容するのは難しい。
昨日警察署で見たのが「この女子生徒は素手で椅子を解体できるんじゃないか」と真剣に考える法執行官の顔だとしたら、今のロイの顔は「文明社会におけるコスト管理が正式に死亡し、その犯人が自分の手にあるこの紙切れである」という顔だ。
「……なんだ、これは」ロイが聞いた。
彼の声はまだ安定していた。
だがその安定感は、平穏ではない。
嵐の前の、港全体で犬一匹吠えないような、そんな不気味な安定感だ。
ジェスは両手を広げた。
「修正版の見積書だけど」彼女は堂々と言い放った。「あいつら曰く、前のやつは単なる『基礎見積もり』で、今回のが『より実際のニーズに近い』んだってさ」
蘭が横から手を伸ばし、見積書を受け取って目を通した。
私の隣に座っていたヘートヴィヒも少し身を乗り出し、生徒会の予算を火葬にできそうなその紙を覗き込んだ。真紀はまだ口を開かず、ペンを置いて視線だけを向けた。
その瞬間、私はふと思った。世界で一番危険なものは銃でもナイフでもなく、まだ口を開いていない会計型の人種たちかもしれないと。
「メインアンプ機材が二十八パーセント増し」蘭が平坦な声で読み上げた。「予備スピーカーの数が四組から六組に変更。現場ディレクターの回線が臨時架設費に変更。さらに追加で……」
蘭が言葉を切った。
彼女の眉が微かに動くのが見えた。ほんの一瞬だけ。蘭にとって、それはすでに相当激しい感情の起伏を意味していた。
「……儀式感環境音響デザイン」
私は椅子から滑り落ちそうになった。
「なんだそれ?」私は顔を上げた。
ジェスが即座に手を挙げる。
「私も聞いたよ」彼女は言った。
「あいつら曰く、大会のオープニングで十分に震えるような音場がないと、観客の感情が盛り上がらないんだとさ」
「つまりあいつら、生徒会のカネで観客の感情にレッドカーペットを敷くつもりか?」
「大体そういう意味だと思う」
「私たちがやってるのは校内の競技大会だぞ。建国記念の晩餐会じゃない」
ヘートヴィヒは静かにその紙を見終え、二秒経ってから、とても軽い声で口を開いた。
「この見積もりは、もはや修正ではないわね」彼女は言った。「イベント全体を別の方向へ再定義しようとしているわ」
私は首を傾げて彼女を一瞥した。
随分と上品な言い回しだ。
私に言わせれば、これは公印を使った強盗だ。
ロイは見積書を机に戻し、両手の指を組んで数秒沈黙した。
その数秒間、生徒会室は荘厳なほどの静寂に包まれた。
私はロイの次の言葉が「少し一人にしてくれ」とか「遠くの景色を見てきたい」とか、最悪の場合は「問題ない、もう一度計算し直す」になるのではないかと、本気で心配し始めた。
幸い、ロイはただ息を吸い込んだだけだった。
「これは見積書じゃない」彼は言った。
「じゃあなんだ?」私が聞く。
「放送委員から生徒会への恐喝状だ」
そう。それだ。まさにその表現だ。
ロイは普段無駄口を叩かないが、いざ口を開けば会計モードから判決文モードへと一瞬で切り替わる。殺傷力が高く、しかも的確だ。
ジェスがすかさず同調した。
「私もそう思った」彼女は言った。「しかもあいつら、元の見積もりに抑えたいなら『体験の質』を削るしかないって言うんだよ」
「あいつらの言う体験の質って、具体的に何を指してるんだ?」私が聞く。
ジェスは自分が持ち帰ってきた小さなメモ帳をめくった。
「観客入場時の低音BGM、選手紹介のBGM、アナウンス切り替えのテンポ、閉幕時の感情の収束――」
「ストップ」私は手を挙げた。「これ以上聞いてると、結婚式でも企画してるのかと勘違いしそうだ」
ジェスは鼻で笑った。
「結婚式だってこんなに高くつかないかもよ」
「お前は黙ってろ」
真紀がここでようやく手を伸ばし、その見積書を引き寄せた。
彼女の目は速かった。刃が紙を切り裂くような速さだ。その視線が数字の間を滑っていく時、私は彼女の脳内で、水増しされた項目が一つ一つ引きずり出され、壁に押し付けられ、祖先の代まで尋問されている光景をありありと想像できた。
「ジェス」真紀が口を開いた。「予備スピーカーが二組増えた理由について、あいつらはどう説明したの?」
「会場の奥行きが想定より広くて、死角ができるのが怖いんだって」
「会場の図面は三週間前に送ってあるわ」
「うん」
「あいつらは知っているはずよ」
「うん」
真紀は軽く頷き、さらに聞いた。
「臨時架設費は?」
「元々は学校の既存の回線を使えると思ってたけど、今日改めて確認したら、『念のため』独立して線を引いた方がいいと判断したらしいよ」
「あいつら、いつ改めて確認したの?」
ジェスはとても正直な表情を浮かべた。
「私がそこでジッと見張ってた時に、臨時で改めて確認したんじゃないかな」
私は堪えきれずに吹き出した。 ヘートヴィヒでさえ、微かに唇の端を綻ばせた。その笑みは淡かったが、彼女もこの中に漂う濃厚なデタラメの匂いを嗅ぎ取っているのは明らかだった。
真紀は紙を平らに置いた。
「いいわ」
彼女は言った。
たった一言。
だが、私はよく知っている。
真紀が「いいわ」と言う時、大抵の場合、事態は全く良くない。
そうではなく、特定の誰かのこれからの日々が、全く良くないものになるという合図だ。
蘭が元の見積書と修正版を並べて広げ、いくつかの欄を指で叩いた。
「単にケーブルと予備機材の補正なら、こんな値上がり方はしない」蘭は言った。
「この中には余分なパッケージが紛れ込んでる。あいつら、不要な項目を必要な項目の中に混ぜ込んで、一緒に決済を通そうとしてるんだ」
「つまり」私が引き継ぐ。「あいつらは単に高く見積もりたいわけじゃない。生徒会が忙しいのに乗じて、普段なら通らないようなものをどさくさ紛れに突っ込もうとしてるんだな」
「大体そういうことだ」蘭が答えた。
「感動的だな」私は背もたれに寄りかかった。「たかが校内大会一つで、各委員会のこんなにも旺盛な創作意欲を刺激できるとは」
ロイがようやく顔を上げて私を見た。
「星野」 「なんだよ」 「災害を叙情的な言葉で包装するのはやめろ」 「悪いな。これは現実と向き合うための、私の自己防衛メカニズムなんだ」
ヘートヴィヒが低い声で尋ねた。
「こういうことって、よくあるの?」
私とロイは同時に彼女の方を向いた。 そして、私とロイは同時に半秒ほど沈黙した。
最後に、私が先に口を開いた。
「もしあんたの質問が、『イベントの主催側が死ぬほど忙しい時に、行政単位がわけのわからないものを予算に混ぜ込んでくるか』ってことなら、答えはイエスだ」
ロイが横から一言付け加えた。
「しかも、季節性の気候を形成するくらいには高頻度でな」
ヘートヴィヒは少し黙り込み、視線を落としてもう一度その見積もりを見た。
「……あなたたちの目の下のクマが、一時的なものに見えない理由がわかり始めたわ」 「学生自治へようこそ」私は言った。「ここには栄光なんてない。あるのは経費精算だけだ」
ジェスが即座に机を叩いて同意した。
「その言葉、生徒会のドアに彫っておくといい」
「下にもう一行、『入室前に、自身の魂の予算編成が完了しているか確認のこと』って付け足そう」と、私は言った。
真紀は私たちのくだらない冗談を無視し、直接一ページ目に戻ると、三つの欄に印をつけた。
「この三件、削る」
彼女は言った。
今日はお天気がいいですね、とでも言うような淡々とした口調だった。
だが、私にはわかる。それは提案ではない。判決だ。
ジェスが瞬きをした。
「私が削りに行く?」
「あなたは伝言を」と、真紀。「削るのは、私たちが自分でやる」
……あ。終わった。
私は心の中で、放送委員のために〇・五秒だけ黙祷を捧げた。
なぜなら、この言葉を人間の言葉に翻訳すると、たいていこういう意味になるからだ――
生徒会長は、相手が「自ら体面を保って見積もりを取り下げる」権利を持つに値しないと判断した、と。
そのとき、ロイがペンを手に取った。瀕死状態からようやく魂が戻ってきたかと思いきや、かえって何らかの恐ろしい覚醒状態に入ったようだった。
「私が新しく作り直す」彼は言った。「必須項目は残し、不要な項目はすべて剥ぎ取る。配線部分については、現場の事前調査記録の提出を求める。口頭での説明は受け付けない。予備スピーカーは最大でも現在の数量を維持する。追加したいなら、死角テストの根拠を出させろ」
「見て」私はヘートヴィヒの方へ首を傾げ、小声で言った。「生き返った」
ヘートヴィヒも声を潜める。
「あれを生き返ったと言うの?」
「そう。さっきのは昇天しかけてた。今のあれは、道連れにして地獄に引きずり込もうとしてる」
今度こそ、彼女は本当に笑った。
とても軽い、だがさっきまでの礼儀としての弧ではなく、明らかに面白がっている笑みだった。その瞬間、私はなぜか妙な達成感を覚えた。まるで、生徒会室に座って水増し請求を処理しているのではなく、何か極めて過酷な条件下で、ヘートヴィヒに本物の笑顔を見せるという高難度ミッションを成功させたかのような。
……絶対に、疲れすぎている。
でなければ、こんなことまで点数にし始めるはずがない。
蘭が別の表を真紀に差し出した。
「差し戻すなら、今日中に直接放送委員を呼んで話をつけるのが最善です」と、蘭。「明日に引き延ばせば、連中はまた新しい理由を生やしてきます」
「同意する」と、真紀。
彼女は私を見た。
「シモ」
私は本能的に背筋を伸ばした。
「また私?」
「ええ、あなたが行って」
「なんで?」
「ジェスは今走り回ってきたばかりだし、ロイは予算の再編成がある。蘭は総括表の修正で、ヘートヴィヒは項目の照合を手伝う必要がある。そして私は、会場と風紀委員会からの返答を回収しなきゃならないから」
彼女は少し間を置き、最後の一刀を突き刺した。
「それに、あなたはこの手の場面で一番役に立つ」
私は目を細めた。
「あんたの言う『役に立つ』って、たいてい履歴書に書けるような形容詞じゃないんだけど」
「それはあなたの問題であって、言葉選びの問題じゃないわ」
ジェスは横で野次馬根性を丸出しにしていた。
「真紀に賛成」と、彼女。「あんたが会議室に入れば、相手は少なくとも二つのことを理解する。一つ、生徒会は今日、本当に忙しい。二つ、これ以上ふざけたことを言えば、あんたが『儀式感環境音響デザイン』とやらを連中の先祖の墓に直接叩き込むかもしれないってこと」
「私は今、文明人だ」と、私は言った。
「昨日は違ったじゃん」と、ジェス。
「昨日は特殊な状況だった」
「じゃあ今日は?」
「今日は、自分が特殊な状況にならないように努力する」
ヘートヴィヒは横でしばらく静かにしていたが、不意に口を開いた。
「私も行きます」
私は彼女を振り返った。
「何しに行くの?」
「生徒会副会長が単独で乗り込んだだけでは、相手は単なる予算の綱引きだと受け取るかもしれません」と、ヘートヴィヒ。「ですが、生徒会書記も同席していれば、少なくとも形式上は、それがあなたの個人的な意見ではなく、生徒会の正式な審議であることを示せます」
私は少し呆然とした。
……一理ある。
しかも、いかにもヘートヴィヒらしい理屈だ。
彼女は私を庇って前に出るわけでも、突然熱血に目覚めたわけでもない。ただ極めて冷静に、最も効果的な立ち位置を選び、そして踏み込んできたのだ。
真紀はヘートヴィヒを一瞥した。
「いいわ」と、彼女。
それから、また私を見た。
「あなたは人間の言葉を話す担当ね」
私は即座に抗議した。
「どういう意味だそれは」
真紀は顔色一つ変えない。
「ヘートヴィヒは、あの場を正式な協議の範囲内に維持する担当。あなたは、その範囲内で、私たちがカモられに来たわけじゃないと相手に理解させる担当」
「分業制の、いい警官と悪い警官みたいに聞こえる」
「自覚があるなら、結構なことね」
ジェスはもう笑い転げそうになっていた。
「最高。皇女殿下と刀傷の王子様が一緒に見積書を討伐しに行くんだ」
私は机の上の輪ゴムを掴み、彼女に向かって弾いた。
ジェスは短く声を上げ、素早く首を傾けて躱すと、さらに殴りたくなるような顔で笑った。
ヘートヴィヒの耳の先が、また少し赤くなっていた。
ほんの少しだが、私には見えた。
こういう時、私は本当に神様に問いただしたくなる。あんたは一体どっちの味方なんだ、と。
昨日は私を憲兵隊で徹夜させ、今日は生徒会で水増し請求の処理をさせ、今度はついでとばかりにヘートヴィヒの顔にこんな不必要な色を足す。これは試練ではない。ただの悪趣味だ。
私は咳払いをして立ち上がり、修正版の見積もりと元の表を一緒にバインダーに挟んだ。
「わかった」と、私は言った。「話をつけてくる」
私はヘートヴィヒを見た。
「ついてきて。でも先に言っておくけど、連中が『体験の質』とか『雰囲気作り』とか『入場時の感情の盛り上げ』とか言い出しても、絶対に笑わないでよ」
ヘートヴィヒは立ち上がり、書類の半分を受け取った。
「善処します」
「『善処します』って言葉、すごく不安になるんだけど」
「では、言い方を変えましょう」彼女は私を見て、ひどく平坦な、しかしなぜか少しわざとらしい口調で言った。「あなたが先に笑ったら、私も一緒に笑います」
私は彼女を二秒ほど見た。
……よし、それはすごく反則だ。
真紀は机の向こうで私たちをちらりと見たが、何も言わず、ただペン先で軽く机を叩いた。
その動作はとても軽い。
だが、それは急かしているわけではないような気がした。
どちらかといえば、生徒会長は、その場では指摘する気はないが確実に存在する「何か」をすでに見透かしていて、それをあえて放置することを選んだ、という感じだった。
そっちの方が、直接口に出されるよりも恐ろしい。
私は書類を抱え、ドアに向かって歩き出した。ヘートヴィヒは私の隣を、速くはないが、とても安定した足取りでついてくる。部屋を出る前、私は一度振り返った。
ロイはすでに数字の山に埋もれていた。死の淵から無理やり引き戻された苦行僧のようだ。蘭は彼のために空欄を補足しており、その動きは静かで無駄がない。ジェスは窓辺にもたれ、私たちが新しい戦果を持ち帰るのを待っているような顔をしていた。真紀は元の席に座り、ペンを上げてページをめくっている。何も変わっていないようでもあり、すべてが彼女の掌の上にあるようでもあった。
私はふと思った。もしこの大会が本当に無事に終わったなら、最も表彰されるべきは選手ではない。
生き残った生徒会だ。
「行こう」私はヘートヴィヒに言った。
「ええ」と、彼女は答えた。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




