179.身元引受人 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
「あんたがバイクに乗れるなんて、知らなかった」
後部座席に座りながら、私はごく自然に手を伸ばし、真紀の腰にそっと腕を回した。
その動作をした瞬間、私自身も半秒ほど呆けてしまった。
照れくさかったからではない。いや、少なくともそれだけが理由ではない。
九島真紀という女が普段他人に与える印象といえば、あらゆる交通機関をフローチャート化し、他人にまで標準的な操作手順を要求してきそうなタイプだからだ。
結果として、今この女はバイクに跨がり、背筋を真っ直ぐに伸ばし、手袋を嵌めた手つきも鮮やかにエンジンを吹かしている。まるで警察署に人を迎えに来たのではなく、どこかの目障りな行政災害エリアから私を回収するついで、とでも言わんばかりの安定感で。
私はふと、自分にはまだ知らないことが本当にたくさんあるような気がした。
真紀は振り向くこともなく、ただ平坦な声で返した。
「あなたが知らないことなんて、山ほどあるわ」
「へえ?」
私は彼女の腰に回した手を緩めず、わざと語尾を少し引き伸ばした。
「たとえば?」
バイクが分署の前から滑り出す。早朝の冷たい風が一気に顔を打った。 真紀の運転は安定していた。怒りでさえも安全速度の制限内に収めきっているような、そんな安定感だ。
二秒ほど経ってから、彼女は淡々と口を開いた。
「たとえば昨夜、私がどれだけあなたを心配したか、とか」
私の指先が、微かに強張った。
彼女はすぐさま後の言葉を継いだ。前半の言葉だけでは割に合わないとでも言うように、すぐさま一刀を叩き込まなければ彼女のキャラクター設定に反するとでも言いたげに。
「それなのに、あなたは一人で血相を変えて喧嘩を売りに行った」
私はマフラーの中に顎を埋め、できるだけ自分の声が理路整然と聞こえるように努めた。
「あの時は状況が切羽詰まってて――」 「状況が切羽詰まってた?」
真紀の声が、直接ワントーン上がった。
甲高いわけでも、制御を失っているわけでもない。ただ、元々平坦だった線が急に一段階上に引っ張り上げられたような、そんな圧迫感があった。ハンドルを握る手は安定しているのに、語気は明らかに冷え切っていた。
「状況が切羽詰まっていたとしても、一人で行くべきじゃなかった。少なくとも、誰か一人くらいは連れて行くべきだったわ」
私は一瞬、呆気にとられた。
「たとえジェスでも?」 「たとえジェスでも」
彼女は即答した。
「少なくとも何かあれば、ジェスでも手伝いくらいはできる」
私は二秒ほど沈黙し、それから極めて誠実に言った。
「口喧嘩の加勢をして、余計に事態を悪化させるだけだろ」
真紀も沈黙した。
前方の交差点の赤信号が点灯し、彼女はバイクを停めた。振り向かないので、今の彼女がどんな顔をしているのかは見えない。だが、その二秒の沈黙だけで想像はついた。彼女は十中八九、本気でジェスを戦力として計算に組み込んだ上で、悲しい事実に行き着いたのだ。
そう、それは確かにリスクだと。
私は思わず少し笑ってしまった。
「どうした、会長。そこまでは計算外だったか?」 「……」 「珍しいな、九島真紀のフローチャートに抜け穴があるなんて」 「星野」 「はい」 「今は黙っていた方がいいわよ」 「了解」
口ではそう言いながらも、私の手は大人しく彼女の腰に回されたままだった。
なぜならこういう時、どれだけ強がりたくても、私にはちゃんと区別がつくからだ。真紀のさっきの言葉は、単に私の衝動的な行動を叱責しているわけではない。彼女は後から恐怖を感じているのだ。
私に本当に何かが起きていたかもしれないという恐怖。
もし昨夜、私が先にあの七人のクズどもを救急車送りにするのではなく、逆にあのバス停の下で刺されて倒れていたとしたら。今日彼女が警察署に引き取りに来るのは私ではなく、別の何かになっていたかもしれない。
その考えが頭をよぎった途端、もう少し口答えしてやろうという気はふっと薄れてしまった。 私は彼女の背中に顔を近づけ、声のトーンを落とした。
「……次は、先に誰かを呼ぶ」
真紀はすぐには答えなかった。
青信号が点灯し、バイクが再び滑り出す。風が耳元を通り過ぎ、彼女の声をさらに低く、しかしより鮮明に運んできた。
「次はないわ」
短い言葉だった。
警告のように短く。
そして、二度と同じ経験はしたくないという彼女の切実な思いのように短かった。
私はもう言い返さず、ただ腕をもう少しだけ引き締め、空気を読んで顎をマフラーの中に引っ込めた。
まあいい。 今日は、彼女の勝ちにしておこう。
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学院に着いて、私が最初に遭遇したのは、今最も遭遇したくない人物だった。
風紀委員長――二階堂・フレイヤ。
彼女は駐輪場のそばに立ち、腕を組み、背筋を真っ直ぐに伸ばしていた。その立ち姿は、まるで校則そのものが足を生やして、わざわざ現場まで人を塞ぎにやって来たかのように標準的だった。冬の朝の光が彼女の肩に落ち、その姿をいっそう冷徹な校内秩序の掲示板のように見せている。
彼女の姿を見た瞬間、私はバイクの後部座席から、このままUターンして警察署に逃げ帰りたい衝動に駆られた。
少なくとも警察は昨日、私に座る椅子を提供してくれた。 目の前のこの女は、おそらく説教しか提供してくれない。
真紀がバイクを停めるやいなや、私は先にヘルメットを脱ぎ、二階堂を見た。徹夜明けで、怪我をしていて、警察署から釈放されたばかりの女に相応しい、疲労と不敬に満ちた口調で言った。
「頼むから」
私はまだズキズキと痛む額を押さえた。
「一睡もしてないし、今すごく機嫌が悪いんだ。説教なら後にしてくれないか?」
二階堂は私を見た。公職と呼べるほどに冷淡なその表情は、微塵も揺らがなかった。
「星野シモ」
「はい」
「表向きには、私は暴力を非難する」
その出だしを聞いただけで歯が痛くなった。
上等だ、来たぞ。 風紀科の公式オープニングだ。
次に来るのは「お前のその行為は著しく校誉を損なうものだ」とか「校内幹部こそ率先して模範を示すべきだ」といった言葉だろう。私は心の中で彼女の台詞の順番を組み立て始めていた。
ところが、二階堂の次の言葉は矛先を変え、私の脳内で予行演習されていたフローチャートを丸ごとゴミ箱に蹴り込んだ。
「だが内密には」彼女は言った。「よくやった、と言っておく。少なくともお前は勝ったし、しかも一対七でな」
私はその場で呆然とした。
昨夜、あの若い警官が私の調書を見た時の表情を「ワオ」と表現するなら、今の私はおそらくそのアップグレード版だ。徹夜のしすぎで幻聴が聞こえているのではないかというおまけ付きで。
私は二階堂を見つめ、丸二秒沈黙してから、極めて誠実に口を開いた。
「理由を聞いてもいいか?」
二階堂は微かに目を逸らした。口調は相変わらず平坦だったが、先ほどまでの意図的に作られた公務用の響きは消えていた。
「本校の多くの生徒が、通学であの道を使っている」
彼女は一拍置き、言葉を付け足した。
「第二職校の連中は、事あるごとに本校の生徒にちょっかいを出したがる」
私は瞬きをした。
なるほど。
私が昨夜、突然世界に平和をもたらしたわけではない。あのクズどもはとっくに誰かに殴られるべき連中であり、昨夜たまたま私が手を下す順番に当たっただけのことだ。
二階堂は咳払いをし、その顔には珍しく不自然な色がよぎった。それは羞恥でも気まずさでもなく、風紀委員長という立場上、理論的には「よくやった」などという評価を軽々しく口にするべきではないが、現実問題としては本当に痛快だったと思っている、そんな顔だった。
その一点において、彼女は急に生きた人間らしく見えた。
かなり新鮮だ。
「とにかく」彼女は表情をいつもの冷硬なバージョンに押し戻した。「この件はこれで終わりだ。お前はもう、相手に手出しをするな」
その言葉を聞いた瞬間、私は即座に眉をひそめた。
「おい、ふざけんな」
私は自分の顔の傷を指差し、さらに彼女の言葉の中にある連中が存在するであろう方向を容赦なく指差した。
「今、誰が誰に手出しをしてるって? あんたが言うべきなのは――あいつらこそ、二度と私やうちの生徒にちょっかいを出さない方がいい、だろ」
真紀は横に立っていたが、口は挟まず、ただ淡々と私を一瞥した。その視線の意味は十中八九、「あなたが今、身内贔屓モードに入ったことくらい、私にはお見通しよ」といったところだろう。
悪いな。 私にもわかってる。 そして、引っ込めるつもりもない。
私は二階堂を睨みつけ、声をさらに低く、そして鋭く落とした。
「じゃなきゃ、二度と人として生まれたくなくなるまで後悔させてやる」
空気が一瞬、静まり返った。
駐輪場という場所は元々奇妙な反響効果を持っていて、人が本気で凄むと、金属製の屋根組みまでがその言葉を記憶しようとする。二階堂は私を見つめ、私がただ凄んでいるだけなのか、それとも昨夜だけでは殴り足りず、今日本当にトドメを刺しに行く可能性があるのかを見極めようとしているようだった。
残念ながら、答えはおそらくその両方だ。
しばらくして、彼女はようやく淡々と言葉を吐き出した。
「その言葉、二度と口にしない方がいい」
「あいつらの身の振り方次第だな」
「星野シモ」
「聞いてるよ」
「ここは学院だ」二階堂は言った。「前線でもなければ、お前がかつていたような場所でもない」
私は一秒、沈黙した。
重い言葉ではなかったが、ひどく正確に急所を突かれた。昨夜手錠で圧迫された骨を、直接指の関節で叩かれたような正確さだ。
二階堂はそれ以上追撃はせず、ただ私を一瞥して、こう付け加えた。
「お前が昨夜、本校の生徒を守ったこと。それは記憶しておく。だが、この件を理由にお前が再び連中に手出しをするなら、私が真っ先に止める」
いかにも二階堂らしい言葉だ。 公私混同をしない。 嫌な女だが、筋の通った嫌な女だ。
私は息を吐き出し、最後は怒りを少しだけ飲み込んだ。
「わかった」私は言った。「あいつらが二度と手を出してこないことが前提だがな」 「この件は私が監視する」 「そうしてもらう」 「すると言ったら、する」
私は彼女を見た。 彼女も私を見た。
ある意味で、これはお互いに嫌な奴でありながら、自分の身内が外のクズに触れられることを許さない二人の女が、冬の朝の駐輪場で成立させた最低限の合意だった。
煩わしい。
だが、理にかなってはいる。
横にいた真紀が、ようやく口を開いた。
「話は終わった?」
私は彼女を振り向いた。
「会長、今の言葉、『凄み終わったなら生徒会で仕事しろ』って聞こえるんだけど?」
「これから仕事をするのは当然でしょ」
「昨日の夜、警察署に入ったばかりなんだぞ」
「だから?」
「半日くらいは負傷者扱いしてくれてもよくないか?」
真紀は私の顔のガーゼを見て、それからまだしっかりと立っている私の脚を見て、最後に極めて冷静に判決を下した。
「口答えできるなら、仕事もできるわ」
私はその場でヘルメットを被り直し、耳が聞こえなくなったふりをしてやろうかと本気で思った。
二階堂が横で、珍しく短く鼻で笑った。
短く、淡いものだったが、確かに笑った。
私は即座に彼女を睨みつけた。
「何笑ってんだ」
「自業自得だと思ってな」
「風紀委員長様は随分と共感能力が欠如してるらしいな」
「昨夜一対七で立ち回った人間に、他人の共感を要求する資格はない」
くそっ。
私は不機嫌にヘルメットを手に持ち、背を向けて歩き出そうとした。だが、一歩踏み出したところで、不意に手首を軽く触れられた。
真紀だ。
掴んだわけではない。ただ本当に短く触れただけ。私が本当にまだちゃんと立っていられるかを確認するかのように。
「行くわよ、シモ」
その接触はほんの一瞬だった。なのに、外に向かって爆発しそうだった私の感情は、その一瞬で小さな角を押さえつけられたように静まった。
私は首を傾げて彼女を見た。
真紀の表情は相変わらず平坦で、今の些細な動作も、ただ歪んだものを定位置に戻しただけで、感情的な解釈を差し挟む余地など微塵もないといった風だった。
……まあいい。
どうせこの女は、本当に何か思っていたとしても、素直に顔に出すような真似はしない。
私はその息を飲み込み、大人しく彼女の後について歩き出した。
「了解、会長」
二階堂はその場に立ったまま、もう引き止めることはしなかった。ただ私たちが背を向ける前に、不意に一言だけ投げかけてきた。
「星野」
「なんだよ」
「昨夜の七人のうち、三人は以前にも本校の生徒にちょっかいを出した記録がある」
私は振り返った。 二階堂は私を見て、風紀週報を読み上げるような平坦な口調で言った。
「だから、お前の昨日の拳は、完全に的外れだったわけではない」
私は思わず口角を動かした。
「それ、風紀委員会内部からの表彰って受け取っていいか?」
「夢でも見てろ」
「よし、じゃあ勝手に表彰として翻訳しておく」
「勝手にしろ」
そう言い残して、彼女はようやく背を向けて立ち去った。
朝の光の中に消えていく彼女の後ろ姿を見ながら、私はふと、この世界は本当に面白いと思った。
昨夜の真夜中に第二職校エリアの外れで七人のクズを病院送りにして、今朝はまず生徒会長自らに警察署から掬い上げられ、次いで風紀委員長から半分非難、半分肯定という形で身内贔屓の行動を黙認された。
ここは軍事学院なのか。 それとも、問題児を公務人材として量産する、ある種の奇妙な培養槽なのだろうか。
「いつまで突っ立ってるの?」
真紀はすでに校舎に向かって二歩ほど歩き出しており、振り返って私を見た。
「人生について思考してた」
「終わった?」
「当分終わりそうにない」
「なら歩きながら考えなさい」
「真紀、あんたって本当に詩情ってもんがないな」
「生徒会に詩情は必要ないわ」
「じゃあ何が必要なんだ?」
真紀は私を一瞥し、冷静かつ残酷に答えた。
「あなたが今すぐ戻って仕事をすることよ」
私は二秒沈黙し、最後は運命を受け入れて彼女の後を追うしかなかった。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




