169.修学旅行草案 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
生徒会室に居残りを命じられ、あの『始業式散会後における低学年一部生徒の局所的密集および視線偏移事案に関する初期記録補足説明』とかいう、ふざけた名前の書類を書き終えた頃には、自分の人生の一部が連邦の行政システムに囓り取られたような気分になっていた。
比喩ではない。
本当に、自分の魂がファイリングされ、左上に二つ穴を開けられて、資料フォルダの第七分類ページにねじ込まれたような感覚だ。
ペンを放り投げ、酸っぱくなった手首を振って顔を上げると、真紀のデスクにはまだ書類の山がそびえ立っていた。
あれはもう「まだ少し仕事が残っている」という次元ではない。
どちらかというと、何らかの地質運動に近い。
このまま放置すれば、数百年後に考古学者がここから文明の断層を掘り当て、「生徒会末期過労堆積層」と名付けるかもしれない。
デスクの向こう側に座る真紀は、その白い生徒会制服に一切の乱れがなく、まるで汗をかくことも、人を殺したくなることもない人間のようだった。黒髪は後ろで束ねられ、袖口は少し捲り上げられており、手元のペンはまだ規則正しく動いている。
その真面目に仕事へ向かう姿は、ひどく欺瞞に満ちている。
ほんの数十分前、電気の消えたこのオフィスに私を引きずり込み、あわやというところまでキスをしてきた人間だとは到底思えない。
私は真紀を一度見て、それからあの公文の山を見た。
ため息をつく。
そして、真紀のデスクの端にある、比較的背が低く、まだ民間の怨念の吹き溜まりに見える書類の束へ直接手を伸ばし、自分の手元へと引き寄せた。
「シモ?」
真紀が顔を上げた。
「感動しないで」
私はその束を自分の前に置き直した。
「真紀が本当に公文の山で過労死したら、生徒会が死亡報告書を余計に一枚書く羽目になるから」
真紀は私を一瞥し、目尻をわずかに動かした。
「ありがとう」
「どういたしまして」
私は書類をめくりながら答えた。
「どうせ今日の私の昼食はもう死んでるし、これ以上何かが死んでも大して変わらない」
最初の一枚を開いた瞬間、自分が連邦の次世代を過大評価していたことを悟った。
この束は重要な報告書でも、政策提案書でもない。各部門から回されてきた、学生の意見箱の要約や苦情の整理、そして、読めば人類文明を再起動したくなるような代物の寄せ集めだった。
一枚目。タイトルだけは立派だ。
『学内飲食提供の多様性に関する提言』
内容に目を通し、三秒間沈黙する。
そして、顔を上げた。
「『生徒の精神的健康を維持するため、スイーツの選択肢を増やすことを要求する』って、何?」
真紀は顔すら上げない。
「意見箱の投書要約」
「こんなの意見じゃない」
私はその紙をつまみ上げてヒラヒラと揺らした。
「スイーツテロリストの犯行声明だ」
私はその「要約のコピー」を丸め、傍らにある『破棄予定・回収用』と書かれたバスケットへ放り投げた。
紙屑が落ちる音は軽かったが、私の機嫌は少しだけ上向いた。
よし。少なくとも、直接証拠隠滅を図ったわけではない。連邦の行政システムは今日、最低限の手続き的正義を辛うじて守り抜いた。
次の一枚を引き抜く。
『食堂のメインディッシュのローテーションおよび副菜の選択肢不足に関する反映』
二行読んで、こめかみの血管が跳ねた。
「『学食の選択肢をもっと増やしてほしい』」
私は書類を机に押し付け、冷笑を漏らした。
「馬鹿なの? 自分たちが五つ星のリゾート地にでも来てるつもり? いっそ『朝食の卵料理は、片面焼きと半熟スクランブルエッグの細かな区別を希望する』とでも書き足してやろうか?」
真紀がようやく顔を上げた。
「シモ、せめて最後まで読んでから文句を言って」
「最後まで読んだ。結論は同じ」
私はそれも回収バスケットへ叩き込んだ。
「こいつら、幸せに生きすぎてるから、みじん切りのニンジンにまで文句をつける暇があるんだ」
続く十数枚は、さらに見事だった。
思春期の睡眠の質と人体の発達は不可分であるという理由で、朝の整列の時間を遅らせろという提案。
宇宙に対する生徒の感情的繋がりを深めるため、寮の屋上に星の観測プラットフォームを設置してほしいという申請。
極めつけは、個人の表現と学内の多様な文化を促進するため、月に一度の「自由服装日」を設けてほしいという提案書だった。
それを見たとき、私はたっぷりと五秒間沈黙した。
「自由、服装日」
その五文字を口にした私の声は、まるで絶滅危惧種の死亡確認をしているかのようだった。
「どうしたの?」と真紀。
「なんでもない」私は言った。「ただ、連邦が定期的に戦争をしなければならない理由が、突然理解できただけ」
「自由服装日の提案が出たから?」
「人間、暇を持て余すと、脳味噌を使ってゴミを生産し始めるからだ」
真紀は私を見て、笑いそうになるのを必死に堪えているようだった。
「それは生徒の意見であって、作戦報告書じゃない」
「連邦の未来にとっては、似たようなものだ」
私は最後の一枚を丸め、正確に回収バスケットへ投げ込んだ。
「このろくでなし共が書いたゴミみたいな意見は、連邦の未来そのものだ。愚かで、手が届かない」
言い終わるや否や、書類の山の下から、少し厚みのある紙の束が顔を覗かせているのに気づいた。
意見の要約でも、部門からの苦情でもない。表紙の色は少し濃く、タイトルは真っ直ぐに印字され、スケジュールの別紙が数枚挟まっている。
私はそれを無造作に引き抜いた。
「今度は何?」
表紙に目を落とす。
『在校二年次生修学旅行および交流活動実施草案』
私は片眉を上げ、一ページ目をめくった。
「行き先は……太陽系の月面都市、コペルニクス」
オフィスの中が、一瞬だけ静まり返った。
別の書類に目を通していた真紀のペン先が、「コペルニクス」という単語を聞いた瞬間、ピタリと止まった。
ほんの一瞬だ。
錯覚かと思うほど短い。
だが、私は確かにそれを見た。
私はその書類を持ち上げて振ってみせた。
「月面都市なんて代物、真紀は聞いたことある?」
真紀が顔を上げる。その表情は、私が何らかの知識的災害とでも呼ぶべき発言をした時にしか見せないものだった。
ひどく静か。
ひどく抑制されている。
だが同時に、私の脳髄を再構築するための予算を今すぐ申請すべきか評価しているようにも見えた。
「当然聞いたことはある」真紀は言った。「人類が月面都市で西暦を捨て、正式に宇宙暦を採用した場所。シモ、授業中ずっと寝てたの?」
私は無意識に書類を少し高く持ち上げた。そうすれば、自分の後ろめたさを隠せる気がしたからだ。
「ね、寝てないけど」
真紀はペンを置き、両手を組んだ。教師が抜き打ちテストを始める直前のような威圧感がある。
私の中で、瞬時に警報が鳴り響いた。
終わった。
小テストモードだ。
さっき二階堂に公式記録の件で辱められた時よりも厄介だ。二階堂はただ冷たいだけだが、真紀は本当に私を捕まえて補習を始め、しかも馬鹿を見るような目で愛してくるからだ。
「じゃあ、シモ、言ってみて」真紀が私を見る。「宇宙大紀事」
私は手元の草案を自分の顔に押し付けたくなった。
「真紀、それは一旦飛ばして……」
「地球時代の何年、そして誰が、最初の超光速エンジンを発明した?」
「本気で聞いてるんだ」
「答えなさい」
私は両手でお手上げのポーズを作った。
「知らない」
真紀は息を吸い込んだ。それは怒りというより、「連邦の教育のどこが間違っていたのか、そしてその間違いが今、目の前に座っている」という疲労感に近かった。
「西暦二七四四年」真紀は教科書そのもののような口調で暗唱し始めた。「当時の日本人、天野宗一郎博士が、東京の地下粒子加速器ラボにて、人類史上初となる超光速推進エンジン『時空歪曲位相推進器』の開発に成功した」
「へえ」
「『へえ』じゃない」
真紀の目には、本物の懸念が混じり始めていた。彼女は私を嘲笑っているのではない。私がいつか、文明史全体をただの環境音として扱い、公式な場で新たな人類学的ジョークをやらかすのではないかと、本気で心配しているのだ。
少し考えて、私は最低限の協力姿勢を見せることにした。
「すごいね、第一世代か」私は誠意を込めて適当に相槌を打った。「今や最新の神風超光速エンジンはもう第二十七世代だもんね。科学の進歩って偉大だ」
真紀が目を細めた。
「シモ」
「何、ちゃんと聞いてるよ」
「歴史をしっかり学ばないと、将来痛い目を見るわよ」
「人類が歴史から学んだ唯一の教訓は——」私は再び、とても正直に両手を広げた。「クソみたいに何も学んでないってことだけだ」
「詭弁ね」真紀は即座に反論した。
そして、わずかに身を乗り出し、肘をデスクについた。どんな怠け者の生徒でも座席に釘付けにするような声で、彼女が正常な人間なら知っているべきだと考える知識の範囲へ、私を引きずり戻そうとする。
「銀河帝国の暴政から逃れるため、私たちの祖先は月面都市から密かに脱出し、太陽系から数十光年離れた大熊座の外縁星域へと向かった。そして最終的に、そこでドゥナン星を発見した」
私は半分ほど聞いたところで、たまらず口を挟んだ。
「それ、もう近代史じゃん。星野シモにとっての近代史は三日前までだよ」
「シモ!!」
声量は高くないが、殺傷力は十分だった。
私は吹き出しそうになるのをこらえ、書類をめくり続けるふりをした。だが、文明の記憶に対する私のこの不敬な態度に刺激されたのか、真紀は立ち上がり、デスクを回り込んで直接私のそばまでやって来た。
「少しどいて」
「ここ、十分広いでしょ」
「資料の上に乗ってる」
私は半寸だけ横にずれた。真紀はその流れで私の椅子の横に立ち、身をかがめてコペルニクス交流草案を覗き込んだ。黒髪が一房、肩から垂れて私の袖口を掠めた。
この距離は、他人から見ればただ一緒に書類を見ているだけかもしれない。だが、私にとっては全く別の意味を持つ。なぜなら、今目の前で文明史を語っているこの生徒会長が、少し前にドアのそばで、私の基本的な判断力を奪い去る寸前までキスをしてきた張本人だと、私が一番よく知っているからだ。
しかも真紀自身、このギャップをどう利用すればいいか、実によくわかっている。
「コペルニクスはただの観光都市じゃない」真紀は言い、ページの一番上にあるタイトルの横を指先で叩いた。「月面で最も早く中立化と商業自治の統合を果たした都市の一つ。実際の地理的位置よりも、その象徴的な意味の方が厄介なの」
「厄介?」
「ええ」真紀の口調は平坦だった。「象徴的な意味を持つ場所ほど、表面的な友好交流を演出するのに都合がいいから」
私はページをめくった。
スケジュール表が目に入る。
連邦軍校および帝国軍校青年交流見学/都市ガイド/中立歴史館参観/合同礼儀作法見学/学生代表挨拶
最後の一行を見て、私は眉を上げた。
「学生代表挨拶?」
真紀が短く肯定した。
「ヘートヴィヒが登壇する」
その一言で、書類の持つ匂いが完全に変わった。
さっきまではただの退屈な修学旅行の草案だったものが、瞬時に、単なる観光には到底そぐわない、きな臭い政治的気配を帯び始めた。
さらにページをめくると、案の定、後ろには随行者リスト、連絡窓口、警備上の留意事項、服装規定、さらには対外的な発言の推奨ガイドラインまでがびっしりと書き込まれていた。
見ているだけで頭皮が粟立つ。
「これのどこが修学旅行なの」私は言った。「ただ学生を一まとめにして、茶番劇の舞台に送り込むだけじゃない」
「元々そういうものよ」真紀はごく自然に言った。
私は真紀を見上げた。
「随分と理路整然と言い切るね」
「こういう場は、最初から遊びに行くためのものじゃないから」真紀は目を伏せて書類を見つめ、少しだけ声を落とした。「特に、ヘートヴィヒが同席する状況なら尚更」
私は真紀の横顔を二秒ほど見つめた。
先ほどのペン先の停止は、やはり見間違いではなかった。
この草案は、真紀にとって明らかにただの定例書類ではない。彼女のこの書類を見る目は、あのスイーツの苦情や自由服装日を見る目よりも、はるかに真剣だった。それは単なる生徒会長としてのモードではなく、この裏に何かが隠されていることを既に知っていながら、今はまだ語るつもりがない人間の目だった。
私はすぐには追及しなかった。
一つには、腹が減りすぎて、巨大な制度の壁に正面からぶつかる気力がなかったから。
二つには、私が真紀という人間をよく知っているからだ。
真紀のような人間が今口にしないのは、言いたくないからではなく、まだ言える段階ではないか、彼女自身も裏付けを取っている最中だからだ。
だから私は書類を表紙に戻し、その長ったらしくて苛つく正式名称を指で叩いた。
「連邦軍校と帝国軍校の友好交流」
その文字を読み上げた私の声には、半分は嘲笑、もう半分は嫌悪が混じっていた。
「両陣営が、相手を発射ポッドに詰め込んで撃ち出したいくらい憎み合ってることくらい、犬だって知ってる」
真紀は今度こそ、本当に笑った。
公の場で見せるような計算された笑いではなく、短く、本音の混じった、「シモならそう言うと思った」というような呆れを含んだ笑いだった。
「そのセリフ、公式記録に載せたらすごく見栄えがするわね」
「要望欄に書き足しておこうか」私は言った。「ついでに、両校の友好を深めるために、食堂でドッグフードを販売するよう提案しておく」
「それは間違いなく、帝国側から外交的挑発だと受け取られるわね」
「その方が手っ取り早いでしょ」
真紀は手を伸ばし、指を曲げて、私の額を軽く弾いた。
痛くはない。
だが、ひどく真紀らしかった。
「何でも挑発に使わないの」
「でも真紀、さっき『両陣営が互いを死ぬほど憎み合ってる』ってこと自体は否定しなかったよね」
「それが重要ではないから」真紀は言った。
「じゃあ、何が重要?」
真紀はすぐには答えなかった。
ただ、私の手からコペルニクスの草案を抜き取り、後ろの付録のページを数枚めくり、特定の数行に視線を留めた。その動作はとても細やかで、私がこれほど近くに座っていなければ、彼女の指先がわずかに力んだことにすら気づかなかっただろう。
それから、真紀は再び書類を閉じた。
「重要なのは、出発までにはまだ時間があるということ」真紀は言った。「これはあくまで草案。今は、処理すべきものを先に片付けるのが先」
ひどく理にかなっている。
理にかなっているからこそ、余計に疑いたくなる。
私は背もたれに寄りかかり、目を細めて真紀を見た。
「真紀」
「何?」
「その顔、書類の中に、今は私に知られたくない何かが挟まってる時の顔だよ」
真紀は表情一つ変えず、ごく自然に書類を脇へ置いた。
「あなたのその表情の識別能力が、もし歴史の知識の半分でもあればよかったのに」
「話を逸らさないで」
「逸らしてない」真紀は言った。「遺憾な事実を述べているだけ」
「本当に教師に向いてるよ、真紀は」
「あなたなら間違いなく落第するわね」
「どうして?」
「月面都市すら見知らぬ単語として扱うから」
「それは、私の脳の容量をもっと実用的なものに使うためだよ」
「例えば?」
「例えば、どの公文がゴミで、どのゴミが公文のふりをしているか、一目で見抜くこととか」
真紀は静かになった。
今度は、私を見る真紀の目が、本当に半秒だけ変わった。
短い。
光と影が揺れたかと思うほど、一瞬の出来事。
だが、私は核心を突いたと悟った。
だから私はもう笑わず、ふざけるのもやめた。
オフィスの中は数秒間静寂に包まれ、紙の擦れる音と、窓の外から遠く聞こえる学内の雑音だけが残った。その静けさは気まずいものではない。どちらかというと、机の下で何かがゆっくりと形作られつつあるような、ただまだ名前を付けられるほど成長していないだけの、そんな空気だった。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




