149.直々の臨席 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
再び艦橋に足を踏み入れたとき、そこは非常にまずい静けさに包まれていた。
空っぽなわけじゃない。 誰も喋っていないわけでもない。 全員が口を開いているのに、その一言一言が、酸素を節約しているかのように極端に短いのだ。
こういう静けさは、たいてい二つのことを意味する。 一つ、事態が本当に重大であること。 二つ、事態が重大すぎて、誰も無駄話をしている暇がないこと。
……まあ、雪風号にはそれでも無駄話をする暇がある人間がいるわけだが。 ただ、今日は少し少ない。
主観測スクリーンの前では、デュナン星の輪郭がすでに大きく引き伸ばされていた。 観光パンフレットに載っているようなロマンチックな青と白の球体でもないし、学校の天文学の授業で子供を騙すために使う「宇宙は美しい」という標準的な模式図でもない。
今、私たちの前にぶら下がっているのは、本物の首都星だ。人が住み、会議を開き、権力闘争に明け暮れ、私たちのために追悼式を開き、ついでに近傍軌道に十二基もの非人間的な巨大要塞「天幕」をぶら下げて、自分自身を「誰にも触らせない高級な政治的果実」として包装しきっている星。
私が足を踏み入れた瞬間、アッシュは振り返りもしなかった。
「星野、配置につけ」
「入り口に私専用のセンサーでも付けてるんじゃないかと疑いたくなるんだけど」
「その必要があるか?」アッシュの口調は平坦だ。
「あなたが艦橋に入ってくるときは、毎回設備を半分ほど解体しに来たような気配がする」
「……それ、偏見でしょ」
「経験だ」
素晴らしい。 私は自分の配置の横へ歩いていった。真紀はすでにそこにいた。
制服は整い、肩のラインはまっすぐで、表情は『重大作戦前に全艦を震え上がらせる副長の顔』という教範の表紙にそのまま印刷できそうなほど標準的な冷静さを保っていた。 数時間前、この人間が私のベッドに潜り込んで、私に抱きついたまま起きようとしなかったことなど、私しか知らない。
人間とは本当に偽善のな生き物だ。 特に、制服を着る人間は。
真紀は私を一瞥した。短い視線だった。
「眠れた?」
「少しは」
「ならいいわ」
「よくない」私はポケットに手を突っ込み、小声で言った。
「この後、自分の追悼式に出席しに行くんだと思うと、この人生、いくらなんでも常識から外れすぎてる気がするんだけど」
真紀の口の端が動いた。 笑いではない。 どちらかというと、「あなたの人生に常識的な部分が残っているなら、ぜひ教えてほしいわね」と言っているような動きだった。
前列で、アッシュが肘掛けを一度叩いた。
全艦橋の視線が即座に引き戻される。
「最終確認を始める」アッシュが言った。
その一言だけ。 動員演説はない。
「諸君、ご苦労だった」という、報告書の最初のページに書くにはふさわしいが、本当に忙しいときは全員が読み飛ばすような言葉もない。
もともとアッシュはそういうタイプではない。 アッシュは、こちらが心臓を飛び出させそうになっているときに、額に秒針を押し当てて「今は震えている場合じゃない。順番通りに報告する時間だ」と告げてくるタイプの人間だ。
主幕が切り替わり、画面が三層に分かれた。 一番上が首都圏進入ライン。 中央が追悼式会場の空域と中継ノード。 一番下がヘートヴィヒの地味な移送ライン。色はひどく薄く、誰の記憶にも残るべきではないかのように設定されている。
アッシュがまずロイを見た。 「進入ルート」
ロイは航法席の横に立ち、手を挙げてメインマップを拡大した。
「雪風号は現在、デュナン外環記念航道の外側六十七光秒に位置。現速で推進した場合、予定時刻の八分四十秒前に天幕外周の識別境界に到達する。本艦は核心回廊には入らず、礼式空域の外縁ぎりぎりを圧して進入。第一視点では艦体左舷のシルエットを提示し、第二視点で会場のメインカメラに引き継がせる」
ロイはそこで一拍置き、もう一言付け足した。
「すべてが順調なら、かなり美しく見えるはずだ」
私は危うく吹き出しそうになった。 いかにも操舵手のロイらしい言葉だったからだ。 普通の人間なら、「順調なら」の後には「任務を安全に完了できる」と続ける。ロイは違う。ロイが最初に考えるのは「美しさ」だ。
でも正直、分かる。 軍校の教官たちが集団で血圧を上げるような真似をする以上、進入が不格好であってはならない。
アッシュはただ頷いた。 「順調でなかった場合は?」
ロイの口調は変わらない。
「電子戦の遮蔽が早期に無効化された場合、雪風号は即座に予備の弧線へ移行。デュナンの主防衛軸から遠ざかり、天幕と正面から交差することを避ける。識別承認が遅延した場合は、蘭が三秒前倒しで第二波のマーカーを打ち込む。最悪の場合、公開進入を中止し、低視認性の帰港プロセスに切り替える」
ジェスが横で顎を撫でた。
「『最悪の場合』を、恋愛小説のキープ要員みたいに簡単に言うわね。さすがだわ」 ロイはまぶた一つ動かさない。
「お前が天幕の下で恋愛したいなら、俺は反対しない」
「結構よ。そこまで趣味は悪くないわ」
艦橋で誰かが短く笑った。 とても短い笑いだったが、非常に有効だった。 なぜなら、頭上に十二基の首都防衛要塞をぶら下げながら、自分の追悼式にどう派手に出席するかを計画しているとき、笑える二秒間というのはどんなものよりも価値があるからだ。
アッシュは次に蘭を見た。
「識別チェーン」
蘭はヘッドホンを少し上に押し上げた。 「第一波の識別流し込みは進入の七秒前に起動。ターゲットノードは会場のメイン中継、軍の礼式回線、そして首都圏の公共字幕システム。映像より先に音声を、艦籍の詳細データより先に艦名を。現場が状況を理解する前に、まず『雪風号』という三文字を認識させる」
「なんで一気に全部出さないの?」私は聞いた。 蘭は自分の画面から目を離さず、平坦な声で答えた。 「人間が衝撃を受けたとき、大量のデータで顔面を殴られるより、見覚えのある名前を一つ先に見せられたほうが、組織的な思考能力を失いやすいから」
……それ、性格悪すぎないか。
アイダが横から補足する。 「政治的な効率にも合致しているわ。現場に先に悲鳴を上げさせれば、後から事態をファイルキャビネットに押し込むのは極めて困難になる」 「先輩、最近そういうこと言うときの声、すごく活き活きしてますよね」 アイダは無表情だった。 「事実を述べているだけよ」
素晴らしい。 この女の「事実を述べているだけ」は、最近どうも公式な印鑑を押した悪意のように聞こえ始めている。
アッシュがエヴリンに向き直った。 「天幕」
その二文字が出た瞬間、艦橋の空気が再び引き締まった。
エヴリンは松葉杖をついて電子戦区画の前に立っていた。楽な姿勢ではないが、病人らしい虚弱さは微塵もない。彼女の横には端末の画面が浮かび、シナリオと検証チェーンがびっしりと並んでいる。一目見ただけで、頭の中の部品が緩みそうな代物だ。
「天幕が我々を本当に『見逃す』わけではないわ」エヴリンが言う。
「私にできるのは、天幕を盲目にすることではなく、極めて短い時間の中で『今すぐ撃つのは待とう』と判断させることよ」
「人間の言葉で言って」ジェスが言う。 エヴリンは彼女を一瞥した。
「雪風号を、あまりにも異常で、敏感で、上層部に確認を上げる必要があるため、末端の防衛プログラムが直接処理すべきではないターゲットだと思い込ませるの」
「ああ」私は理解した。「簡単に言えば、『即時撃墜すべき』から『これは上の連中に頭痛の種として投げたほうがいい』に格上げさせるってことね」
エヴリンはなんと、頷いた。
「だいたいそんなところね」
「……先輩、犯罪まがいのことを行政手続きみたいに説明するの、本当に上手いですね」
「犯罪じゃないわ」エヴリンが言う。「相手に自身のプロセスを忠実に守らせるだけよ」
……よし。 今の言葉のほうがもっと怖い。
アッシュはこの理屈に対して道徳的なコメントはしなかった。この段階に来て、道徳感というものはたいてい艦速を落とすためにしか機能しないからだ。 「成功率は?」
エヴリンは考える素振りも見せなかった。
「ハーヴィーが直したあのガラクタの山が、本番で自爆ショーを始めなければ、七割八分」
「その前提、ちょっと怖すぎない?」私は言った。
後ろからハーヴィーの声が聞こえた。 「自爆はしない」 ハーヴィーが設備区画から顔を出した。目の下の隈は二日前よりさらに濃くなり、手には潤滑油なのか電子モジュールの死の遺言なのか分からないものがこびりついている。
「せいぜい、バックアップモジュールのうち二組が高負荷で人格を失って、それぞれ勝手なことを喋り始めるくらいだ」
「それ、もっと怖いんだけど!」私は抗議した。 ハーヴィーは平然としていた。
「だから言っただろ、直したって」
工学部門というのは、人の心を落ち着かせるのに世界で最も向いていない職種だ。
アッシュはただ一言だけ返した。
「七割八分で十分だ」
ハーヴィーは引っ込んだ。 その光景を見て、私はふと馬鹿馬鹿しさを感じた。 時々、この船で最も頼りになるのは「絶対大丈夫だ」という言葉ではなく、「問題はあるが、まだ使える」という事実なのだ。 ……ここまで生き延びてこられたのも、ある意味で奇跡と言える。
続いてアイダの番になった。 「移送ライン」 アイダは画面を切り替え、あの薄い色のフローチャートを表示した。 「ヘートヴィヒと随行員は、雪風号の進入十二分前に分離を開始。第一陣として動くのは護衛と侍女で、医療後送の名目で首都圏内環のサービス航路に切り込む。ヘートヴィヒ本人は四分遅れで、第二のチェーンから国防委員会秘書処が手配した非公開の受け入れ窓口へ移行する」
「侍女」という言葉を聞いた瞬間、私の脳内には、人間を優雅に片付けてしまいそうなあの平然とした顔が自動的に浮かんだ。 「ちょっと待って、侍女さんも別にするの?」私は聞いた。 「当然でしょ」アイダは私を見た。「彼女を追悼式会場の隅に立たせて、私たちの公開復活ショーを見物させたいの?」
……確かに。 その光景は想像するだけで危険すぎる。
アイダは説明を続ける。
「完全なタイムラインを知っているのは四人のみ。残りの人員は、各自の切り替えノードしか知らされていない。仮に誰かが尋問されても、全貌を復元することは不可能よ。雪風号の公開帰還が視線の九割以上を吸い取る。残りの一割は、委員会側が自ら処理するわ」
真紀が横から補足した。
「当直と小艇のリストも切り直した。ヘートヴィヒの区画の通路は、今この瞬間から必要最低限の警備のみを残し、一般の乗員は近づけない。追悼式に降下する小艇は三陣に分ける。星野は第一陣、ジェスは第二陣。ロイは降下せず、艦に残り姿勢制御と離脱チェーンを処理する」
ジェスが眉を上げた。
「なんで私が第一陣じゃないの?」 真紀は顔も上げない。 「あなたが降りた瞬間、メディアのカメラに向かって出すべきではないハンドサインを出す確率が八十パーセントあるからよ」
「……副長、私の人格評価、低すぎません?」
「これでもかなり寛容に見積もった数字よ」
私は横でむせそうになるのを必死で堪えた。 真紀のその言葉は、少しも大袈裟ではないからだ。ジェスが第一陣で降りれば、全連邦のカメラの前で、年末のニュース総集編に切り抜かれるのにふさわしい、あのいけ好かない表情を真っ先に見せつける可能性が本当にある。
最後に、アッシュが私の方を向いた。 不幸なことに、これはたいてい、本当に逃げ出したくなる部分が来たことを意味する。
「星野」
「……はい」
「小艇を降りた後、あなたはどうする?」
私は考えるまでもなく、この数時間、真紀とアイダに交互に絞られながら叩き込まれた核心の答えを暗唱した。 「背筋を伸ばして立つ。全員に自分が生きていると分からせる。司会者みたいにも、遺書の朗読者みたいにもならない」 ジェスが後ろで「ぷっ」と吹き出した。
アッシュは笑わなかった。
「第一声は?」
艦橋全体が、一瞬静まり返った。 正直に言う。この質問が遅かれ早かれ来ることは分かっていた。 会場に着くまで永遠に先延ばしにできるわけがないことも。 でも、本当にまだ決まっていなかった。 言葉が浮かばないのではない。 浮かびすぎて、どれも本物らしく聞こえないのだ。
だから私は二秒沈黙し、馬鹿正直に言った。 「まだ、完全には決まってません」
真紀は口を挟まなかった。 アイダも声を出さない。 全員が、アッシュの反応を待っていた。
アッシュは私を見て、表情を変えなかった。 そして、言った。 「いいだろう」
私は固まった。 「は?」 「今、第一声を暗記してしまえば、現場でいかにもリハーサルしてきたような喋り方になる」アッシュは平坦な声で言った。「私が欲しいのは台詞じゃない。生きた人間だ」
……よし。 いかにもアッシュらしい。 そして、極めて正確だ。
私の胸の奥で少しつっかえていたものが、ふっと本当に軽くなった。 ジェスが横で笑いながら言う。 「ほら、あなたのその場しのぎの口八丁まで、戦術資産として認定されたわよ」 「黙れ」 「名誉なことじゃない」 「労災だ」
アッシュは私たち二人を無視して、最後の締めに入った。 「他に質問は?」
真紀が手を挙げるように、端末を軽く持ち上げた。 「あります」
……来た。 副長が「ある」と言うときは、絶対に人が安心できるような内容ではない。
「追悼式の現場で、遺族が感情を制御できなくなった場合、あるいは軍の礼式隊が独断で接近してきた場合、第一陣の降下要員はどう対処すべきですか?」
今度は私が先に答えた。 「立ったまま、動かない」
艦橋の全員が私を見た。 私は鼻をかいた。 「何? 一番合理的でしょ? 私たちは会場を鎮圧しに行くわけじゃない。そこに立って、はっきりと姿を見せれば、焦って百の言葉を並べるよりずっと効果がある」
ロイが頷いた。 「その通りだ。言葉より映像のほうが強い」 アイダも同意する。 「最初の衝撃が、仕事の大半を片付けてくれるわ」
真紀は私を一秒見た。
「……あなたもたまには、まともなことを言うのね」
私はその場で反発した。
「何その評価」
「事実に基づいた評価よ」
本当にどうもありがとう。 でも正直なところ、彼女のその言葉が実は一種の承認であることは分かっていた。 ただ、九島真紀という人間は、おそらく生まれたときから「承認を人間の言葉らしく伝える方法」を学んでこなかっただけなのだ。
アッシュは艦橋を見渡し、もう誰も追い打ちをかけないことを確認すると、ゆっくりと立ち上がった。 その瞬間、艦橋全体が、椅子の背もたれごと姿勢を正したような気がした。
「よし。最終確認を終了する」
拍手はない。 誰かが熱血ぶって「絶対に成功させよう」などと言うこともない。 ここまで来れば、全員がとっくに分かっているからだ。
――私たちはスローガンを叫んでいるのではない。 ――一年前の事故報告書の中で死んだはずの船を、もう一度、彼女自身の名前の下へ送り届けようとしているのだ。
アッシュは前方の主幕を見つめた。デュナン近傍軌道の十二基の天幕を、会場のマーカーを見つめ、そして高くはないが、全艦橋の全員の耳に正確に届く声で、最後の命令を下した。
「各席、実行配置に戻れ」
「はっ」
「了解」
「了解」
「受信」
応答の声が次々と点灯していく。 主幕の光が、一人一人の顔の上を滑っていく。
ロイは航法席へ戻る。 蘭はヘッドホンを押し直す。 エヴリンは、天幕を七秒間頭痛に陥れるためのあのシナリオの山へ向き直る。 ハーヴィーの区画からは、再び工具のぶつかる音と低い呪詛が聞こえ始める。 アイダは移送のタイムラインの確認に目を落とす。 真紀はリストの最終チェックを始める。 ジェスは笑いながら手袋を引き上げている。少し規模の大きい犯罪に参加する前のような笑みだった。
そして私はその場に立ち、デュナン星を見つめていた。 非常に奇妙な、だが非常に鮮明な感覚があった。
恐怖は当然まだある。 胃の奥が締め付けられる感覚も残っている。 だが、それはもう、人を引きずり下ろすような重りではなかった。
エンジンの振動に近い。 教えてくれているのだ。そう、これは現実だ。そう、いよいよお前の出番だ。そう、この後ハッチが開いたら、もう誰も代わりにお前の言葉を紡いではくれないのだ、と。
真紀が私の横を通り過ぎるとき、ふと足を止めた。 「星野」 「ん?」 「そのときが来ても、下を向かないこと」
私は彼女を見た。 真紀はそれ以上説明せず、その一言だけを落として、前へ歩いていった。
でも、分かる。 当然だ。 これは姿勢の問題ではない。 礼儀の問題でもない。 見栄えの問題ですらない。
つまり―― もし私たちが、連邦全体の前で、他人が用意した死を拒絶すると決めたのなら。 せめてその道を降りていくときくらい、頭を下げてはいけないのだ。
私は彼女の背中を見つめ、ふっと笑いを漏らした。 「分かってるよ、副長」
そして、私も自分の配置へと歩き出した。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




