148.仕込み 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
夜になると、雪風号は珍しく少しだけ静かになった。
完全な無音ではない。 この船が完全に静かになることはあり得ない。人が喋らなくても、艦体の中では常に何かの音が生きている。換気、循環、遠くの足音、どこかの区画でハッチが閉まるときの微かな金属の噛み合わせ。そして、誰かが床に何かを引きずったような、文明社会がどうにか稼働を維持していることを示す摩擦音。
それでも、直前の二十数時間に比べれば、ずっと静かだった。 静かすぎて。 かえって眠れなかった。
ベッドに横たわり、上段のベッドの裏板を十分間見つめた。追悼式の現場の光景から、デュナン近傍軌道の十二基の天幕を思い浮かべ、最後にはヘートヴィヒの言った「連邦全体の前で、他人があなたたちのために用意した死を、拒否するの」という言葉に行き着いた。出撃前夜に、こんな哲学的な台詞で自分の睡眠の質を削るのは間違っているんじゃないかと、我ながら思い始めた。
だから、ベッドから降りた。
部屋のドアは全開にせず、隙間だけを開けた。室内の夜間灯はつけず、薄い上着を羽織って、小さな観測窓のところへ忍び寄り、思春期の骨格を侮辱しているとしか思えない幅の狭い折りたたみ椅子に座った。
外には首都圏外環の星光があった。 辺境より密で。 深宇宙より明るい。 不自然なほどに明るい。
長く見ていると、奇妙な感覚に陥る。もう少し前へ進めば、宇宙のどこかの看板に「帰郷」という文字が本当にぶら下がっているのが見えるんじゃないか、と。 ……残念ながら、現実は人に道標を掛けてくれるほど親切な代物ではない。
私は膝に肘をつき、低く息を吐いた。 「お待たせして申し訳ありません……」 一拍置いて、眉をひそめる。 駄目だ。 やっぱり司会者みたいだ。
「連邦軍艦雪風、帰――」 自分で自分に白目を剥く。 これも駄目だ。 これを口にした瞬間、人間が軍校の模範教材の表紙に変身してしまう。血肉が消え失せ、フォーマットだけが残る。
私は髪をくしゃくしゃと掻きむしり、本気で疑い始めた。いっそ会場で「皆さんこんばんは」と言って、その場で真紀に小艇から蹴り落とされるべきなんじゃないか、と。
窓ガラスに向かって三度目のテスト発声を投げつけようとしたとき、背後でごく微かなドアの音がした。
振り向かなかった。 振り向く必要がないからだ。 この雪風号の中で、こういうタイミングで私を見つけ出し、しかも見つけた後に声を出して驚かしたりしない人間は、十中八九一人しかいない。
案の定、数秒後、背後から上着が私の肩に落とされた。 「夜中にこっそり抜け出して、人生を反省しているみたいね」 真紀の声が後ろから聞こえた。 寝起きのせいで、まだ少し低く掠れている。
その声は反則だ。 相手が昼間、艦全体の秩序を分度器のように正確に測り切るあの九島真紀なら、なおさらだ。「副長閣下」と、今ドアのそばに立って、薄い上着を羽織り、髪も完全に整っていない状態で低い声を出しているこの女が、同じ生物だとは到底思えない。 まあ、確かに少し似てはいるけれど。
私は肩の上着を引き寄せた。 「仕事中なんだけど」 「午前二時半にスリッパで、ここに座ってガラスに向かって話しかけるのが?」 真紀はゆっくり歩いてきて、私の隣に立った。 「随分と個性的な業務内容ね」 「プロの邪魔しないで」 「プロはさっき何を言っていたの?」 「何も」 「『お待たせして申し訳ありません』って聞こえたけど」
……くそ。 私はすぐに振り向いて睨んだ。 「盗み聞きしたな」 「あんなに大きな声で言っていたら、盗み聞きとは言わない」真紀は平然としている。「強制参加よ」 私は舌打ちして、顔を戻した。
真紀は私をしばらく見ていたが、やがて手を伸ばし、隣にあったもう一つの狭い椅子を引き寄せて座った。 近すぎはしない。 ただそこに座り、脚を組み、肘を自然に膝に乗せて、私と一緒に窓の外を見ている。
こういうとき、いつも言葉にできない感覚になる。 彼女は何もしていない。 特別に優しい言葉をかけたわけでもない。 ただ彼女がそこに座るだけで、ずっと私の胸の奥につかえていた、小石のように人を苛立たせるものが、なぜか少しだけ静かになるのだ。
嫌な感じだ。 こういう空気は、人を少しばかり正直にさせてしまうから。
「私、最初に降りるべきじゃないのかな」私は不意に聞いた。 真紀はすぐには答えなかった。 彼女はいつもそうだ。本質的な問題にぶつかったときほど、その場を取り繕うような綺麗な答えを急いで出そうとはしない。
数秒経ってから、彼女は口を開いた。 「今のは、戦術の話? それとも、自分が怖いかどうかの話?」 私は少し沈黙した。 「……両方かな」 「戦術上は、あなたが適任よ」真紀が言う。 「分かってる。識別度が高くて、口を開けば幽霊と間違えられなくて、雪風号の活動のメインビジュアルにぴったりだからでしょ」 真紀は横目で私を見た。 「よく覚えているわね」 「忘れるわけないでしょ」 「ならいいわ」彼女は淡々と言った。「私の説明が効率的だったということだから」
……この女は本当に、人がせっかく真面目になろうとしているときに、精確に空気を右に五度ずらしてくる。 抗議しようとしたが、結局口の端が少し緩んでしまった。 真紀は私のその表情を見て、追い打ちはかけず、話を戻した。
「もう一つの問題について言えば」彼女は言った。「怖いのは普通よ」
私は一瞬固まった。 正直に言うと、「今は怖がっている場合じゃない」とか「感情を制御することを覚えなさい」とか、いかにも副長らしい教範的な台詞が返ってくると思っていた。
違った。 彼女はただ静かに、怖いのは普通だと言った。 そのせいで、かえって言葉に詰まってしまった。
「こういうときって、もう少し励ますような台詞を言うべきじゃないの?」 「あなたにそれが必要?」 「……」 私は少し考えた。 「あんまり必要ないかも」 「ならいいわ」真紀が言う。「あなたが怖がっているからといって、できないわけじゃない。むしろあなたが全く怖がっていなかったら、下に降りてからもっと最悪な第一声を口走らないように、先にあなたを縛り上げておきたくなるわね」 「ちょっと」 「例えば、『死人本人が到着しました』とか」 「あれ、絶対ウケるのに」 「だから駄目なの」
私は思わず吹き出した。 小さな笑い声だった。 でも、ようやく本当に笑えた気がした。
真紀はそれを聞いて、何も言わず、ただ手を伸ばして、私の肩にある上着をもう一度少し上に引き上げてくれた。 その動作も自然だった。 普段からそうしているみたいに自然だった。
自然すぎて、ふと思い出した。この数日間、艦橋でも、皇女のところでも、人の脳みそを搾り取るような準備作業の間でも、真紀は実は一度も私から遠く離れていなかったことに。 前に立っていることもあった。 横にいることもあった。 ただ「座りなさい」の一言や、私を後ろに引っ張る動作だけのこともあった。
でも、彼女はずっとそこにいた。
そう思うと、急に少し負けず嫌いな気持ちが湧いてきた。 「そういえば」私は窓の外を見つめたまま言った。「昼間の『艦の資産』って言葉、まだ根に持ってるからね」 真紀は「ん」とだけ返した。 「覚えているのはいいことね」 「褒めてないから」 「分かってる」 「私を装備品みたいに言った」 「装備品じゃないわ」真紀が言った。 「じゃあ何?」
今度は、彼女は少し考えた。 適当な沈黙ではない。 本当に考えた沈黙だった。
最後に、彼女は言った。 「勝手に走り回るし、口答えはするし、たまにすごくうるさいけれど、放っておけないもの」
私はその場で振り向いて彼女を見た。 「それ、さっきよりマシになってる?」 真紀はようやく笑った。 とても薄く。 とても短い笑いだった。
だが、なぜだろう。その一瞬の笑みは、彼女が普段見せる勝利宣言のような冷笑や、私がドジを踏んだときの「やっぱりね」という表情よりも、ずっと……柔らかかった。
「マシでしょ」彼女は言った。 「全然」 「少なくとも装備品よりは」 「ぎりぎりね」 口ではそう言いながら、耳が妙に熱くなっていた。
……本当に情けない。 こんな状況になってまで、こんな言葉で心拍数が半拍跳ね上がってしまうなんて。 首都圏突入前夜における人類のストレス耐性には、本当に限界があるらしい。
真紀は私を見て、不意にまた聞いた。 「第一声、考えた?」 私は視線を窓の外に戻した。 正直に言うと、まだだ。 あるいは、心の中にぼんやりとした輪郭はあるけれど、まだ早すぎる気がして口に出せないでいた。一度口に出してしまえば、その光景に先にハンコを押してしまうような気がしたからだ。デュナンまではまだ距離があるし、追悼式会場にはもっと届いていない。自分を早すぎる言葉で縛り付けたくなかった。
だから、首を横に振った。 「まだ完全には」 「なら、無理に考えなくていいわ」 「でも――」 「シモ」真紀が私の言葉を遮った。「あなたは司会者でもないし、報道官でもない」
私は顔を上げて彼女を見た。 真紀の目は、とても静かだった。
「あなたはただそこに立って、生きていると彼らに知らせれば、それで十分よ」
……とてもシンプルな言葉だった。 特別に気の利いた慰めでもない。 だが、そういう言葉こそが、人の心に一番まっすぐに落ちてくる。 ずっと胸の奥で私を苛立たせていた小石が、本当に少しだけ小さくなったような気がした。
「今日、なんでそんなに普通に喋るの」私は小声で言った。 真紀の眉が動いた。
「私が普段、普通じゃないって言いたいの?」
「普段は、夜中に泣きそうになるくらい詰められたりしないから」
「今、泣きそうなの?」
「……泣いてない」
「ならいいわ」
「そういうところがまた嫌なんだけど」
真紀は答えなかった。 彼女はただ、とても軽く、自分の肩を私の肩にぶつけてきた。 抱擁ではない。 ドラマチックな動作でもない。 ただ、それだけ。
まるで、「私がいる」と言っているように。 そして、「もし今本当に持ちこたえられないなら、とりあえずこっちに倒れてきてもいい」と言っているように。
私は前のガラスを数秒見つめ、最後に低く言った。
「真紀」
「ん」
「もし明日、私がしくじったら――」
「しない」
「もしもの話」
「なら、私が後ろで修正する」真紀は言った。
答えるのが早すぎた。 思考を経由していないかのような速さだった。 あるいは、彼女の中ではとっくにそれが当たり前のこととして処理されていたのかもしれない。
私はその言葉を聞いて、一時的に何を言うべきか分からなくなった。 ある種の約束は、当たり前のように言われれば言われるほど、わざとらしく包まれた綺麗な言葉よりもずっと重くなるからだ。
最終的に、私はわざと語尾を崩すしかなかった。自分がこれ以上情けなく見えないように。 「そんなこと言われると、わざとしくじりたくなるんだけど」 「やってみなさい」 「ほら、これぞ私の知ってる副長」 「そう?」 「うん」私は頷いた。「さっきのは海賊版みたいだった」
真紀は今度こそ、本当に笑った。 その笑いはとても浅く、一瞬で通り過ぎていくようなものだった。 でも、存在した。私は確かに見た。
しばらくして、彼女は立ち上がった。 「戻って寝なさい」 「先に戻ってよ」 「なぜ?」 「もうちょっと座っていたいから」
真紀は私を見下ろした。 いつもの彼女なら、ここで「今すぐ戻るよう命令する」くらい言いそうなものだ。だが、言わなかった。彼女はただ手を伸ばし、私の髪をくしゃっと撫でた。
とても短く。 そして、とても乱暴に。
私はその場で完全に硬直した。 「……ちょっと」 「おやすみ、シモ」 「それ、反則でしょ」 「私が反則するのは、これが初めてじゃない」 真紀はそう言うと、背を向けて歩き出した。
私はその場に座ったまま、彼女の背中がドアの向こうに消えるのを見送り、数秒経ってから、遅れて自分の髪に手を伸ばした。
くそ。 戦前に未成年の同乗者にこんな真似をすれば、相手の心拍数と判断力に重大な影響を及ぼすってこと、この女は分かっているのか?
……いや、どうせ分かっている。 分かっていて、わざとやっているのだ。
私は再び窓の外を見た。 首都圏の航路灯はまだそこにある。個人の感情などでは決して明るさを変えないルールの象徴のように。
でも、急に胸のつかえが取れた気がした。 怖くなくなったわけじゃない。 突然勇敢になったわけでもない。 ただ、分かったのだ。明日、あの小艇のハッチが開いて、私が本当に降りていくとき―― 後ろで見ている人がいる。 そして、もし私がしくじっても、本当に私の後ろで修正してくれる人がいる。
それだけで、十分だった。
私は低く息を吐き、ガラスに映る、最近ますます普通の一年生らしくなくなってきた自分に向かって、小さな声で言った。
「……なら、背筋を伸ばして立つか」
今度は、ガラスの中の人間は、世界に引きずられているようには見えなかった。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
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「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




