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臨界の星穹  作者: Mr.佐藤焫焵
臨界の星穹:ロスト
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146.大人たちの催す葬列  2

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

最近の私は、本当に色々なことに首を突っ込みすぎている。


遠い話は置いておくとしても、帝国皇女のこの件ひとつを取っても、もともと私には関係のないことだった。筋道からいえば、この規模の厄介事は、真紀が前に立って、アッシュが締めて、あとはアイダみたいな「書類も人間もいっぺんに綺麗に折り畳んでしまえる」タイプが加われば、だいたい片が付くはずだ。


それなのに、なぜか会談のたびに、私まで無理やり同席させられた。


一回目は、まだ現場の都合だと理解できた。二回目あたりから、誰かが意図的にやっているんじゃないかと疑い始めた。三回目以降は、ほとんど確信していた。私の連邦軍における正式な用途は零式の操縦じゃなくて、「空気がこじれたときに、星野 シモを一人放り込んで、何が起こるか観察するための」マスコットなんじゃないか、と。


そんなことをしているうちに、知られていい範囲の人間には、だいたい私の顔も名前も知れ渡っていた。


あの怖い侍女も含めて。


私は、あの一団の名前を聞かなかった。


礼儀を知らないからでも、急に人の顔が覚えられなくなったからでもない。単純に、経験則だ。


こういう類の人間の名前を一度知ってしまうと、話がややこしくなる。


名前というのは面倒なものだ。知ってしまえば、どうしても親近感が生まれる。親近感が生まれれば、次に本当に敵として向き合わなきゃいけないとき、手が半拍遅れる。


そして私は、その半拍を遅らせていい人間じゃない。


だから、当面はあの相手を――侍女さん、と呼ぶことに決めた。


正直に言えば、あれは「侍女」というより、「夜中に押し入った刺客を素手で三つ折りにして、クローゼットに収納しておいてくれそうな」高度な処理部門に見えるのだが。私の中にある「侍女」という言葉のイメージとは、縦にも横にも、しっかりずれている。


雪風は、二度の点対点超光速航行を終えて、ようやく首都圏に近い連邦内環航路に出た。


艦外の星図は再び混み合いはじめ、公共波帯も、いかにも連邦らしい騒がしさを取り戻しつつある。


軍の識別、民間の通信、地方放送、交通警告、農産市況、眠れない深夜番組のパーソナリティ――文明社会のいちばん説得力のある証拠は、記念碑なんかじゃない。深夜二時になっても、誰かが真剣な声で「明日の星域先物が下がるかどうか」をラジオで議論していることだ。


残念ながら、そんな「やっと帰ってきた」空気を、私がちゃんと味わう前に、部屋の壁の通信端末が、控えめな音で先に鳴った。


午前二時。


私は悪態をひとつついて、壁の通信端末を乱暴に引き抜いた。


「用がないなら頭を真空トイレに突っ込んでやる」――そう先に脅してやるつもりだったのに、向こうが一瞬早く口を開いた。


「アッシュだ。星野、九島と一緒に、今すぐ艦橋に来い」


片目を閉じたまま、頭の半分はまだ眠りに浸かっていたが、口だけは先に目を覚ましていた。


「パジャマパーティーのつもりなら、気密扉の外に放り出すからな、アッシュ」


アッシュは私の無駄口に付き合う気などさらさらない。


「ごちゃごちゃ言うな。早く来い」


次の瞬間、通信は切れた。


いかにもアッシュらしい。真夜中に人間をベッドから引き剥がすことすら、期限切れの補給品を受け取りに来いと通知するのと同じ調子でやってのける。


目をこすりながら起き上がろうとした瞬間、右側が何かにきつく挟み込まれているのに気づいた。


……ああ、そうだ。


私は手を伸ばして、その熱源をぽんぽんと叩いた。戦略物資の流出を防ぐみたいに、私を抱え込んでいる熱源を。


「真紀、起きて」


だるい声で言う。


「アッシュのやつ、また夜中に人を掘り起こしやがって。本当にぶん殴りたい」


真紀はくぐもった声で一度だけ返事をした。顔は私の肩口に埋まったままで、手はまったく離れる気配がない。


私は首をねじって、向かいのベッドに目をやった。


真紀の――軍紀模範教材の表紙みたいに整頓された、あのベッドは、案の定また一糸乱れていなかった。シーツは平らで、枕は端正、誰にも触れられたことがないみたいに清潔だ。


つい言葉が漏れる。


「そういえば、自分のベッドがあるのに、なんでいつもこっちに詰めてくるわけ?」


「やだ……」


真紀はようやく少し目を覚ましたが、離れるどころか、むしろ堂々と抱き直してきた。声にはまだ眠気が絡んで、語尾がわずかに甘く粘っている。昼間、一言で全艦の人間を椅子に釘付けにする副長とは、まるで別人だった。


「シモと寝たいから」


……反則だろう、それは。


本当に。


こんなときに甘えてくるのは、いったいどういう戦術だ。軍校で教えてるのか?それとも九島真紀が独自に履修した、高等人格崩壊講座か何かか?


このまま死んだふりを決め込みたかった。だがアッシュの「今すぐ艦橋に来い」がまだ耳の奥にこびりついていて、まったくロマンのない、それでいて非常に有効な軍用アラームとして鳴り続けていた。


仕方なく、私は真紀を引き剥がした。


「ほら、起きて。副長閣下、現在の任務は人型への復元です」


「霜……」


「呼んでも無駄。これ以上起きないなら、毛布ごと丸めて艦橋まで担いでいくから」


「それでもいい」


「よくない」


十五分後、九島真紀はようやく、歩けて、制服を整えられて、血管の中身が血液なのか軍紀なのか疑わしいいつもの姿に戻っていた。私もどうにか、人前に出せる状態に自分を組み立て直した。


艦橋に着いたときの第一印象はこれだった。


――やっぱり、ただ事じゃない。


一四四班の面々が、ほぼ全員揃っていたからだ。


あくびをしている者、「これだけの価値があるんだろうな」という顔をしている者、走りながら着てきたせいで上着のボタンが一つずれている者。それでも全員が来ていた。


その光景は妙だった。


緊急招集のようでもあり、追悼式の前の点呼のようでもある。


いずれにしても、いい予感はしない。


「星野、九島」


アッシュが主座の横から手招きした。


「これは聞いておいたほうがいい」


真紀と目を合わせ、歩み寄る。


蘭がすでに、ある公共波帯を外部スピーカーに繋いでいた。


次の瞬間、通信席から放送が流れ出した。


「――次のニュースです。雪風号事件から、本日でちょうど一年。行方不明となった乗員の遺族は、政府の呼びかけのもと、本日首都星デュナンに集い、連邦軍行方不明艦艇合同追悼式典に参列しています――」


私の足が、その場で止まった。


艦橋全体も、見えない鉄槌で軽く叩かれたように静まり返った。


放送は続いている。


「――連邦軍および最高評議会の共同声明によれば、今回の追悼式典は雪風号乗員への哀悼とともに、迷航事故調査の継続に対する決意を改めて示すものとされています――」


「――行方不明者名簿には、連邦軍校一四四班の関係者も含まれており――」


その後も何か言っていたが、ほとんど頭に入ってこなかった。


私たち十一人は、すでに互いの顔を見合っていたからだ。全員、腐った軍用レーションを一口ずつ噛みしめたみたいな顔で。


驚愕ではない。


感動でもない。


もっと近いのは――


くそ、私たちって、もう社会的には一度焼かれて骨壺に入れられてないか?


最初に口を開いたのはジェスだった。声がいつになく小さい。


「……前に言ったこと、撤回する」


「どれ?」私は反射的に聞き返した。


「外の帝国駆逐艦のほうが厄介だって言ったやつ」ジェスはスピーカーを見つめたまま、珍しく表情を固くしている。「これを見ると、連邦のほうが追い打ちの打ち方が上手い」


誰も笑わなかった。


本当に笑えなかったからだ。


真紀は私の隣で黙っていたが、肩のラインが完全に張りつめているのが分かった。恐怖じゃない。もっと複雑な何かだ。まだ帰ってもいないのに、誰かが先に追悼を済ませ、見出しを書き、遺影の枠まで整えて、下手をすればベッドや個人ファイルまできれいに処分してしまっている――そういう感覚。


縁起でもないにもほどがあって、その場で悪態のひとつも吐きたくなる。


私は結局、口にした。


「……くそ」


アッシュは咎めなかった。


こういうときに艦橋の言葉遣いの品位を求める気には、さすがのアッシュもならなかったのだろう。


蘭が放送の音量を一段下げ、こちらを向いた。


「特別に探し当てたわけじゃない」蘭が言う。「首都圏の公共波帯が自分で流してきた。つまり、今日この件は連邦ですでに公開進行中のニュースだということ」


「公開ニュースだって聞けば分かる、ありがとう」私は額を揉んだ。「問題は、追悼されてる当人が十一人ここに立ってて、船まで一隻外に浮いてることだけど」


ロイは腕を組んで立ったまま、珍しく茶々を入れてこない。


「タイミングが合ってる」ロイが言う。「俺たちが迷航してから帰還するまでの間に、外では丁度一年が経った」


「外で一年経ってるのは分かってる」私は言う。「ただ、真夜中に叩き起こされて最初にやることが、自分の一周忌特別番組の視聴だってのに、まだ慣れてないだけ」


ここでようやく、誰かが笑った。


アイダだった。


ごく軽く、錯覚かと思うくらい短かったが、確かに笑った。


「少なくとも、本人は出席しているわね」アイダが言う。


「先輩、その慰め方はひどいですよ」


「慰めてない」アイダは平然と答えた。「事実を述べただけ」


……それもそうか。


この人は慰めるときも追い打ちをかけるときも、同じ声色でやるから、自分が受け止められたのか、解剖台に乗せられたのか、いつまでも分からない。


そこで、アッシュがようやく口を開いた。


「感情は一旦置け」


その一言で、艦橋の空気が締まった。


「今の問題は『追悼式が縁起でもない』ということじゃない。連邦側が、雪風号事件をすでに正式に公衆の目の前に引き戻したということだ。つまり我々が姿を現した瞬間、影響は艦内報告や軍の補足書類だけじゃ済まない。メディア、遺族、軍校、評議会、そして――」


アッシュは一拍置いた。


「中層で、非常に礼儀正しく管理されている帝国第三皇女」


なるほど。


その一言が加わった途端、匂いが一気に完成した。


そうだ。


私たちは単に「死んで戻ってきた雪風号」なだけじゃない。


「帝国皇女を乗せて帰ってきた雪風号」でもある。


これはもう普通の厄介事じゃない。


礼服を着て、招待状を持って、自前で生中継の機材まで用意している厄介事だ。


ジェスが口笛を吹く。


「最高だね」ジェスが言う。「普通の人は帰ったらまず電話で無事を知らせる。私たちは帰ったら自分の一周忌ニュースに正面衝突して、ついでに帝国皇女まで首都圏に連れ込む」


「そんな余裕があるなら」真紀がついに口を開いた。声は冷たい。「後で要約をもう二本、余分に書いてもらう」


ジェスはすぐに黙った。


私は主幕に映る、見慣れているのにどこか遠い連邦航路の光点を眺めながら、妙に馬鹿げた気分になった。


帰郷って、こんなに帰郷らしくないこともあるのか。


「戦い抜いて、ようやく無事に帰港」ってやつじゃない。


言えないもの、触れられないもの、そう簡単に渡せないものを山ほど抱えたまま、すでに自分たちの結末が決められてしまった一年後の世界を突っ切って、そのうえで、先に自分たちのために蝋燭を灯している人たちに向かって、こう証明しなければならない。


――すみません、まだ死んでいません。


しかも、これからもっと多くの人の眠りを妨げることになりそうです。


私は息を吐いて、低く言った。


「……で?」


アッシュは前方を見たまま、指先で肘掛けを一度叩いた。


「だから、首都圏に入る前に、一つ決めなきゃいけないことがある」


艦橋がすっと静まった。


アッシュはすぐには答えを出さない。


ただ、主幕の向こう――もう本物の連邦の航路になったあの光の帯を見つめ、それから、いかにもアッシュらしい、非常に腹立たしい、それでいて眠気を根こそぎ叩き潰すのに十分な声で、後半を落とした。


「私たちは先に“生者”として動くか、それとも先に“事故”として動くか、だ」

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「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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