↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
臨界の星穹  作者: Mr.佐藤焫焵
臨界の星穹:ロスト
436/577

145.折りたたみ椅子の会議 2

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

「よろしい」


ヘートヴィヒは言った。


「それでは、ここからは私が問い、あなた方が答える番です」


この一言を聞いた時、私の最初の反応は緊張ではなかった。


笑いそうになったのだ。


面白くてではない。帝国の第三皇女が連邦の軍艦の倉庫で折り畳み椅子に座っているというのに、その口調はまるで彼女こそがここで試験監督をしている人間だとでも言っているようだったからだ。


このタイプの人間が無人の荒れ星に流されても、きっと砂の上に一本線を描いて「あなたの立ち位置はそこではありません」と言い出すのだろう。


真紀は笑わなかった。


ただヘートヴィヒを見つめ、彼女が次のカードを切るのを待っていた。


「殿下」


真紀が言った。


「質問していただいて構いませんが、順番を変えましょう」


ヘートヴィヒがわずかに目を上げた。


「哦?」


「『あなたが問うて、私たちが答える』ではありません」


真紀の口調は平坦だった。


「まず、貴方が発する言葉の一つ一つが、雪風に引き受けさせるに足る価値があると証明してください」


ヘートヴィヒはすぐには答えなかった。


椅子の背の縁に、そっと人差し指を乗せた。真紀の言葉の重さを測っているように見えた。


「副長殿は」


彼女は淡々と言った。


「手綱を握っていないと落ち着かないタイプのようですね」


「習慣は、怠慢よりはましです」


真紀は返した。


「相手が帝国の皇女であっても?」


「相手が帝国の皇女であっても」


……喔。


これはかなり強い。


隣で座っている私は、折り畳み椅子に内心で黙祷を捧げたくなった。今この椅子が支えているのは、人間の体重だけではない。連邦軍人の意地と、帝国皇女の誇りと、この倉庫全体を押し潰しかねない二人の見えない気圧だ。


ヘートヴィヒの女中は依然として黙っていた。


その静けさが、逆に恐ろしい。


彼女は背景になっているのではなく、「もしヘートヴィヒが指先をひとつ動かせば、一秒のうちに護衛、撤退、口封じ、後始末を終えるだろう」という種類の静けさだった。


私は彼女をひと目見てから、すぐに視線を戻した。


……家具くらいに見ておくのが一番いい。


真紀は尋ね続けた。


「殿下。さきほど、あの三隻の帝国駆逐艦は通常の臨検ではなく、あなたが途中で死ぬかどうかを確認していたと言いましたね」


「ええ」


「では、聞き方を変えましょう」


真紀は十指を組み、身体をわずかに前へ倒した。


「あなたの死を望んでいるのは、誰ですか」


ヘートヴィヒの眼差しが、初めて本当に沈んだ。


誰にでも分かるほど大きな変化ではない。


だが、目の底に張っていたほとんど無機質な静けさが、氷面の下でひび割れたように見えた。


「その問いには」


彼女は言った。


「まだお答えする資格を、お持ちではありません」


三度目。


いや、数え直せば五度目か六度目になるのだろうか。


私は、真紀の忍耐力にそろそろ拍手を送りたくなってきた。


真紀の目尻が、またわずかに跳ねた。


三度目。


このペースでいけば、今夜この場で最初に殉職するのは、誰かの肉体ではなく、九島真紀の表情筋かもしれない。


ジェスは隣で、二人の一流の剣士が公文書フォーマットで斬り合っているのを見ているような顔をしていた。今にも「折り畳み椅子の帝国と連邦」というタイトルを頭の中で付け始めていそうだった。


真紀は「知る資格はない」という台詞に押し返されることはなかった。


むしろ、さらに平静になった。


それは危険な兆候でもある。表面が静かであればあるほど、中で研いでいる刃は細く鋭くなっていく。


「では」


真紀は言った。


「あなたが答えやすい方に変えましょう」


「どうぞ」


「あなたは雪風に、何をさせたいのですか」


ヘートヴィヒは彼女を見つめ、今度はすぐに拒絶はしなかった。


「秘匿です」


「他には」


「護衛です」


「他には」


「必要な時、話ができる場を貸していただくことです」


「今まさに、ここに座っていますが」


「いいえ、副長殿」


ヘートヴィヒは淡々と訂正した。


「今私が座っているのは倉庫です。目の前にいるのは軍人一名、戦闘艇のパイロット一名、そして顔に『見物中』と書いてある戦術席担当者一名。これを『話ができる場』とは呼びません」


「ちょっと、私そんなに分かりやすい?」


ジェスがすぐに抗議した。


私は彼女を見た。


「分かりやすい」


真紀は振り向きもせずに言った。


「分かりやすいです」


ヘートヴィヒは礼儀正しく一刺しを加えた。


「非常に分かりやすいです」


ジェスは納得したように頷いた。


「まあ、少なくとも誠実である点では意見が一致しましたね」


……この艦は、早晩沈む。


真紀が返答しようとした瞬間、ドアが二回ノックされた。


慌てたノックでもなく、保安隊の教範どおりのきっちりしたリズムでもない。


落ち着いていて乾いていて、「伺いを立てに来た」のではなく、「局面の一部を引き継ぎに来た」と告げるようなノックだった。


私は一瞬、固まった。


真紀も目を上げた。


「入りなさい」


扉が開いた。


アイダ・ローゼンが入ってきた。


手にはデータパッド。歩幅は大きくなく、制服は摺線一つ狂いのないまま。さっきまで戦闘と連続した突発事態の中で転げ回っていた私たちと比べると、アイダはまるで、より高次で、感情を無駄遣いしない秩序の中から歩み出てきたように見えた。


そして一番厄介だったのは――


彼女が入ってきた瞬間、部屋に満ちていた、真紀とヘートヴィヒの言葉で張り合っていた気圧が、本当に変わったことだった。


どちらか一方が押されたのではない。


層が一枚、増えたのだ。


元々テーブルの上に二本の定規が置かれていたところへ、三本目の定規が乗せられた。その三本目が、明らかに学校指定の安物ではない、という感じだった。


私は無意識に背筋を伸ばした。


怖いからではない。


学年が一つ上の先輩が部屋に入ってきた時、一年生の背骨には元からメモリが刻まれている。


アイダは部屋を一周、視線で撫でた。


真紀を見た。


私を見た。


ジェスを見た。


最後に、ヘートヴィヒを見た。


口を開いた時、その声は平坦だった。それでも「余計な証明など必要ない」という種類の安定感があった。


「お邪魔して申し訳ありません」


アイダは言った。


「ただ、殿下にお伝えした方がよい情報がいくつかあります」


真紀は半歩、横へ身を引いた。


それは退きではない。


バトンの受け渡しだった。


私はすぐに理解した。


ここまで真紀が担いできたのは、軍としての詰問と現場のリズムだ。それ以上になると、「副長」という肩書きだけでは受け止めきれないものが出てくる。


なぜなら、アイダ・ローゼンは単なる我々軍校上院二年の先輩ではないからだ。


彼女はローゼン家の人間だ。


この姓は、連邦では重い。


多少なりとも政治の常識がある者なら、彼女を単なる先輩や士官候補生としては見ない。


ヘートヴィヒも、そういう「多少なりとも」の範囲には入らない。


おそらく、他人の家系図を寝る前の読み物にしている類の人間だ。


だからアイダを見た瞬間、その目が変わった。


細く。


だが、私には見えた。


さっき私と真紀を値踏みした時の、どこか遊びを含んだ視線ではなかった。


もっと直接的で、冷静で、「モデルを組み直している」ような視線だった。


「アイダ・ローゼン」


ヘートヴィヒはその名を小さく繰り返した。


アイダは、自分の父親が誰かを説明することはしなかった。


する必要もない。


彼女はただデータパッドをテーブルに置き、静かに言った。


「接駁艇、富士丸の残存データ、護衛の装備、それから暗号ハンドシェイクの情報を一通り照合しました。そちらの保護シーケンスは本物です。移送緊急権限も本物。追撃艦については――」


アイダはヘートヴィヒを見た。


「対方の火器管制ロジックと目標の取り方が、拘束というよりは、排除のそれです」


部屋が、また静かになった。


その後、ヘートヴィヒが瞬きをするのを見た。


ごくわずかに。


さっき頭の中で書き上げた評価シートを、彼女自身が一段上方へ書き換えたかのような瞬きだった。


それから、彼女は微笑した。


薄く、毒気を含んだ笑いだった。


「この艦には、本当に伏虎隠竜が揃っているようですね」


……来た。


しかもこれは社交辞令ではない。


彼女は本気で雪風を「見直した」のだ。


前半戦の相手は真紀。


後半戦の相手はアイダ。


そして停機坪で最初に「本当に襲う気ならもう死んでいる」と言ったのは私。


ようやく気づいたのだろう。


この艦は、彼女が最初に想定していた「火力と運だけで彼女を拾い上げた辺境駆逐艦」ではないと。


ここにいる人間は、それぞれがそれぞれの問題を抱えた存在なのだと。


真紀がアイダを一瞥した。その目は「来たなら、報告一つして終わりでは済まさない」と言っていた。


アイダもよく分かっている。


彼女は折り畳み椅子を一脚引き出し、腰を下ろした。


大きな動作ではないのに、その座り方一つで、椅子に議会の聴聞席のような重みを与えた。


「殿下」


アイダが言った。


「ここからは、私がいくつか質問をさせていただきます」


ヘートヴィヒは彼女を見つめ、口元に残っていた冷たい笑みをまだ完全には消さなかった。


「どうぞ」


アイダはデータパッドをほんの一寸、前へ押し出した。


「まず、任務名は伺いません。調停の内容も聞きません。その二つを今尋ねても、あなたが答えないのは分かっていますから」


彼女はデータパッドを平らに置き、声は高くも低くもなかった。


だがその平坦さは、真紀のそれとは少し違っていた。


真紀の平坦さは、鞘に納められた軍刀のようだ。抜かれれば必ず血を見ることが分かっている。


アイダの平坦さは、手術灯の光に近い。


一度照らされれば、これから始まるのは口論ではなく、解剖だと分かる種類の光だ。


「一つだけ、お伺いします」


アイダは顔を上げ、ヘートヴィヒを見た。


「あなたを追っていた側は、帝国の中枢にどれほど近いのですか。あなたがその名を口にした途端、雪風が進路を変えざるを得なくなるほどに、ですか」


部屋が、静まり返った。


それはさっき、真紀とヘートヴィヒが言葉のブーメランで殴り合っていた時の、「先に口を開いた方が負ける」という類の静けさではなかった。


もっと深かった。


誰かが、本当に扉を叩いた音がしたような種類の静けさだった。


私はヘートヴィヒを見た。


そして、ようやく初めて、あの冷たくて高価で、扱いづらい顔に、ほんの僅かな停止を見ることができた。


表情が崩れたわけではない。


言葉に詰まったわけでもない。


ただ――命中したのだ。


ヘートヴィヒはすぐには答えなかった。


ゆっくりと、視線をアイダへ移した。さっきこの部屋へ入ってきたばかりの、「制服の皺一つ許さない秩序」そのもののような先輩が、本当にただの先輩なのか、それとも別の何かなのかを、改めて測り直すように。


その目は私にもよく分かった。


再値踏みだ。


しかもさっき私や真紀を見た時の、「この二人は少し面白い」という軽い値踏みではなかった。


今回はモデルそのものの修正だった。


二秒ほどして。


そう、たった二秒だ。


だがこの部屋では、その二秒の間に、政治的判断のバージョンが三回は更新されていてもおかしくない。


ヘートヴィヒはようやく口を開いた。


「あなたの想像よりも近いところです」


声は依然として安定していた。


だが、その一言が落ちた瞬間、倉庫内の空気が一段下へ沈んだのを感じた。


アイダは瞬きもしなかった。


「それでは答えになりません」


ヘートヴィヒはアイダを見つめ、唇の線がわずかに固くなった。


「名を挙げれば、この艦の何人もが、今夜まともには眠れなくなるほどに近いところです」


「それも結局、結果のレベルの話です。答えではありません」


……喔。


私は隣で、自分の背をわずかに伸ばした。


私が急に勤勉になったからではない。


ただ、この種の会話はもはや私が普段おこぼれにあずかれるレベルではなかった。ここは軍校の教室ではない。国家機構を分解して、歯車を直接ぶつけ合って見せている場だ。


ヘートヴィヒは半拍、黙った。


今度はより明らかだった。


それから彼女は、ごく軽く息を吐いた。


疲れとも呼べない吐き方だった。


どちらかといえば――よろしい、そこまで追い詰めてくるなら、少なくともあなたにはこの言葉の重さを知る資格があると認めましょう、という吐き方だった。


「近いというのは――」


ヘートヴィヒはアイダを見て、後半をゆっくりと続けた。


「あなたのお父上がお聞きになれば、雪風の今後二十四時間の任務優先順位を直ちに書き直すよう要求されるほど、近いということです」


……なるほど。


認めたくはないが、これは本当に鋭かった。


なぜなら、ヘートヴィヒはここに至ってもまだ名前を口にしていないからだ。


それでも「あなたのお父上」という一言を出した時点で、彼女は事実上、認めている。


アイダ・ローゼンは、ただ引き継ぎに入れる普通の人間ではない。


アイダの背後にある線は、本当に真っ直ぐで、本当に深く、連邦が頭を抱え始めるほどのところまで、本当に届いている。


私はこっそりアイダを横目で見た。


表情は変わっていなかった。


睫毛一本、揺れていなかった。


この女は時々、感情の表出まで軍規と家庭教育に外注してしまったかのように見える。まるで、正式な押印が下りなければ感情を表に出すことを許可されない公文書のように生きている。


だが、私には分かった。


アイダはちゃんと受け取っていた。


完全に、余すところなく。


「了解しました」


アイダは言った。


たった三言だった。


だが、その三言が出た瞬間、空気が変わった。


「分かりました」ではなかった。


どちらかといえば「この線の格式、正式に記録しました」という三言だった。


ジェスがとうとう我慢できなくなり、鼻息のような口笛を一つ漏らした。だが真紀が横目で見る前に、自分はただ鼻で呼吸しているだけだという顔に切り替えた。


ヘートヴィヒはジェスを一瞥し、この型の連邦軍人については特にコメントを発する気にはなれないとでも言うように、視線をアイダへ戻した。


「では、ローゼン嬢、あなたは私をどうするおつもりですか」


アイダは指を静かに組み合わせた。姿勢はひどく端正だった。


礼儀作法の授業で仕込まれた端正ではない。自分が発するすべての言葉が記録され、転述され、誤読され、拡大されうると知っているからこそ、最初から全ての角を正規のフォーマットの中に収めている、そういう端正さだった。


「どうする」という言葉を、アイダは拾わなかった。


ただ、ごく静かに言い直した。


「『どうする』ではありません、殿下」


アイダは一拍置いた。


「『お預かりする』のです」


私は隣で座ったまま、喉の奥に詰まっていた架空のお茶を噴き出しそうになった。


見事だ。


あまりにも見事だった。


これが「優しい」のか「直接的」なのか、一瞬判断がつかないほどに。


ヘートヴィヒの目が、わずかに動いた。


侮辱されたという動きではなかった。


どちらかといえば――ようやく誰かが人間の言葉を話し始めた、という動きだった。


アイダはヘートヴィヒに口を挟む間を与えなかった。


そのまま続けた。声は、極めて深い水の中で向きを変える大型艦のように、安定していた。


「現状を一度、整理させていただきます。誤りがあれば、殿下はいつでも訂正してください」


ヘートヴィヒは頷きも拒絶もしなかった。


アイダはそれを黙認とみなした。


「第一に、富士丸はすでに棄船処置済みであり、当初の移送手段は存在しません。第二に、殿下を追っていた帝国艦は明確な敵意を持ち、かつその目的は通常の拘束ではありません。第三に、雪風はすでに殿下、護衛、女中、そして本件全体と、取り消し不能の接触記録を形成しています。第四に、殿下の身分と追撃者の出所が完全に明らかになるまで、殿下を自由に行動できる外交訪問者として扱うことは、連邦にとってリスクが高すぎます」


アイダはここで、ヘートヴィヒへ静かに視線を落とした。


「以上四点に基づき、上位からの追加指示が完了するまでの間、殿下は暫定的に、雪風が連邦に代わって実施する保護、隔離、情報管理、行動調整の対象となります」


ヘートヴィヒは静かに聞いていた。


反論はしなかった。


ただ、その目がもう少し細くなった。


私にはこの表情が分かった。


包装紙の下にある本当の内容を、彼女が読み解いている顔だ。


本当の内容は、実はとてもシンプルだ。


今から、あなたは私たちの管轄です。


だがアイダは、その内容を市役所の張り紙のような言葉で語る人間ではない。


だから、ごく自然に続けた。口調は礼儀正しいと言ってもいいほどだった。


「換言すれば、雪風による殿下の一時的なお預かり期間において、殿下がご身分に相応しい生活環境、情報伝達の効率、そして最大限の外交的礼遇をお望みであれば――」


アイダはデータパッドをごく軽く閉じた。


「個人的には、この瞬間から、『皇女』というご身分を、一時的にお預かりするお荷物の一つとしてお考えいただくことを、誠実にお勧めします」


部屋が、丸ごと一秒、静まり返った。


私は隣で座ったまま、頭の中にただ一言だけ残っていた。


――うわあ、なんて見事な包装だこと。


「一時的にお預かりするお荷物の一つ」とは何か。


人間の言葉に直せば、こうなる。


今すぐ「皇女」という看板を外しなさい。さもないと、これから快適には過ごせませんよ。


問題は、アイダがこの種の言葉を、外交礼儀の講義の最後のページに書かれた優雅な脚注のように言えてしまうことだ。しかも「これはあなたのためです」という光沢さえ帯びて。


私は心の中で全力でツッコミを入れながら、同時に認めざるを得なかった。


これがローゼン家の刃だ。


普段は天鵝絨の箱の中にしまわれている。だが、いざ抜かれれば、やはり血を見る。


ヘートヴィヒはアイダを見た。


長い間、口を開かなかった。


女中が初めて、わずかに目を上げた。だが一度だけだった。あの恐ろしい女中でさえ、今は口を挟む場面ではないと分かっているようだった。


真紀は横に座ったまま、助け舟も出さず、緩和もしなかった。


ただ待っていた。


ヘートヴィヒが、この一局を本当に受け取るかどうかを。


やがて、ヘートヴィヒは笑った。


今度の笑いは、前のどれとも違った。


職業的でもない。


辛辣でもない。


「あなたたちは面白い」という高みからの傍観でもない。


これはむしろ――自分に対してこういうことを言える資格のある人間に、ようやく出会えた、しかもそれが低級な粗野さとは無縁の形で言われた、という笑いだった。


「ローゼン嬢」


ヘートヴィヒはゆっくりと言った。


「連邦があなたのような人間ばかりであれば、帝国はもっと早くから緊張を覚えるべきでしたね」


アイダの表情は変わらなかった。


「過分なお言葉です、殿下」


「いいえ、褒め言葉ではありません」


ヘートヴィヒは真紀をちらりと見て、またアイダへ視線を戻した。


「評価の修正です」


……よろしい。


この二人の会話は、褒め言葉でさえ戦略偵察報告のように機能するところまで来た。


私がこめかみを揉もうと頭を下げかけた時、倉庫の外の通信灯が点灯した。


警報の赤ではない。


艦内の高優先呼び出しを示す、青白い光だった。


真紀が最初に顔を上げた。


ジェスも、さっきまでの観戦顔を仕舞い込み、扉脇の内線パネルへ視線を向けた。


次の瞬間、艦長代理の声が割り込んできた。


「どうやら、そろそろ様になってきたようだな」


声は高くなかった。


だが、聞いた瞬間、背筋が無意識に伸びた。


来た。


本当の幕引き役が、ようやく入ってくる。


ヘートヴィヒも顔を上げ、声の来た方向を見た。


折り畳み椅子の時間は、終わりに近づいていた。


「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。