143.「富士丸」事件 3
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
先方の要求通りに処理を進めていると、あの暗号安全回線がまた鳴った。
メインスクリーン右側の通信ウィンドウが点灯した。
さっきの男だった。ただ一分前より、顔色が悪くなっていた。
「艦長代理閣下……」
男の声はまだ抑えて安定させていたが、今度の安定は少し乾いていた。
「先ほど船体を再確認しました。動力部の損傷が、当初の報告より深刻です。このまま航行を続けると――」
彼は後の言葉を言い切らなかった。
だがこういう時、言い切るかどうかはあまり関係ない。医者に「少しお話ししましょうか」と言われた時のように、重要なのはその言葉そのものではなく、良い知らせが来ないことをすでに知っているという事実だ。
艦長代理は相手の言葉の途切れを引き取らず、横を向いた。
「アイダ?」
アイダは眉一つ動かさず、富士丸のスキャンデータに視線を釘付けにしたまま、指を素早くいくつかの区画に走らせ、動力艙と機関部の熱画像をメインスクリーンのサイドバーに引き出した。
「スキャン中」
彼女は言った。
数秒後、アイダは極めて平静に結論を下した。
「安全な続航は不可能です。動力部主冷却ラインに二次損傷の兆候があります。姿勢制御も不安定。曳航リスクが高すぎます。無理に動かせば、小さな事故を大きな事故に育てるだけです」
彼女は一拍置いてから、宣告に近い一言を付け加えた。
「簡単に言えば、富士丸は今、船ではありません。かろうじて船の形を保っているだけの厄介ごとです」
ジェスが低く「わお」と声を漏らした。
「技術長、悪い知らせの伝え方に芸術性があるわね」
「工学的な判定に芸術は要らない。必要なのは、相手が間違った場所で死なないことだけよ」
アイダが冷たく返した。
私はその熱画像を見つめ、胃の底の嫌な感覚がさらに一段沈むのを感じた。
一秒前まではまだ外交上の厄介ごとだった。今はそこに、負傷者と機密物件、そしてまともに動けなくなりつつある船が加わった。宇宙は今日、本気で雪風が暇になるのを恐れているらしい。
艦長代理は頷き、通信画面の男を再び見た。
「分かった」
その声は安定していた。安定しすぎて、ほとんど無情に近かった。
「こちらからの提案は以下の通りだ。乗員と機密物件を移送し、富士丸は棄船処置とする」
男はそれを聞いて、一切の躊躇も見せなかった。
その反応が、どんな狼狽よりもはっきりと事態の深刻さを物語っていた。自分の船を惜しみ、資産を心配し、後続の手続きについて少しでも言い訳したくなる余裕があれば、それはまだ富士丸を「船」として見ている証拠だ。だが彼にはそれがなかった。富士丸を最初から任務の外皮として扱い、使い終わったら脱ぎ捨てるべきものとしか見ていなかった。
「分かりました」
男は低く言った。
「直ちに接駁艇と移送リストを準備します」
通信が切れた。
画面が暗くなると、艦橋に漂う「もう誰も、事態がこの程度で済んでいるふりをしなくていい」という空気が、かえってより濃くなった。
艦長代理は一秒も無駄にせず、すぐに真紀へ向き直った。
「副長」
「はい」
「保安の竹中に、停機坪へ数名出させろ。武装、検査、分流。一つも欠かすな」
「分かりました。すぐに手配します」
真紀はすでに内線を取っていた。回線が繋がった瞬間から、壁に釘を打ち込むような、乾いてはっきりした声だった。
「竹中、停機坪にて第二種受け入れ手順。六名連れて、二班に分けろ。一班は接駁と周辺警戒、もう一班は乗艦時の安全確認。雪風に入る者は全員、機密受け入れ対象に準じて扱え。今すぐ動け」
向こうの竹中の表情は見えない。だが真紀のあの「余計な質問をしたら電話越しに絞め殺す」という口調からすれば、返ってくる言葉はおそらく一言だけだろう。
はっ、と。
ロイの方ではすでに相対針路の調整が始まっていた。
「接駁ウィンドウ、三分後に開きます」
彼は言った。
「雪風を富士丸の左前方に寄せます。損傷した機関区画を避けた角度です。向こうの接駁艇が自棄でも起こさない限り、この角度で十分安全です」
「蘭、秘匿通信を維持しろ」
艦長代理が言った。
「維持しています」
蘭が操作しながら答えた。
「外部の公開チャンネルには最低限の辺境救援フォーマットだけを流しています。対象の報告なし、詳細なし、幸運な当選者名簿もなし」
「最後の一言のおかげで、うちの通信長がまだユーモアを手放していないと再確認できたわ」
私は小声で言った。
蘭が横目でこちらを見た。ひどく端正な表情のままだった。
「ユーモアは生命維持装備の一部です」
「じゃあジェスのユーモアは違法改造ね」
「異議あり」
ジェスがすぐに手を挙げた。
「私のはハイスペック量産型よ」
「あんたは民間で魔改造されて審査に通らなかった方が近いわね」
艦橋に短い笑いが漏れた。
ごく短かった。圧力鍋の安全弁を半秒だけこっそり開けたような笑いだった。だがその半秒があれば、肩を元の位置に戻すには十分だった。この外交上の厄介ごとの臭いがこのまま頭の天辺まで上り続けたら、あの「公開で名前を出せない人物」を実際に目にする前に、人生への厭世ポイントを使い果たしてしまいそうだったから。
富士丸側の作業は速かった。
メインスクリーンの中で、星雲の光の帯にただ静かに浮かんでいた民間船が、ついに観念した貝のように、一枚一枚、命を守るための殻を開き始めた。外部姿勢灯が低輝度に切り替わり、主推進が完全に停止し、姿勢制御ノズルだけが時折、船体をわずかに修正していた。それはもう、これから航行を続けようとする船の様子ではなかった。曳航されるか、処置されるか、その二つの運命しか残っていないと受け入れた船の様子だった。
接駁艇が富士丸の下腹から離れた時、アカリの指がパネルの上で一瞬止まった。
「二隻います」
彼女は言った。
「一隻は人員搭載、一隻は物資搭載です」
「合理的ね」
アイダが淡々と言った。
「こういう時、人と秘密は別々に積む方が、一緒に爆発しなくて済むから」
……技術長の慰め方は、本当にいつも普通の社交とは逆の方向を向いている。
接駁作業が始まると、艦橋の声はかえって減った。本当に人を緊張させるのは、開火することではない。事態がすでに極度に厄介な領域へ入ったと分かっているのに、手順が一つずつ進んでいくのをただ見ていることしかできない、こういう時間だ。開火には少なくとも明確な敵がいる。外交上の厄介ごとにはそれがない。それは勝手に育っていく。
私はスクリーンの富士丸を見つめながら、言葉にしにくい感覚を覚えた。
正直に言えば、あの船に対して特別な感情はない。今日の昼まで私の人生に影も形もなかったし、五分前まではただ帝国の駆逐艦に引き裂かれかけていた任務の外皮に過ぎなかった。
だが今、人が降り、荷物が降り、秘密が降りていくのを見ていると、あの船が少しずつ空洞になっていくような、妙な錯覚があった。一番大切なものを渡し終えるまで必死に持ちこたえ、それが済んだら、ようやく倒れることを許されたような。
「富士丸、移送完了率、七割」
蘭が読み上げた。
「負傷者二名、雪風に収容済み」
アイダが言った。
「医療班が引き継いでいます。護衛の一名は状態が不安定。もう一名はまだ形を保っています――少なくとも護衛という職業の基準では、ですが」
「機密物件は?」
真紀が聞いた。
「第二接駁艇が停機坪に進入中です」
アカリが答えた。
「箱体は多層シールド処理されています。スキャンは通りません」
ジェスが軽く口笛を吹いた。
「今日、ちょっと好きになってきたかも」
私は横目で彼女を見た。
「あんたみたいな人間を推理小説に放り込んだら、十中八九、早死にする変人役よ」
「じゃああんたは?」
「ツッコミ役。ただしツッコミが的確すぎるせいで、割と長生きするモブ」
「違う違う」
ジェスは意地悪く笑った。
「あんたは厄介ごとの方から寄ってくるタイプの主人公よ」
……これには反論できなかった。今日一日の事実が証明している通り、宇宙は私に対して確かに過剰なほどの愛情を注いでいる。
接駁作業の最終段階で、富士丸からもう一度、状態確認が届いた。
人員移送完了。医療負傷者と護衛の引き渡し完了。機密物件の封存移交完了。船体データコアは相手側の要求に従い、部分的にフォーマット済み。主反応炉と姿勢制御から、最後の安全インターロックを解除済み。
つまり今の富士丸はもはや「秘密を抱えた民間船」ではなく、「秘密を渡し終えた空の殻」だった。
艦長代理は報告をすべて聞き終え、余計なことは言わず、ただ一つだけ聞いた。
「処置権の確認は?」
蘭が暗号認証を一瞥し、頷いた。
「富士丸側、棄船を確認。本艦による無害化処置の実行を授権しています」
「よし」
艦長代理が言った。その声は小さかったが、手順の最後のページに判を押すような重みがあった。
「雪風、富士丸に対し、棄船後の無害化処置を実施する。残骸が第三者に回収されないようにしろ」
艦橋の誰も、余分な表情は見せなかった。全員が、これが正しい判断だと分かっていたからだ。
持ち帰れない。
残しておけない。
帝国軍が戻ってきて殻を拾い、解体するのも許してはならない。
だから最後にできることは、ただ一つ。きれいに送り出すことだけだった。
「武装の選択は?」
私は聞いた。
艦長代理は、メインスクリーンの中で輪郭だけを星雲の光に浮かべている富士丸を見た。
「簡単にしろ」
彼は言った。
「二度目の仕打ちはするな」
……艦長代理は時々、本当に厄介だ。普段は慰めの言葉を覚える気すらなさそうな顔をしているくせに、こういう場面に限って、軍艦の操作マニュアルには絶対に載っていない、それでいて反論のしようがない一言を差し込んでくる。
私は何も返さず、武装システムを最も手間がかからず、最も清潔な選択肢へ切り替えた。
「一番主砲塔、トリスタンモード」
ジェスが横目で一度見ただけで、何も言わなかった。彼女にも分かっているのだろう。今この瞬間に必要なのは光束でも、象徴的な爆発でもない。一発で乾いた終わりを届けられる実体徹甲弾があれば、それで十分だ。
「ロック完了」
私は低く言った。
富士丸は画面の中央で静かに止まっていた。塗装は地味で、船体は小さく、左舷に二本の焼蝕痕を持つ民間船。やはり、どこまでも不運な船に見えた。ただ今は、その不運の原因になっていたものが、すべて運び出されていた。
残っているのは、消し去るべき一枚の皮だけだ。
「トリスタン、射撃」
主砲が火を噴いた。
大げさな演出はなかった。一発で十分だった。超硬合金の実体徹甲弾が富士丸の中段に食い込み、次の瞬間、艦全体が「本当はもっと前に倒れているべきだった」と思い出したかのように、内側から真っ直ぐ折れた。残酷でもなく、華やかでもない。ただ、ひどく整った終わり方だった。艦体はまず裂け、次に断ち切れ、最後に姿勢を失いながらいくつかの用途を失った残骸へと散り、音もなく辺境大星雲の銀紫色の光の中へ漂っていった。
メインスクリーンの前で、誰も口を開かなかった。
私は富士丸が画面から消えていくのを見つめながら、一つ、ひどく場違いな考えが浮かんだ。
この船が今日、最大の幸運を得たのは、たぶん最後の瞬間に雪風と出会えたことだ。少なくとも、秘密を抱えたまま帝国軍に解体されるのではなく、渡すべきものを渡し終えてから、きれいに終われたのだから。
真紀が最初に沈黙を破った。
「停機坪の状況は」
内線がすぐに応じた。竹中の部下たちがすでに接駁区を封鎖し、負傷者を先に医療区へ送り、護衛と随行員の第一次安全確認を終え、最後の一団だけが接駁梯の入口に残っている――本当に個別に対応すべき人物が降りてくるのを待っている状態だという。
「よし」
真紀は言った。
内線を切り、艦長代理を振り返る。
「人が来た」
艦橋の空気が、誰かにごく軽く引き締められたような気がした。
怖いからではない。この瞬間になってようやく、「通信、手順、肩書き、保護シーケンス」だったものが、一人の具体的な人間に変わろうとしているからだ。
ジェスが少し身を乗り出し、声を落として私に言った。
「賭ける?」
「何を」
「この外交体系の大厄介ごとが、浮世離れした美人か、それとも食卓でスープが塩辛いと文句を言うタイプの高級なろくでなしか」
私は無表情で彼女を見た。
「あんたの人生、こんな時にまでどうしてそんな低俗な好奇心を維持できるのよ」
「緊張すると顔が崩れるからよ」
「安心しなさい。あんたはもともと端正さで勝負してるタイプじゃないから」
ジェスは笑い出しそうになり、必死に堪えた。
私は視線を前方へ戻した。
停機坪のサブ画面はすでに切り替わっていた。照明は白く、接駁梯は固定済み、竹中の部下たちが両側に開いて立ち、医療員と保安要員もそれぞれの位置についていた。その整然とした様子は、ある種の儀式のように見えた。華やかではないが、全員が分かっていた。自分たちが今から迎えるのは客ではなく、厄介ごとなのだと。
艦長代理が立ち上がった。
真紀も同時に半歩前へ出た。
なぜか分からないが、私の指先がコントロールパネルの上でわずかに丸まった。さっき帝国の駆逐艦にミサイルで顔を洗われていた時でさえ、これほど気にしていなかったのに。今は胸の奥を細い糸で締め付けられているような感覚があった。
たぶん、砲火は少なくとも単純だからだ。
そして人間は、いつだって砲火より厄介だ。
停機坪のサブ画面の中で、接駁艇のハッチが、ついにゆっくりと開き始めた。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




