142.完全撃破 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
艦橋に戻った時、扉が開くと、中の灯りと計器はすべて戦闘後の余韻の中で稼働していた。艦長代理は主席の前に立ち、真紀は副席に、ジェスは戦術席の縁に半分もたれていた。「今さっきついでに世界を一つ救ってきた」という顔をして。
扉が開いた瞬間、ジェスがすぐにこちらへ顔を向け、盗みを働いた後でわざと尻尾を振って見せる猫のような笑みを浮かべた。
「あら、生きて帰ってきた」
「当然でしょ」
私は無表情で歩み寄った。
「格納庫で吐いてから上がってくると思ってたわ」
私は手に持っていた残り半口の水を、そのまま彼女の腕の中に押しつけた。
「最初の一発、故意でしょ」
ジェスは目を瞬かせた。
「何のこと? 手が震えただけよ」
「その言い訳、この艦の自動扉でも信じないわよ」
ジェスはさらに輝くように笑った。深宇宙で一袋分の糖を盗んできたような目だった。
「まあね、七割くらいは故意かな」
「七割!?」
「海狼をもう少し引っ張り出さないといけなかったし。それに――」
ジェスは語尾を伸ばし、少し身を寄せて声を落とした。
「あんたが私を怒鳴りつけた声、すごく元気があったから。まだ死んでないって分かった」
……本当に、この人は殴りたくなる。
だがその言葉の中に、ごく軽く、ごく速く、聞き逃しそうなほど小さな安堵が混じっていた。心配を認めたくなくて、減らず口で包んで誤魔化そうとしているような何かが。
私は口を開いて何か言おうとしたが、真紀が先だった。
「戻ったなら座りなさい」
私は振り返った。
真紀が目を上げて私を見た。視線が頭からつま先まで一度走り、どこか欠けた部品がないか確認するような目だった。短かった。今の私の神経が普段より鋭くなっていなければ、気づかなかっただろう。
「戦闘報告は後でいい」
真紀が言った。
「先に水を飲みなさい」
……よろしい。
非常によろしい。
さっき「よくやった」と言ったばかりの人間が、今度は「先に水を飲みなさい」と言っている。
今日一日で私の心臓を完全に壊すつもりなのか。
私は黙って自分の席を引いて座り、副官が差し出した新しい水のコップを受け取った。縁が唇に触れた瞬間、自分が本当にひどく渇いていたことを知った。あの戦闘全体が、体の中の水分と胆力と理性を半分ずつ蒸発させていったようだった。
艦長代理がその時、口を開いた。声は相変わらず安定していた。
「零式〇一、戦闘任務完了。超次元潜航艦・海狼、撃滅を確認。各席位、戦闘データを記録。高次元収束紋と対潜打撃プロセスを優先して封存しろ」
「はっ」
全員が応じた。
それから艦長代理が私を見た。
「星野」
私は反射的に顔を上げた。
「初めての実機。悪くない」
たった、それだけの言葉だった。
だがなぜか、艦長代理の口から出ると、長い賞賛の言葉よりもずっと実のある重さがあった。
私は水のカップを置き、できるだけまともな顔を保った。
「ありがとうございます、艦長代理」
少し間を置いてから、私はもう一言付け加えた。
「ただ、もし可能なら、次は超次元潜航艦より少し優しい初心者向けの課題にしてもらえますか?」
ジェスが声を出して笑った。
ロイも横を向き、肩のラインがほとんど分からないほどわずかに緩んだ。蘭が乾いた咳をした。体面を維持しようとして、うまくいっていなかった。アカリはすでにデータの中へ注意力を戻していたが、耳の先がいつもより少し赤かった。アイダは笑わず、ただ冷たく一言投げた。
「いいわよ。次は冷却配管を三日間修理させてあげる。もっと優しい工学人生を体験できるから」
「……やっぱり超次元潜航艦の方がいいです」
今度は真紀の口元も、わずかに動いた。
軽かった。
でも、見えた。
その瞬間、宇宙に放り出されていたあの孤独が、ようやく本当に着地した気がした。
*
海狼が自分の祖先でさえ識別できないような残骸になった後、艦橋の空気はあの、肺胞まで一緒に張り詰めさせるような緊張から、かろうじて「ただ忙しいだけ」の状態へと退いた。
この違いは微妙だ。
前者は全員の神経が直接、主砲の点火ボタンに接続されているような状態だ。後者は、まだ生きていて、まだ働いていて、ただ一人一人の命が今し方、死神の歯の間から引き剥がされてきたばかりで、表面上は何でもない顔をしているが、骨の中はまだ熱を持っている、そういう状態だ。
戦術席に戻った時、指先がコントロールパネルに触れた瞬間、指先にまだ自分のものらしくない震えが残っているのを感じた。ひどく恥ずかしいほどの震えではない。ただ、今誰かに八分目まで注いだ熱いお茶を運んでこいと言われたら、そのカップを直接相手の口に押し込んで、実戦後遺症というものを自分で体験してもらいたい気持ちになるくらいには残っていた。
ジェスは副席の方に寄りかかり、相変わらず「さっきついでに帝国の高次元潜航艦を一隻爆破してきた、廊下でゴミ箱を蹴り倒してきたくらいの感覚」という顔をしていた。こういう人間は普段でも殴りたくなるが、戦闘の後は特に殴りたくなる。なぜなら彼女は、今しがたの命懸けの深宇宙戦闘が、気分がよかったからスイッチを二つ余分に押しただけのことだった、という錯覚を見事に作り出すからだ。
真紀は副席に立ち、蘭とアカリが同時に送ってきた境界スキャンと高次元残留紋のデータを見下ろしていた。艦長代理は主席の前に座り、表情はいつも通り、宇宙の終わりが来ても眉骨から半ミリ分の通知しか出ないような顔だった。
艦橋は静かだった。
音がないのではない。
全員が音の中で、ひどく職業的で、ひどく連邦軍らしく、「さっき一緒に死にかけた」ということを認めない静けさを、意図的に維持していた。
輪機室の回線が灯るまでは。
蘭が横を向いて識別を確認し、指で切り替えて艦橋のメイン周波数へ繋いだ。
次の瞬間、ハーヴィーの顔が右側の補助通信画面に映った。
画面の品質は相変わらず人間の審美を尊重していなかった。背景は輪機室の工業地獄のような白い照明で、後ろには半分蓋が開いた設備と、どこかから吹き出した冷却ミストが見えた。ハーヴィー本人は『神風』と一戦交えてきたような顔をしていた。前髪が少し濡れ、作業服の襟元も緩んでいた。工学部専用の疲れが顔に出ていた――彼自身が死にかけているのではなく、彼の仕事が他人を働かせ死にかけさせている、そういう疲れだ。
「輪機室、報告する」
ハーヴィーが口を開いた。声は少し低くかすれていたが、安定していた。
「『神風』、主冷却プロセス完了。超伝導拘束環の温度、安全域まで下降。緊急交換モジュール、正常稼働。主コイルに新たな変形なし。簡単に言えば――」
彼は少し間を置いた。艦橋にいる全員が技術報告を読んだことのある人間のはずだが、実際には今しがた戦闘を終えたばかりで、工学用語と一緒に眠れる脳の余裕などない、そういう人間たちへ向けて、わざわざ翻訳してやるような間だった。
「――『神風』の冷却は完了した。雪風はもう一度跳べる」
胸の中でずっと完全には落ちきれなかった何かが、その言葉でようやく少し沈んだ。
気の緩みではない。
喉に押し付けられていた指を、誰かがようやくどけてくれたような感覚だった。
ジェスが最初に口笛を吹いた。
「感動的ね。機関部がついに、もう一度扉を開けてくれる気になったなんて」
アイダは振り返りもせず、冷たく言った。
「機関部は『開けてあげた』んじゃない。あんたたちがこの艦を使い捨ての花火にしないよう、止めているだけよ」
「あらあら、技術長は今日も愛情に溢れてるわね」
「機関部の愛を体験したいなら、下へ送ってあげてもいいわよ。まだ完全に熱が引ききっていない外殻を、素手で触ってみなさい」
「遠慮しとく。私は遠くから鑑賞する派だから」
画面の向こうで、ハーヴィーが片方の口角を少しだけ引き上げた。笑おうとして、その労力を惜しんだような顔だった。
「一つ補足しておく」
ハーヴィーが言った。声は少しかすれていたが、安定していた。
「跳べるからといって、帝国ともう一ラウンド、リレー競争ができるわけじゃない。さっきの強制引き戻しに加えて海狼とのあの一件で、『神風』は今日、かなり機嫌が悪い。跳ぶなら今のうちだ。引っ張りすぎると、むしろまずいことになる」
「聞こえた?」
アイダが淡々と釘を刺した。
「これは提案じゃない。機関部から全艦へ向けた、貴重な良心の警告よ」
私は通信画面のハーヴィーを見て、思わず聞いた。
「あんた、ついでに自分の生存状況を報告する気はないわけ?」
ハーヴィーが片眉を上げた。
「どうした、戦術長は初めての実機を飛ばし終えた途端、機関部の男性乗員の心身の健康を気遣うようになったのか?」
「次にまた何かあった時、この艦の寿命を繋いでくれる人間が最低一人は残っているか、確認しただけよ」
「安心しろ」
ハーヴィーは平然と言った。
「俺は死ぬ前に、まず『神風』に鍵をかける。あんたたち艦橋が心配すべきなのは、また四次元の野良犬に二度目の噛みつきを許さないことだ」
ジェスがすかさず横から口を挟んだ。
「わお、ハーヴィー。今の一言、すごく人間っぽかったわよ」
「ありがとう。機関部に長くいると、たまに言語機能が恋しくなる」
「あなたたち二人、いい加減にしなさい」
真紀がようやく顔を上げた。声は高くなかったが、給湯室の雑談へ流れかけていた通信の空気を、有無を言わさず戦備状態へ押し戻すには十分だった。
「報告は終わった?」
ハーヴィーが頷いた。
「機関部からの報告は以上だ。『神風』は使用可能。前回中断された超光速航程を速やかに補完し、連邦の辺境航路区へ直行することを推奨する。これ以上遅れて、もし帝国の同型ハンターがまだ近くにいたら、次も『神風』がこれほど機嫌よく動いてくれる保証はない」
艦長代理がようやく口を開いた。
「了解した。機関部は第二種待機を維持。『神風』の監視を切らすな」
「了解」
ハーヴィーは短く答え、通信を切る直前にもう一言付け加えた。
「それと、星野」
私は一瞬、動きを止めた。
「……何?」
「初めての実機」
ハーヴィーは言った。
「悪くない飛びっぷりだったぞ」
私の頭が半拍、空白になった。
返事をしようとした時には、通信画面はすでに暗くなっていた。
……何なのよ、あの人。
機関部の人間というのは、まともな褒め言葉を最後まで言い切ることができなくて、言い捨てたらすぐ逃げる、という集団的な職業病でもあるのだろうか。工科系男子の生態は本当に理解しがたい。
隣でジェスが実に楽しそうに笑った。
「わお」
「何が『わお』なの」
「別に。今日のあんた、ずいぶんモテるなと思って」
「さっきの陽電子砲の一発目、どこがどう『手が震えた』のか、先に説明してもらえる?」
「あれは戦術的な手の震えよ」
「そんな言葉が存在するなら教えてほしいわね」
「今存在することになったから」
これ以上相手にするのはやめた。艦長代理がすでに立ち上がっていたからだ。
その動作は小さかった。
だが艦長代理が立ち上がると、艦橋全体の空気が自動的に行き先を知るようになる。威圧でも、ドラマチックな指導者の後光でもない。もっと古くて、硬いものだ。この艦がまだ前へ進めているのは、全員の頭の中に爆発の余波が残っている中で、「次に何をするか」を最初に口にできる人間がいるからだ。
「各席位、注意」
艦長代理の声は高くなかったが、主艦橋の構造梁のように、空間全体をしっかりと支えた。
「前回の超光速航行は帝国の高次元潜航艦に強制中断された。現在、『神風』は最低安全出力を回復した。雪風はただちに航程を補完する」
彼は前方のメインスクリーンに映し出された、再計算された航線投影を見た。
「目標――ラニアケア超銀河団・辺境大星雲」
正直に言えば、この地名は今この瞬間、ある種の文明の証明のように聞こえた。
温かいからではない。
秩序があり、境界があり、連邦の航路記録があるからだ。そこへ本当に跳べたなら、この宇宙に悪意を持って噛み砕かれ、吐き出されたような帰還が、少なくとも「世界にはまだ地図がある」という状態へ戻れることを意味する。
「航法席、了解。点対点跳躍航道を再接続。辺境大星雲の連邦航路入口へ修正します」
ロイが最初に応じた。
アカリがすぐ続いた。
「レーダー手、了解。跳躍前の最終全方位スキャン開始。周辺三次元宙域に明確な大質量異常がないことを確認し、高次元残留紋の監視を継続します」
蘭の指先がコントロールパネルの上を素早く走った。
「通信長、了解。長距離跳躍静粛モードへ切り替え。連邦辺境識別コードを待機状態で保持」
アイダは顔を上げないまま、『神風』の出力と冷却回復の曲線を見続けていた。
「技術長、了解。『神風』の点火ウィンドウを再校正。次に誰かが私のエンジンを引っ張り出して四次元分娩させようとしたら、帝国まで行って直接解体してくる」
「連れていって、拍手担当をやるから」
ジェスが即座に続けた。
「あなたは黙っていなさい」
アイダが言った。
私は笑いそうになり、それからようやく気がついた。こういう、いつも通りの互いを嫌いながら共存するやり取りが、ある意味では一番貴重なものだ。みんなにまだ口喧嘩をする余裕があるなら、この艦はさっきの戦闘に本当には食い潰されていない。
真紀が副席に立ったまま、全艦の状態を一通り確認してから、最後に私とジェスの方へ視線を落とした。
「戦術席」
私は危うく漏れそうだった笑いを引っ込めた。
「戦術長、了解。敵情の空白は未確認とみなし、安全とはみなさない。跳躍後は直ちに辺境宙域の識別シーケンスを構築。必要に応じて戦術席が近域反応を直接引き継ぐ」
ジェスも表情を整えた。
「副手、了解。武装システムは熱待機を維持。着地後に異常目標があれば、直ちに迎撃手順へ移行する」
「よし」
艦長代理が言った。
彼は前方のメインスクリーンへ目を向けた。
「ロイ、航路を」
「航路ロック済み」
「アイダ、エンジンを」
「『神風』の熱平衡完了。主コイルの同調良好。今度また誰かに引き戻されたら、宇宙が私たちに個人的な恨みを持っていると本気で疑う」
「蘭、通信静粛」
「完了」
「アカリ、空間ウィンドウを」
「ウィンドウ安定。跳躍可能」
艦長代理は主席の肘掛けに手を軽く置き、ほとんど冷酷に近い落ち着きで言った。
「雪風、超光速航行を再開する」
万歳を叫ぶ者はいなかった。
気の利いた言葉を口にする者もいなかった。
全員がただ、それぞれの持ち場に従い、無駄なく、この艦を本来走り切るべきだった航道へ、一度硬く断ち切られたその航道へ、静かに押し戻した。
メインスクリーンの前方空間がわずかに引き伸ばされ始め、星点が一本一本、細い線へと引かれていくのを見て、私は妙な感覚を覚えた。
最初に跳んだ時は、家へ帰ろうとしているような気がした。
今回は、噛み切られた道を、力ずくで繋ぎ直しているような気がした。
その違いはロマンチックではないが、本物だった。
艦橋の照明が超光速移行モードに入り、全体の輝度が一段下がった。コントロールパネルの冷たい白い光が一人一人の横顔を照らし、普段は口調や仕草の中に隠れている疲れを、くっきりと浮かび上がらせた。
艦長代理の顎のラインが普段より少し固い。真紀の目は静かで、一枚の氷が張ったようだ。ジェスの口元に常駐しているあの不真面目な弧が、大半消えている。ロイの、緊張を個人的な悪い趣味とでも思っているような安定感も、今日はいつもより重い。
そして、『神風』が点火した。
さっき強制的に引き戻された時とは、まったく違う感触だった。
暴力がない。
引き裂きがない。
宇宙に後頸を掴まれて外へ引きずり出されるような悪意もない。
雪風はただ、きれいに前へ「滑り出した」。
比喩ではなく、本当に。
この艦がもともと噛み合うべき軌道をついに見つけ出し、その線に沿って、音もなく、安定して、少し冷たい自尊心を帯びて、超光速航程へ再び切り込んでいくような感覚だった。
メインスクリーンの外で引き伸ばされ、白化し、「星空」という概念を失いかけていく光景を見つめながら、胸の中の息がようやく肋骨の底まで沈んでいった。
……やった。
今度は誰にも引き戻されなかった。
少なくとも、今のところは。
ジェスが隣でごく小さく口笛を吹いた。
「よかった、今度は宇宙もやっと人の道を歩いてくれた」
「成功した後に必ず死亡フラグを立てないで」
私は小声で言った。
「私は楽観主義者なの」
「死に急いでいるように見えるけど」
「あんたは今日、死神の口の中を一周して帰ってきたばかりなのに、随分と口が悪くなったわね」
「礼儀正しくしても生還率は上がらないと、身をもって学んだから」
ジェスが笑った。
短く、この苦労してようやく繋ぎ直した帰路を騒がせないようにするような笑いだった。
超光速航行の体感は、実際にはそれほど華やかではない。
少なくとも艦橋の乗員にとっては。本当に華やかなのは窓の外の、言語では追いつかないあの変形だが、中にいる人間はただ実務的に数値、姿勢、負荷、熱量、警戒区間を見続ける。どこかの数字が一つ跳ねれば全員で宇宙の肥料になる、という理科系の悪夢を見ているようなものだ。
時間が『神風』に引き伸ばされて、奇妙な感触になる。
一秒一秒はちゃんと過ぎているのに、どの一秒も普段より薄く圧縮されているような気がする。艦橋はほとんど無言で、必要な状態報告が時折響くだけだった。私たちがまだ生きていて、まだ航行していて、二度目の強制引き戻しにまだ遭っていないという事実を、一つ一つ現実へ釘付けにするように。
「跳躍安定」
「エンジン出力正常」
「外部空間読値、平穏」
「連邦辺境訊標、接触まで三〇秒」
三〇秒。
その数字が出た瞬間、自分の肩がひっそりと一段下がるのを感じた。気の緩みではない。ずっと骨に食い込ませていた歯を、少しだけ緩めてもいいという疲労だった。正直に言えば、今の私の精神状態は、高熱で三日間寝込んだ後に期末試験を受けさせられた人間に近い。解けないことはない。ただ、問題を作った教師を殺したくなるだけだ。
「ラニアケア超銀河団・辺境大星雲、接近中」
アカリが言った。
メインスクリーンの外に広がる超光速特有の白化と引き伸ばしに、ゆっくりと色が戻り始めた。
まず、極めて淡く、極めて薄い青の一筋。
次に紫。
そして奥の方から、静脈のようにゆっくりと広がる銀白の光の帯。
胸の奥が、かすかに震えた。
あれは星空ではない。
少なくとも、私たちがさっきまでいたあの深宇宙の荒野とは違う。目の前のものには雲があり、層があり、塵と光が一面に広がっていた。宇宙が果てしない暗闇の中に、ようやく方向を読める顔を一枚敷いてくれたようだった。
「超光速離脱、直前」
ロイが言った。
「姿勢固定」
真紀が続けた。
「武装待機」
ジェスが低く言った。
「通信識別コード、プリロード完了」
蘭が言った。
艦長代理はもう何も繰り返さなかった。ただ前を見ていた。雪風が本当にこの連邦辺境と呼ばれる地図の上へ戻ってきたことを、自分の目で確かめるように。
そして、離脱した。
激しい振動はなかった。
ただ、ごく軽く、ごく清潔な落差があった。艦全体が見えない緩やかな斜面を滑り降り、重さを三次元の宇宙へ返したような感覚だった。
窓の外に、ラニアケア超銀河団・辺境大星雲が広がった。
その光景は、少し過剰なほど美しかった。
銀青と紫がかった星雲が、暗闇の中に広げられた絹のように漂い、遠くには連邦辺境航路のビーコンが、雲と塵の帯の間に辛抱強い灯りのように並んでいた。
さっきまでいたあの、前にも後ろにも何もない深宇宙の荒野と比べれば、ここは文明そのものが遠くからの旅人に手を招いているようだった。
まともに人間が生きていそうな場所みたいだ、とようやく思いかけた――
警報が鳴った。
鋭く、乾いていて、容赦がなかった。
その音が響いた瞬間、辺境大星雲が運んできたわずかな文明の感触が、艦橋の戦闘本能によって即座に引き裂かれた。
「警報! 近域に複数目標の異常反応! 左前方宙域に高エネルギー交戦の残波――いえ、まだ移動中の熱源があります!」
アカリが最初に顔を上げた。声の速度が一瞬で上がった。
蘭がほぼ同時に続いた。
「未完了識別の信号を捕捉! 連邦制式コードが断続的。別途、標示のない武装反応が接近中!」
ジェスが一度でさっと背筋を伸ばした。口元の怠惰な笑みが完全に消えた。
「わお」
彼女は低く言った。
「辺境は私たちに水を一口飲ませてくれる気はないらしい」
私はメインスクリーンに瞬時に点灯した無数の警告フレームを見つめた。胸の底へ落ちたばかりの心臓が、また誰かに掴み上げられた。
……よろしい。
海狼に噛み切られた道をようやく繋ぎ直したと思ったら、目的地の方が警報を歓迎の儀式として用意していた。
ラニアケア超銀河団・辺境大星雲、随分と熱烈な出迎えだ。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




