138.不可視の敵 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
もし誰かに聞かれたとしたら――双子の青い巨星と原始惑星系円盤の外縁から、ラニアケア超銀河団の辺境大星雲まで、一億五千万光年を一気に跳ぶ超長距離光速航行が、正気の人間が通す提案に聞こえるかどうか。
私の答えはこうだ。
聞こえない。
だが雪風がここまで生き延びてきたのは、そもそも正気に頼ってきたからではない。
艦橋前方の観測窓の外では、双子の青い巨星がまだ深宇宙で燃えていた。二つの極光ブルーの恒星は、宇宙が暗幕の中に意図的に置いた二つの巨大な心臓のようだった。一方はやや明るく、もう一方はやや深い。外層コロナが互いに絡み合い、激しい恒星風が周囲の星雲を銀青色の長い帯へと吹き伸ばしている。神の手で引き裂かれ、また縫い合わされた絹のように。
さらに外側には、無数の黒い岩塊と氷塊で構成された原始惑星系円盤が、馬鹿げているほど巨大な黒いレコード盤のように、宇宙に静かに横たわっていた。近景には傷だらけの巨岩が、遠景には塵のように細かい暗い波紋が双星の周りをゆっくりと巡り、恒星系全体が誰にも聴こえない古い楽曲を自分自身のために録音しているかのようだった。
そして雪風は、その楽曲の外縁に停まっていた。
「最終航路確認」
艦長代理は前方に立ち、今日の当直表を読み上げるような声で言った。心臓を修理し終えたばかりの艦が、一億五千万光年の長距離光速跳躍に自分を賭けようとしているとは、とても思えない口調だった。
メインスクリーン上では、白い航線が双子の青い巨星の外縁から真っ直ぐ伸びていた。円盤の陰を越え、ローカルの重力井戸を脱し、校正済みの安全ベクトルに沿って延びた先に落ちているのは、「もし途中で何かあったら、ひどく遠い場所で死ぬことになる」という名前の目的地だった。
ラニアケア超銀河団・辺境大星雲。
名前を聞くだけで疲れる。
「航道ロック完了」
ロイが言った。
両手を操舵台に押し当て、目は安定していた。たとえこの艦が宇宙の洗濯機に放り込まれても、まず針路を修正してから文句を言うかどうか決める、そういう目だった。
「戦術区確認」
私は言った。
隣のジェスが横目で私を見た。
「今日の声、いつもより固いわね」
「一億五千万光年の途中で通信録から消されたくないから」
「安心して」
ジェスは小声で言った。
「本当に死ぬとしても、あんたみたいな人は死んだ後も他人の頭の中で喋り続けるタイプよ」
「黙れ」
「えー……」
アイダの側では、『神風』のメイン監視曲線が最大幅に切り替えられていた。安定出力、超伝導拘束環の予熱完了、主コイルの同調率上昇、量子超空間ウィンドウが開放可能区間に入る。すべての数値が美しかった。美しすぎて、かえって不安になるほどに。美しすぎるものというのは、たいてい油断させるために用意されている。
「技術面確認」
アイダが言った。
「エンジンは動きます。ただし先に言っておきます。今の状態は正常に戻っただけであって、急に私たちのことが好きになったわけではありません。これからも優しく扱ってもらえると思っている人は、まず頭の検査をお勧めします」
「通信回路封鎖完了」
蘭が言った。
「跳躍中は対外信号を最小化します。宇宙が直接電話でもかけてこない限り、誰にも見つかりません」
「それは安心ね」
ジェスが言った。
「違う」
私は言った。
「何かあっても、恥ずかしい声が聞かれないというだけよ」
ジェスは二秒黙った。
「星野、あんたって一番言わなくていい場面で一番正直よね」
真紀は私たちを無視した。副長席に座ったまま全艦の固定手順の最終確認を一巡し、それから壁掛け通信機を取り、声を全艦放送に乗せた。氷のような金属が艦内全体に広がっていくようだった。
「全艦注意。雪風はこれより超長距離光速航行を実施する。全員、直ちに固定ロックを確認し、現在の配置を維持せよ。不要な移動は禁止する。繰り返す、不要な移動は禁止する」
通信機を置いてから、彼女は付け加えた。
「艦橋要員、最終確認」
カチャ。
カチャ。
カチャ。
一連のロック音が艦橋に響いた。
私は腰の固定バックルを最深部まで押し込み、ついでに戦術席の肘掛けロックを確認した。ジェスも完了し、私の左側で少し浮いていた補助バックルをついでに押さえてくれた。
「お母さんが見たら心配するわよ」
「あんたが私のお母さんでしょ」
「よい子ね」
「次その口を開いたら、『神風』の燃料にするから」
「それは駄目、技術長に先に殺される」
「そうします」
アイダが平静に引き取った。
よし。
この艦は今日も十分に人間くさい。人を塩漬けにするような人間くささだが。
艦長代理がロイを見た。
「ハルトマン」
ロイが顔を上げた。
「辺境大星雲まで頼む」
「はっ」
次の瞬間、テレグラフが一気に最大戦速へ叩き込まれた。
『神風』が主推進を引き継いだ瞬間、雪風全体がまず誰かに押さえつけられ、次に背後から思い切り蹴り飛ばされたように震えた。旧型炉心の半拍遅れた重い振動ではない。非常に鋭く、非常に現代的で、非常に容赦のない高エネルギー共振だった。艦内のすべての金属骨格が、同時に新しいリズムを強制的に叩き込まれるような感覚だった。
アイダが素早く数値を読み上げた。
「主炉圧、上昇正常。超伝導拘束環、全負荷に入る。主コイル同調率、九十六……九十八……一〇〇。量子超空間ウィンドウ、展開」
メインスクリーンの星々が引き伸ばされた。
観測窓の外では、双子の青い巨星と黒い原始惑星系円盤が、見えない手に後ろへ強く引かれたように、ぼやけた細長い光の帯へと溶けていった。雪風は光と数学が一緒に崩れては再構成されるその回廊へ頭から突っ込み、時間がまず止まり、次に折り畳まれた。
私の胃は正式に抗議したかった。
残念ながら、投票権がない。
「超長距離航道安定」
ロイが言った。
「姿勢安定」
アカリが続いた。
「通信空域、正常減衰」
蘭が言った。
「『神風』出力、平穏」
アイダが言った。
よし。
非常によし。
もしこれが本当にこのまま続くなら、宇宙は今日機嫌がいいと認めてもいい。
――宇宙はすぐに、そういう言葉を言うなと教えてくれた。
おかしいと感じたのは、ごく細い部分からだった。
警報ではない。
火花でもない。
どこかのスクリーンがパチンと落ちたわけでもない。
ある種の……引きずられる感覚だった。
うまく言えない。
雪風がそれまで精密に計算された真っ直ぐな通路を高速で進んでいたのに、突然何かが、通路の外側から、私たちには見えない場所から、艦の片側を掴んで、下へ思い切り引いた。
私は左肩の方向へ一度沈み、次の瞬間、固定バックルが肋骨に食い込んだ。
「――何?」
ジェスが言った。
だが「何だそれ」の後半が出る前に、艦橋全体が耳をつんざく警報音に塗り潰された。
赤色警報灯が一斉に点灯した。
メインスクリーンが激しく点滅した。
雪風全体が一度、激しく揺れた。通常の跳躍中の共振ではない。高速航行中の物体を正規の軌道から無理やり引き剥がすような、ほとんど暴力的な揺れだった。
「異常牽引力場!」
アカリの声が初めて、明確な急迫感を帯びた。
「発生源不明!航道完全性、低下中!」
「超伝導拘束環、位相失調!」
アイダがほぼ同時に叫んだ。
「自然過負荷ではありません――外側から誰かに捻じ曲げられたような失調です!主コイル温度、急上昇!急――」
パンッ。
技術監視台の上部の副回路から、眩しい火花が弾けた。直後、メインスクリーン右側のパラメータ列が一段ごとに赤く染まった。
「『神風』超伝導拘束環、過負荷!」
アイダの声は刃のように冷たかった。
「全出力、回収!今すぐ!」
「回収できない!」
ロイは歯を食いしばり、両手で操舵台を死ぬほど押さえ込んだ。
「減速しているんじゃない――何かが私たちを引き出そうとしている!」
その瞬間、私の頭の中にあったのは、一つのひどく情けない、しかし完全に明確な認識だった。
何かが雪風を、量子超空間から力ずくで引きずり出そうとしている。
衝突ではない。
ミスでもない。
自壊でもない。
引かれているのだ。
その認識が、背筋を一本の線のように冷やした。
真紀はすでに立ち上がり、副長席の縁を掴んで体を安定させながら、壁掛け通信機を引き取っていた。
「全艦注意!全艦注意!超光速航行、異常中止!全員、固定を保て!繰り返す、固定を保て――」
彼女の言葉が終わる前に、雪風がもう一度、強く引かれた。
今度はより重かった。
次元の壁の向こうから、私たちには理解できない巨大な力が、すでに釣り針に掛かった魚のように雪風を掴み、三次元空間の側へ思い切り引いた。
メインスクリーンが一瞬、完全に白くなった。
耳の中で誰かが鐘を叩き割ったような音がした。
それから――
パァン。
爆発ではない。
極めて巨大な張力が、ついに引きちぎられたような音だった。
引き伸ばされていたすべての星の線が一斉に崩れた。観測窓の外の量子光回廊が一瞬で消え、代わりに現れたのは、悪態をつきたくなるほど冷たい深い黒だった。
雪風は三次元の通常空間へ、強制的に叩き出された。
艦橋は一秒に満たない間、静まり返った。
その静けさは醜かった。
平穏ではなく、全員が殴られて頭が再起動するまでの、あの一秒の空白だったからだ。
そして次の瞬間、全艦のシステムが報復するように、すべての悪い知らせを一気に叩きつけてきた。
「姿勢、失衡。修正中!」
「主機、降載完了。『神風』、主回路から切り離し!」
「生命維持、正常!」
「船体フレーム応力値、基準超過。ただし許容区間内!」
「通信回路、復旧――」
「レーダー、再起動!」
私の視界が、白い残像の中からようやく焦点を取り戻した。顔を上げ、観測窓の外を見た。
辺境大星雲ではなかった。
ラニアケアの縁に広がるはずだった、あの巨大な雲海はなかった。見慣れた連邦辺境の航法標識もなく、文明の航路に属するはずの灯りも一つもなく、自分たちがまともな宙域にいることを証明するだけの恒星背景の密度すらなかった。
外は黒だけだった。
単純な夜空ではない。
前にも後ろにも何もない、宇宙が意図的に地図を一区画くり抜いて残したような、荒涼とした黒だった。
遠くの星がまばらな針の先のように散らばっていた。冷たく、感情がなかった。
それ以外は何もなかった。
その瞬間、《テキサス》の残存信号の一節が頭の中で閃いた。
外に星がない。参照物がない。
喉が締まった。
違う、今はそれを考える時ではない。
「方位確認!」
艦長代理の声が艦橋全体を再び軌道に叩き込んだ。
ありがたかった。
当然いる。当たり前だ。ただ、理不尽な何かに思い切り殴られた後でも、この艦にはコーヒーをこぼしたくらいの口調で声を出せる人間が一人いると分かって、私は心から安堵した。
「レーダー、全出力スキャン中」
アカリの指が操作板の上を飛ぶように走った。
「近域空間クリア……中域空間クリア……拡張スキャン中……」
「通信空域は?」
艦長代理が聞いた。
「背景ノイズ、再構築中」
蘭が言った。
「近距離の敵性通信なし、火器管制照射なし、通常艦艇の熱痕跡なし」
「通常?」
私はその一語を即座に拾った。
蘭が横目で私を見た。
「そう、通常」
主機の分析カーソルがメインスクリーン右側で一連のモデルを走り終えた。直後、機械音声が乾いた音で艦橋に割り込んだ。
【異常脱出事象、解析中】
【既存の戦術データベースに基づき、高類似モデルを三種、暫定的に構築】
三本の赤いラインがメインスクリーンに弾き出された。
【可能性A:帝国軍配備の重力爆雷/重力トラップ網への衝突】
【可能性B:超視距/光年級重力兵器による定向干渉】
【可能性C:近距離潜伏目標による超次元ステルス、本艦の跳躍場への直接介入】
ジェスはその三行を半秒見つめた。
「Cが嫌い」
「誰だって嫌いよ」
私は言った。
「違う」
ジェスが言った。
「AとBは少なくとも兵器っぽい。Cは宇宙が個人的な恨みを持ち始めたみたいに見える」
……不謹慎だが、実に的確だった。
アイダはすでにAを半分否定しにかかっていた。
「単純に重力トラップ網に衝突したなら、より明確な場源残波とグリッド干渉の特徴が残るはずです」
彼女はまだ煙が出ている超伝導拘束環の状態図を睨みながら、冷たく速く言った。
「今の位相失調は『ぶつかった』ではなく、外側から誰かに跳躍場を握り潰されたような失調です」
「Aの配備プラットフォームも存在するはず」
アカリが言った。
「でも半径数光年以内に、通常の大型艦体も浮標群も固定式場発生器も何も見えない」
「Aは成立しない」
真紀がすぐに引き取り、一つの選択肢を盤上から取り除くように言い切った。
「Bは?」
艦長代理が聞いた。
「光年級重力兵器なら、理論上は干渉源を遠距離から隠蔽できますが、少なくとも何らかの遅延型波面残痕が見えるはずです」
蘭が先に答えた。
「今は何もありません」
アイダも首を振った。
「それに『神風』の損傷パターンが、あまりにも『近い』んです。遠くから一発撃たれた感じではなく、もっと……」
彼女は少し止まった。こういうものに形容詞を与えることを、明らかに不本意に思っているような間だった。
「跳躍場の縁に張り付いて、手を差し込んで引き裂いたような感じです」
艦橋で誰も口を開かなかった。
その比喩があまりにも悪かったからだ。
比喩に聞こえないほど、悪かった。
私は観測窓の外の深宇宙の荒野を見た。胃の中の何かがまた少し沈んだ。
敵艦はない。
待ち伏せ艦隊もない。
見慣れた火器管制レーダーもなく、「少なくとも殴り合える相手が見える」という単純な恐怖もない。
あるのはこの、何もない黒だけだった。
そして、認めたくはないが、認めるしかなくなってきている答えが一つ。
「AとBを排除する」
私は口を開いた。自分の声が思ったより乾いていることに気がついた。
全員が私を見た。
私は戦術図を見つめ、脱出の瞬間の位相裂傷の画像をメインスクリーンの端に引き出した。
「ぶつかったのでもなく、遠距離から撃たれたのでもなく、レーダーには何も映っていない。なら残る可能性は一つ」
私は言った。
「何かが私たちのすぐ近くにいる。通常の三次元空域にではなく、一段上の空間に張り付いて、私たちと一緒に動いている。完全に姿を現す必要はない。跳躍で最も脆弱になった瞬間に、質量の一部か作用面の一部をこちら側へ投じるだけで、雪風を引きずり出すには十分よ」
ジェスの顔から珍しく冗談の色が消えた。
彼女はゆっくりと言った。
「つまり、見えない場所に隠れた犬が、今さっき私たちに噛みついた、ということ?」
「そう」
私は言った。
真紀はその結論を即座に命令の形に変えた。
「Cを暫定として採用。全艦、一級高次元伏撃警戒に移行。不要な対外信号を封鎖、艦橋配置を維持。ロイ、姿勢を安定させろ、大幅な機動は禁止。アカリ、全方位再スキャン、局所重力異常を優先して探せ。蘭、背景ノイズの欠損と微中子散乱を監視しろ。アイダ、『神風』の冷却状態を継続報告」
「はっ」
「承知」
「了解」
「『神風』、損害管制報告、入電」
アイダが新しいウィンドウをメインスクリーンに上げた。
鮮やかな赤い文字が、最も見たくないタイミングで、最も元気よく輝いていた。
【『神風』過負荷、冷却中:推定所要時間 一五分】
【生命維持システム:正常】
ジェスはその二行を見て、半秒黙った。
「どちらに拍手すればいいか分からない」
「二行目よ」
私は言った。
「なぜ?」
「一行目は今、拍手どころか、私たちを殺しかねないから」
彼女は短く笑った。
乾いた、かすれた笑いだった。さっきの強制脱出で声まで傷を負ったような笑いだった。
私は笑わなかった。
この一五分が単なる「エンジンの冷却待ち」ではないと、すでに気づいていたから。
これは――
見えない何かに量子超空間から噛みちぎられた後、そいつがまだ近くにいて、私たちが次にどう喘ぐかを観察している、その一五分だ。
艦長代理はメインスクリーンの黒を見たまま、ほとんど起伏のない声で言った。
「各席位、注意」
誰も応じなかった。
こういう時、応じる必要はない。
全員が聞いていた。
「今から、ここを猟場だと思え」
背筋が一本、冷えた。
怖かったからではない。
その言葉が、あまりにも正確だったからだ。
私たちは単純に迷子になったのではない。
運悪く宇宙の事故に巻き込まれたのでもない。
私たちは何かに、一億五千万光年の跳躍の途中で、わざわざ選び出されたのだ。
そして今――
それはすぐそこにいる。
ただ、私たちにはまだ見えていない。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




