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臨界の星穹  作者: Mr.佐藤焫焵
士官学校編
41/63

11. 愛の鞭 3

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

ゆっくりと立ち上がる。椅子の脚が床をこすって、かすれた音を立てた。隣の何人かが、反射的に少し後ろへ引いた。あとで血しぶきでも飛んでくるのを嫌がっているみたいだ。先見の明がある。生存リスクの基礎的判断力を持ったクラスメイトは嫌いじゃない。


席を抜けて前に出る。靴底が床を叩く音がやけに重く響いた。今日の気分が特別重いわけじゃない。この星が全員の骨を下へ引きずっているせいで、歩くだけで重力に家賃を払っているような感覚になるのだ。


カールは講壇の前で私を見ていた。


近くで見ると、なおさらひどい。


ただ大柄なだけじゃない。連邦が突撃破城機を縦に割って、そこへ半分だけ人間の脳を押し込み、そのまま教官認定印を押したんじゃないかと疑いたくなるサイズ感だ。合金の左腕は大人しく脇に垂れているが、関節の隙間からはうっすらと青い光が漏れている。冷却中の工業炉の芯みたいだ。金属マスクが顔の半分を覆い、残った半分は、塹壕から掘り出した古い石像みたいに硬い。


彼が見下ろす。


私は見上げる。


いいね。


いじめ防止キャンペーンのポスターにそのまま使えそうな身長差だ。


「お前が星野霜か」マスクの奥から電子音が響く。平坦で、冷たくて、専門職レベルで耳障りが悪い。


「この基地にもう一人不運な銀髪がいない限りは、そうですね」


教室は一瞬、変な静寂に包まれた。


誰も意味がわからなかったわけじゃない。


全員が待っていたのだ——基地に来てまだ三十分も経っていない、頭が重力で固まりきっていない新入りが、このあとどう扱われるのかを。


カールが二秒ほど私を眺める。


「記録によれば、艦橋が被弾した後、撤退命令を拒否し、二次火器管制の修正を完了。そのまま至近距離で艦首衝角に参加した、とある」


「記録はずいぶん脚色が得意ですね」口角を引き上げる。「人間語に訳すと、『たまたま死に損なった』です」


冗談には乗ってこなかった。


それがまた腹立たしい。


こちらのくだらない話に乗ってくる奴も面倒だが、まったく乗ってこない奴のほうが厄介だ。次の瞬間に頷くのか、人間パチンコの実演に使われるのか、見当がつかないから。


「俺はお前が過去に何をしたかには興味がない」カールは言った。「ここに来た時点で、過去の戦果が意味するのは一つだけだ」


一歩、前に出る。


ドン。


その一歩で、講壇の横に置かれていた金属机がかすかに震えた。


「お前が他人より自分を高く見積もりがちだということだ」


……ああ。


今日は人格矯正コースらしい。


軽く頷く。


「それは奇遇ですね。私も、教官がどれだけの人間を指導してきたかには興味ありません」半分金属、半分人間の顔を見上げる。「今この場で一番矯正が必要そうなのが誰かは、見ればわかりますから」


前列の何人かが、はっきり息を呑んだ。


いいね。


今日の対人関係は、順調に地雷原コースだ。


カールは怒らなかった。


少なくとも、外見上は。


そういうタイプが一番厄介だ。


本当に危険な人間は、顔を赤くしたり血管を浮かせたりして、自分の危険性をアピールする必要がない。彼はただ、ゆっくりと首を回しただけだ。頸の側で金属関節が細く、不吉な音を立てる。


「結構だ」彼は言った。「口はまだ機能しているようだな」


「お褒めにあずかり光栄です。私も自分で驚いています」


「その調子のまま、肋骨が壁にめり込んでも喋れているといいな」


……はい、了解。


ウォーミングアップも省略らしい。


カールが右手を上げ、教室側面の訓練スペースを指し示した。そこはもともと濃いグレーの防爆カーテンで覆われていたが、今は左右に引かれて、奥に一面の暗灰色の玄武岩衝撃壁が露出している。壁面は平坦じゃない。古い亀裂や鈍い凹みが無数に刻まれ、さらに、人型の何かが高速で叩きつけられたときにしかできない放射状の破砕痕が何箇所かはっきり見える。


半秒ほど、その壁を見つめた。


妙に落ち着いた気分だった。


落ち着きすぎて、頭には一言しか浮かばなかった。


くそ、あれ、学員を投げつける専用の壁だろ。


「一限目は」カールが言った。「格闘じゃない」


「おや、それはずいぶん文明的で」


「現実の確認だ」


……やっぱりな。


顎をくいっと上げて、壁の前にある黄色のマーキングに立てと示す。


視線が背中にべったり貼り付いてくるのを感じながら、指定位置まで歩いていく。足を止めて振り返る。


「先に確認しときますけど、教官。派手な歓迎セレモニーをやりたいだけなら、握手でも十分だったと思いますよ」


カールが近づいてくる。一歩ごとに、床の耐荷重テストでもしているような重さだ。


「ここに握手はない」


「それは残念。連邦にも、一応は儀礼的な礼儀くらいは——」


言い終わる前に、彼はそこにいた。


予備動作なし。


開始の宣言もなし。


「今から行くぞ」という良心的な予告も、もちろんない。


一秒前まで、彼は私の正面一歩分の場所に立っていた。


次の瞬間には、合金の左手が私の肩口と上腕の境目をがっちり掴んでいた。その速さは、誰かが一コマだけ映像を切り飛ばしたようだった。


脳内に浮かんだ言葉は一つだけ。


くそ。


そして、世界が横になった。


比喻じゃない。


本当に横倒しになった。


視界が激しく回転し、胃の中身がふわりと浮き上がる——違う。この星には無重量なんてものはない。あるのは、さらにひどい加速度だけだ。カールは義手で工具袋でも掴むみたいに私を持ち上げ、そのまま横へ思い切り投げた。両足が床を離れた瞬間、1.5倍の重力が律儀に働いて、私の身体をさらに下へ引きずり込む。その分だけ、重さと速度に教育的効果が追加される。


次の瞬間、背中と玄武岩の壁が直にキスをした。


ドゴン——!!


鈍くて、硬い音がした。骨の詰まった袋を丸ごと鉱山の壁にぶつけたような音だ。


ぶつかった瞬間、視界が真っ白になった。


誇張じゃない。


本当に真っ白だ。


見えない鉄棒で脊椎の真ん中を思い切り殴られたみたいで、背中の筋肉に焼けるような痛みが一面に走る。肺の空気がまとめて搾り出されて、喉の奥からみっともない詰まった喘ぎが漏れた。壁から細かい石片がいくつか剥がれ落ち、肩や髪に当たって、床にカラカラと転がる音がする。


壁を伝って半分ほどずり落ちて、膝が抜けかけた。


だめだ。


ここで膝をつくわけにはいかない。


教室中の目が見ている。


あの鉄くず野郎も見ている。


一限目のラストを「教官に片手で壁へ叩きつけられて土下座状態で終了」にしたら、この話のタイトルは『銀髪砲弾の高重力恥さらし日記』で決まりだ。


歯を食いしばって肘で身体を支え、肩が壁に当たった瞬間、また鋭い痛みが走って目尻がぴくりと跳ねた。


呼吸が戻ったとき、最初の一息は砕いたガラスを飲み込んだみたいだった。


……いい。


実に、いい。


連邦特戦営、看板に偽りなし。


教室全体が真空になったみたいに静まり返っている。


顔を上げると、カールが二歩先に立って、こちらを見下ろしていた。落としてもまだ完全には割れていない器具でも見るような目だ。


あの忌々しい電子音が口を開く。


「これが現実だ」


壁に手をついて、ゆっくりと立ち上がる。ぶつけた背中のあたりは、脊椎に焼きごてでも当てられているみたいに熱い。口の中に血の味がする。多くはないが、十分に鬱陶しい。指先で口元を拭うと、案の定、赤いものが少しついた。


いい。


初日から血を見た。


縁起がいい。


鉄錆の味が混じった唾を吐き捨て、顔を上げて彼を睨み、小さく口角を上げた。


「鉄くず」声は少し掠れていたが、罵倒するには問題ない。「そのうち、お前のネジを一本ずつ歯で外してやるから、そのまま突っ立っていられるか試してみなよ」


今度は本当に、教室の何人かが息を呑んだ。


まさか死ぬ前に罵声が飛ぶとは思っていなかったのだろう。


カールはじっと私を見た。


そして、金属の半分は表情ひとつ動かさないまま、声だけがさっきより少し低くなった。


「結構」


一歩近づき、見下ろしてくる。


「その場末の野良犬みたいな目つきは、しまっておけ」


合金の指先が持ち上がり、胸元を軽く突いた。力は強くないが、侮辱としては十分だった。


「ここで噛みついても意味はない」


左腕が持ち上がる。金属関節がわずかに展開し、小型の処刑装置が起動準備に入ったみたいな音がした。


「教えるのは、特規動力装甲のタングステン合金外骨格を使って、〇・八秒以内に身長二メートルの敵兵の喉を握り潰す方法だ」


一拍おいて、マスクの中の音声モジュールが、かすかなノイズを漏らす。


「ついでに、その血をお前のバイザーに飛ばさないコツもだ」


……はい、ありがとうございます。


さっきの一発は、本当にただの自己紹介だったらしい。


一部は人、一部は事故現場みたいな顔を見上げる。背中の骨はまだズキズキと痛んでいるのに、口元が勝手に少しだけ上がった。


嬉しいからじゃない。


ここまで来れば、むしろ色々とクリアになったからだ。


この星は、クッションなんてくれない。


この基地は、メンツなんて立ててくれない。


この教官は、段階的指導なんて言葉を知らない。


彼が欲しがっているのは、私が何かを「学ぶ」ことじゃない。


学び切るまで、潰れずに耐えることだ。


姿勢を少し伸ばすと、背中に連邦の祖先をまとめて呪いたくなるような痛みが走った。少なくとも、まだ立てる。


カールはくるりと背を向け、講壇の前まで戻った。声が教室全体に叩きつけられる。


「覚えておけ」


「艦隊管理、分隊編成、戦術指揮——どれも重要だ」


クラス全員を見渡す。


「だが、最初の一撃に耐えられないなら、お前たちが何かを『管理する』番は回ってこない」


そう言ってから、私の背後の壁を指差した。


「星野霜が、いい見本を見せてくれた」


危うく吹き出すところだった。


ふざけるな。


今のはどう見ても、私を使った人間投擲による耐久実験だ。


笑いかけて、やめた。


その一秒後、彼が続けたからだ。


「これから、全員前へ」


「一限目を始める」


さっき芽生えたばかりの嘲笑心が、半分ほど死んだ。


そして、カールの冷たい照準器みたいな目が、もう一度私に戻ってきた。


「お前は、星野」


「はい」


「一番前に立て」


……ですよね。


玄武岩の壁から引き剝がしてなんとか人型に戻した身体を引きずって、列の先頭まで歩く。背中はまだじわじわと痛む。その痛みは実に鬱陶しい。今すぐ倒れるほどじゃないが、脊椎に居座る厄介な債権者が帳簿を叩きながら、「やあ、まだここにいるぞ」と主張してくる感じだ。


素晴らしい。


十四歳で、若くて、かわいくて、銀髪で、本来なら教室で数学の宿題と弁当のおかずについて悩んでいるはずの少女が、今は連邦高重力特戦営の訓練場に立って、身長二メートルの半機械化戦争事故現場に素手で教育される順番を待っている。


文明の進歩ってすごい。


カールは正面に立ち、マニュアル音声みたいに平板な声で言った。


「CQCは、ストリートファイトじゃない」


「奇遇ですね」痺れている指を動かしながら、意地で顎を上げる。「私も、ここに淑女作法を習いに来たわけじゃありません」


「見ればわかる」


「その言い方、かなり殴りがいがありますね」


「試してみろ」


……はい、了解。

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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