01. 最劣なる人生の幕開け-4
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
次の瞬間。
艦全体が、誰かに後ろから思いきりぶん殴られた。
比喩じゃない。
本当に、見えない巨人が拳を振りかぶって、この艦の背骨を全力でブチ抜いたみたいだった。艦橋の床がドンと跳ね、私は前に投げ出されかける。膝が折れ、一歩よろめいて、あわてて投影テーブルの縁を掴んだおかげで、顔面からコンソールにキスするのだけは回避できた。
……クソが。
主力艦クラスの武器を撃つとき、連邦って「まずどっか掴め」って教えないのか?
視界のメイン投影が、コンマ何秒で白い光に満たされる。
綺麗な光じゃない。
「これから誰かが、ものすごく惨めな死に方をします」と、脳に直接叩き込んでくるタイプの光だ。
艦首から吐き出された複列位相エネルギー砲の主ビームは、最初は極限まで圧縮された銀白色の一本の針だった。それが数キロ先で、瞬時に二条の相互干渉する高エネルギー相位流へと展開し、互いに噛み合い、ねじれ合いながら突き進む。
砲撃というより、「恒星コアの中でいちばん理不尽な部分だけを切り取って、真空に無理やりぶちまけたもの」と言った方が近い。
もちろん、音はない。
宇宙には、そもそも音がない。
それなのに、私はそれを「聞いた」気がした。
足の裏から後頭部まで一直線に駆け上がる痺れ。焼けた針金で背骨を一本一本なぞられているみたいな感覚。艦内の固定が甘い部品が一斉に共振し、天井のライトがチカチカと明滅する。さっき降伏した帝国クルーの一人など、その場にしゃがみ込んで頭を抱え、「文明が今からどう高エネルギー物理に凌辱されるか」を理解してしまったかのような悲鳴を上げた。
主ビームが戦場外縁部を貫く頃、帝国側面でいちばん重要な位置取りをしていた重巡洋艦が、ようやく艦首を切り始める。
遅い。
遅すぎる。
敵艦の艦首偏向シールドが、ぱっと光った。真夜中にグラスの縁を指で弾いたみたいな、そんな反応。
次の瞬間、シールドは相位共振のラインに沿って崩れ始めた。
爆発でも破砕でもない。
「解体」だ。
布を真ん中から両手で裂いたときのように、きれいに。
そして砲束は、その隙間から容赦なく突っ込んだ。
帝国重巡の前半分の船体は、投影された映像の中で、まずわずかにしぼみ、つづいて腹を膨らませ、最後に竜骨に沿うように真っ二つに弾け飛んだ。
重装甲板、内骨格、格納庫の壁、加圧隔壁、それから名前を知る気も起きない高価な軍需品の数々が、見えない怪物に内側から食い破られるみたいに、層になって吹き飛んでいく。
映像は、妙にきれいだった。
きれいすぎて、死の瞬間に見えない。
脱出ポッドがいくつも弾き出され、それよりもっと小さくて、形が不規則で、本来宇宙空間を飛んでいてはいけない「部品」が混じり始めるまでは。
そこでようやく、「ああ、そうだ。さっきまで、あの中にはたくさん人が乗ってたんだっけ」と思い出した。
うん。
もう、あんまり残ってないだろうけど。
私の頭にまず浮かんだ感想は、これだった。
……うわ。
この一発にかかってる予算、何回ネイルサロン行けるんだろ。
で、二個目の感想が、これ。
……いや、そもそも私は、そんな何回もネイルしに行けるほど長生きしないんだった。
あの重巡は「被弾した」なんてもんじゃない。
「撃たれた結果、軍事アカデミーの教官が講義室の前で三秒黙ってから、『だから陣形は、こんなふうに詰めるなと言ったろ』って言うための教材」にされた。
しかも、死んだ場所が悪すぎる。
芸術的なまでに、悪い。
帝国側面の何隻かの中型艦は、ちょうど今、包囲の口を閉じて、四隻の連邦艦を内側へ押し込もうとしていたところだ。ところが、そこへさっきの重巡がドカンとやらかしたせいで、膨大な残骸と高熱の破片が一気に航路にばら撒かれた。
後続の帝国艦二隻は、急制動と急旋回を強いられる。そのうち一隻は前方の残骸を避けようとして、隣の艦の展開シールドの縁と擦り合い、巨大な放電アークを生み出した。
全体のラインが、一気にお団子状態になる。
壊滅とまではいかない。
ただ、十分にダサい。
そして戦場において、隊形がダサくなったとき——増えるのは、だいたい死体だ。
連邦側も、もちろん馬鹿じゃなかった。
帝国の陣形が乱れたほぼ同時に、それまで押し潰されかけていた第二戦艦と第四戦艦が、すかさずその穴に噛みつく。主砲を一斉射撃し、二本の青白い光の帯を、扇形陣形の縁から帝国艦列の内側へ叩き込んだ。
ほとんど封じかけていた包囲の口が、無理やりこじ開けられる。
艦橋は、一瞬の静寂のあと——爆発した。
「命中、命中しました!」
「帝国第三側衛艦、艦首構造喪失!」
「連邦第二戦列艦、突破開始!」
「嘘だろ……本当に当たったぞ!?」
さっきまで俘虜の監視だの何だのをしていた連邦兵が、今は全員、宝くじで植民地一つ当てた市民みたいな騒ぎ方をしている。中には、勢いで私に抱きつきかけたやつまでいて、睨みつけたら、素直に引っ込んだ。
触るな。
今の私は血まみれで、情緒も安定してない。反射で斧から挨拶するかもしれないだろうが。
……まあ、それでも、気分が良かった時間は、せいぜい二秒だった。
本当に、二秒。
三秒目には、警報が鳴った。
耳障りな赤色アラームが艦橋を切り裂き、さっきまでの歓声を全部かき消す。メイン投影の右上に、真っ赤な警告マーカーが次々点灯した。帝国残存艦艇の火器管制レーダーが、軒並みこちらを向き始めている。識別コードが一本、また一本と、黄色から橙、最後は見ていて不愉快な深紅へと変わっていく。
大学兵の顔色が変わった。
「まずい」
紅い反射光で染まったレンズ越しに、私を見る。
「バレました。こちらがやったと」
私は大げさに目を回してみせる。
「当たり前でしょ。あんな刺し方されて、まだ気づかないようなら、帝国の士官は全員くじ引き採用だわ」
投影の中で、帝国主力は崩れていない。
それは、むしろ良いことだ。
あれぐらいで全線崩壊してたら、この宇宙のタイトルはとっくに『バカと自爆帝国艦隊』になってる。
逆に、向こうの反応は速かった。
残った五隻の帝国戦艦のうち、二隻が即座に連邦への圧力をやめ、外側へ出ながら射界を組み直し始める。もう一隻は、連邦側を向けていたミサイル・サイロを、そのままこちらに振り向けた。
さらに厄介なのは、後方に控えた一番大きな帝国主力艦だ。そいつは焦って撃ってこない。じわじわと距離を取り始めている。
意味は、一つだ。
あれは、冷静だ。
むやみに撃ち返してスッキリしたいわけじゃない。安全な火力軸に下がってから、主砲でこの艦をきれいに蒸発させるつもりだ。
そういうプロ意識は、嫌いじゃない。
……が、標的が私だと話は別だ。
「大学兵、報告」
私は投影を睨みつけたまま言った。
「こっちがロックされるまで、あと何秒?」
彼の指が、インターフェースの上で痙攣するみたいに走る。
「現状の帝国艦隊の火器管制修正速度から見て……二十秒以内に、第一次斉射が来ます」
「二十秒?」
笑いかけて、笑えなかった。
「思ったより、ずいぶん高く評価されてるじゃん」
今の心境は、だいたいこんな感じだ。
テストで適当にマークした大問がたまたま当たって、全クラスが「すげえ」と騒ぎ出したところへ、監督の先生がやってきて言う。
「素晴らしいですね。じゃあ次の一枚も、あなたに解いてもらいましょう」
……宇宙って、本当に人が調子に乗ったタイミングを狙って殴ってくる。
舌打ちしながら、もう一度沙盤を見る。
さっき開けた包囲の口から、連邦の四隻はなんとか這い出しかけている。だが、まだ安全圏にはほど遠い。今ここでこの艦が踵を返して逃げれば、帝国は高い確率でまず私たちを八つ当たりに焼き、そのまま隊形を立て直す。
結局、連邦はまた同じ苦しさを味わうことになる。
つまり——
今のこの艦は、切り札じゃない。
餌だ。
さっきキレイに噛みついたせいで、血の匂いが一番強い、目立つ餌。
……チッ。
どうして私は、ひらめくたびに自分をいちばん死にやすい場所に運んで行く羽目になるんだろうな。
「通信、連邦艦隊につないで」
と言うと、大学兵が瞬きをした。
「何をする気です?」
「決まってんでしょ。みかじめ料、取り立てに行くの」
「……は?」
「いいから、早く」
数秒後、共用戦術チャンネルが強制接続される。
向こうの艦長たちが、今この瞬間のブリッジの映像を見ているとしたら——血まみれで、髪が爆発してて、屠殺場から抜け出したガキみたいな私の顔を見て、回線を切りたくなるかもしれない。
それでも、先にしゃべる。
「もしもし、連邦のえらい人たち。こんにちは」
私はイヤホンを押さえながら、帝国から飛んでくるロックマーカーの帯を眺める。できるだけフラットな声で。
「こっちは……まあ、どうでもいいか。とにかく、いま帝国の外縁艦を一隻、乗っ取ってます。さっき、そっちの目の前で一発ぶち込んで、穴開けてやったの、見えましたよね」
一拍置いてから、続ける。
「で、問題が一つ。向こうが今、めちゃくちゃ怒ってます。超怒ってます。私を宇宙の塵にする気満々ってぐらいには」
艦橋の連邦兵全員が、私を見ている。
……うん、分かってる。私の口調が軍人っぽくないのは。
でも、まともな軍人が残ってたら、そもそも今ここに私が立ってない。
「だから、これからお願いしたいことが二つあります。一つ、すぐに前に出て、外側から回り込もうとしてる帝国の二隻を押し返す。陣形を整えさせない。二つ、こっちは『逃げ腰の裏切り者』って顔をして、この艦を外側に逃がすフリをする。その間、帝国のメイン火力を、こっち側にさらに五〜八秒引き寄せる。もし、あんたらがその時間すら活かせないなら——」
迫ってくるロックラインを横目で見ながら、口の端を引きつらせた。
「私は幽霊になってからも、文句を言いに戻ってくるから」
通信の向こうが一瞬だけ静まり返る。
それから、年季の入った冷たい男の声がした。
『身分識別は』
……やっぱりな。
戦況がどうなってようが、こういうときにまず書類から確かめるあたり、本当に大人ってやつはどうしようもない。
「連邦陸戦補充兵。一等兵、星野霜」
答える。
「今は、ついでにあんたらの命も救ってやってるところ」
また、短い沈黙。
それから、低い声が返ってきた。
『……了解。全艦隊、彼女の案に従って展開』
私は瞬きをした。
……あ、マジで信じんの?
胸の奥から、変な感覚がこみ上げてくる。
感動、ではない。
どちらかと言えば、「いつも問題児扱いしてくる先生が、答案に『可』って書いてきたとき」の、妙なむず痒さだ。
……クソ。
なんかムカつく。
だってそれはつまり、「ちゃんとやれよ」って言われたのと同じことだから。
「大学兵」
「はい」
「艦首姿勢を外側に三度振って。主戦場から抜けようとしてるっぽく見せる。速すぎると命乞い、遅すぎると喧嘩売ってるみたいになるから、いい感じに。——さっき背中刺して逃げ腰になった小物野郎、って役柄で頼む」
大学兵は二秒ほど黙り込んだ。
「……その、小物野郎の心理描写、妙にリアルですね」
「うるさい。いいからやれ」
艦の姿勢が、わずかに変わり始める。
投影の中の自艦アイコンが、帝国陣の外縁を舐めるように滑っていく。さっき盗み食いして、平然を装っている野良猫みたいな軌道で。
ほぼ同時に、外側で射界を組み直していた帝国の二隻が案の定食いついた。火器管制の優先度が、さらにこちら側に寄ってくる。
いい子たちだ。
さあ、こっちを噛みにおいで。
家を荒らされて脳溢血を起こしかけてる、かわいそうな被害者さんたち。
——と、そこまで考えたところで、頭のてっぺんがビリッとした。
予感じゃない。
このクソったれなアホ毛が、また変な回り方をしたのだ。
人工重力場の不安定さ。
いや、それだけじゃない。
艦内の、もっと大きな系統でエネルギー再配分が起きている。メイン投影の下部に、新しい警告が一列、ずらりと浮かび上がった。帝国語全部が読めるわけじゃないが——何度も見せつけられたせいで、嫌でも覚えた単語がいくつかある。
過負荷。
蓄積。
偏向バランス異常。
大学兵の顔から、血の気が引いた。
「複列位相エネルギー砲の二次チャージ残熱が抜けきってない! メイン・コンデンサにまだ逆流してます! この状態で帝国の一斉射をまともに食らったら、この艦の前半分が、中から先に弾け飛びます!」
私は警告列を睨みながら、まずこう思った。
……やっぱり、午後の体療コースはキャンセル扱いだな。
で、二個目に出てきた感想が、これだ。
——クソ。
これは、本気で死ぬやつだ。
外では、帝国艦列が再び展開し直している。
連邦艦隊も、前へ出ている。
メイン投影の中で、両軍の光点がふたたび互いに食らいつこうとしていた。さっきの一撃で開いた穴は、血と炎で埋め戻されつつある。そして私たちの艦は、そのど真ん中に、歯車の間に挟まった骨みたいに引っかかっている。
じきに、粉々になる場所だ。
ひび割れた唇を舌でぬぐい、手に持ったままの戦斧を握り直す。
正直なところ、今いちばんやりたいのは、ベッドでコーラを飲みながら転がることだ。
できればキンキンに冷えたやつ。
それが無理なら、熱いシャワーを浴びて、パックでも貼って、途中まで読んで放り出したラノベの六巻を開きたい。
でも、宇宙はだいたい、そういう優しさとは無縁だ。
だから私は、モニター一面を埋め尽くす「死にますよ予告」を眺めながら、深く息を吸い込んで、今いちばん大事なことを聞いた。
「大学兵」
「……なんです」
「この艦、脱出艇って付いてる?」
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




