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臨界の星穹  作者: Mr.佐藤焫焵
臨界の星穹:ロスト
391/642

126.悪意  2

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

【星野 シモの視点】


廊下は医務室よりも寒かった。


普通の空調の冷たさじゃない。施設全体の電力が今にも切れそうなのに、特定の区画だけ死に物狂いで低温を維持しているような、そういう寒さだ。


床は濃い色の滑り止め素材で、その上には一度乾いてから湿気で再びふやけた大きな染みが広がっていた。錆と血の中間のような色。正直に言って、しゃがみ込んでその成分を研究する気にはなれなかった。


壁沿いには数メートルおきに、帝国文字と連邦共通コードが併記された装置が置かれていた。大型の生物標本を固定するための搬送フレームのようだ。拘束帯があり、関節フックがあり、明らかに力任せに引きちぎられた金属の固定ポイントがいくつかある。あるフレームの底には半透明の薄膜がこびりついていた。


蛇の抜け殻のようだが、もっと分厚く、湿っていて、元々何を包んでいたのか絶対に知りたくない代物だった。


「FUCK!!!」 私は低く独り言を言った。


「最初はただの惑星採掘(わくせさいくつ)だったはずだろ。それが今や、帝国版の宇宙ホラーサバイバルゲームに強制アップグレードかよ。次は『絶対に開けるな』ってデカデカと書かれたセキュリティカードでも拾う流れか?」


ライトの光を前へ走らせた。


壁に肖像画がある。 またフリードマン三世だ。子供の頃から連邦の宣伝資料、戦時教材、政治風刺のショートフィルムで何百回と見てきたあの顔が、今この死に絶えたような青い光の下で私を見下ろしている。普段よりもさらに死体っぽく見えた。


「くそっ、どこにでも湧いてきやがる」私は低く罵った。「こんなろくでもない場所にまで社長の写真を飾るなんて、帝国の企業文化は本当に安定して気持ち悪い」


さらに奥へ進むと、医療区画が分岐し始めた。


左は隔離病室、右は標本保存区、正面はより高い権限が必要な分厚い気密扉。扉の脇にあるタッチパネルは半分砕けていたが、ホストはまだ生きていた。外殻を外し、携帯用コネクタを突き刺す。端末にはすぐに権限エラーの文字列が跳ね上がり、続いて、死ぬ間際まで威張っている官僚システムのように、もったいぶって施設のディレクトリを吐き出した。


最初は地図だけ探すつもりだった。 だが、最初に目に入ったのは地図ではなかった。


プロジェクトの分類だ。


第七熱域適応計画 生体兵器化評価 宿主神経馴化記録 高熱環境寄生標本庫 対人適合性試験 / 軍務権限限定


その数行を見つめていると、うなじが少しずつ冷たくなってきた。


違う。 「冷たい」んじゃない。 理性が先に「これは最悪だ」と理解して、体がワンテンポ遅れて追いついてくる、あの感覚だ。


ここはせいぜい、帝国が違法な生物研究をしている前哨基地くらいだと思っていた。帝国が道徳に反することをするのは珍しくない。珍しいのは、奴らが突然良心に目覚めた時くらいだ。だが、この分類は単なる「研究」じゃない――


生物、兵士、環境、戦場、それらすべてを同じツールチェーンとして扱っている。


もっと露骨に言えば。 ここは怪物を研究しているわけじゃない。 どうやって怪物を武器に変えるか、どうやって武器を高熱の惑星に慣れさせるか、そしてどうやってその代物を安全に敵の頭上に放り込むか、それを研究している場所だ。


息を吸い込むと、消毒液と金属の錆の匂い、そしてさらに奥から漂ってくる腐敗した甘い匂いが肺に入ってきた。


その匂いは微かだった。 でも、知っている。


医療事故の記録を読みすぎた人間、戦地救護の映像を見すぎた人間は、最終的に皆あの匂いを覚える。


それは有機物が、生きていてはいけない状態で無理やり生き延びた後に残す、あの匂いだ。


まず標本保存区へ向かった。 極めて賢明でない決定だが、その場で突っ立って妄想を膨らませるよりは、自分の目を痛めつける方がマシだ。


扉を押し開けた瞬間、冷気が刃のように中から切りつけてきた。


部屋の中には大型の培養槽が三列、整然と並んでいた。ほとんどは電力が落ちており、槽内の液体は濁って黒ずんでいる。底部の非常用の青い光だけが、中の影をぼんやりと、膨張した、胃が痛くなるような輪郭として照らし出していた。少数の槽だけは微弱な生命維持装置が稼働しており、配管の中を液体がゆっくりと流れ、ガラスの向こうで誰かが極めて静かなリズムで呼吸しているようだった。


近づいて見たくはなかった。 しかし人間の劣根性とは厄介なもので、見てはいけないと分かっているほど、一目見たくなる。


最初の槽には、六本足のケイ素生物の解剖体が入っていた。おそらくこの惑星の溶岩の縁で活動する原生の小型生物だろう。


それが切り刻まれ、再構築され、本来の構造にはない神経束や腺嚢が余分に接続されていた。 二つ目の槽には、さらに大きな個体。外骨格の内側から柔らかい肉質のプリーツ膜が生えており、硬い殻の中に別の肉塊をこっそり詰め込んだようだった。


三つ目の槽―― 私は立ち止まった。


三つ目の槽の標識パネルはまだ点灯していた。


HR-09 / 高熱環境纏縛型標本 状態:処分承認待ち 備考:対人神経刺激反応は良好。群れでの解放リスク高。非管理区域での封印解除は推奨せず


私はその空っぽになった輪郭を二秒間見つめ、沈黙した。 そして、極めて冷静に言った。


「ああ」


「さっきのあの気持ち悪い代物は、単に『解放を推奨しない』レベルだったわけか。帝国の災害管理基準は、いつも私の底辺の認識を更新してくれる」


槽の側面には、明らかにぶつかって割れた痕があった。 亀裂は内側から外へ向かって弾けている。


つまり、さっきジェスを襲ったあの化け物は、単に施設の故障で逃げ出したわけではない。 誰かが、あるいは何らかのプログラムが、ここで制御不能になる前までは、あれをちゃんと閉じ込めていたのだ。


胃の底がさらに冷え切った。 こんなものが単なる標本の一つに過ぎないなら、メインプロジェクトの本体は一体何なんだ?


データを撮影し、携帯モジュールにコピーして、さらに奥へ進んだ。


次の部屋は観察室だった。 観察室のガラスはとっくに砕け散り、中には監視記録のパネル、医療用拘束帯、折れた注射器、そして倒れた椅子が散乱していた。壁には紙の記録が数枚貼られており、帝国文字は一部しか読めなかったが、重要な専門用語だけで意味を繋ぎ合わせるには十分だった。


「熱安定性」 「宿主拒絶反応」 「脳幹同期」 「服従性」 「戦域投下コスト」


戦域投下コスト。


私はその数枚の紙の前に立ち、不意に少し笑いたくなった。 面白いからじゃない。 人間という生き物は時々、地獄を行政のプロセス表に書き起こすのがあまりに上手すぎるからだ。前の欄に寄生成功率を書き、次の欄に武装配置の提案を書き、その次の欄で単位あたりの投下コストを計算する。フォーマットさえ綺麗に整えれば、死体も怪物もすべて予算案の一部にできるとでも言うように。


こんなことができるのは帝国だけか? ……いや。 権力が十分に大きく、距離が十分に遠く、良心が十分に安ければ、どの政体でもやることだ。 ただ帝国はそれが特別に熟練している。家伝の職人技のように。


観察室の裏にあるメンテナンス通路に沿って下へ降りた。 この辺りから、施設自体が正常な人間の歩く場所ではなくなってきた。


通路は狭くなり、壁の標識は医療の白から警戒の黄に変わり、さらにその半分が濃い色の粘液で覆われていた。


床の引きずり痕が増える。生物の粘液だけでなく、何か重いものを急いで引きずったような削り傷もある。天井の配管が時折収縮音を立てる。誰かが壁の中でゆっくりと拳を握りしめているような音だった。


別の端末を開き、さらに深層のエリア配置を引き出そうと試みた。 今度システムが吐き出したのは、警告だった。


コア育成区 / 最高権限が必要 主体収容状態:要確認 警告:減圧、温度制御喪失、または主電力変動状態での覚醒チェックの実行を固く禁ずる


「覚醒チェック」という一行を見て、こめかみが微かに跳ねるのを感じた。


「誰がこんなものを目覚めさせたいと思うんだよ……」


口に出した直後、自分で黙り込んだ。 答えは簡単だ。 帝国。 より正確に言えば、帝国の中にいる「人を噛むなら、代わりに噛ませればいい」と考える天才たちだ。


さらにデータをスクロールしようとした時、イヤホンから極めて軽いノイズが聞こえた。 通信ではない。 遠くにある大型設備が一時的に電力を回復した時、電流が再び金属に噛みつくような、あの震え音に近い。


ジッ。


続いて、足元から非常に軽い振動が伝わってきた。 微かだ。ここが静かすぎなければ、気のせいだと思ったかもしれない。


ゆっくりと顔を上げた。


通路の奥は真っ暗だった。 一番遠い場所にだけ、非常灯が長い間隔を置いて一度だけ点滅している。今にも消えそうな目のように。


そして、見えた。 全体じゃない。 ほんの細部だ。


右側にある半開きの隔離扉の下、床の隙間から、濡れて光る痕跡がゆっくりと外へ滲み出していた。粘り気のある液体だ。それが引いた線は新しく、まだ完全に固まっていない。ついさっき動いたばかりだということだ。


光の束を上へ向けた。 扉のプレートは半分削り取られ、数文字しか残っていない。


……主体…… ……神経…… ……いまだ活性……


その場に立ち尽くした。この場所の空気そのものが息を潜めているように感じた。


イヤホンからジェスの声がした。 弱いが、はっきり聞こえる。


『シモ……生きてる?』 『今のところは』私はその扉を見つめ、声を殺して返した。『そっちの状況は?』 『脚は痛いし、気分は最悪。病人を放置したことであんたをクレーム入れたい』 『結構。精神状態が安定してる証拠だ』


彼女は一秒黙り、それから聞いた。


『また何か、見ちゃいけないもの見たでしょ?』


私は扉の隙間からゆっくりと広がる濡れた痕と、端末の「いまだ活性」という刺々しい文字を見つめた。 続いて、扉の向こうから極めて軽い音が聞こえた。 足音ではない。 衝突音でもない。 何かとても巨大なものが、非常に狭い場所で、ゆっくりと一度呼吸を入れ替えたような音だった。


手に持ったナイフを握り直した。喉が少し乾いていた。


『……ジェス』私は言った。『五分以内に私が戻らなかったら、すぐに私のことを罵り始めて』 『罵るだけ?』 『じゃあ他に何がしたいの』


彼女は声に出して少し笑った。 『考えておく』


私も笑いそうになった。 だが次の瞬間、扉の向こうから二度目の音がした。 今度は、さっきよりもはっきりと。


私は音を立てずに扉をもう少し押し開け、体を横にして、その哀れなほど狭い隙間から中を覗き込んだ。


牙を剥いて襲いかかってくる巨大な虫はいなかった。 培養槽から這い出してきたエイリアンのような怪物もいなかった。


……よかった。 良くないのは、その二つよりもっと厄介な代物が中にいたことだ。


人間。 しかもただの人間じゃない。 帝国兵だ。


一瞥しただけで、立っているのが見えるだけでも四、五人はいる。死角に隠れているかもしれない分は数えていない。軍服は制式の熱域戦闘服、銃も飾りじゃない。この配置、正常な場所なら「警備」と呼ぶ。帝国の地下生物兵器施設の中なら、「今日は本当に運が最悪だ」と呼ぶ。


私は心の中で、極めて冷静に結論を出した。


勝てない。 少なくとも、今は。


だから最も理性的な選択は、何も見なかったふりをして静かに上層へ退き、もう少し自殺っぽくないルートを探すことだ。


後ろへ下がろうとしたその一歩は、結局、安全線の内側へ戻ることはできなかった。


硬くて熱を帯びたものが、後頭部に軽く押し当てられた。 熱線銃。


その瞬間、全身の産毛が一斉に逆立ち、背骨を上から下まで氷の針でなぞられたような感覚が走った。外は人を干物にできるほどの高熱惑星で、ここは帝国が納税者の金で作った冷え切ったお化け屋敷だというのに、私はその一秒、理不尽なほどの冷気がうなじを這い下りるのをはっきりと感じた。


背後の人間は近かった。防護服に染み付いた汗と機械油、そして安物のタバコの残り香が混ざった不快な匂いが嗅ぎ取れるほどに。


「お嬢さん」そいつはゆっくりと口を開いた。信じられないことに、駅前で道を尋ねるような丁寧な口調だった。


「迷子かな?」


……やばい。 今日のステージは「宇宙ホラーサバイバル」から「帝国クズ人間図鑑の実地調査」に正式にアップグレードされたらしい。


深く息を吸い込み、裏拳を叩き込んで自分が先に蒸し焼きにされるか頭を撃ち抜かれるか試してみたい衝動を抑え込み、極めて正直に答えた。


「トイレを探してたんだけど。信じる?」


そいつは低く笑った。 正常な人間が冗談を聞いた時の笑いじゃない。 猫がネズミを捕まえた後、すぐに噛み殺さず、どれだけ足掻くか見物している時の笑いだった。


「信じるよ」銃口がさらに少し押し込まれた。「お前のその運の悪さなら、見つけちゃいけない場所を見つけるのも納得だ」


そう言って、銃を突きつけたまま私を部屋の中へ押し込んだ。


無理やりその部屋に足を踏み入れた瞬間、事態が隙間から見ていたよりもさらに厄介だと悟った。


単に巡回兵が数人集まってタバコを吹かしているわけではない。彼らがここを臨時の拠点として使っている制御室だった。壁際には軍用の補給箱が積まれ、二台の端末テーブルがまだ光を放ち、隅には半分に分解された武器のパーツと、食べかけのレーションが転がっていた。


空気には、消毒液と金属の錆の匂いに加えて、人間が長く留まった時に生じる薄汚れた空気が混ざっていた。その匂いは絶妙で、汗、埃、タバコ、缶詰の油、質の悪いアルコール、そしてろくに洗っていない手が閉鎖空間で発酵し、最終的に極めて具体的な一言に凝縮されていた。


ここにはクズ野郎の群れがいる。


「おい、スコット、お前どうしてそんな――」 正面から歩いてきたのは、痩せこけた背の高い男だった。栄養失調と口の悪さが共同出資して出来上がったような顔をしている。最初は気怠そうな笑みを浮かべていたが、私を見た瞬間、その笑いが変質した。


「……トイレに行って女を拾ってくる奴があるかよ?」


部屋の中で、誰かが特定のキーワードのスイッチを押したようだった。 雑談していた数人の帝国兵が、同時にこちらへ首を向けた。


誓って言うが、その瞬間、部屋の温度が上がったわけでも下がったわけでもない。全体が「汚く」なったのだ。


そういう視線を知らないわけではない。紛争地帯、ブラックポート、難民の移送拠点、軍紀と秩序に見放された場所。そういう視線はゴミ捨て場のハエと同じで、永遠に駆除しきれない。強欲、好奇心、下劣、打算、そして人間をモノとして値踏みする時にだけ現れる、軽薄な熱。


ヘルメットと装甲越しでも吐き気がした。胃が痙攣し始めるほど気持ち悪い。


私は心の中で、こいつらの顔を一人残らず記憶した。 もし今日生きて出られたら、このクズ野郎どもの骨を一本一本折って教育用模型にしてやってもいい。


「運がいいな、スコット」


「こんな鳥も寄り付かない場所に、連邦の女が湧くとはな」


「隊長が見たらきっと――」


言い終わる前に、実験基地のスピーカーがノイズ混じりに鳴り響いた。 部屋全体が一瞬静まり返る。 そして、苛立ちを含んだ男の声がスピーカーから叩きつけられた。


『お前ら、油を売ってないで早く一階へ降りてこい』


……私の中の不吉な予感が、瞬時に人を噛み殺す獣へと成長した。 こんなクズどもが一階に呼ばれる理由が、読書会を開くためであるはずがない。


私を押さえていた男が一つ舌打ちをして、背中を小突いた。


「歩け」


そのまま階段を下へと連行された。 階段は上層よりも暗く、非常灯の大部分が壊れ、残った数個が半死状態で明滅している。


壁の白い塗装は死皮のように剥がれ落ち、ところどころに正体不明の引きずり痕が残っている。下へ行くほど、腐敗と薬剤が混ざった匂いが重くなり、施設全体がゆっくりと熱を出しているような錯覚に陥るほどだった。


そして、実際に一階のホールに足を踏み入れた時、私は今日のこの惑星からの深い愛情を感じた。サプライズボックスが次から次へと顔面に叩きつけられている。


ジェスがいた。


彼女は半ば倒れかかった金属の椅子のそばに押さえつけられ、一人の男が彼女の首にナイフを突きつけていた。怪我をした脚は乱暴に床に固定され、顔色は最悪、額には汗が浮かんでいる。それなのに、あの目だけは異常なほど明るかった。折れることのない刃のように。


私を見ると、彼女は表情を崩すことも慌てることもなく、ただ素早く一度だけ視線を走らせた。


私は、ほとんど分からないほどの微かな動きで首を横に振った。


意味は簡単だ。 まだ動くな。 今暴れても、二人揃ってより悪趣味な死に方をするだけだ。


「あ、兄貴」傍らに立っていた小太りの男が言った。声の中に溢れんばかりの何かが詰まっていて、語尾まで油でベタついているようで吐き気がした。


「女だぜ」


そいつの顔は質の悪い食事で膨れ上がったパン生地のように丸いが、目は排水溝に浮いているゴミのように汚かった。


そいつはそう言いながら、私とジェスを舐め回すように見つめた。その表情を見た瞬間、そいつの顔を実験室の廃液槽に突っ込んで、帝国の汚水で少しは綺麗になるか試してやりたくなった。


「黙れ」前に立っていた山羊髭の男が、振り返りもせずに罵った。「だからお前はいつまで経っても童貞なんだよ」


周囲の兵士たちが一斉に下品な笑い声を上げた。 低く、腐った笑い声。ゴミ箱から期限切れの肉の欠片を引っ張り出した野良犬の群れのようだった。


その「兄貴」と呼ばれた山羊髭が、明らかにこの群れの頭だった。 他の者より少し年上で、装甲も比較的整っており、ナイフの扱いも手慣れている。


何より、あの腐りきった余裕のある目がたまらなく不快だった。 単に凶暴なだけの人間ではない。


手元のちっぽけな権力を使って自分より弱い者を痛めつけることに慣れきり、時間をかけて良心まで完全にすり減らしてしまった類のクズだ。


彼は私の方へ歩み寄り、上から下まで値踏みするように見た。市場で値段を吊り上げる価値があるか分からない品物を見るような目だった。


「連邦兵が二人」彼は鼻で笑った。「こんな鳥もクソもしない辺境に何しに来た? 理由を教えてもらえるか?」


私は彼を見つめ返した。 頭の中では、すでに猛烈な勢いで計算を始めている。


距離。 人数。 私とジェスの状態。 相手は銃を持ち、ナイフを持ち、位置取りもいい。 今私が力任せに突っ込んでも、倒せるのはせいぜい一人。


ジェスは脚を怪我していて逃げられない。 外は三百度の嵐。 上層にはまだどれだけの帝国兵がいるか分からない。 雪風が信号を受信していれば、理論上は私たちを探しに来るはずだ。 理論上は。


戦場で命を「理論上」に預けた人間は、大抵の場合、非常に教育的意義のある死に方をする。


だから、私は時間を稼ぐしかない。


「てめぇの母親にでも聞けば?」


パァン。


その平手打ちは、重く、そして乾いた音を立てた。 脳が瞬時に激しく鳴り、視界が揺れ、口の中に即座に鉄の錆の味が広がった。形容詞ではない。本物の、血の味だ。顔の半分が火のように熱く痛み、耳元には掌が風を切った鈍い音がまだ残っていた。


私は顔を横に向け、口の中の血を床に吐き捨てた。 赤色が目に痛い。


「この程度?」目を上げて彼を睨んだ。


山羊髭が眉を片方跳ね上げた。


「面白い」


彼は立ち上がり、振り返ってジェスの方へ歩いていった。 その瞬間、私の全身の神経が同時に張り詰めた。


「こっちの口も、同じくらい硬いかどうか見ものだな」


クソ野郎。 わざとだ。


ジェスの脚が怪我していると知っていながら、彼はわざとその上に靴を乗せ、踏みつけた。


ジェスは最初は歯を食いしばって息を荒らげ、肩全体を震わせて耐えていた。


額から汗の粒が次々と落ちる。声さえも押し殺し、このクズどもに痛がっている声を聞かせるくらいなら死んだ方がマシだとでも言うように。だが、山羊髭は人間の忍耐を削り落とすように、さらに力を込めて踏みにじった。


最後には、彼女も低く呻き声を漏らした。


短く、低い声。 だがそれは、誰かが私の脳髄に直接ナイフを突き立てたような感覚だった。


「クソ野郎、やるなら私をやれ!」彼に向かって叫んだ。


山羊髭はそこでようやく足をどけ、振り返って私を見た。その目からは人間の形を保っていた最後の皮が完全に剥がれ落ち、下にある熟しきった腐肉が露出していた。


「デブ、こいつを押さえろ」


小太りの男が宝くじに当たったような顔で飛びかかってきて、私の手首を掴み、横のテーブルの角に激しく押さえつけた。もがいたが、肩と腕が引きちぎられそうになるだけだった。


上層での消耗、さっきの平手打ち、そして何より、このクソみたいな惑星の重力と高温に絞り取られて枯れ果てそうな体力。今の私が出せる力など、運命に抗議する程度しか残っていなかった。


そして運命は今日、明らかに私の相手をする暇がなかった。


この瞬間になって初めて、こいつらが何をしようとしているのか、本当に理解した。 私が甘かったからではない。


人間は最悪の状況に置かれても、事態がそこまで悪化しないことを本能的に願ってしまうものだからだ。相手がただ殴るだけ、尋問するだけ、脅すだけ、辱めるだけで終わってほしいと。世界がどれほど腐っていても、少しは論理的に腐っていてほしいと。


だが帝国のこのクズどもの最大の才能は、人間性に対する期待がいかに無駄であるかを証明することにある。


私は膝を高く跳ね上げ、山羊髭に向かって思い切り蹴りを放った。 クリーンヒットはせず、側腹を掠めただけだったが、それでも彼は悪態をついて半歩後退した。


「ふざけんな、この畜生が!」


息が荒い。手首は押さえつけられて痺れ、視界の端が黒く染まり始めている。ジェスが横で身をよじったが、ナイフで脅されて動けず、ただその群れを鋭く睨みつけていた。


彼女の目は火のようだった。だが脚の怪我と今の状況が彼女をその場に釘付けにしており、その火は、まず彼女自身を焼き尽くしてしまうように見えた。


その一秒間、私は本当に脳内で最悪のシチュエーションをシミュレーションし始めていた。


もしあと三十秒時間を稼いだら、何と引き換えになるか。 もし私が先に屈服したふりをしたら、ジェスが反撃する隙を作れるか。 もし外から誰かが来るとしたら、どの方向からか。 もし、誰も来なかったら――


轟!!


巨大な音が、私の思考を丸ごと粉砕した。


爆発ではない。 巨大な金属の塊が、「今日は家ごとぶっ壊してやる」という凄まじい気迫とともに、この空間に強引に突き刺さったような音だった。


まず、怪虫に一度壊されていたあの扉が、ひしゃげたドア枠、砕け散った耐熱板、そして大量の粉塵とともに室内へ吹き飛んできた。続いて、ボロボロに破損し、縁から火花を散らしている降下艇の前半部分が、まるで誰かが投擲した鋼鉄の巨大な槍のように、ホールに深く突き刺さった。


床全体が激しく揺れ、危うく舌を噛み切るところだった。


帝国兵の反応が半テンポ遅れた。 いや、遅れたのではない。こんなドアの破り方をする奴がいるとは、誰一人予想していなかったのだ。 私も予想していなかった。


普通の人間がドアを破る時は、爆破するか、切断するか、ハッキングする。 うちの連中は違う。 降下艇の半分を直接突き刺してくる。


極めて品がない。 極めて有効だ。


舞い上がる粉塵と赤い警報灯が交錯する煙の中から、重々しい人影が降下艇の残骸を踏み越えて現れた。


動力装甲の外殻には嵐で焼かれた焦げ跡が残り、肩と脚の装甲には金属粉塵で削られた暗赤色の傷が無数に走っている。右手には、話し合いに使う道具とは到底思えない戦斧が握られていた。装甲のせいで普段より背が高く、硬く、自ら呼吸する処刑機械のように見えた。


だが、一目見ただけで分かった。


九島真紀だ。


彼女が足を踏み入れた瞬間、ホール全体が、突然別のより危険な何かに押さえつけられたようだった。


熱ではない。 重力ではない。 怪物でもない。


それは、普段感情を厳重に鍵をかけて閉じ込めている人間が、ついにその鍵を力任せに引きちぎった時、空気そのものが発する音だった。


彼女はまずジェスを見た。 次に私を見た。 そして、私を押さえつけている手と、床の血を見た。


その時、彼女の動きが半秒だけ、はっきりと止まったのが見えた。


たった半秒。 だがそれは、この外の嵐全体よりも恐ろしい半秒だった。


彼女が口を開いた時、その声は彼女自身のものとは思えないほど掠れていた。


「てめぇたち……」


彼女はもう一歩踏み出した。装甲の動力アシストを受けて戦斧の角度が微かに変わり、刃の面が警報灯の冷たい赤い光を反射した。


「……彼女に、何をした?」


「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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