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臨界の星穹  作者: Mr.佐藤焫焵
臨界の星穹:ロスト
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126.悪意  1

この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。

【九島真紀の視点】


Dに無理やり引きずり出された瞬間、最初に感じたのは痛みでも、熱でもなかった。 屈辱だった。


彼が強く掴みすぎたからではない――確かに、協力する気のない金属箱を運ぶような力強さだったが――そうではなく、彼が正しいと、私自身がはっきり分かっていたからだ。 それが一番腹立たしかった。


「放して!」ほとんど歯を食いしばって言った。


「放さない」Dは振り向きもせず、ヘルメットと風切り音越しに声を返してきた。溶接された鋼板のように硬い声だった。


「今お前が戻っても、救助する人間が一人増えるだけだ」


振り払おうとした。 振り払えなかった。


この高熱のカドミウム惑星の一・二五Gは、こういう時に限って追い打ちをかけるのが上手い。普段は艦内で澄ました顔をしていても、地表に降りれば重力に首根っこを掴まれ、自分もただの少し思考力があるだけの肉塊にすぎないと認めさせられる。


一歩踏み出すごとに、防護服、フィルター、冷却パック、弾倉、ツールバッグごと、自分という人間が地底へ打ち込まれていくようだった。脚は脚ではなく、鉛を流し込まれた「責任感」という名の二本の棒だった。


周囲の嵐は、もはや「天候」などという生易しいものではない。 惑星規模の悪意、と呼ぶ方が近い。


焦げた地表は暗赤色の空の下で歪んだ鉄板のように引き伸ばされ、遠くで冷え固まった溶岩の河道は、大地が自ら刻んだ傷跡のようだった。


空気中は金属粉塵で満たされ、硫黄の臭いが濃すぎるせいで、製鉄所を丸ごと燃やして灰にし、それを肺の中に無理やり詰め込んでかき混ぜられているような感覚がした。


ヘルメットのフィルターの駆動音がどんどん切羽詰まっていく。HUDの右下にある熱警告が、一メモリずつ跳ね上がっていく。


質の悪いカウントダウンタイマーのように、急かしてくる。おめでとう、君は生きている、だが「生きている」の期限はもうすぐ切れる。


私は振り返った。


焦げた鉱脈に半ば埋もれたあの人工建築物は、熱波の中で歪んだ輪郭だけを残していた。入り口の崩落部分から金属色の灰が舞い上がり、まるで地底から鉄の血の匂いがする息を吐き出したように見えた。


ジェスはあんな場所に、命令も待たず、確認もせず、「これは絶対に愚かだ」という最低限の自覚すら持ち出さずに、そのまま突っ込んでいったのだ。


彼女に対する最初の感情は、感謝ではない。 怒りだ。


愚か。無謀。独りよがり。自分の命をライターみたいに放り投げて遊ぶような人間は、大抵の場合、英雄になるか、チームの中で一番首を絞めたくなる存在になるかのどちらかだ。問題なのは、ジェスがその両方の身分を同時にこなすのが得意だということだ。


さらに私の胸を冷たくしたのは――シモも、後を追って入ってしまったことだ。


それこそが、私が本当に平静でいられない理由だった。


もしジェス一人なら、私は歯を食いしばって帳簿につけ、彼女が生きて帰ってきたら思い切り罵倒しただろう。でも、シモが飛び込んでいったあの瞬間、私の脳の一部が、誰かにスパナで一発殴られたような感覚に陥った。音は大きくなかったが、非常に正確に急所を捉えていた。


それが単なる「チームメイトへの焦り」ではないことくらい、分かっている。


この認識は、外の嵐よりもずっと厄介だった。


「D、放して」二度目の要求。今度は声をかなり低くした。


感情をエネルギーとして浪費するには、風が強すぎる。


「戻る」


「駄目だ」


「相談しているわけじゃない」


「俺もだ」


彼はようやく立ち止まり、こちらを向いた。暗赤色の空の光が彼のフェイスシールドに当たり、元々親切とは言い難いその顔を、軍用規格の墓石のように見せていた。彼は指を上げ、私のHUDを指した。


外部温度の曲線が跳ね上がっている。 視界は落ちていく。 風速データは、血を吐いているように赤い。


「あと三十秒で、外はオーブンになる」Dが言った。


「お前が死にたいなら、俺は止めない。だが、他人のビーコンと任務記録まで道連れにして死ぬ気なら、先に気絶させる」


「あなたはいつも、そんなに口の利き方が下手なの?」


「人による」


「じゃあ黙って」


「船に戻ったらな」


残念ながら、こういう時に黙る人間は早死にする傾向にある。だから彼は黙らなかった。


彼は私を半ば引きずり、半ば庇いながら、刃物のように吹きすさぶ焦げた岩の尾根に沿って、降下艇の方向へ後退していった。熱風が何度か掃くように吹きつけ、視界の中の世界そのものが紙のように揉みくちゃにされる。


宙を舞う金属の微粒子が、暗赤色の光の中で明滅している。宇宙がラメを撒き散らしているように綺麗だが、残念ながらあれを肺に吸い込んでもお姫様にはなれない。解剖用の教材になるだけだ。


もう一度、振り返った。


入り口は見えなくなっていた。


その瞬間、私の胃の中に、この惑星よりも消化しにくいものが沈み込んだ。


ジェスの身勝手な行動が憎い。 それ以上に憎いのは、彼女が飛び込んだ理由の半分が、シモのためかもしれないと分かっていること。


そして私には、そのことで怒る資格がない。


なぜなら、もしさっき飛び込んだのが私だったなら、シモもきっと追ってきただろうから。


……その一点を思い浮かべただけで、この高温の惑星でさらに理性を一層焼き尽くすには十分だった。


私たちがよろめきながら臨時展開ポイントまで退いた頃には、熱風暴は完全に形を成していた。


雪風の地表中継アンテナは、比較的平坦な焦化岩層の裏に設置されており、二名の搬送兵が風で吹き飛ばされないように機材を必死に押さえつけていた。


外部陣地全体が、どう見ても先のない終末キャンプのようだった。四方は黒ずんだ赤い空、足元は靴底が焼け焦げそうな地面。


それでも全員が真顔で計器を握りしめ、「高温版集団自殺」に参加しているのではなく、極めて専門的な野外任務を遂行しているのだと自分に言い聞かせている。


「信号あり!」通信兵が叫んだ。


私はほとんど飛びつくように端末へ向かった。


表示されたのは完全な音声ではなく、細かく切り刻まれたデータパケットだった。識別コードは、嫌というほど見慣れたもの――シモの個人端末だ。パケットは嵐の屈折と地下の金属層の反射を経て、犬に噛み砕かれて吐き出されたような有様だったが、それでもいくつかのキーワードは繋ぎ合わせられた。


……雪風……受信したら応答を……帝国施設……医務区……ジェス負傷……入り口崩落…………生物……


最後の一段は、座標の修正値だった。


生きている。 少なくとも、この信号を送った時点では生きている。


端末を握る指が白くなるほど力を込めた。手袋の裏地が擦れて熱を持つほどに。さっきから胸を押し潰していたあの塊は、消えはしなかった。ただの石から、真っ赤に焼けた鉄の塊に変わっただけだ。


アッシュの声が通信チャンネルに割り込んできた。


『信号受信。確認を返送しろ』


電流のノイズ越しでも、彼の話し方は変わらない。そのまま嵐の中に放り込んで、本当に耐火仕様かどうかテストしてやりたくなるほど冷静だった。


通信兵が即座に応答する。


Dが傍らに立ち、測位モジュールのひとつをテーブルに放り投げた。価値のない金属ゴミを捨てるような、無駄のない動作だった。


「地下構造が信号を食う」彼は言った。


「だが、向こうも短波の返送なら受け取れるはずだ。設備が生きていればの話だが」


「人が生きていることの方が重要よ」私は言った。


Dが私を一瞥した。 その目は多分こう言っていた。分かっている、常識を宣言のように語るな。


チャンネルの向こうから、アッシュの命令が下る。


『全地表要員は降下艇周辺へ収縮、外部活動を最低限に維持しろ。真紀、君が測位修正を引き継げ。D、外周警戒。残りの人員は第二組の透過探知機を準備。嵐がピークを過ぎるまで、強行発掘は行わない』


私はほとんど食い気味に返した。「駄目よ、ピークを過ぎるのを待っていたら、中の状況が――」 『分かっている』アッシュが遮った。


たった一言。 だがこの一言が一番腹が立つ。なぜなら、彼がそう言う時は大抵、分かっているだけでなく、こちらの言い分の後半まで既に脳内で計算し終わっているからだ。


『今強行発掘すれば、地表の崩落面が二次崩壊を起こす』彼は言った。『君がしたいのは救助であって、彼女たちをより美しく生き埋めにすることじゃないはずだ』


……ああ、この一言はもっと腹が立つ。 そして、もっと正しい。


私は目を閉じ、怒りを無理やり喉の奥へ押し込み、測位データの処理を引き継いだ。座標を地質図に重ね合わせると、半ば埋もれた施設の輪郭がゆっくりと浮かび上がってきた。


自然の鉱道でも、普通の前哨基地でもない。多層構造を持ち、異常に深く、人為的な遮蔽が施された地下施設だ。


外層は医療やメンテナンス区画のように見えるが、内部にはより密集した隔離壁、独立した電力ループ、そして一般的な採掘基地をはるかに超える分厚い封鎖扉がある。


Dが低く舌打ちをした。


「どうしたの?」


「これは臨時の研究施設じゃない」彼はスキャン画像を見つめて言った。


「何かを、長期間閉じ込めておくための場所だ」


私は何も返さなかった。 私にも見えていたからだ。


それに、その構造を見た時、私の脳裏に最初に浮かんだのは帝国ではなく、九島家の暗線だった。


それがさらに胃を痛めつける。


もし、九島家の商船と帝国の間にある線が、最終的にこんなものに繋がっているとしたら――それは単なる密輸やグレーな取引、軍用機材を横流しするだけの話では済まない。一族郎党を、悪臭を放ち、血を流し、歴史の教科書から裁判の席まで臭い続ける泥沼へ送り込むようなものだ。


「真紀」 アッシュが再び私の名前を呼んだ。


『聞いているか?』


「ええ」


『返送を打て』


私はフィルターの機械臭が混じった空気を吸い込み、信号を地下へ送った。


――雪風、受信。繰り返す、雪風、受信。低消費電力を維持しろ。位置をマークする。強がるな。死ぬな。


最後の二文は、十中八九アッシュ自身が付け足したものだ。


相変わらず嫌な男だ。 相変わらず、役に立つ。


送信済みのパケットを見つめながら、私は初めて明確に、あのクソ野郎の計算が今回ばかりは本当に合っていることを願った。


もし彼でさえ計算を間違えたら、事態は非常に見苦しいことになる。 そして今の私に最も必要ないのは、見苦しい結末だ。

「とても面白い」★四つか五つを押してね!


「普通かなぁ?」★三つを押してね!


「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

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