10. 実験体 3
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
【第五日:近接反応】
五日目にして、ようやく堂々と人を恨めるようになった。
この日は薬とも電流とも数値とも重力とも戦わない。
人間と戦う。
正確には、第一特別運用科の近接突撃訓練用機械と戦う。
人型、無顔、全身黒。動きは速くて冷たい。憲兵と借金取りと悪夢を一緒にこねて作ったような代物だ。
軽量訓練装甲を着込み、鈍化処理された短刀と戦術棍を持って場内に立つと、博士が場外から感情のない声でルールを告げた。
「致命部位に三回被弾、終了。区域外に出たら、終了。判断ミスによる反制ロック、終了」
手首を回す。
「人間語に翻訳すると?」
「生き延びろ」
ああ。
それは慣れている。
一台目が突っ込んできたとき、まずはリズムを観察してやろうと思った。だが相手は私に冷静ぶる隙など与えてくれなかった。右側でフェイントをかけてから、左下へ切り込んで肋骨を直接狙ってくる。かろうじて弾いた次の瞬間、膝裏を払われて、危うくその場に膝をついていた。
「遅い」観測区からレオンの声が飛んでくる。
「じゃああんたが降りてきてやってみろよ」
「俺に勝ってから言え」
……くそ。
二ラウンド目、三ラウンド目、四ラウンド目と、散々に叩きのめされた。
肩、肘、腰の横、全部が痛い。
でも六ラウンド目に入ったとき、ようやくその感覚を掴み始めた。
相手より速くなるんじゃない。
相手より、ほんの少しだけ先にいる。
先に重心を読む。
先に足音を聞く。
先に、あの一刀が囮で、あの体当たりが本命だと理解する。
身体は打たれ続けている。
でも頭のほうが、少しずつ半拍早く動くことを覚えていく。
初めて短刀を機体の手首の継ぎ目に滑り込ませ、そのまま回転して背後へ回り込み、戦術棍を首部のセンサーポイントへ思い切り叩き込んだとき、場内に「有効撃破」の通知音が響いた。
その場に立ったまま、艦内通路を端から端まで全力で駆け抜けたみたいに息が上がっていた。手はまだ震えている。でも胸の奥には、短くて鋭い高揚感があった。
一週間分のクソみたいな理不尽に、ようやく自分の手で一矢報いた感覚。
顔を上げると、観測区の奥でレオンがこちらを見ていた。
拍手はない。
称賛もない。
安っぽい「よくやった」もない。
ただ、ごくわずかに頷いた。
それだけ。
小さすぎて、錯覚かと思うほど。
それでもなぜか、その一瞬の頷きの方が、勲章よりもずっと正直に思えた。
……くそ。
だめだ。
頷かれたくらいで少し嬉しくなってはいけない。
そんなに安くなってどうする。
少女心よ、引っ込め。
今すぐ。
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【第六日:崩壊の縁】
本当に厄介なのは、特定の課目がきついことじゃない。
全部が重なることだ。
睡眠は細切れにされる。
筋肉はずっと鈍く痛む。
神経薬剤のせいで時間感覚が伸びたり縮んだりする。
目を閉じると戦術マップが浮かび上がる。
疼痛管理のせいで、夜中に寝返りを打つだけで、それが鈍痛か放射痛かを無意識に判定してしまう。
普段より荒っぽくなり、同時により静かになった。
荒っぽいのは、誰もかれも死ねと思っているから。
静かなのは、体力を温存しなければならないから。
六日目の夜の回復評価で、博士がデータを見ながらふと言った。
「遅延性疲労が出始めている」
椅子に座って補給ドリンクを飲みながら、無表情のまま返す。
「おめでとうございます、やっと人間になれましたか」
「違う」彼は眼鏡を押し上げた。「君の身体が、君がずっと認めようとしなかった事実に、ようやく追いついてきたということだ」
「どんな事実です?」
「君は機械じゃない」
半秒、固まった。
その言葉が彼の口から出てくるのは、帝国が突然世界平和を宣言するくらい奇妙だった。
突っ込む暇もなく、レオンが横から補った。
「だが、機械でない状態で、機械に近い安定性を発揮することを学ばねばならない」
そうだ。
これだ。
この二人の組み合わせは本当に完璧だ。一人がたまに人間らしいことを言うと、もう一人がすぐそれを地獄バージョンに修正する。
その夜、宿舎に戻ってバスルームの鏡の前に立った。
目の下が少し落ちている。
肩のラインがより張り詰めている。
腕と側腹には、新しい痣がいくつか増えていた。
全身、誰かに紙やすりで削られたみたいだ。
でも、何かが変わっていた。
綺麗になったわけじゃない。
大人になったわけでもない。
硬くなった。
もともとただ鋭かった割れたガラスが、火に入れられ、叩き上げられて、刃物の形を持ち始めたような。
鏡の中の自分を見つめていると、不意に笑いが込み上げてきた。
「やるじゃん、星野霜」鏡の中の自分に向かって言う。「連邦好みの出来上がりに、着々となってきてるよ。おめでとう、最高に気持ち悪い」
鏡の中の人間は何も言い返さなかった。
ただ照明の下で、一週間前よりもずっと「生きたまま他人を斬り殺せそうな顔」をしていた。
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【第七日:第一次総括】
第一週の最終日だからといって、負荷が軽くなることはなかった。
当然だ。
第一特別運用科は学校じゃない。
一週間耐え抜いたからといって、「よくできました」のシールを貼ってくれる場所じゃない。
最後は総合シミュレーションだった。
まず薬を打つ。
それから戦術室に入る。
そして高圧条件下での近接判断をやらされる。
要するに、頭痛と眩暈に耐えながら追撃をかわし、三秒以内に「誰を救い、誰を殺し、どこへ撤退するか」を決め、最後は短刀で飛びかかってくるものをひっくり返す、ということだ。
途中、左肩を訓練機に思い切り打ちつけられ、半身が瞬時に痺れた。
次の瞬間、右側から囮目標が飛び出てくる。ほとんど本能で頭を下げ、ステップを切り、振り返りながら戦術棍を逆手に持ち替えて相手の膝関節を叩き、短刀でもう一台の腕の継ぎ目を押さえ、その勢いで側壁へ投げ飛ばした。
全天周戦場の警報が鳴り乱れる。
赤い光が明滅する。
汗が目に入って、塩辛くて痛い。
呼吸は乱れ、手は震え、背中の傷はまだ熱を持っている。なのに頭だけが、怖いくらい澄んでいた。
この一週間、強制的に叩き込まれたもの全部——疼痛、重力、薬、リズム、判読、反応——が、この一瞬に無理やり一本の縄へと撚り合わされた感覚。
最後の模擬敵が突っ込んできたとき、私は退かなかった。
一歩、先に踏み込んだ。
短刀が相手の手首センサーポイントへ切り込む瞬間、自分の重心が落ちる位置、腰の発力の角度、右足が地面を踏んだときのコンマ数秒の安定感まで、はっきりと感じ取れた。
通知音が鳴る。
シミュレーション終了。
その場に立ったまま、胸が激しく上下していた。手の甲は汗で濡れ、指の関節がまだ震えている。
場内の照明が、ゆっくりと通常の明るさに戻っていく。
観測窓の向こうに、レオンと博士が立っていた。
ハインリヒ博士がデータを見下ろして、先に口を開いた。
「疼痛耐性、十四パーセント向上。高G条件下での認知維持時間、延長。近接反応、〇・三秒前倒し。薬物依存傾向、制御可能範囲内」
少し間を置いて、眼鏡を押し上げる。
「想定より早い」
彼にとって、これはおそらくかなり上等な賞賛だ。
レオンはデータを見なかった。私だけを見た。
「まだ六A倉に帰りたいか」
二度ほど息を吐いて、額の前に垂れた濡れた銀髪を手で後ろへ払う。
それから、笑った。
疲れ切って。
乾いていて。
でも確かに、憎たらしかった。
「帰りたいですよ」私は言った。「でも今帰ったら、あいつらが遅すぎて先にイライラするでしょうね」
部屋が一瞬静まった。
ハインリヒ博士は顔も上げずにデータを見続けている。
レオンは、ごく静かに頷いた。
「いい」
また、その一言だ。
でも今回は、最初に聞いたときと少し違って聞こえた。
温度が増したわけじゃない。
私の方が、その言葉の意味を理解したからだ。
この一週間が終わっても、相変わらずここは邪教の祭壇みたいで、博士は帝国の残党みたいで、レオンは人の皮をかぶった制度の暴君みたいで、連邦全体はやっぱりくたばればいいと思っている。
でも同時に、もう一つのことも知った。
砕かれなかった。
磨かれた。
この時代に、生きたまま「より折れにくい刃」になれたなら、それはかなりマシな朗報だ。
ただし前提として——
その刃を、最後に仲間に向けてはいけない。
もちろん、そんなことは口に出さなかった。
ただ模擬場の中央に立って、全身汗だらけで、肩はまだ痛くて、手に鈍化した短刀を握ったまま、ふと冷えたチェリーコーラが飲みたくなった。
文明の果て、体制の奥底、第一特別運用科の祭壇の上。
私の現在の最も確固たる信仰は、まだそこにある。
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