116. 修理代金 1
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
雪風は相手側が指定した低速誘導航路に沿って、砕氷帯と廃棄構造物、人工の遮蔽網の奥に隠された進入通路へとゆっくり滑り込んでいった。外から眺めている時点でも、ローレンス修理廠は十分「正規施設らしくない」代物だったが、実際に近づいてみると、その「死んだ小惑星に鉄の箍を嵌めて、無理やり商売をさせている」という感覚はいよいよ濃くなった。
岩盤の表面は粗く、クレーターだらけだ。その外側を金属リングと補強リブが幾重にも締め付け、岩殻の隙間からパイプが這い出し、血管と寄生植物を足して二で割ったようなそれらが外壁一面を覆い尽くしていた。 一部の区画には、明らかに年代の違う装甲板が溶接されている。色も質感もボルトの規格もバラバラで、「設計された」というより「長い年月のうちに、『まだ使える』という理由だけで持ち寄られたパーツを継ぎ接ぎした」結果に近かった。
雪風も、外から見れば似たようなものだろう。 半死半生だが、まだ噛みつける老いた獣が、もっと古く、もっと悪く、そして生き延び方をよく知っている別の獣の腹の中へ、ゆっくり滑り込んでいく。
私は雪風の艦橋後方に立ち、メインウィンドウ越しに、係留アームが一節ずつこちらへ伸びてくるのを見ていた。それは軍港にあるような、整然と標準化された、接続面も教科書の図面みたいに美しい自動係留システムではなかった。理不尽なまでに無骨な産業用マニピュレーターだ。
関節は剥き出し、油圧ホースは外気に晒され、先端のクランプには古い衝突痕や焼け跡が残っている。いつでもこちらの艦体を固定してくれそうでいて、気が向けば船殻をこじ開け、中に骨が何本残っているか覗き込んできそうな手つきだった。
「係留ロック開始」通信席の蘭が、落ち着いた声で報告する。「相手は我々に外部火器管制のコールドステータス維持と、不要なハッチ間通信の一時停止を要求しています」
代理艦長席のアッシュは、肘を肘掛けに預け、まるで違法ドックへの係留ではなく、連邦軍の士官学校で格納庫見学でもしているかのように、静かな姿勢で座っていた。
「従え」彼は言った。「外部火器管制はコールドのまま、中のバックアップ系はホットスタンバイ継続。こちらがどれだけ従順かを悟らせる必要はないが、噛みつけないとも思わせるな」 「了解」アカリが答える。
副長席の真紀は、新たに同期されたバース契約の条文を見下ろしていた。問題児だらけのクラスに模擬試験の時間割を組んでやるかのように、冷静な声で読み上げる。
「泊位料は艦の排水量と占有時間で変動。資材費は別勘定。こちらが相手方の封印倉庫からパーツを起こした場合、さらに二〜四割上乗せ」彼女はそこで一拍置き、視線をわずかに冷やした。「しかも、これは表に書いてある分だけ」
「闇市が表向きの約款をそれなりに整えておかないと、裏でどれだけ噛みつけるか分からなくなるからね」と私。
ジェスはタブレットを抱えたまま、顔も上げずに一言付け足した。 「もう連邦軍の、堂々としすぎてて効率の悪いカツアゲ体制が恋しくなってきた」
「懐かしむのはまだ早い」アッシュが言う。「そう感じるうちは、まだ余力があるということだ」
私は彼を横目で見た。 この男は、本当に人を落ち着かせながら、同時に冷水をぶっかけるのが上手い。
だが、今はそれくらいの温度が必要でもあった。雪風が正式に入港してしまえば、話はもはや「直せるかどうか」だけでは済まない。「誰が直すのか」「どこまで直すのか」「何を使って直すのか」「誰が見てよくて、誰には触らせないのか」「どこまで晒して、どこまで隠すのか」。
そして一番厄介なのは、それらの問いのどれ一つとして、純粋に技術だけの問題ではない、ということだ。 すべてが、勢力図を伴っている。
*
親方――あの、接触の窓口を務めている男――は、少なくとも嘘つきではなかった。 彼は確かに、この場で決定権を持つ人間の一人だ。
だが、ローレンス修理廠において「決定権がある」というのは「単独で決められる」という意味ではない。雪風が正式に係留された後、アッシュに同行して第一ラウンドの修理工数と資材リストの交渉に入った瞬間、その事実は嫌でも見えてきた。
交渉の場は、あの半開放の取引回廊ではない。さらに内側の岩盤をくり抜き、「それらしい会議室」に仕立て上げた洞窟だ。「それらしい」というのは、実際、机と椅子と表示パネルがあり、おまけに辛うじて茶と呼べる液体まで用意されているからだ。だが、その本質は依然として岩盤を直掘りした空間であり、壁面はざらつき、補強梁はむき出し、頭上を走るパイプが時折、老練なヘビースモーカーの咳のような振動を響かせていた。
きわめて「体面よくない体面」だ。
中へ入ると、親方はすでに席に着いていた。その隣には、一目で「同じ陣営ではない」と分かる顔ぶれが三種類。
一つ目は、手に油の匂いをこびりつかせ、何を見るにもまず工数と材料費を弾いてしまう技師頭だ。先頭に座るのは、首の太さだけでハッチを支えられそうな女。片側の髪を刈り上げ、赤く光る義眼をはめている。名札には「マザー・アイアン」とだけ記されていた。彼女がどっかり腰を下ろした瞬間から、この場の「どんな話も最後はスパナを持った彼女の手元で完結する」という重さが空気に混じった。
二つ目は、貨物倉とパーツラインの人間だ。痩せていて、動きが速く、常に「どのボルトを外せば一番高く売れるか」を値踏みしている目をしている。先頭の男は、ロングベストに痩身。左耳に三枚の古い船籍タグをぶら下げ、笑うと秤の目盛りを自分側に半目盛りだけずらしそうな顔だった。本人の名乗りは「帳簿烏」。名前からして、「一度でもツケを作れば一生帳面に書き留めておく」類の男だ。
三つ目が、一番厄介だった。 彼らは露骨な商人でもなければ、純粋な修理派でもない。服装は派手ではなく、だが妙に清潔だ。騒がず、先に値を吹っかけるでもなく、あからさまな武装も見せない。ゆえに却って、「この場の秩序を本当に握っている側」に近く見えた。 先頭の男はかなりの年長に見える。白髪交じりの短髪。指は細く長く、目の表面は水のように平らだが、その下には深いものが沈んでいる。名乗りは本名ではなかった。ただ「レジャーと呼ばれている」とだけ。 ……闇市で「会計」と呼ばれる人間は、大抵、将軍と呼ばれる人間より厄介だ。
私たちが席に着くと、親方は無駄な前置きもなく、バース配置図と雪風の外部損傷パッケージを表示に出した。
「泊位、封鎖区画、外板、配線、水循環、医療と標準補給。これが第一ラウンドだ」彼は言った。「先にあんたらが払った分は、ドアを開ける権利まで。ここから先が、本番の勘定だ」
「最初に話を汚くしておいてもらえるのは助かるわね」と私。
「こっちは綺麗事なんて梱包材に使う。使い終わったら捨てる」と親方。
アッシュは眉一つ動かさず、リストをさらに一段前へ送った。
「第一ラウンドは、コアをばらさない範囲に限る」彼は言った。「外板の再封鎖、損傷区画の恒久封鎖、二次電力幹線の引き直し、水循環モジュールの八割以上の復帰。医務室と機関区の補給を優先。中段以下の区画は非開放だ」
マザー・アイアンが即座に鼻を鳴らした。
「中段より下を開けないで、あたしにどうやって隔壁越しに船を溶接しろってんだい?」
アッシュが彼女を見た。 「あなたのレートなら、隔壁越しに溶接する程度の芸で終わるとは思っていない」
マザー・アイアンの義眼が小さく赤く瞬いた。 笑いはしなかったが、「愛想はないが、腕は認めている」返しとしては十分に合格点なのだろう。彼女はそのまま黙って頷いた。
帳簿烏はもっと露骨だ。指でテーブルを二度叩き、 「パーツ」とだけ言った。「旧規格幹線コネクタ、シーリング材、外板パッチ、医療資材、浄水膜、冷却液、レーション。全部ここで出せる。だが、相場品の値もあれば、急ぎ玉の値もある。それに、『あんたらみたいな連邦軍艦が来たせいで、こっちが負うリスク』の値もな」
「その口ぶりだと、呼吸にも三種類の値段を付けてそうね」と私はつい口に出した。
帳簿烏がこちらを見た。意外にも真面目に頷く。 「買う奴がいるなら、当然そうする」
一瞬、本気で彼をヴィクトルの元へ放り込みたくなった。 ヴィクトルに、本物の工業文明とは何かを教えてもらえばいい。 残念ながら、そんなことをすれば二人の古狸が意気投合し、最終的にこちらの資材リストが二割増しになるだけだろう。
その間、レジャーは一言も口を挟まなかった。 こういう男が、一番厄介だ。 喋らないからといって、何も記録していないわけではないし、動かないからといって、何も決めていないわけでもない。本物の闇市では、一番大きな声で吠える連中は前景のノイズにすぎず、本当に重みを持つのは、他人に吠えさせておける方だ。
私はこの場の配置を頭の中で素早く並べ替えた。 親方――表の窓口、対外の顔。 マザー・アイアン――現場の実働、工数と「本当に直せるかどうか」を握る手。 帳簿烏――貨物の流れ、パーツの値、倉庫と在庫の喉元。 レジャー――帳簿、担保、このステーション内の「もう一段上」の秩序の代理人。
ここは単なる修理ドックではない。 修理、闇市、武装、債権、そして秩序がひと塊になって渦を巻く、小さな灰色の街だ。
アッシュも、それを正確に把握しているようだった。 だから彼は親方に「総額」で挑まなかった。項目ごとに切り分けたのだ。
まずは工数から。
「外板と封鎖区画の工数を、そちらで見積もってくれ」
マザー・アイアンは即座に数字の束を投げてきた。その数は、こちらが思わず拍手したくなるほど景気が良かった。工数を盛っているのか、それとも私たちの来世の身請け金まで包括して見積もってきたのか、そのどちらかだ。
アッシュは一覧に目を通し、短く問う。 「それは一隻分か、それとも艦隊単位か?」
マザー・アイアンの義眼が赤く瞬いた。 「この老いぼれ一隻分さ」
「なら、三割分の廃材余剰を上乗せしている。それに、本来なら同時並行で回せる二工程を、別々に計上している。工数を引き直してくれ」
私は椅子の背にもたれ、「ああ、この種の面倒な一撃を正面から食らう役が、もう自分じゃないのは本当にありがたい」と、非常に正直な幸福感を覚えていた。
アッシュという人間は、本当に値切りの現場に向いている。 がなり立てるタイプでも、見せびらかすタイプでもない。感情の取っ掛かりを与えない。見ているのは数字と構造と抜け穴だけ。華やかな包装をナイフで削ぎ落としていき、最後に骨だけを残して、「で、どこをどのくらい余計に取りたいんだ?」と問う。
マザー・アイアンとアッシュが二往復噛み合った末に、工数はきちんと削られた。
続いては資材だ。 帳簿烏の吹っかけ方は、さらにえげつなかった。ステーション内での転売リスクだの、連邦艦相手の追加リスクだの、堂々と明細に書き込んでくる始末だ。 アッシュはすぐには反撃しなかった。まずは最後まで言わせ、あちらの闇市ロジックをすべてテーブルに並べさせてから、口を開いた。
「いいだろう」と彼は言った。
私は思わず彼の方を向きそうになった。 いいのか? こんなにあっさり?
だが、次の一言が続く。
「その代わり、後ろの三項目――『出所不問保証料』『内部流通希少性係数』『連邦識別追加リスク』は外せ。長く商売を続けるつもりなら、最初の一筆で客を産廃扱いするのはやめておけ」
帳簿烏が口元を歪めた。 悪意を隠す気のない笑いだが、「少しはやるな」という色も混じっていた。
「三等大尉、あんた、外で一度は揉まれてるな?」 「いや」アッシュは言った。「ただ、書き方が甘いだけだ」
……悔しいが、これは少し格好良かった。 口に出してやる気は、今のところないけれど。
その時まで沈黙を守っていたレジャーが、ようやく初めて口を開いた。
「第一ラウンドの支払いも、あの氷原の品でやるつもりかね?」
声は高くない。どこか穏やかにさえ聞こえる。だというのに、背中にうっすら冷たいものが走った。 問いそのもののせいではない。 問い方のせいだ。
彼は「あの結晶」とも「持ってきた品」とも言わなかった。ごく自然に、業界人だけが使うような分類の言い方――氷原の品――を口にしたのだ。 これは何を意味するか?
つまり、彼にとってそれは初見の代物ではない、ということだ。 少なくとも、初耳ではない。
アッシュは、間を長く取りすぎないように注意しながら答えた。 「条件次第だ」
レジャーは彼を見た。 そして、ほんの少しだけ視線を動かし、今度は私の方へ――正確には、私の足元に置かれたケースへと目をやった。
「出所は、安定しているかね?」
その一言で、この部屋の何かが音もなく変わった。
マザー・アイアンは動かない。 帳簿烏も口を挟まない。 親方も割って入らない。 だが、全員が静まり返っているからこそ、この言葉は一本の細い針のように、テーブルの中央へとゆっくり沈んでいった。
私はすぐに口を開かなかった。 狼狽したからではない。 観察していたからだ。
誰が最初に誰を見たか。どの名前が口に出されず、しかし空気の中に浮かび上がったか。
出所は安定しているか。
これは単に「仕入れの安定性」を問うているのではない。 「まだ次のロットがあるのか」「偶然拾ったのか、それとも筋があるのか」「背後に鉱点があるのか」「供給を握っているのか」「あるいは、もっと深い何かが後ろにあるのか」。
そして私はこの時、初めてはっきりと自覚した。 このステーションの誰かは、あの物質に「修理費の足し以上のもの」を見ている――ということを。
それは単なる「高価な素材」に対する食いつき方ではない。 むしろ、誰かが「ある噂」を裏付けようとしているように見えた。 あるいは、「とっくに切れていたはずの古いライン」を。
アッシュの声は依然として平らだった。 「今ここで取り決める第一ラウンドの修理にとって、安定性は必須条件ではない。必要なのは、『第一ラウンドを払える』『第二ラウンドの一部も払える』という事実だけだ」
レジャーは数秒間、黙って彼を見つめた。 そして、驚くほどあっさりと頷いた。
「それでいい」
――おかしい。
私は心の中で、はっきりと印を付けた。 レジャーのような男が、こんなに容易く引き下がるべきではない。 それでもなお引いたということは、彼にとって今日確認したかった事項は、すでに十分な水準まで確認が済んだということだ。
これは値切り合戦の終わりではない。 もっと深い天秤が、さっきひっそりと一巡したのだ。
最終的に決まった第一ラウンドの修理と補給の条件は、こうだ。
雪風は独立泊位と、外周武装警戒の一部免除を得る。ただし、ステーション側の監視は維持。 マザー・アイアンが人員を出し、外板、封鎖区画、配線、水循環を優先して施工。 帳簿烏が資材と標準補給を手配。 レジャーはステーション内の限定的な保証を提供し、「第一ラウンドの取引不履行が起きない限り、他勢力が雪風の泊位エリアへ勝手に踏み込むことはない」と約束。
代価は、もちろん氷晶だ。 最初はノックに使う石だった。 今度は、完全に通貨として扱われ始めた。
そして私が一番気に入らなかったのは、レジャーが交渉終了の直前、ケースに向けたあの一瞥だ。 あれは、値打ちを測る目ではなかった。 まるで、長いあいだ氷の下に封じられていた古い鍵が、誰かの手で再び掘り出されたのを見たような目だった。
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