115.整備工場 4
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
アッシュは手を差し出さず、わずかに顎を引いただけだった。 「アッシュ・ヴァンダー。雪風代理艦長だ」
私もそれに続いた。 「星野 シモ、中尉」
親方は私を見た。その視線は、礼儀として許される時間より半秒ほど長く私の顔に留まった。 「あんたがそうか」
胸の内で何かが動いたが、表には出さなかった。 「私って有名?」 「半死半生の連邦軍艦に乗って、氷の星へ水を掘りに行き、おまけにこんな場所へ値段交渉にやって来るような奴は多くない」親方は言った。「名前が売れて当然だ」
アッシュが平坦な声で割り込んだ。 「どうやら我々の訪問は、想像以上に注目を集めているようだな」 「ここでは、大砲を撃てる代物はすべて注目の的だ」と親方。
こういう会話は疲れる。 双方が一言発するごとに、握手しながら袖口に隠したナイフの長さを比べ合っているようなものだ。 だが、これがルールだ。少なくとも、ここでのルールだ。
親方はすぐに私たちを奥へ案内しようとはせず、まず私の手にあるケースを見た。 「その中身が、あんたらの言う『誠意』か?」 「一部だ」アッシュが言った。
親方は笑った。 愉快だからではない。 「やはり、初対面で手札を全部見せるような馬鹿はいなかったか」という笑いだ。
「いいだろう」彼は言った。「俺は馬鹿が嫌いでね。馬鹿は死ぬのが早すぎて、長い付き合いができない」 「奇遇ね」私は言った。「私たちも熱烈すぎる人間は嫌いなの。そういう手合いは、大抵こちらの部品を引っこ抜いて自分の商品棚に並べようとするから」
親方はようやく、私をまともに見た。 その目には初めて、それなりの興味が浮かんでいた。 「見た目より口が回るな」 「大抵、使っちゃいけない場面でこの能力を発揮するのよ」 「なら、俺たちとは少し気が合いそうだ」
アッシュが横目で私を瞥見した。 極めて淡い視線。 だが、彼が言いたいことは分かる。『いいか、調子に乗るな。まだゴミみたいな舌戦を交わしただけで友情が芽生える段階じゃない』といったところだろう。 「分かってる」と言い返したかったが、今はテレパシーごっこをしている場合ではない。
親方が手を挙げた。 後ろに控えていた銃持ちの護衛が進み出て、携帯型のスキャナーを構えた。
「例行検査だ」親方が言った。「身体検査はしない。個人権限デバイスには触れない。軍章も外させない。それがこっちの礼儀だ」 「もし私たちが拒否したら?」私が聞いた。 「船に帰ればいい」親方は言った。「そして、外でどっちが先に撃つか、腹の探り合いを再開するだけだ」
……なるほど、非常に合理的で、非常に闇市らしい。 アッシュが頷いた。 「やれ」
スキャナーが私たちの身体を一周した。起動状態の武器がないこと、高危険度の爆発物がないこと、服の下に小型原子炉を隠し持っていないことが確認されると、親方はようやく視線をケースに戻した。
「まずは品物を見せてもらおう」 「こちらも場所を確認したい」アッシュが言った。 「あんたたちが今立っているのが場所だ」 「違う」アッシュは彼を見据えた。「我々が案内されるのが、取引回廊なのか、保税区画なのか、それとも客を蒸発させるための中間処理区画なのかを知りたい」
親方は二秒沈黙した。 そして、笑った。 今度の笑いには明確に、「なるほど、この連邦軍官は飾り物じゃない」という承認が含まれていた。
「まずは取引回廊の外周だ」彼は言った。「あんたらはコア区画には入らない。俺の部下もあんたらの船には触れない。これが第一段階だ」
第一段階。 結構なことだ。 誰もが段階を踏んで互いを信用する術を心得ている。まるで、一本の骨を奪い合う野犬の群れが、まずは円を描いて匂いを嗅ぎ合っているかのようだ。
アッシュが頷く。 「交渉成立だ」
親方が身をかわして道を開けた。 「なら歩け。あまりキョロキョロするなよ。ここの連中は、家財道具を数えられるのを嫌う」 「数えるほどの価値がある家財道具ならね」私は小声で言った。 「星野」アッシュが静かに私の名を呼んだ。 「分かってる、黙ってるわよ」 「いや、君が黙っている時は、大抵ろくでもないことを考えている証拠だ」 「……あんた、本当にどんどん嫌な奴になるわね」
前を歩いていた親方がそれを聞きつけ、面白そうに口角を上げた。 「あんたらの船は、背中から撃ち合うような空気じゃなさそうだな」 「正面からやり合うのに慣れてるからね」私は言った。 「それはいい」親方が言った。「床掃除の手間が省ける」
私たちは彼の後に続いて奥へと進んだ。
第一の分厚いゲートを抜けた瞬間、ローレンス修理廠の真の匂いと姿が、バケツの汚水を顔面にぶちまけられたような勢いで襲ってきた。
ここは単なる修理ドックではない。 生きたグレーゾーンの巣窟だ。
通路は天然の岩壁を強引にくり抜いて作られているが、至る所に人工の補強板や外付けのケーブルトラフが埋め込まれている。足元の金属グレーチングは新しいものと古いものが混在し、踏むたびに違う音が鳴る。 頭上には赤、青、黄色のパイプが束になって走り、一部からは冷却液が滲み出ている。少し先の分岐点には古びたエリア標識が下がっていたが、手書きで修正された跡があった。この場所のルールは印刷物で決まるのではなく、銃を持っている人間が書き換えるものなのだ。
人が多い。 しかも、どいつもこいつも単なる技術者には見えない。
作業服を着ながら腰のホルスターを隠そうともしない修理工。運送業者のような身なりだが、手には古い傷跡が刻まれた荷役の元締め。データグラスをかけ、通り過ぎる私たちを値踏みする仲買人。そして、一目でよそ者と分かるが、必死に常連を装おうとしている不運な旅人。
どの隅からも、金属を叩く音、溶接の火花、低声での値切り交渉、携帯プレイヤーから漏れ出す下品な音楽、そして油、煙、汗、安酒が入り混じった闇市の体温が立ち昇っていた。 連邦の正規軍港が教科書だとするなら、ローレンス修理廠は、その教科書の裏表紙に汚い言葉とカンニングペーパーを書き殴ったような場所だ。
ひどく嫌な場所だ。 だが同時に、ここには独自の秩序があることを認めざるを得なかった。
親方は歩きながら淡々と口を開いた。風景を案内するような口調だが、内容はちっとも観光向けではない。
「左のエリアは日雇い区画だ。その日暮らしの仕事を受ける連中がたむろしてる。値段の変動が激しいが、人の命も安い。さらに奥は改造屋とパーツ商の縄張りだ。出所は聞くな。聞いても誰も答えねえ。上層のドームに近いあたりは、帳簿係、護衛、それに外からの上客が商談をする場所だ。今日、あんたらの運が良ければ、前の二種類の顔色を見るだけで済む」 「運が悪ければ?」私が聞いた。 「三種類目を見ることになる」と親方。 「三種類目って?」 「ひどく丁寧な笑いを浮かべた人間だ」
……実に説得力のある答えだ。
アッシュは道中ずっと静かだった。本物の交渉のテーブルについている時のように、聞き、記憶し、決して自分からは底を見せない。こういう場は彼にひどく合っている。 彼は飛田のように「一目で手を出してはいけないと分かる狂犬型」の指揮官ではないし、真紀のように「そこに立つだけで冷気で場を制圧する」士官でもない。 鞘に収まった、音を立てない金属の冷光のような男だ。普段は無視してしまいそうになるが、いざ手を伸ばして触れようとすれば、極めて礼儀正しく指を切り落としてくる。
私は彼の横を歩き、ケースを提げ、副官らしく振る舞っていた。実際にやっていることも副官と同じだ。観察し、人を記憶し、ドアの位置を記憶する。誰がケースを見る目がギラつきすぎているか。誰が私たちの軍服を見て口元を歪めたか。親方が先導しているのに、道を譲ろうとしない命知らずは誰か。
闇市は汚さを恐れない。 闇市が恐れるのは、空気が読めないことだ。 そして私が今一番恐れているのは、本当に警戒すべき人間を見落とすことだった。
やがて、親方は私たちを半開放型の取引回廊へと導いた。 回廊とは名ばかりで、実際には天然の岩洞を押し広げ、その中に三層のプラットフォームと金属製の仕切りを強引に組み上げたような空間だった。中央には一時的に品物を置くための平坦な台があり、周囲には移動式クレーンとスキャナーフレームが懸架されている。二階の外周には半透明の観察窓が並び、その奥に人影がぼんやりと見えた。声はしないが、「誰かが見ている。しかも一人じゃない」という感覚ははっきりと伝わってくる。
親方が立ち止まった。 「ここなら十分に中立だ」彼は言った。
アッシュが頷く。 「始めよう」
第一ラウンドの本格的な交渉が、ついにここで幕を開けた。 親方が先に口火を切った。無駄話はない。
「何が要る?」
アッシュも軍官らしい前置きはしなかった。 「艦体構造のパッチ修理、外板の再封鎖、メインデータ回線と二次配電の結束再接続、水循環モジュールのキャリブレーション、医療消耗品と標準レーションの補給。それに加えて、この宙域で使用可能な安全離脱航路のデータ一式だ」 「神風機関は?」親方が聞いた。
アッシュは彼を見据えた。 「それは第一陣のリストにはない」
親方の目に、ごく短い光が走った。 彼は悟ったのだ。 私たちにさらに深刻な損傷があることを。だが、アッシュがそれを先に見せる気がないことも。
上等だ。 これこそが「まだ愚かではない」ということだ。
「支払いは何で?」親方が聞いた。
アッシュは今度はすぐに答えなかった。 代わりに、軽く首を傾けた。 意味は明白だ。
私は一歩前に出ると、サンプルケースを中央のプラットフォームに置いた。 金属の表面にケースが置かれた音は重くなかったが、想像していたよりもずっと、何かの「始まり」を告げる音に聞こえた。言葉では説明しきれないが、誰もが目を奪われるものを、ついにテーブルの中央に据えたような感覚。
私は第一層のパスワードを入力し、外部ロックを解除して、そこで手を止めた。
親方が私を見た。 「半分だけ開けるのか?」彼は聞いた。 「初対面なんだから、光が見えるだけでも十分誠意があるでしょ」私は言った。
彼は少し笑い、意外にもそれ以上は迫ってこなかった。 つまり、分かっているということだ。
私は上蓋を、ちょうどいい隙間ができる程度に押し開けた。 青白い冷光が、即座にケースの中から溢れ出した。
眩しくはない。誇張もない。だが、決して見て見ぬふりはできない強烈な質感を放っていた。氷の中に電気が閉じ込められているような、死んだ星の心臓がまだゆっくりと脈打っているような。 厳選された数個の氷晶が、防震スロットの中に静かに横たわっている。その表面の鋭いエッジが、取引回廊の薄暗い黄色い光の下で冷ややかな反射を生み出し、周囲の油汚れ、溶接痕、古い金属の汚らしさと、ほとんど侮辱的とも言えるほどの美しいコントラストを描き出していた。
親方は顔色一つ変えなかった。 だが、私は見逃さなかった。 彼がナックルダスターをはめた右手の指を、ごくわずかに止めたのを。
この男にとって、このレベルの硬直は、すでに驚愕に等しい。 二階の半透明の観察窓の奥にいる人影も、二、三人が明らかに角度を変えた。
取引回廊の中は依然として沈黙に包まれていた。 だが、空気はすでに変わっていた。 私たちが厄介者なのか、連邦の回し者なのかという疑念が、突如として別のものに塗り潰された。
友好的な空気ではない。 重量感だ。 彼らはついに真剣に量り始めたのだ。私たちが持ってきたこのケースが、いくつかのルールを捻じ曲げるだけの価値があるかどうかを。
親方が一歩前に出た。だが、手は伸ばさなかった。 「……氷原の品か?」彼は聞いた。 アッシュが淡々と答える。「そう理解してもらって構わない」 「どこの星から掘り出したかは聞かねえ」親方はケースの中の氷晶を見つめたまま、声の平坦さを保っていた。「だが、これがあんたらの持ってる『唯一のロット』かどうかは知っておきたい」
この質問は極めて重要だ。 「あんたらは命惜しさにこれを手放そうとしているのか、それとも本当に交渉のカードを持っているのか」と聞いているに等しい。
アッシュは即答しなかった。 彼はまず、私を見た。 それは私に丸投げしたわけではない。この言葉は、ケースを持っている人間が口にすべきだと促しているのだ。
だから私は顔を上げ、親方を見据えた。 「唯一のロットじゃない」私は言った。「でも、あんたたちが砂みたいに無造作に掴み取れるような量でもない」
親方はようやく氷晶から視線を外し、私の顔を見た。 「商売人みたいな答え方だな」 「違う」私は言った。「単に、損をして生き延びたくないだけだ」
親方は二秒沈黙した。 そして、初めて私たちを「連邦の厄介者」として扱う半ば投げやりな態度を収め、真顔になって脇へ軽く手を振った。
小太りで、片目に拡大鏡をつけた老人が、クッキーの袋の音を聞きつけたネズミのように小走りで側門から現れた。老人はケースには触れず、ただしゃがみ込み、青白い冷光に顔を近づけて、微かに息を吸い込んだ。
彼は「いい品だ」とは言わなかった。 「価値がある」とも言わなかった。 ただ顔を上げ、親方に向かって一度だけ頷いた。
一度だけ。 だが、それで十分だった。
親方は身を起こし、アッシュを見た。 「第一段階の信用テストは、合格としておこう」
その言葉が出た瞬間、私の肩の力がごくわずかに抜けた。 ほんの少しだけだ。 なぜなら、これで安全になったわけではないと分かっているからだ。 「問答無用で追い出されるかもしれない相手」から、「客としてゆっくり屠られるかもしれない相手」に昇格したに過ぎない。 だが、闇市のルールにおいては、これはとてつもなく大きな前進だ。
アッシュの語気は変わらない。 「では、第一筆の交渉に入ろう」
親方は今度はその場に立ち尽くしてはいなかった。 手を伸ばして傍らのフローティング・ディスプレイを引き寄せた。その動作は無駄がなく、私たちを門外の不審者から、とりあえずテーブルを挟んで話ができる取引相手へと引き上げたことを示していた。
「第一筆は、一番急ぎの案件だけだ」親方が言った。「外板の封修、港内の停泊スペース、基礎医療物資の補充、レーションと水処理パーツ。これらは先に出す。残りは第二ラウンドだ。価格は――この品物の半分で手を打とう」
……なるほど。 十分に黒い。 だが、完全に底なしというわけでもない。
アッシュは瞬き一つしなかった。 「三分の一だ」 「半分だ」 「あんたが提供するのは命綱のパッチであって、艦の再建造じゃない。三分の一だ」 「あんたらは連邦の軍艦で、しかも戦損艦だ。中に入れるだけで、こっちは三層の口封じをしなきゃならねえ」 「それはあんたの側のコストだ。我々が払うパニック税じゃない」
……始まった。 これぞアッシュの土俵だ。 彼の交渉スタイルは飛田とは全く違う。飛田がテーブルをナイフで突き刺してから計算式を問うタイプだとすれば、アッシュは極めて冷静で清潔な声のまま、相手が価格に上乗せしようとする感情の雫を一滴残らず絞り出し、純粋な計算だけを残すタイプだ。見栄えはしないが、効果的だ。
私は隣に立ち、ケースを提げたまま、二つの任務を負っていた。 一つは、二階の顔の見えない人影を観察すること。アッシュが要求を口にした時、誰か一人でも異常な動きを見せないか監視する。 もう一つは、必要な時に、手元の氷晶を使って全員に思い出させることだ。私たちは施しを求めてきたのではない。ビジネスをしに来たのだと。
親方は最後に半歩引いた。 「四割だ」彼は言った。「停泊スペース、安全コード、第一陣の修理と補給。加えて、あんたらの船にある『聞いてはいけない他の傷』について詮索しないこと。これが俺の出せる入門価格だ」
アッシュは彼を見つめた。 そして、淡々と言い放った。 「妥結だ。ただし、荷下ろし、検修、物資のリスト確認には、我々の人員が全行程で立ち会う」 「構わねえ」 「あんたの部下は、単独で雪風の中段以下の区画に立ち入ることは許さない」 「あんたらも、俺の帳簿区画には単独で入るなよ」 「合理的だ」
親方が私を見た。 「ケースだ」
私はすぐには渡さなかった。 代わりに固定スロットの一層を引き抜き、あらかじめ分けておいた氷晶を取り出して、彼らが差し出してきたシールドボックスの中へ移した。
青白い光がボックスの中で静かに輝いている。切り取られた冬の夜の欠片のように。
これが第一筆だ。 実際に支払われた最初の氷晶。 サンプルではない。 秘密でもない。 「支払い」だ。
ボックスの蓋を閉めた瞬間、私は心の中で非常にはっきりと悟った。 一度でも、こうして取引の道具として外へ出した時点で、この物質は二度と「ただの研究対象」には戻れない。 値が付く。 流れができる。 覚える者が出る。
そして今、その線を引いているのは他でもない、私自身だ。
親方はシールドボックスを受け取ると、今度はようやく、まともな笑みを私に向けた。 友好的ではない。 だが少なくとも、最初の取引を成立させた後、「こいつは白痴ではない」と認めた時に浮かべる笑いだ。
「入港を歓迎するぜ、連邦人」彼は言った。「だが、あまり感動するなよ。ここのドアは、金が払える奴にしか開かねえんだ」
私は彼を見返し、同じように笑ってみせた。 「奇遇ね」私は言った。「私たちが今一番恐れているのも、ドアが閉まっていることじゃない。ドアを開ける人間が安っぽすぎることよ」
親方は低く笑い声を漏らした。 「いいだろう。あんたのその口は、停泊料を少し割り引く価値がある」
アッシュが横から淡々と付け加えた。 「では、それを修理の工数から差し引いてもらおうか」
今度は、親方も本当に声を出して笑った。 そして私は知った。この瞬間になってようやく、私たちはローレンス修理廠における第一段階の信用を勝ち取ったのだと。
友人ではない。 盟友でもない。 安全ですらない。
ただ――相手が私たちを「価値があり、今すぐ食い殺すには惜しい客」として扱ってくれるようになっただけだ。
こんな場所では、それで十分だった。
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