115.整備工場 3
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
結局、雪風は直接入港しなかった。
アッシュの決定であり、生存本能を完全に喪失していない人間なら誰でも下す判断だ。 理由は単純極まりない。私たちはローレンス修理廠を信用していないし、ローレンス修理廠が私たちを信用する理由も皆無だからだ。 片や登記済みの連邦軍艦。今は誠意を感じるほどボロボロだが、どれだけ壊れていようと連邦軍艦であることに変わりはない。片や「違法営業」の四文字を骨の髄まで刻み込みながら、看板には絶対に書かないグレーな修理拠点。 この組み合わせで、初対面から熱烈な握手を交わしたとすれば、それは奇跡ではなく罠だ。
だから雪風は港外に停泊した。 「ドアの目の前、手を伸ばせばノックできる」ような位置ではない。失礼には当たらないが、双方が何度か照準を合わせ合う程度の余裕はある、そんな安全距離だ。 舷窓から見下ろすローレンス修理廠は、鉄の箍とパイプライン、そして商人たちの悪意が共同で育て上げた黒い石の心臓のようだった。砕氷と廃棄パーツで構成されたデブリ帯の中央に、それは浮かんでいる。
天然の岩体は粗く、醜く、クレーターだらけで、宇宙に何十万年も殴られ続けてまだ死にきれていない頭蓋骨に見えた。その外側に人工の金属骨格と巨大なリングが何重にもはめ込まれ、血管のようなパイプが表面を這い回り、球形のタンクや外付けモジュールが岩殻にへばりついている。頂部には青緑色に発光するドームと、パラボラアンテナが突き刺さった通信マストがそびえていた。
合法的な施設には到底見えない。惑星系が自ら生み出した犯罪器官、といった風情だ。 正直なところ、半死半生の今の私たちにはお似合いの場所だった。
「次の瞬間にショバ代を要求されても驚かないな」 私は接舷艇の待機区に立ち、グローブの接続部をチェックしながら言った。
隣に立つアッシュは、すでに身軽な、それでいて連邦軍官らしい清潔なラインを保った外出用軍服に着替えていた。この男の最も鼻につくところの一つは、今にも分解しそうな船に乗って、闇市のドックへ交渉に行こうとしている時でさえ、どこか高級な軍政の茶会にでも向かうような顔をしていることだ。
「要求してくるだろうな」と彼は言った。 「少しは慰めてくれてもいいんじゃない?」 「今慰めれば、後で君がより深く失望するだけだからな」
私は鼻を鳴らし、足元にあるシルバーグレーのサンプル保管ケースに目を落とした。 ケースは大きくないが、重い。 物理的な重量の話ではない。 中身の問題だ。
氷晶。 私たちが氷の惑星の地下から叩き出してきた、あの光る厄介者だ。
当然、すべてを持ち出したわけではない。 生き延びるための立ち回りは、これが初めてじゃない。 持ち出したのは半分だけ。しかも、最も完全で美しい部分は残してある。完全度が最も高く、反応が最も不気味だったメインサンプルは、私とアイダの手で雪風の非公開封印区画に厳重にロックされている。 今回持ち出したのは、簡単な選別の後、「価値を分からせるには十分だが、その場で私が心臓発作を起こすほどではない」程度の支払用ロットだ。
要するに、観測気球である。 ローレンス修理廠が人を噛む野獣だとするなら、私が今手に提げているのは、奴らがどれほど飢えているかを試すための肉切れだ。
私はケースのダイヤルロックをもう一度押し込んだ。 アッシュが横目で私を見た。
「確認するのはこれで三度目だぞ」 「分かってる」 「それ以上押しても、中身は増えない」 「分かってる」 「なら、何を緊張している?」
私は顔を上げて彼を見た。 「今提げているのが石ころじゃなくて、私たちが今後数日のうちに部品単位で解体されて売られないための確率そのものだからだ」
アッシュの口角が微かに動いた。 「随分と進歩したな」 「どの辺りが?」 「本当に代理艦長を務めた人間らしい言葉だ」
私は即座に、一切の敬意を欠いた表情を作ってみせた。 「ありがとう。でも、こういう成長経験は人生で一度きりにしてほしいわね」
その時、ハッチ内の内線が鳴った。 艦橋のメインチャンネルからではなく、副長権限で転送された通信だ。 ホログラムが点灯し、九島真紀の顔が半透明のウィンドウに浮かび上がった。彼女は完全な野外装備ではなく、通常の勤務服姿だ。肩のラインは真っ直ぐで、半隻の運命を賭けた接触ではなく、本日五回目の定例点呼でもしているかのように冷徹な表情だった。
それでも私は、反射的に少しだけ姿勢を正した。 情けないが、逆らえない。
「相手は二名のみの受け入れを承認した」彼女は言った。「雪風は港外待機を維持、二級警戒は解除しない。そちらの通信が七分以上途絶した場合、交渉は決裂したと見なす」 「その『決裂』って言葉、後味がすごく重いんだけど」 「実際に重いからだ」真紀は私を見据え、それから視線を下げて私の足元のサンプルケースを一瞥した。「ケースは手放すな」 「了解」 「最初からすべての条件を提示するな」 「了解」
彼女は半秒沈黙し、さらに付け加えた。
「特に、施設内の人間にペースを握られるな。闇市の取引で最も重視されるのは価格じゃない、主導権だ」
私はふと笑いたくなった。 「副長、今の言い方、娘を危険な社交界に送り出す保護者みたいになってるわよ」
アッシュが隣で小さく咳払いをした。軍容を保てという警告だろう。 真紀は無表情のまま私を見た。
「軍令のバージョンで聞きたいなら、もう一度言い直すが」 「結構、今のバージョンで十分」私は早口で返した。「すごく心に響いたから」
真紀は私の言葉を拾わず、視線をアッシュへ向けた。 「代理艦長、艦外での交渉は貴官が主導しろ。相手が登艦検査を要求してきた場合は、引き延ばせ。同意はするな」 「了解した」とアッシュ。 「分割払いを要求された場合、取引内容を先に確認しろ。事前の同意はするな」 「了解した」 「もし、相手がシモを単独で連れ去ろうとしたら――」
彼女はそこで言葉を切った。 胸の奥が、理由もなく熱くなった。
だが次の瞬間、真紀は極めて冷静に言葉を継いだ。
「――それは、相手が私の想定以上に愚かだということだ」
その場で吹き出しそうになりながら、同時に少しだけ悔しかった。 この女は本当にたちが悪い。人の心臓を跳ねさせておいて、続く言葉は甘い囁きではなく脅威排除の算段だ。 忌々しいことに、私はそういうところがたまらなく好きなのだが。
「了解しました、副長」私は言った。
通信が切れる直前、真紀の視線が最後に私へと戻ってきた。 「シモ」 「ん?」 「戻ったら報告を」
……降参だ。 この一言の破壊力は、やはり反則すぎる。 何か軽口で返そうと思ったのに、口をついて出たのは、ひどく素直な一言だけだった。
「分かった」
ホログラムが消えた後、アッシュは二秒ほど黙り、それからゆっくりと口を開いた。 「私は、今のやり取りを何も聞こえなかったふりをするべきか?」 「もし誰かに言ったら、あんたの交渉用原稿を食堂のメニュー表にすり替えるからね」 「安心しろ」彼は淡々と言った。「君の個人的な災難に、そこまで興味はない」 「なんか余計傷つく言い方ね」 「体面を保ってやっているんだ」
私が彼を睨みつけたのと同時に、前方のハッチがスライドして開いた。 接舷艇の準備が整っていた。 雪風に積まれているような軍艦付属のまともな小型艇ではない。相手側から遠隔操作で送り込まれてきた港外用の渡し舟だ。ずんぐりとして不格好で、実用性しか考えていない。装甲には溶接の跡が走り、古い識別番号を削り落とした傷が残り、明らかに年代の違う代替装甲板が何枚もツギハギされている。 それが放つメッセージは明確だった。これは客を乗せる船ではない、リスクを運ぶ船だ。
「趣味がいいわね」私は言った。 「少なくとも、連中が本気で我々を信用していない証拠だ」とアッシュ。 「それが朗報だとでも?」 「朗報だ」彼は接舷艇に乗り込み、振り返りもせずに言った。「最初から熱烈に歓迎される方が、よほど厄介だからな」
私はケースを提げて後に続いた。 ハッチが閉まり、フックが外れ、雪風が後方へ遠ざかっていく。 接舷艇の後部窓から見ると、私たちの古い艦が暗闇の中に浮かんでいた。戦損を塞ぐパッチと応急灯の光が、無理やり縫い合わせた傷跡のように見える。今の雪風は美しくもないし、威厳もない。むしろ少し貧乏くさい。 それでも、私はそれを見つめながら、ひどく素直な感情を抱いていた。 「うちのボロ船だ、手を出そうとする奴は私が先に噛みちぎってやる」という、身内びいきの感情だ。
……人間というのは、共に苦痛を味わうと、簡単におかしな生き物に訓練されてしまうらしい。
接舷艇に自動アナウンスはない。代わりに、紙やすりでも喉に詰まらせたような男のしゃがれ声が、内部スピーカーから弾け出た。
『連邦軍、しっかり座ってな』その声は言った。『こっちは客を五体満足で玄関まで送り届ける義務は負ってねえんだ』 「アットホームな接客態度ね」私は低く呟いた。 「文句を言うな」アッシュが言った。「事前に通知してきただけマシだ」 「あんた、闇市のサービス業に対する基準が低すぎない?」 「君が宇宙の辺境に対して過剰な幻想を抱いているだけだ」
その言葉が終わるや否や、接舷艇が急激に傾いた。 私はケースごと右へ放り出されそうになった。シートベルトと私の優秀な生存本能が同時に機能していなければ、初めての外部接触の前に、連邦軍官によるその場でのローリングを披露するところだった。
「……今、この場所が嫌いになった」私は歯を食いしばって言った。 「焦るな」アッシュは前方の舷窓に迫るローレンス修理廠の輪郭を見つめ、天気予報でも読み上げるような平坦な声で言った。「この後、ここを嫌いになる理由はもっとたくさん見つかるはずだ」
彼の言う通りだった。 十分後、私たちはローレンス修理廠の外層にある臨時接舷区画に送り込まれた。 そこは到底「エントランス」などと呼べる場所ではなかった。 どちらかと言えば、「とりあえず閉じ込めておいて、中に入れる価値があるか見定める」ための検疫箱だ。
四方は理不尽なほど分厚い金属壁。壁面には旧時代のパイプラインと再接続されたケーブルの束が這い回り、溶接痕が傷跡のように重なっている。天井の照明は安定した白色光ではなく、黄色く濁り、時折明滅する工業用ランプだ。空気には金属粉塵、古い機油、冷却液、それに安物の消毒液が混ざったような匂いが漂っている。自動車整備工場を無理やり商談スペースに偽装しようとして、半分しか成功しなかったような匂いだった。
外側のゲートが開いた時、最初に目に入ったのは人間ではなかった。 銃だ。 正確に言えば、三人の人間と六丁の銃。それに加えて、壁の隅に固定された二基の自動砲塔。外装は監視カメラのように偽装されているが、警戒機能と同時に相手の胸を撃ち抜く機能を備えていることは誰の目にも明らかだった。
上等だ。 ようやく「正式な接触」らしい雰囲気になってきた。
先頭に立つ男は黄色い光の下にいた。長身で痩せ型。年齢は四十から五十の間だろうが、判別は難しい。宇宙辺境の汚れた空気と粗悪な酒が共謀して削り取ったような顔の半分をしていたからだ。 着ているのは古い親方風のロングコート。黒灰色で、襟元は擦り切れているが、きちんと手入れされている。首には元々の所属勢力がとうに判別できなくなった古いエンブレムが下がり、右手には金属製のナックルダスターのような指輪をはめていた。その指でテーブルを叩き、ガラスを叩き、あるいは他人の歯を叩き割ることに慣れている人間の手だ。
彼は私たちを一瞥し、視線をアッシュから、私が提げているケースへと移した。 その瞬間、私はこの男が一筋縄ではいかないと直感した。 彼の目には、強欲さも焦りもなかったからだ。
あるのは計算だ。 商人が品物を見るような、老いた狼が柵を値踏みするような目。幾度もの裏切りを生き延びてきた人間が、目の前の相手が客なのか、厄介者なのか、それとも後でゆっくり屠れる肥え太った羊なのかを量る目だ。
「親方だ」彼は自ら名乗った。低くしゃがれた声には、友好的に見せないための平坦さが意図的に含まれていた。「あんたたち連邦のボロ船の対応は、俺が引き受ける」
……どう聞いても本名ではない。 だがこんな場所では、本名など何の意味も持たない。
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