108. 初陣 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
艦橋に戻った時、先に着替えを終えていた四人の男子がすでに立っていた。
その肩章の並びを確認した瞬間、連邦軍の人事システムがさっき帝国軍に一緒に爆撃されたんじゃないかと疑いたくなった。
アッシュ以外の三人は、全員少尉だった。
アッシュだけが違った。
あいつはそこに立っていた。制服は募集ポスターから切り抜かれてきたように張り、肩の階級章は良心を捨てたような輝きを放っていた——三等大尉。
二秒ほど見つめ、頭の中で自動的に人間の言葉に翻訳した。
三等大尉。
つまり、急遽かき集められた学生の群れに、少佐相当の化け物が一人混ざり込んでいるということだ。
……いや、なんで。
自分だけがおかしいと思っているのか確認しようと振り返ったその時、真紀の目尻がかすかに引きつるのが見えた。
幅は小さい。よく知らない相手なら、見間違いだと思う程度だ。
だが、それが真紀の顔に起きたからこそ、説得力があった。単純な驚きでも、単純な不満でもない。「この配置は明らかにおかしいが、今追及している場合じゃない」という、鬱憤と苛立ちの間に挟まった、極めて真紀らしい不満だった。
よし。
頭がおかしいのは私だけじゃなかった。
真紀ですら、これはデタラメだと思っている。
「よし、少しは軍人らしくなったな」
飛田艦長は私たちを、工場に搬入されたばかりの、かろうじてラインに乗せられそうな部品を検品するような目で見た。
あの人間は艦橋の前方に立っているだけなのに、「空気すら彼の許可を得て流れる」ような圧迫感を纏っている。
とりわけ今は、雪風が出航前の殺気立った状態に入り、艦橋の照明は落とされ、主スクリーンは戦術待機画面のまま冷たく光っている。もともと愛想の欠片もない飛田の顔が、その冷光に照らされると、額に「妥協なし」の四文字を刻んでいるようにしか見えなかった。
「原則として、前回の実習配置を踏襲する」飛田艦長は言った。「別の位置もやらせたいところだが——安全第一だ」
これが一般の教官の口から出れば、多少は人間味を感じるだろう。
だが飛田の口から出ると、「本当はもっと派手にやらせたいが、今日はお前たちの死に付き合う暇はない」に聞こえる。
彼は端末に目を落とし、点呼を始めた。
「アカリ・フラック少尉」
アカリが前に出た。あいつは相変わらず、一万年不眠でコーヒーと怨念だけで肉体を動かしているような顔をしていた。軍服を着ても精気が増したわけではなく、合法化された過労幽霊のようにしか見えなかった。
飛田艦長が前方の席を指した。
「船務長兼レーダー手」
「了解」アカリの声は相変わらず半死半生の平板さだった。「役職が一つ増えてませんか……」
飛田艦長は完全に無視した。
いや、無視というより、この種の泣き言を「宇宙背景雑音」として自動分類しているのだろう。本人が倒れていない以上、職位は有効だ。
「蘭・ヴァイス少尉」
蘭が肩を引いた。刀が鞘に収まるような、迷いのなさだった。
「通信員」
「はい」
返事は安定していた。数十分前、廊下で「誰かもう一言でも余計なことを言ったら消す」という顔をしていた人間だと知らなければ、生まれつき反乱鎮圧に使えそうなほど冷徹な模範軍人だと信じてしまうところだった。
「ロイ・ハルトマン少尉」
飛田艦長の手が、機関テレグラフと航法主コンソールの方を向いた。
「舵手兼航海長」
「は、はい……」
ロイの返事は少し遅れた。
迷いじゃない。「答えなければならないのは分かっているが、魂がまだ逃げようとしている」という種類の遅れだ。
振り返って確認しなくても、今の彼が「泣きたいが艦橋では泣けない」という高度な窮地にあるのは想像がついた。
休暇からそのまま雪風に引きずり込まれ、即座に舵手兼航海長の席に座らされる。それだけで、普通の人間なら胃酸が脳天まで逆流するプレッシャーだ。
正直、ロイが「下船したい」と口にしなかっただけで、連邦軍への愛情はかなり深い方だ。
「アイダ・ローゼン少尉」
「了解しました」アイダはほぼ即答した。飛田の顔から、自分に仕事を選ぶ権利がないことを読み取ったのは明らかだった。
「引き続き損害管制を担当しろ」飛田艦長は言った。「ただし今回は、機関監視と科学分析も追加だ」
アイダの口元がかすかに引きつった。
拒絶ではない。人間が自分の業務量が一言で倍増したと知った時、運命に向かって本能的に立てる、非常に短い中指のような反応だった。
「ジェス・マッカロウ少尉」
「はーい」
ジェスという人種は、直立不動の姿勢でさえ「この後で誰かのネタを拾えるかな」という活力が滲んでいる。正規艦橋にはあまり似つかわしくない生き物だ。
飛田艦長が彼女を一瞥した。
「元の位置だ。戦術補佐」
「了解」
「ただし、今回は気をつけろ」飛田艦長は一太刀足した。「星野中尉が途中で格闘艇に呼ばれた場合、直ちに武器管制を引き継げ」
私は心の中でジェスに黙祷を捧げていたが、次の瞬間ようやく気づいた——
待って。
は?
いや、ちょっと待って?
猛然と顔を上げる。
ジェスも息を合わせて振り返り、その顔には「あら、あんたにもこの日が来たか」という他人の不幸を喜ぶ色が満載だった。その場で首を絞めたい、あるいは少なくとも半分だけ絞めたいという衝動が湧いた。
飛田艦長は、私が一瞬固まった表情を存分に楽しんでいるかのように、ゆっくりと視線を移してきた。
「星野 シモ中尉」
終わった。
名前の呼び方からして、すでに「さあ、お前の番だ」という味がしていた。
「今聞いた通りだ」飛田艦長がふっと笑った。
その笑いは非常に稀だった。
そして、非常に腹立たしかった。
上官が部下を励ます笑いじゃない。悪戯が成功した大人が、ついに合法的な報復を果たした時の笑いだ。
「戦術長の任務に加え、本艦唯一の格闘艇、貴様に預ける」
私は彼を睨みつけた。
「……なんで」
飛田艦長の答えは即答だった。
「お前が私に勝ったからだ」
脳が〇・五秒、空白になった。
続いて浮かんだ第一声は、非常に素朴で、非常に人間らしかった。
ふざけんな。
これは完全に公私混同の私怨だろう。
私に勝ったから、おめでとう、本艦唯一の格闘艇をくれてやる——どんな理屈だ。この配分方式が通るなら、連邦軍の昇進制度はいっそ格闘トーナメント制にすればいい。上官に勝てば昇進、負ければトイレ掃除。その方がよほど効率的だ。
だが飛田は明らかに、私と絡み合う気はなかった。私が本当に爆発する前に、鮮やかに話題を次の三人へ切り替えた。
「エヴリン、ハーヴィー、D——CICに入れ」
三人が一斉に応え、足早に移動する。
配置のプロセス全体に、余計な感情は一切なかった。名前、席、命令、その一つ一つが、あらかじめ飛田の頭の中に書き込まれていて、この瞬間に一気に吐き出されているだけだった。
その滑らかさが、かえって恐ろしかった。これは行き当たりばったりの数合わせじゃない。誰をどの穴に嵌め込めるか、最初から全部計算し尽くしていたということだ。
そして、彼は真紀を見た。
「九島真紀大尉」
真紀が直立した。
「副長は引き続きお前だ」飛田艦長は言った。「誰かがついていけないなら、随時補佐しろ」
「はい」
彼女の答えは、非常に平静だった。
腹が立つほど、平静だった。
彼女に対してじゃない。世界に対してだ。この配置が、恐ろしいほど合理的だったから。真紀がそこに立っているだけで、肩章も、姿勢も、声も、目も、すべてが同じことを語っていた——そう、彼女はこの位置に立つべき人間なのだと。
ふと、非常に嫌な感覚に襲われた。
誰かと十分近い距離にいると思っていたのに、戦時体制に入った途端、その人があっという間に、より高く、より正しく、より当然の場所へ戻される。彼女を失ったわけじゃない。ただ、その距離が最初から存在していたことを、突然見せつけられただけだ。
……本当に、面白くない。
それでいて、反則なくらい格好いい。
最後に、飛田艦長の視線がアッシュに落ちた。
「アッシュ・ヴァンダー三等大尉」
アッシュが一歩前に出た。動作に無駄がなく、呼吸まで測ったようだった。
「私を補佐しろ。そして、学べ」
「はい」
短い三文字だったが、私には分かった。他の全員にも分かったはずだ。
これは普通の高位臨時階級じゃない。
艦長の側に直接組み込まれ、連れ回されるということだ。つまり、最初から雪風の臨時体制の最高観覧席に座らされたに等しい。
アッシュの肩章を見つめながら、頭の中に残った疑問は一つだけだった。
……あいつ、飛田にいくら積んだんだ?
いや、デタラメすぎるだろう。
戦時徴用だとしても、こんなカードの配り方があるか。連邦軍の人事制度は、功績と資歴と能力の上に成り立っているのか、それとも上層部だけが知っている神秘的なボードゲームのルールで決まっているのか。
だが、私が心の中でどれだけひっくり返っても、飛田艦長は「なぜアッシュだけが一足飛びなのか」を説明する気はさらさらないようだった。
なぜなら次の瞬間、彼はすでに制帽を被っていたからだ。
その動作は軽かった。だが、スイッチのようだった。
帽子の縁が下りた瞬間、艦橋全体の空気も一緒に低く沈んだ。
飛田艦長は前方を見据え、声は大きくないが、艦橋の隅々まで確実に届く声で言った。
「よし。各員、配置につけ」
もう誰も口を開かない。
誰も余計な一言を挟まない。
普段は口が減らないジェスさえ、この時は深く息を吸い込むだけだった。
そして、飛田艦長が最後の号令を下した。
「雪風、出航準備」
その瞬間、艦橋の各種インジケーターが、人の言葉を理解したかのように、一つまた一つと戦闘モードへ切り替わっていった。コンソールが点灯し、索敵スクリーンが展開し、通信チャンネルが解放され、艦内の低いシステム音が、巨大な金属の獣が体内でゆっくりと目を覚ましていくように響いた。
自分の席の前に立ち、目の前で徐々に明るくなっていく戦術インターフェースを見つめながら、私は場違いなくらい生々しい感想を抱いた。
数時間前まで、私はラブホテルのあの過分に柔らかい大きなベッドをどう見なかったことにするかを考えていた。
今、私は雪風の中尉で、戦術長で、艦唯一の格闘艇パイロットだ。
人生というものは、深く考えたら負けだと、心の底から思う。
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「離港手順、開始」飛田艦長の声が前方から落ちる。その調子は、日常の当直業務でも読み上げているかのように静かだった。「各席位、報告」
艦橋からの返答は、ほとんど間を置かずに続いた。
「通信正常」蘭が先に口を開いた。氷から引き上げられたばかりのように冷たい声だった。「港務管制塔、内環誘導、軍用離港航路、三系統リンク確立。予備チャンネル同期待機中」
「レーダー起動、近距離スキャン正常、港外エコーはノイズ偏重」アカリは前方のスクリーンから目を離さずに報告した。口調は相変わらず、八年分の睡眠を誰かに踏み倒されているような疲れを帯びていた。「回廊方向のノイズ指数、継続上昇中。この数値、すごく醜い」
醜い。
いい。こういう技術報告のスタイルは嫌いじゃない。短くて、直球で、現実に対する個人的な感情がちゃんと混ざっている。
「機関出力安定、姿勢制御リング全系統正常」アイダの声が続いた。「港内低速モード接管完了、主推進器予熱完了。科学分析モジュール、妨害区データの同期受信中」
「CICデータリンク接続」
「兵装システム、待機中」
「艙門、ロック完了」
一つ、また一つ。
それぞれの報告が艦橋に落ちるたび、金属の留め金が嵌まるような感覚があった。音そのものは小さい。だがそれが重なるたび、雪風という金属の巨獣の骨格が、一節一節、噛み合っていく。この時になってようやく、「船とは鋼鉄でできているのではなく、位置と命令と報告で無理やり形を与えられているものだ」という意味が、本当に理解できた。
どこか一箇所でも歯車が欠ければ、残りの全員が道連れになる。
そして今、ロイの手は、最も欠けてはならない場所に置かれていた。
前方の舵手席へ視線を上げる。
ロイは真っ直ぐ座っていた。
生まれつきの余裕から来る真っ直ぐさじゃない。人間が過度に緊張した時、無意識に自分を一枚の板のように固めてしまう、あの種類の真っ直ぐさだ。姿勢さえ正しければ、現実はすぐには殴ってこないと信じているかのように。
彼の前の航法主スクリーンは完全に展開されていた。港内立体航道図、艦体姿勢修正、誘導ブイ、各層安全区界線が幾重にも重なり合い、幾何学地獄を一枚のガラスに圧縮したような画面になっていた。
ロイの右手は主制御桿を握り、左手は微調整ダイヤルの上で止まっていた。手袋の下の指は安定していたが、安定しすぎていた。
その感覚は分かる。
背後に試験官が立って、字を書くのを見られているようなものだ。上手く書こうとするほど、筆画は硬くなる。今のロイはそのペンそのもので、しかも彼が書いているのは自分の名前じゃない。雪風の航跡だ。
真紀は副艦長席に立ち、ロイからそう遠くない位置にいた。
べったりと寄り添うわけでもなく、余計な言葉を足すわけでもない。ただ、航道誘導が切り替わるタイミングで、淡々と一言だけ添えた。
「焦らなくていい。まずは港内誘導に合わせて。三号標を過ぎてから自分で引き継げ」
それだけだった。
ロイの肩にあった、目に見えるほどの強張りが、本当に半寸ほど緩んだ。
この光景は気に入らなかった。
見苦しいからじゃない。むしろ逆だ——あまりにも効くから、気に入らない。真紀という人間は普段、言葉を戦略物資のように節約している。なのに一度口を開くと、必ず一番急所を突いてくる。
その精度は、甘い言葉よりずっと始末が悪い。人を赤面させるためのものじゃなく、心拍のリズムそのものを狂わせるためのものだからだ。
ロイも明らかに、それを食らっていた。
「り、了解」彼は低く応え、息を一つ吸って、再び前方の誘導線に目を戻した。
雪風が固定架から離れ始めた。
「ひゅっ」と動くのではない。極めて抑制された、極めて高価な動きだ。艦体に、まず微かな低周波の震動が走る。巨獣が身を起こす前に、重みを四肢に移し直すような感触。続いて外部固定アームが順にロックを解除し、港内牽引場が開き、ほとんど余計な揺れもないまま、艦全体が停泊位置からゆっくりと「引き抜かれ」ていった。
「離架一メートル」
ロイの声が前方から届く。さっきより少し安定していた。
「姿勢維持」
「離架三メートル」
左手が微調整ダイヤルの上を、極小の角度で滑った。雪風の艦首が、それに追従して修正される。その操作幅の小ささが、見ていて不安になるほどだった。つまり、これほど大きな船は「大きな動き」で操るものじゃなく、絶対に間違えられない細部の積み重ねで生きているということを、否応なく突きつけてくる。
主戦術スクリーンの隅で同期して跳ねる艦体姿勢パラメータを見つめながら、私はさっきロイがあんな泣きそうな顔をしていた理由を、妙に納得した。
この艦の操縦を誤れば、怒られるだけでは済まない。
港区の歴史教材の表紙になる。
「離港通路、クリア」蘭が報告した。「軍用優先航路確認。管制塔より本艦へ、外環五号軌道での自律航行に移行するよう要請あり」
「了解」飛田艦長が応じた。「ロイ、出港後は急いで速力を上げるな。まずは艦体の転舵角を乗り切らせろ」
「はい」
ロイの返事には、さっきより少し芯が入っていた。
雪風の前方で港門がゆっくりと開いていく。外の宇宙が一気に飛び込んでくるのではない。極めて深く、極めて冷たく、表情のない黒い扉の隙間が、一寸ずつ広がっていくようだった。
港内の照明が艦首の外殻を流れ、やがて、より遠い星々の光に置き換わっていく。その光景は実際に美しかった。今の状況にはまったく似合わないほどに。人類とはそういうものだ。何かが起きようとしている時でさえ、宇宙は相変わらず高級な絵葉書のように自分を飾り立てる。
「艦首、出港」
「艦腹、クリア」
「右舷、安全界線まで七十」
「六十五」
「六十」
ロイが距離標を見つめ、喉仏を動かし、主制御桿を左へごくわずかに引いた。雪風の艦体は、言葉を理解したかのように、誘導線に沿ってゆっくりと角度を旋回させる。それは「格好いい」じゃない。「正確」なのだ。あまりにも正確すぎて、余計な一言を挟むだけで、この人の集中力を無駄にしているような気がした。
認めざるを得ない。船に本当に触れた途端、ロイはより正しい場所に収まった。
普段のロイには、「いい人でいたいのに宇宙にいじられている」という気の毒な空気がどうしても纏いつく。だが舵手席に座ったロイは、余計なことを考える隙間のない枠に自分を押し込めていた。緊張はまだある。汗もたぶんある。だがそれらの全部を、操作の流れの中に押し込んでいる。これでいい。軍艦に必要なのは英雄的な余裕じゃない。怖くて死にそうでも、手元のことを正確にやり遂げられる人間だ。
真紀もそれを見て取ったのだろう。
何も言わず、ロイが最初の旋回を終えた瞬間に、平坦な声で一言だけ落とした。
「いい。維持」
たった二言で、ロイの耳の端が目に見えて赤くなった。
……思わず黙祷したくなった。
真紀のような人間に、事務的な口調で「いい」と言われることの殺傷力は、面と向かって「格好いい」と言われることと、そう変わらない。ただ前者の方が始末に負えない。「励まされた」と認めた瞬間に、負けた気がするからだ。
「戦術席。離港後、外周空域を投影」
飛田艦長の声が、私を引き戻した。
「了解」
野次馬気分を引っ込め、主戦術スクリーンを回廊外環航道とパイク星系方向の分層図に切り替える。前のブリーフィングは受けたし、帝国軍の映像も見た。どれだけひどくても、上限があるはずだと思っていた。
データレイヤーを重ねた瞬間、胃が一段縮んだ。
「……ちょっと」
失礼のつもりじゃない。
これは本当に理不尽だった。
妨害区が、想定よりずっと広かった。
少し広いレベルじゃない。「お前ら、事前に星域一枚見落としてたんじゃないか」と問い詰めたくなる規模だ。ブリーフィングで示された高妨害区はまだ濁ったシミのようなものだった。だがリアルタイムのデータを重ねてみると、それはシミじゃない。回廊の外縁に沿って航道の内側へ、じわじわと滲んでいく、広大な青痣だった。
信号品質の減衰カーブは、目を覆いたくなるほど酷かった。
誘導ブイのエコーは、息切れするように途切れ途切れだった。
さらに厄介なのは、この妨害が単に「強い」だけじゃないことだ。層がある。外縁は乱流、中層は脈動、深部にはいくつか不自然な空白区間が出現していた。まるでその一帯の空間が遮蔽されているんじゃなく、誰かが指で直接拭き取ってしまったかのように。
データを拡大し、フィルタリングをかけ直す。
結果は、さらに悪化した。
「アカリ」堪えきれずに声をかけた。「そっちの生エコー、二次ノイズ除去はかけた?」
「かけた」アカリはスクリーンから目を離さない。「かけてもこの有様。だから機材が醜いんじゃない。向こうが本当に醜いのよ」
技術的な美しさは皆無だが、極めて的確な説明だった。
奥歯を噛み、戦術レイヤーを次々と重ねていく。帝国軍の予想推進軌道、無人巡回機のロスト地点、パイク星系外環の商業ルート、連邦哨戒線のマーカー——一つ、また一つ。見れば見るほど、不快感が増していく。
これは単発の故障じゃない。
もっと別のものに近い。
——誰かが先に、灯りを消した。
それから、入ってきた。
「艦首、完全に出港」前方からロイの報告が届いた。「自律航行への移行を申請します。外環五号軌道への進入準備完了」
飛田艦長が短く応じた。「許可する」
ロイが主制御切替キーに手を置く。動作は安定していた。
雪風は彼の操舵のもと、ついに鞘から抜かれた長刃のように、港区最後の誘導光柵を音もなく滑り抜けた。外の星海が一気に、しかし音もなく広がる。深黒の背景に航路灯標が一列の冷たい線を作り、そのさらに向こう、パイク星系方向に広がるはずの整然とした信号網は、今は火で焼かれて雨に濡れた紙のように見えた。
戦術スクリーンを見つめ、データ拡大キーの上に指を置いたまま、私は非常に嫌な静けさを感じた。
艦橋の静けさじゃない。
データの中の静けさだ。
乱れすぎている場所がある。なのに、ある部分だけ、不自然なほど整いすぎている。その整い方は自然現象のそれじゃない。誰かが意図的に残した空白のように見えた。何かがそこを通り抜けても、最初の一目では見つからないように。
ゆっくりと息を吸う。
……想定より、ずっと悪い。
「とても面白い」★四つか五つを押してね!
「普通かなぁ?」★三つを押してね!
「あまりかな?」★一つか二つを押してね!




