105. ぷにぷにマウスランドへようこそ 2
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
チェックアウトの手続きは、情緒の欠片もなく速やかに終わった。 カードキーを返すと、チェックインロボットが、相変わらず今にも息絶えそうな合成音で「マタ……ノ……ご利……用……オ……お待……チシ……テ……オ……リマス……」と言った。祝福というより、都市伝説由来の呪いの亜種のように聞こえた。
私はカウンターの前で買い物袋を提げたまま、ロボットを一度振り返った。
「本当に、引退を考えたりしないのかしら」
真紀は端末をしまいながら、平然と言った。
「もし自分で考えられるなら、とっくに辞めてるわ」
「ひどいけど、妙に説得力がある」
ホテルを出ると、朝の空気にはまだ少し、乾ききらない湿気が残っていた。通り沿いの店が順々にシャッターを開け、配送車と通勤の人波が混ざり合っていた。前線の港区全体が、徹夜明けでも定時出勤を強いられる大人のように、目の下に隈を作りながら、それでも動き続けているようだった。
そして私は今日、九島真紀と一緒に「プニプニマウスランド」と名乗る場所へ向かわなければならない。
その事実だけで、精神的には三秒間の黙祷に値した。
朝食はホテルから二本裏通りに入った、小さな食堂で済ませた。
店は大きくない。看板は少し塗装が剥げていたが、中は熱気に満ちていた。目玉焼き、ベーコン、少し焦げたトースト、工業用潤滑油としても使えそうなほど濃いブラックコーヒー、そして何時間煮込まれたのかわからないのに、妙にいい匂いのするポテトスープ。
いかにも前線らしい朝飯だ。 洒落てはいないし、繊細さもない。食べ方が多少行儀悪くても誰も気にしない。だがカロリーは十分で、味も濃く、食べ終わると「あと八時間くらいは生きていけそうだ」と思わせてくれる。
私はトーストを一口かじり、テーブルに伏せておいた端末をもう一度開いた。 暴力的なまでに鮮やかな広告が目に飛び込んでくる。
プニプニマウスが、法令の介入を求めたくなるほど糖度の高い、常識を逸脱した笑顔で、私の精神を汚染してきた。
私は静かに端末をパタンと伏せた。
「やっぱり、わからない」
真紀は自分の皿の上の目玉焼きを切り分けていて、顔を上げた。
「何が?」
「あなた、あれのどこがいいのか」私は心から誠実な気持ちで言った。「童年のトラウマと遺伝子実験とマーケティング部門の悪意を混ぜてオーブンで焼いたら、こうなるって感じの顔してるんだけど」
真紀は一切れを口に入れ、飲み込んでから、ゆっくり答えた。
「もう、一回その顔がブサイクって言ってた」
「強調する価値のあるポイントだからよ」
「実物は、もう少し可愛いかもしれない」
私はコーヒーで本当に窒息しかけた。
「まだ、そのレベルの希望を持てるの?」
「人間、柔軟であるべきよ」
「それは柔軟じゃなくて、現実認識のバグって言うの」
真紀は言い合うのをやめ、代わりに自分のカップを私の方へ少し押し出した。
「トースト、落ちてる」
見下ろすと、さっき喋りに夢中になっていたせいで、小さなパンくずをテーブルにこぼしていた。
……よろしい。 プニプニマウスへの敵意が、基本的な食事の尊厳にまで悪影響を及ぼし始めていた。
朝食を終えると、私たちは遊園地行きの観光路線に乗った。
車内はほぼ完全に親子連れとカップルで埋まっていた。前の座席には、プニプニマウスの丸い耳のカチューシャをつけた子供。後ろの席には、園限定の保温ボトルを持ったカップル。斜め向かいには、身長が一九〇センチはありそうな、ヒゲ面で、一人で機関銃を分解しそうなほどの大男――その胸には、堂々と、間抜けな笑顔のプニプニマウスがプリントされていた。
私はその光景を見て、非常に複雑な気分になった。
戦争はこの世界を壊せなかった。 美的感覚が先に敗北した。
車内のアナウンスは五分おきに園の宣伝文句を垂れ流した。声は砂糖を直接喉に流し込んでくるみたいに甘かった。
「プニプニマウスランドへようこそ――夢と笑顔が交差するこの星で、いちばんキラキラした思い出を作ろう!」
私は無表情のまま窓の外を見た。
「カルテを増やしたいだけなんだけど」
真紀は隣に座り、園内マップのホログラムを手に、本気で回り方を検討していた。
「人気のあるアトラクションは先に行った方がいい。午後になるともっと並ぶ」
「攻略までしてるの?」
「せっかく来たんだから、時間を無駄にすべきじゃないでしょ」
「その台詞、敵陣地に突っ込む前の戦術ブリーフィングで聞いたことある」
「遊園地も動線は大事よ」
「普通の人は、そこで『楽しみ』って言うところだと思うんだけど」
「それは、私の話し方じゃない」
「それは知ってる」
私は投影された園内マップを見下ろし、命名担当者全員に対して集団訴訟を起こしたくなった。
プシュッと火山コースター。 ふわふわゴーストマンション。 プニプニ大冒険リバーライド。 マウス・スターライト・パレード・アベニュー。
私は目を閉じた。
「真紀」
「ん?」
「今日が終わって、私の言語機能が永久的に損なわれたら、連邦軍隊はちゃんと労災申請してくれるかしら」
彼女はようやく私を見て、目の奥に本当に薄い笑みを浮かべた。
「今日はよく喋ってる。精神状態は悪くない証拠よ」
「このおしゃべりは、人格を保つための自己防衛本能なの」
「よく機能してる」
「臨床評価、どうも」
およそ四十分後、路線は終点に到着した。
ドアが開くと、外にはすでに飽和気味の色彩が展開されていて、「現実世界はもう諦めました」と自己申告しているかのようだった。
巨大なアーチ。 カラフルな旗。 噴水。 風船。 音楽。 悲鳴。 笑い声。 屋台の匂い。 ポップコーンの甘い匂い。 子供の走る足音。 スタッフの呼びかけの声。 遠くからときどき聞こえてくるジェットコースターの轟音。
すべてが同時に押し寄せ、「楽しさ」という概念を重機で具現化して、感覚系統ごと正面から轢きつぶしてきているようだった。
そして、私はあれを見た。
いや。 訂正しよう。 私は、本体を見た。
園の正面には、少なくとも四階建てのビルに匹敵する巨大なプニプニマウスの像が、そびえ立っていた。
あれは、可愛いとは言えない。 童趣とも違う。 ブサカワとも呼べない。
それは、公共芸術が暴走した結果としての、大惨事だった。
頭は広告よりさらに大きく、耳は力を入れすぎた黒い鍋の蓋のようで、目には生物として正しくないレベルの高反射素材が使われていた。どの角度から見ても、「今夜お前が見る悪夢の内容は、私はすでに知っている」と告げているように見える。笑い顔は拡大によってさらに恐ろしくなっており、口角の上がる角度は「いらっしゃいませ」と「もう逃げられない」のちょうど中間にぴったり合うよう、精密に計算されているようだった。
私はその場で、五秒ほど黙り込んだ。
そしてようやく、魂に深刻なダメージを負った人間のような声で言った。
「……これ、本当に実在するんだ」
真紀は隣で、あの巨大像を見上げていた。
「想像してたより大きい」
「問題は大きさじゃないと思う」
「じゃあ、何が?」
「問題は、あれ、夜中に自分で台座から降りてきて、眠らない子供を探して街を徘徊しそうだってところよ」
真紀はもう二秒ほど見つめてから、言った。
「角度を選べば、悪くなさそう」
私はゆっくりと彼女を見た。
「今、なんて言った?」
「一緒に撮るなら」
彼女は、ひどく真剣な顔をしていた。
冗談ではない。 からかいでもない。 ごく素直に、九島真紀的な誠実さで――
「一緒に撮っても、いいと思う」
「……あれと?」
「うん」
「これと?」
「うん」
「本気?」
「あなたも、ここにいるし」
「私は被害者よ」
真紀は一拍置いてから、私を見た。
「シモ」
「なに」
「撮って」
私は本気で気絶しかけた。
最終的に、私はその地獄のマスコットの前で、真紀の写真を撮った。
画面の中で、真紀は無表情に、巨大で邪悪な笑顔を浮かべるプニプニマウスの前に立っていた。ポーズは極めて控えめで、ほとんど無視してもいい程度――ハートでもピースサインでもなく、ただ、ごく控えめに手を少しだけ上げ、「この馬鹿げた行程にも最低限の証拠は残しておこう」という程度の意思表示だった。
その背後で、あの怪物は「勝った」と言わんばかりに笑っていた。
私は端末の画面を見つめ、深い悲しみを覚えた。
「この写真が流出したら、あなたの威厳は一割減るわ」
「じゃあ、流さなければいい」
「……ごもっとも」
写真を撮り終えたあと、真紀が手を差し出した。
「次は、私」
私は固まった。
「次って、何が?」
「一緒に写る番」
「嫌よ」
「ここまで来たんだから」
「理由になってない」
「十分な理由」
「全然十分じゃない」
真紀はこれ以上、無意味な議論に時間を費やす気はないようで、すっと私の横へ一歩寄ると、通りかかったスタッフに端末を差し出した。
「すみません。写真を一枚お願いできますか」
私はその場で石のように固まった。
スタッフの女性はプニプニマウスの耳のカチューシャをつけ、とても明るい笑顔だった。
「はい、喜んで! お二人、とても仲が良さそうですね!」
私は反射的に否定しかけた。
だがその前に、真紀がもう私の隣に並んでいた。距離は、彼女の洗剤と朝の空気の匂いが混ざった、ごく淡い香りがわかるほど近かった。
私は一瞬、言葉を失った。
「シモ、カメラ見て」
彼女が低く言った。
私は反射的に顔を上げた。
シャッターが切れる直前、真紀はごく自然に、私の肩を自分の方へ軽く引き寄せた。
カシャ。
写真は撮られた。
私の脳の半分は、その瞬間にまだ取り残されていた。
スタッフは嬉しそうに端末を返してくれた。
「すごくいい感じに撮れましたよ!」
「ありがとうございます」真紀は端末を受け取った。
私は彼女を凝視した。
「今の、わざと?」
「どの部分?」
「全部」
「わざとじゃない」
あまりにも平然と言うので、何一つとして尻尾を掴めなかった。
この女は本当に卑怯だ。
園内に入ると、真紀が最初に候補から外したのは、「プシュッと火山コースター」というものだった。
私は下から見上げてそのレールを確認した。全体は狂った金属の蛇のようで、上昇し、急降下し、回転し、人生に絶望したかのように二度ほど捻ってから、つくられたような火山の火口から飛び出してくる。
轟音と悲鳴が、上空から断続的に響いてくる。
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