09. 痛覚耐性訓練 4
この物語はフィクションです。実在の人物・団体・事件・名称等は一切関係ありません。
宿舎に戻って最初にしたのは、風呂に入ることだった。
清潔好きだからじゃない。
今日あの老いぼれ狂人に何度も触られて、注射だの配線だの散々やられたせいで、全身に「マッドサイエンティスト臭」が染みついている気がして、どうしても洗い流したかった。
バスタブに湯を張ると、白い湯気がゆっくり立ち上ってきた。
その湯船を前にして、妙に複雑な感情が湧いてきた。
感動。
悲しみ。
虚しさ。
それと少し、「くそ、高規格で飼育されているという自覚」。
全身を沈めた瞬間、情けない声が出そうになった。
気持ちよすぎる。
熱い湯が肩まで包んで、一日分の疲労、注射痕の違和感、それから連邦上層部を戦斧で一人残らず叩き斬ってやりたい殺意を、少しずつ押し沈めていく。
目を閉じて、浴槽に身を預ける。
六A倉の連中がこれを知ったら——私が今一人で湯船を独占していて、覗く奴もいない、急かす奴もいない、ドアをノックしてくる奴もいない、「まだか」と怒鳴ってくる声もない——きっとまず体制の不公正を罵倒してから、全員で第一特別運用科に転属する方法を画策するだろう。
もっとも、その前提条件は——まずシュタイナー博士を生き延びることだが。
そこまで考えて目を開け、バスルームの天井を見上げる。気分がまた冷えていった。
ここは静かすぎる。
静かすぎて、水音すら空虚に響く。
六A倉はひどい。
狭い。
臭い。
うるさい。
でも、あんなクソみたいな場所にも、少なくとも生きている人間の体温があった。
ここにはない。
ここは高級な棺桶だ。
水面を見下ろして、浮いてきた銀髪を手で後ろへ払う。
その拍子に、ふとデイヴィッドのことを思い出した。
少女漫画みたいな大げさな恋しさじゃない。
風呂から上がったあと、ドアの外で誰かがくだらない悪態をついているはずなのに、実際には冷蔵庫のモーター音しかない、その落差に近い。
……くそ。
だめだ。
すぐにその考えを押し込める。
今は仲間のことを考えている場合じゃない。
今やるべきなのは、この場所が私を何に作り変えるつもりなのかを見極めることだ。
顔を湯に二秒沈めて引き上げ、今日はもう寝ることにした。
まずは一日目を生き延びる。
残りの悪態は、明日に回せばいい。
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その夜は、意外なほどよく眠れた。
気が緩んだからじゃない。
単純に疲れ果てていた。
身体は注射でいじられ、神経は一通りスキャンされ、胃には兵士の配給とは比べものにならない食い物が詰め込まれ、熱い湯に浸かったあととなれば、ベッドに倒れ込んだ瞬間に沈んでいくだけだ。
最後に意識が残っていた瞬間に覚えているのは、柔らかいマットレスと清潔な布団、それから一つの理不尽な考えだけ。
くそ。
連邦が最初からこのレベルの宿舎を用意していたら、みんなもう少しは愛国心がマシだったかもしれない。
もちろん、ほんの少しだけ。
命を投げ出してまで尽くしてやろう、なんてところまでは全然行かない。
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翌朝、〇六三〇。
ドアチャイムで叩き起こされた。
目覚ましじゃない。
ドアチャイム。
目を開けて天井を見つめ、二秒ほど硬直する。意識はまだ半分死んでいる。
ドアの外からシステム音声が聞こえてきた。
〈通知:第一特別運用科の課程がまもなく開始されます。十分以内に出頭してください〉
無表情のままベッドに横たわっていた。
いいね。
起こし方まで催促状みたいだ。
ベッドから這い出て顔を洗い、服を着替える。冷水のボトルを一本つかんで、ちゃんとした朝食もとらないまま、寝起きの不機嫌を腹に抱えて第一特別運用科へ向かった。
ドアが開いた瞬間、今日が良い日にならないことだけはすぐにわかった。
部屋の中央に、あの椅子がまだある。
しかも、昨日はなかった機材がいくつか増えていた。
金属製の固定架。
筋肉電気刺激モジュール。
神経フィードバックコイル。
そして縦置きのディスプレイ。そこには、見た目だけはやたらクリーンで整った、だが見ただけで幸福になれそうもない四文字が光っていた。
疼痛管理課程
ドア口に立ち尽くし、二秒だけ黙る。
「今から宿舎に戻って死んだふりしたら、間に合いますかね?」
「不可能だ」
答えたのは博士じゃなく、十文字・レオン大佐だった。
振り返ると、観測室の側に彼が立っていた。手にはデータパッド、制服はきっちり整っていて、表情は冷たく淡々としている。今日ここにいるのは、たまたま投資案件の減価償却を見に来ただけ、そう言われても信じそうな顔。
……最悪。
こいつもいる。
状況はさらに悪化。
シュタイナー博士は装置のそばに立っていて、白衣は相変わらず一切の皺も汚れもなく、金縁の眼鏡には冷たい光が反射している。昨夜寝ていないのか、もしくは、この手の人種の「睡眠」というのは二時間ほど自分をシャットダウンして再起動することを指すのかもしれない。
「おはよう、星野一等兵」博士が言う。「昨夜はよく休めたかね」
「『あなたに解剖実習用の標本にされる夢』まで含めていいなら、まあまあですね」
「結構。ユーモアは健在だ」彼は満足そうにうなずいた。「精神状態が安定している証拠だ」
眼鏡を奪って床で踏み砕きたい衝動が、かなり真剣なレベルで湧き上がる。
レオンは後方に立ったまま、平板な声で補足した。
「今日は基礎疼痛適応とコントロールだ。重点は耐えることではなく、読み解くこと」
私はそっちを見る。
「大佐、連邦って、『人をいじめる』行為にアカデミックな名前を付けるの、そんなにお好きなんですか」
「名前を変えることで協力度が上がるなら、朝の健康体操とでも呼んでやってもいい」
……くそ。
この男、たまに口を挟むと本当に腹立つ。
シュタイナー博士が軽く手を挙げて、椅子の横の金属製プラットフォームに座るよう示した。
「今日は頭部の固定はしない。まずは局所からだ。腕、背中、側腹、部位ごとにテストする」
足を止める。
「部位ごとって、どういう意味です?」
博士は眼鏡を押し上げた。
「つまり、君には痛みの発信源、強度、伝導の方向を識別し、その最中でも思考を継続する訓練をしてもらう、ということだ」
口元が引きつる。
「……普通の人間はまず、『痛いのをどうやって避けるか』から考えません?」
「それは民間人の発想だ」博士は言った。「兵士に必要なのは、痛みの中でも仕事ができることだ」
数秒、黙る。
それから、実に正直な感想を述べた。
「やっぱり、あんた頭おかしいですよ」
否定はなかった。
レオンも何も言わない。
こういう沈黙がいちばんタチが悪い。ここにいる全員が、この異常を「正しい」と認めている証だから。
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